※このページに書いてある内容は取材日(2019年02月12日)時点のものです
シンガポールで,複合開発工事の現場監督
私は鹿島建設株式会社で現場監督の仕事をしています。現在は海外,シンガポールの建設現場で働いていて,集合住宅と商業施設が合わさったものを新築でつくる工事を担当しています。現地は「ウッドレイ」という,シンガポールの中心部から車で10分ほどの便利な場所で,2万5千平方メートルを超える敷地に「コンドミニアム」と呼ばれる高級住宅が667戸と,地下から2階までの低層部にはショッピングモールとスーパーマーケットが入ります。日本円で数百億円にのぼる,大きなプロジェクトです。ウッドレイ地区全体が大規模な再開発の真っ最中で,このエリアでは,あちこちで再開発が行われています。
私はこのプロジェクトのために2017年の9月から,シンガポールで働いています。前から海外で働きたいという希望を会社に出していたので,念願がかなった形です。当初の1年あまりは,鹿島建設のシンガポール本社で,今回のプロジェクトの入札や契約に関する仕事をしていました。2018年末に建設地のそばに工事事務所ができてからは,工事事務所で働いています。今回のプロジェクトの完成は2022年の予定で,私は工事が終わるまではこの建設現場にいる予定です。
多様な人種からなるスタッフを束ねて,住宅部分の工事を管理
現在,工事事務所には60人弱います。所長と副所長は鹿島建設の社員で日本人ですが,シンガポールへはさまざまな国から人が働きに来ているので,他のメンバーはシンガポール人のほか,中国系,インド系,マレーシア系,フィリピン系など,みなそれぞれ違う人種や文化の人たちです。母国語も異なりますが,共通語は英語です。
日本の建設会社では,現場監督の仕事は現場の安全管理をしたり,工事の計画を作ったり,図面を作ったり,それらをチェックしたり……と幅広いものです。若いうちは現場を走り回って怒られて,ベテランになってくると工事の計画を立てたり,お客さまとやりとりをしたりするようになっていくのが通常です。でもシンガポールでは分業が進んでいて,工事の計画をする人,図面をつくる人,図面のチェックをする人,現場でできたものが図面と合っているかチェックする人,現場を担当する人,お客さまとやりとりをする人……と,それぞれ分かれていて,それぞれがスペシャリストなんです。
私はこの工事では,こうしたそれぞれの専門のスタッフをまとめてスムーズに工事を進めていく,マネジメント(管理)の仕事をしています。3階より上の,住宅の部分が私の担当で,全体のバランスや進捗を見ながら,プロジェクトを進めています。管理をする立場なので,普段はミーティングをしたり,図面をチェックしたり,といった業務が多いですね。
PPVCという新しい工法へのチャレンジ
今回の工事の特徴としては,住宅部分に「PPVC(※)」という新しい工法を使うことが決まっている,ということがあります。これはまず工場でコンクリートの箱をつくって,ガラスも入れてタイルも貼って家具もつけて,完全に仕上げまでをしてしまいます。そうしてできたコンテナ状のパーツ(モジュール)をトレーラーで現場に運んで,クレーンで吊って組み立てる,という工法です。例えば3LDKの家は,モジュール4つを組み合わせてつくります。日本ではまだ行われていない工法ですし,日系企業では初めてですから,鹿島建設の技術研究所とも連携して,実験も行いながら進めています。
この工法では,それぞれのモジュールは,最大で幅3.4メートル,長さ11~12メートル,高さ3.5メートル。重いものだと38トンにもなります。そのため,運ぶときも特殊な方法が必要ですし,現場でも普通のクレーンでは重すぎて吊れず,特別なクレーンが必要になります。
また,内装まで工場で仕上げてしまうということは,事前に完璧な図面が必要になるということです。通常の工事だと,内装の図面が仕上がるのは後回しになることもあるのですが,この工法だと,図面を完全に仕上げないとつくり始めることもできません。現場でつくる場合は現場で手直しがきくのですが,この工法の場合はそれができないので,図面も早い段階で,完璧に仕上げなければいけないんです。また,現場でモジュールとモジュールを組み合わせるときに,技術的にどうしても,数ミリのズレはできてしまうのですが,これをどうするかも課題です。
初めて経験する技術で手探りですし,難しいところだらけですが,そのぶん,やりがいも大きな仕事です。たぶん,いま,世界の日本人の中では私が一番,PPVC工法に詳しいんじゃないでしょうか。そこは自信になるところです。
(※)PPVC=「Prefabricated Prefinished Volumetric Construction」の略
計画を立てて図面を作成し,工事を進める
私はマネジメント担当として,計画を立て,進行を管理しています。大きく分けて2つの「計画」があります。1つは「施工計画」,もう1つは「仕上げの計画」です。
「施工計画」というのは,何をいつやるかというスケジュールで,例えば1日に何個のモジュールを積まなければいけなくて,そのためにはいつからつくり始めるのか,1日にこれだけのモジュールを積むためにはクレーンが何台,必要か……といったことを計画します。
もう1つの「仕上げの計画」というのは,設計担当がつくったイメージを実際の図面にしていく仕事です。具体的な構造はどうするのか,エアコンのパイプは通るのか,通らないならここに出っ張りをつけなければいけないが,見た目としてそれでよいのか……といったことを各業者さんも交えて詰めていって,具体的な図面にしていきます。
私はこうした2つの「計画」を,スタッフを束ねながらつくり,動かしていくのですが,日本にいるときはまだ若手で,全体をマネジメントする仕事はあまりしていなかったので,まだ手探りなところもあります。シンガポール人,中国人,マレーシア人,フィリピン人,インド人と,スタッフそれぞれの文化的背景や気質もバラバラなので,みんなのやる気をうまく引き出すのも難しいです。でも,みんな違うからこそ,お互いに補い合う文化はあって,わからないことは聞きやすいですし,聞けばみんな,親切に教えてくれます。
あとは,日本だと現場監督は幅広い仕事を自分でこなすので,「間に合わない!」というときも,自分がちょっと無理をすれば済んだのですが,シンガポールでは分業が徹底しているので,それができません。例えば「ここに足場が必要だ」となったときも,日本だと一晩,頭を悩ませて自分で図面を描けば済んだのですが,こちらでは,まず足場専門の業者さんに設計を依頼し,さらに,その業者さんの描いた図面を「図面をチェックする資格を持った人」にチェックしてもらわないと先に進めない,といったことがあります。だから,事前にきちんと計画して,人をうまく動かす技術が必要で,そのあたりも難しいところですね。
日々必ず成長できる,経験がものを言う仕事
「手がけているものができあがったときがうれしい」という現場監督の人は多いのですが,実は,私はあんまりうれしくなくて。むしろ寂しいんです。今まで自分たちのものだったものが,誰か他人のものになってしまうようで……。娘を嫁がせるお父さんみたいな気持ちなんだと思います。
私は日々の現場と,そこにある,目に見えないものが心から好きなんです。それは経験や技術,知識,絆といったものです。毎日毎日,さんざん打ち合わせを重ねて苦労してきたものが実際にできてきたときや,どうしよう,と悩んでいたことが,職人さんの技術で,一瞬でぱっと解決してしまったときには心から感動します。
この仕事では,経験にはかなわないんです。現場の仕事って,5年目の人は10年目の人に勝てない。10年目の人は20年目の人に勝てない。ちょっとくらい頭がいいとかでは,経験に太刀打ちできなくて,経験が圧倒的に強いんですね。それで,経験を積んだ人たちを見るとすごくかっこいいんです。だから自分もがんばろう,ああなりたいと思えるんです。また,自分も昨日より今日のほうが成長していて,今日より明日のほうが絶対,知識が増えていて,今年より来年のほうが確実に知識が増えて成長しているんですね。そういうふうに,必ず毎日,成長できるということに,すごくやりがいを感じます。この仕事には,小手先ではできない仕事の重みのようなものがあって,そこがとても好きなんです。
実際に,私は今,文化の違うシンガポールで働いているわけですが,日本でつらい思いもしながら,現場で経験して身につけてきたことが生きていると感じています。国が違っても,やることは本質的には同じですし,図面も見ればわかります。わからない言葉があっても,最悪,図面を見て指させば理解しあえます。どこの国に行っても経験は生かせるんだとわかったことは,私にとって,大きな自信になっています。
出会ったOGの女性がかっこよく,施工を志望するように
私は,デザイナーの母親の勧めもあって,小さいころから,漠然と建築家になりたいと思っていました。それで,大学も建築学科に進みました。でも,大学院時代に設計の勉強だけではなく,海外調査をしたり,いろいろな活動をする中で,自分には室内で物事を決めていく設計の仕事じゃなくて,もっと人と会い,現場で動き回る仕事が合っているんじゃないか,と思うようになりました。とはいえ,そのときは,建設施工(現場監督)の仕事自体をほとんど知らなくて,いったんは新聞記者やテレビのディレクターといった,「人と出会い,現場で動き回る」マスコミを志望して就職活動を始めようとしていました。
そんなとき,たまたまゼネコンの施工担当の女性へのOG訪問(大学生が就職活動の際に,自分の大学の卒業生を訪問して情報収集をすること。女性の先輩はOG,男性はOB)をする機会がありました。友人から,ちょっと人が足りないから,と誘われて,何となく行ったんですが,この女性の方がすごくかっこよかったんです。そのときまでにマスコミ,メーカー,商社など,50人以上のOG・OBを訪問していたのですが,その中でダントツにいきいきと,自信と誇りを持って,楽しそうに働いていて衝撃を受けました。それで,「私はこれだ」と覚悟を決めて,大手の建設会社で現場監督をする,と決めて就職活動をして,鹿島建設に入社することになりました。入ってからは希望通りに現場監督として,タワーマンションや遊園地,大学などの現場で経験を重ね,入社7年目にシンガポールに赴任しました。
根は文系でも負けず嫌いと努力で希望の道へ
私は,中学生くらいまでは内気でおとなしくて,一人でずっと絵を描いているような子どもでした。でも,中学3年のとき,いろいろな変化があり,急に「まわりの人に負けたくない」と思うようになって。そこから勉強も部活もがんばるようになりました。
それまでは勉強も嫌いで得意ではなく,部活もテニス部の補欠だったんですが,負けず嫌いになって1年間,必死に努力した結果,勉強もトップになり,部活でもレギュラーになりました。それ以前はあんまりがんばる気もなかったし,人と競うのが嫌いだったのですが,それ以降は,高校,大学と,積極的で,リーダーもどんどんやる,という感じになりました。成績もよくなって,特に建築学科に進むのに必要な英語や数学,物理では絶対に人に負けたくないと思ってがんばりました。もともと好きなのは歴史や地理,得意なのは美術や国語と,どちらかというと文系なのですが,理系科目は好きではないけれど必死で勉強して,成績を上げました。
海外への憧れは昔からありました。特にアジアには興味があって,大学院時代は,海外調査ができるのも魅力で,インドネシアの建築の歴史を研究する研究室に所属しました。毎年,ジャカルタに滞在して現地の学生と一緒に調査をしました。調査の帰りには他のアジアの国に寄って旅行してから帰ったりもして,面白い経験でした。今でも休日には,機会があれば,いろいろな国に出かけています。
幅広く興味を持って,いろいろな人に出会ってみよう
とにかくいろいろなことに興味を持ってほしいと思います。将来,社会に出ると,勉強だけできても駄目だし,遊んでばかりいても駄目,部活や趣味の経験もあったほうがいいですし。どんな仕事をしたいかは,急いで決める必要はないと思いますが,いつかは見つけなければいけないので,そのためにはいろいろな人に会って,いろいろな意見を聞きながら,自分の大切にしたいものを見つけだすといいと思います。親の意見だけじゃなくて,友達の意見だったり,自分がかっこいいなと思える人の意見だったり,先輩の意見だったり。世の中の評判ばかりに気をとられずに,自分が心から納得できる仕事を見つけてください。私も,就職活動のときにたくさん悩み,いろいろな仕事をしている人たちに会って,その中で「かっこいい!」と思える人に出会えたからこそ,今の仕事を見つけ,自信と誇りを持って働くことができています。
建設の仕事では,1つのものをつくるのに,多くの人たちが関わります。お客さまがいて,設計をする人がいて,どうやってつくるか考える現場監督がいて,実際につくる職人さんたちがいて。みんなそれぞれが誇りや熱い気持ちを持っていて,どの関わり方もかっこいいんです。ですから,建設の道に進もうとしている人がいたら,建設の世界の中で,自分はどの関わり方をしたいんだろうと,いろいろな人に会ったり,見たりしながら考えてみてください。
私自身はその中でもプロジェクトをまとめる現場監督の仕事をしていますが,出会う人たちがとても魅力的な人たちばかりで,私にとってはこれ以外の仕事が考えられないくらいです。もう本当に仕事が好きで,一生懸命で,現場を愛して,誇りを持って働いている人がすごく多いんですよね。もちろん,現場監督というのは決して楽な仕事ではないので,「おいでよ」って簡単には言えないんですけど,他の仕事よりしんどいことも多い分,他の仕事より楽しいことも多くて,毎日が文化祭の準備みたいです。すごくやりがいがあって,誇りを感じられる仕事ですので,興味があれば,ぜひ目指してみてください!