※このページに書いてある内容は取材日(2020年10月14日)時点のものです
表面を金属でコーティングする「めっき」
私は東京都葛飾区堀切にある「株式会社ナウケミカル」という会社の社長です。ナウケミカルは,パソコンやスマートフォンの中にある回路に使われる電子精密部品など,私たちが直接目にする機会のあまりない,特殊なものへのめっき技術を持つ会社です。1983年に私の父が創業し,現在は6人の社員が働いています。
めっきとは,材料の表面に金属の薄い膜をかぶせることをいいます。材料を美しく装飾するためだけでなく,サビから保護したり,壊れにくくしたり,電気を流れやすくしたり,といったように,機能性を高めたり,新たな機能を加えたりするためにも使われます。めっきにはさまざまな方法がありますが,ナウケミカルでは,電気を流しながら化学変化によって薄い膜を接着させる「電気めっき」を行っています。これはめっきの中で最も一般的な方法です。
主に,お客さまから依頼を受けて,材料にめっきを施します。お客さまから要望をうかがい,めっきする材料をいただき,指定された箇所にめっきを施し,検品してお客さまのもとへお届けするまでが,ナウケミカルの仕事です。扱う金属は,金,ニッケル,プラチナなどさまざまです。市販されているめっき液を使うのが一般的ですが,ナウケミカルでは,お客さまの要望に合わせてめっき液を自社で開発しています。それによって,金属以外の材料へのめっきや,微妙な色合いの調整など,きめ細かな対応が可能になっています。
チャレンジする姿勢が,不可能を可能にする
ナウケミカルは,どんなことにもチャレンジする姿勢を持ち,めっきする材料やその内容に制限を設けてはいません。これまで扱ってきた材料は,金属をはじめとする,電気を通す素材から,ガラス,セラミック,樹脂といった電気を通さない素材まで,実にさまざまです。電子精密部品以外にも,インターネットの光回線に使われる光ファイバーや,直径1㎜よりもっと細かいガラスなどの粉(粉体)へのめっきを得意としています。ほとんどのめっき加工業者はめっきのみを行いますが,ナウケミカルでは,お客さまのニーズに沿った,新技術の開発も積極的に行っています。
不可能を可能にした成果の一つが,10ミクロン径の粉体へのめっき技術を開発したことです。金属粉や樹脂粉,ガラス粉の一粒ずつにめっきを施すことが可能で,薄く均一な仕上がりの美しさが認められ,アイシャドーなどの化粧品にも利用されています。ナウケミカルのお客さまは,家電メーカーから半導体メーカー,工業製品メーカー,化粧品メーカー,そして国の研究機関まで,多岐にわたっています。
品質チェックを徹底的に
社長である私の仕事は,主に二つあります。一つは,お客さまのもとを訪れて商談をする,営業活動です。お客さまから問い合わせをいただいて訪問し,依頼内容をうかがうだけでなく,ナウケミカルの技術を使ってもらいたい家電メーカーや半導体メーカーなどに直接連絡を取り,自分たちの技術を売り込むことも積極的に行っています。
もう一つは,社内でトラブルが発生したときの対応や,めっきした製品をお客さまのもとに届ける前の品質チェックです。めっき液がうまく付かない,めっきを施したものの機能的に問題があるといったトラブルは,少なからず発生します。そのような報告を社員から受けたときには,私が現場に入って,めっき液の状態を確認したり,めっきした製品を測定器にかけて,電気の通り具合や表面にかぶせた薄膜の厚み,硬さなどを徹底的に調べたりします。そうして問題の原因を把握したうえで,最適な解決方法を導き出し,社員にアドバイスします。高い品質を保つために,綿密なチェックは怠りません。
困難を乗り越えて生まれた,世界初のめっき技術
ナウケミカルでは,これまで数々のめっき技術を開発してきましたが,中でも,「金・すずの合金めっき」は,他に類を見ない素晴らしい技術だと自負しています。金とすずの合金は,固体から液体になる融点が300℃と高いことから耐熱性に優れ,光ファイバーなど,社会の基盤を支える部品に多く使われています。
金とすずの合金のめっきは技術的に不可能とされてきましたが,私の父が,世界で成功例がないことに挑戦しようと,仕事の合間に研究を重ねてきました。失敗を繰り返し,ようやく成功の道筋が見えたころで研究開発費が底をつき,東京都の研究開発補助金をいただくことで,なんとか開発を続けることができました。そして,足掛け20年を経て,ついに開発に成功し,2002年に特許を出願するに至ったのです。
当時,入社間もない私に与えられたのは,金・すずの合金めっきをお客さまに売り込む仕事でした。ところが,営業活動を行う中で,このめっき技術をお客さまに使ってもらうためには,まだまだ多くの課題があることが発覚したのです。私はそこであきらめず,お客さまと打ち合わせを重ね,改良を繰り返しました。そして,ようやくお客さまに使っていただけるレベルにたどり着きそうなときに父が病気で亡くなり,「父のためにも必ず実用化してみせる」と心に誓いました。それから一年後に実用化できるレベルのものが完成し,晴れて多くのお客さまに使っていただけるようになったのです。
金・すずの合金めっきは,開発に20年かかり,さらに実用化するまでに5年の試行錯誤を重ねた,まさに困難を乗り越えて生まれた技術です。この開発を通して,私は父から,めっき技術者としてのプライドを持ち,あきらめずに研究を続ける姿勢を学びました。不可能を可能にする執念が,社風として継承されています。
お客さまの製品に貢献できることが喜び
これまでに最もワクワクしたのは,宇宙関連事業を手がける企業
のお仕事です。
ロケットには,電気を通りやすくして,燃料の消費を抑える「超電導」という技術が組み込まれています。ナウケミカルでは,この超電導技術を可能にするための電子回路基板へのめっきを行いました。
子どものころ,機械系の研究者になることが夢だった私は,ロケットに憧れがありました。この仕事を通して,ロケットの一部分に携わることができて,長年の夢が叶ったような思いでした。
ナウケミカルは完成品の一部分に関わっているだけであり,私たちの仕事が最終的にお客さまの製品に貢献できたのかを,自分たちで判断することはできません。そんなこともあって,お客さまから「ナウケミカルさんに関わってもらったロケットの打ち上げに成功しました」と連絡をいただいたときは,本当にうれしかったですね。
失敗してもあきらめず,「どうすればできるのか」を考える
私はもともと,難しいことに挑戦することが好きで,仕事のモチベーションは,ワクワクできることにあります。ロケットの一部分に携わったことも,その一つです。ワクワクする仕事は技術的に難しいことが多いので,やり始めると大変なことが多く,失敗の連続です。時にはお客さまの求めるような仕上がりにならず,お叱りを受けることもあります。でも,そこで下を向くのではなく,「次こそはもっといいものを作ろう」と前向きな気持ちを持つようにしています。できないからやめるのではなく,「どうやったらできるのか」を考え続けて,できた喜びを実感できることが,この仕事のやりがいです。
そして,ナウケミカルが最もこだわっているのは,品質を徹底的に高めることです。お客さまは,ナウケミカルの技術力を信頼して仕事を依頼してくれています。その信頼に応えたいという思いで,たとえ難しい要望であっても,最善を尽くしています。
「職人の技」が残っているからこそ,可能性は広がる
高校生のころ,父から「いずれは会社を継いでほしい」と言われましたが「自分で選んだ道を進みたいので,継ぐ気はない」と宣言しました。大学では機械工学を学び,卒業後に就職した光学メーカーでは,製品を開発するための機器のメンテナンスや改造,UVカットガラスの精度を高める光学設計などを経験し,営業部で光学部品の販売にも携わりました。
そんな中,父から「ナウケミカルの仕事を手伝ってほしい」と頼まれ,一年間悩んだ末,2001年に入社しました。父は技術開発で成果を上げる一方,会社の利益にはどちらかというと無頓着で,私が入社した時期は経営が厳しい状況でした。父の亡き後,社長に就任した私が,経営を軌道に乗せるために思いついたのが,あえて難しい仕事を手がけることでした。父が残してくれた技術力を生かし,他社にはできないことをして付加価値を高めたいと考えたのです。難しい仕事を手がけていくうちに,さらに技術力を高め,周りからは「ナウケミカルは最後の砦」と評価されるようになっていきました。
めっき加工という仕事は,実際にやってみると奥が深く,可能性は無限にある分野です。私が感じるめっきのおもしろさは,職人の技が残っているところにあります。デジタル化の時代にあっても,めっき加工はほとんど機械化されておらず,人の感覚や経験がものをいう部分が大きいのです。
本当にワクワクすることを見つけて,自分の道を突き進んでほしい
子どものころは,友だちと外で遊ぶよりも,一人で本を読んで過ごすことが好きでした。読んでいた本のジャンルは,小説から実用書までさまざまで,本の世界に入り込むことに心地よさを感じていました。
一方,化学分野の研究者だった祖父の影響を受け,研究者への憧れを持ち続けていました。ただ,理科や数学はあまり好きではなかったので,高校生になると,「文学部に行きたい」と思うようになりました。うちは代々,理系の家系だったこともあり,文学部への思いを父に話すと大反対されてしまいました。それでも大学には行きたかったので,父がすすめる工学部の中でも,一番就職率がいいという機械工学科を渋々選びました。入学の動機は漠然としたものでしたが,入学後は周りの学生に影響されて,自分で機械を改良したり,ものづくりをしたりすることが好きになっていきました。
子どものころは,とにかくいろいろな経験をすることが大切だと思います。興味を持っただけであきらめずに,「おもしろそうだな」と思ったことには,躊躇せずにどんどん挑戦してほしいのです。子どものころにしかできないさまざまな経験を通して,「本当にワクワクすること」を見つけて,自分の道をどんどん突き進んでください。