仕事人

私わたしは東とう京きょう都と杉すぎ並なみ区くの新しん高こう円えん寺じ駅近くにある「花手紙（はなだより）」という花屋で店長を務つとめています。2015年にオープンした花手紙は街中にある小さな花屋で、従じゅう業ぎょう員いんは現げん在ざい、私わたしを入れて3人です。お店には地元の方が多く訪おとずれ、お客さまのほとんどは、自分へのちょっとしたご褒ほう美び、もしくはお祝いごとやお悔くやみごとがあった人に渡わたすためのギフト用として花を買いにいらっしゃいます。「癒いやされたい」「気持ちを伝えたい」といったお客さまのさまざまな目的に合った花を選んで、販はん売ばいすることが私わたしの仕事です。
また、店頭で販はん売ばいする花を仕入れることも私わたしの大切な仕事の一つです。花手紙では、お客さまの要望通りの花を提てい供きょうするために予約注文することをおすすめしていて、市場では主に注文を受けた花を仕入れています。さらに、予約なしで来店されるお客さまも多くいらっしゃるので、その方たちにも提てい供きょうできるよう、旬しゅんの花も一いっ緒しょに仕入れるようにしています。そのほか、お店ではフラワーアレンジメントの教室を月４回開かい催さいしていて、その講こう師しも私わたしが務つとめています。

花手紙では週2、3回、都内にある世田谷せたがや市場で花を仕入れていて、仕入れの日は夜中の2時ごろに起き床しょうし、3時半ごろには市場に到とう着ちゃくするようにしています。花の仕入れは、複ふく数すうの買い手の中で最も高い値ねをつけた人が購こう入にゅうできる「競せり」という方法と、競せりで購こう入にゅうした商品を小分けにして販はん売ばいしている仲なか卸おろし業者から購こう入にゅうする方法とがあります。競せりのほうが価か格かくは安いのですが、50本や100本といった大きな単位でしか購こう入にゅうすることができません。そのため、小さな店てん舗ぽである花手紙では、一束ずつ購こう入にゅうできる仲なか卸おろし業者から仕入れています。販はん売ばいされている花は、同じ生産者がつくったものでも一束一束、色味や質しつなどが微び妙みょうに異ことなるため、自分が求めているものを探さがすのには、いつも苦労しています。それでも、市場に行くとたくさんの花と出会えるので、仕入れは毎回、楽しいですね。
仕入れが終わったらそのままお店に向かい、8時半ごろからは仕入れた花の値ね段だんを決めたり、9時ごろからは外に花を並ならべたり水やりをしたり、その日に仕入れてきた花の「水みず揚あげ」を行ったりして、開店前の準じゅん備びを行います。その後は10時から営えい業ぎょうが始まるので、お客さまの対たい応おうをしながらの忙いそがしい時間になります。水みず揚あげとは、水分が不足している切り花に水を吸すわせることです。市場では水に浸つかっていない状じょう態たいで花を購こう入にゅうするため、店頭に出す前に水みず揚あげをして、花を元気な状じょう態たいにしておく必要があります。大きな桶おけに茎くきの6、7割わりが浸つかる量の水を入れて2時間くらい置いておくと、花の先のほうまで水が行いき渡わたるので、仕入れた花はだいたいその日の午後から店頭に並ならべることができます。

自じ宅たくに飾かざるための花を買いに来られるお客さまからは、「おすすめの花はありますか？」と聞かれることがとても多いです。その際さいには、お客さまが持っている花か瓶びんの形を聞いてそれに合うものを選んだり、どんな色や形の花が好みなのかを聞いて選んだりしながら、提てい案あんするようにしています。ギフト用として花束を買いに来られるお客さまからは、「花束が欲ほしいけど、どんな花を渡わたしたらいいのかわからない」と相談されることも、よくあります。そういう場合にはまず、お祝いごとやお悔くやみごとなどの“花束を渡わたす目的”と、“渡わたす相手がどんな人なのか”を聞いて、花束全体の雰ふん囲い気きや花の色を決めていきます。
また、花手紙では、その場で商品を買わずに予約注文をするために来店されるお客さまも多くいらっしゃいます。その際さいに苦労するのが、お客さまの要望を正せい確かくに把は握あくして、イメージ通りの花を用意することです。例えば「ピンク色の花を使ったブーケが欲ほしい」という注文を受けたとしても、お客さまがイメージする「ピンク」と私わたしがイメージする「ピンク」は異ことなることがあります。そのため、予約注文のために来店されたお客さまには、実じっ際さいにお店にある花を見てもらいながら、「こんな感じのピンクですか？」などと細かくヒアリングをするようにしています。しかし、花は自然のもので色も形も一本一本異ことなるため、お店で見てもらった花と全く同じものを市場で仕入れることは困こん難なんです。それでも市場では、できる限かぎり、お客さまの要望通りの花を探さがして仕入れるように心がけています。

私わたしが仕事をしていてやりがいを感じるのは、お客さまに信しん頼らいされていることを実感できたときです。例えば、最初に来店されたときには花の色や種類を細かく指定していたお客さまから「全部お任まかせで」と言ってもらえるようになったときには、とてもうれしく思いました。「お客さまをがっかりさせられない」というプレッシャーはありますが、任まかせてもらえるのはお店を信しん頼らいしてくれている証あかしだと思うので、もっとがんばろうという気持ちになることができます。
また、花屋にとって一年で一番忙いそがしい「母の日」にも、やりがいを感じられます。母の日には、本当にたくさんのお客さまが花を買いに来てくださり、お店の外まで行列ができることもあります。お客さまの中には小さなお子さんもいて、お母さんに花を買うためにお小こ遣づかいを握にぎりしめて買いに来てくれる姿すがたを見ると、ついサービスをしてしまうほど、うれしくなりますね。「花を贈おくりたい」という気持ちを持っている人がこんなにもたくさんいるんだと実感できて、この仕事をしていてよかったと思えます。

私わたしは、お客さまに「このお店に来たらいつも新しい発見がある」と思ってもらえるように、日々仕事をしています。そのために心がけていることの一つが、お客さまからの要望に応こたえることに加えて、「面おも白しろいな」と思ってもらえるような提てい案あんをすることです。例えば花束をつくるときに、アクセントになる色の花を入れてみることや、ちょっと変わった花を入れたり、変わった色の花の組み合わせをしたりすることを提てい案あんし、相談してよかったとお客さまに思ってもらえるよう心がけています。お客さまに提てい案あんをするためには、花に関する勉強も欠かせません。雑ざっ誌しなどでフラワーアレンジメントの作品を見たり、花以外のデザインも学んだりしながら、花合わせや色合わせのアイデアを自分の中にストックするようにしています。これからも、お客さまが何度も足を運びたくなるようなお店を目指していきたいと思っています。

私わたしは子どものころから漠ばく然ぜんと「花屋になりたい」という夢ゆめを持っていました。しかしそれが自分の本当になりたい職しょく業ぎょうなのか確かく信しんを持つことができず、大学卒業後は寝しん具ぐの卸おろし売うり会がい社しゃに就しゅう職しょくし、営えい業ぎょうの仕事をしていました。仕事を始めてからも、自じ宅たくで花を育てたり、フラワーアレンジメントを習ったりしていたのですが、次し第だいに仕事が忙いそがしくなり、花に触ふれる機会が少なくなってしまったんです。そこで「花が好きだ」という自分の気持ちを再さい確かく認にんし、しばらくして会社を辞やめ、園芸店でアルバイトをすることに決めました。その後、園芸店で働きながら、自分の好きだった生花店で行われていたフラワーアレンジメントのレッスンに通い始めたのですが、このときに転機が訪おとずれました。レッスンを担たん当とうしていた先生から「一いっ緒しょに働かないか」と誘さそわれ、先生のアシスタントとして働けることになったのです。そのお店は、先生がアレンジした花束しかお客さまに販はん売ばいしないという、こだわりの強いお店でしたが、次し第だいに私わたしもアレンジを任まかせてもらえるようになり、とてもうれしかったことを覚えています。その期間は、仕事がお休みの日や仕事の終わった夜よる遅おそくなどに先生に見てもらいながら、講こう師しの資し格かくや国家資し格かくを取しゅ得とくするなど、一いっ生しょう懸けん命めいに取り組んでいましたね。アシスタントをさせてもらった経けい験けんは、確かく実じつに今の自分の土台になっていると感じます。
先生のもとで5年ほど働いたあとは、生花や造ぞう花かを使ったディスプレイの制せい作さくを手て掛がけていました。制せい作さくしていたのは、駅ビルや屋上庭園など、さまざまな商業施し設せつのディスプレイです。この仕事では「花に興きょう味みがない人にも、足を止めて見てもらうにはどうすればよいか」を考えなければならず、生花店とは違ちがったアプローチで花と向き合うことができ、多くのことを学べました。そこで５年ほど働いたあとに自身の花屋をオープンさせることになり、現げん在ざいに至いたっています。

私わたしは、昔から花が好きな子どもでした。自分では記き憶おくにないのですが、母親から聞いた話では、小学校の通学路や公園でつんできた花を、母親に「お土産みやげ」と言ってよく渡わたしていたそうです。その後も変わらず花は好きで、高校時代は華か道どう部ぶに所しょ属ぞくし、生け花をやっていました。私わたしが学んでいたのは「草そう月げつ流りゅう」と呼よばれる流りゅう派はの生け花でした。草月流では、「真しん・副そえ・控ひかえ」という型かたに沿そって花を生けていくのですが、その生け方はフラワーアレンジメントの世界にも通じるところがあります。高校時代に生け花をやっていた経けい験けんは、洋風のアレンジメントをつくっている今の自分の仕事にも生かされているのではないかと思います。

私わたしがみなさんに伝えたいのは、やりたいことや夢ゆめがあったら、とりあえずそれに向かってがんばってみてほしいということです。私わたし自身、「努力をすれば絶ぜっ対たいに夢ゆめがかなう」とは思いませんが、努力をしなければ夢ゆめがかなわないことは確たしかだと思っています。そして、たとえ夢ゆめに到とう達たつできなかったとしても、それまでの経けい験けんは絶ぜっ対たいに自分の糧かてになるはずです。私わたしも、花屋になるという夢ゆめをかなえるまでずいぶん遠回りをしたのですが、そこにたどり着くまでのすべての経けい験けんが、今の自分の力になっていると感じています。みなさんも、どんな経けい験けんも無む駄だにはならないと信じて、やりたいことや夢ゆめに向かってどんどん挑ちょう戦せんしていってください。
また、花に関することで伝えたいのは、生活の中に少しでも花を取り入れてみてほしいということです。おうちの中に少し花があるだけで、気持ちがとても癒いやされ、生活が豊ゆたかになりますよ。ぜひ1本、2本からでも、花をお部屋に飾かざってみてほしいなと思います。