※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月13日)時点のものです
誰もが自分らしく咲ける社会を目指す会社「ローランズ」を経営
私が目指しているのは、障がいの有無に関わらず誰もが自分らしく咲き誇り生きられる社会です。その環境をつくるために私は、「人を咲かせる花屋」をコンセプトにした会社「ローランズ」の経営をしています。「ローランズ」という名前は、花の女神の名前「フローラ」と、人を意味する英語「ヒューマン」のそれぞれの一部を組み合わせた造語です。街中に花を咲かせることで人々を笑顔にした花の女神(FLORA)のような存在を目指し、ローランズは生まれました。
事業の柱は大きく分けて3つあります。生花を使ってフラワーギフトを制作して全国に発送したり、ウエディングやブランドショップなどの空間装飾をしたりする「フラワー事業」、働くことを継続するのが難しい状態にある、またはこれから働くことを目指す障がい当事者に向けた「就労支援事業」、障がい者雇用を進めたい企業をサポートする「雇用支援事業」を展開しています。
従業員数は80名で、そのうちの約7割となる55名は、身体障がい、聴覚障がい、精神障がいなどさまざまな症状と向き合うスタッフです。障がいの有無に関わらず全てのスタッフが、働くことを通してお互いを尊重し合い、ともに成長していくことが、私の大きな喜びです。「働くことが楽しい」「自分らしくいられる」といった声を聞くのが本当にうれしく、この声を聞きたくて、私はローランズを経営しているのだと思います。
フラワーギフト販売や装飾のほか、カフェを併設した花屋や花農園を運営
「フラワー事業」のフラワーギフト販売では、個人や企業からご依頼を受けて、最適な花をアレンジして納品します。中でも多いのが、新しいお店がオープンするときや、会社が移転するときに贈るお祝いの花です。結婚式や披露宴に使う花のアレンジも好評で、年間600組ほどの新郎新婦のお花を担当しています。お客さまと打ち合わせをし、結婚式で花嫁さまが持つブーケに使う花やテーブルに飾る花などは、どのようなものがふさわしいかなど、考えてご提案しています。
また、私たちが大切にしている活動拠点の一つに、カフェが併設された花屋、「ローランズ原宿」があります。「ローランズ原宿」は、若い人が多く行き交う原宿という場所柄を考え、またお花を好きになってもらうきっかけの場所をつくるために、カフェ併設という形を取り、2017年にオープンしました。花であふれた店内では、花をイメージしたスムージーやオープンサンドなどを味わっていただけるほか、生花やフラワーギフトも販売しています。カフェにいらしたお客さまが「お花って素敵だな」と思い、花のある暮らしをスタートさせていただけたらと考えています。2023年冬現在、原宿と天王洲アイルに2つ店舗があり、2024年の春に1店舗、増える予定です。
ほかにも、「ローランズ原宿」で定期開催している子ども食堂「お花屋さんのこどもごはん」や、季節の花を栽培する農園「ローランズファーム」などを運営し、どの職場でも障がいと向き合うスタッフが花を通じて活躍しています。
障がい者雇用の推進をサポート
「雇用サポート事業」では、障がい者の採用を考えている企業に対して、花を通じた障がい者雇用の推進をサポートしています。ローランズは、障がいと向き合いながら企業で働くことを目指す人たちに向けて就業のための訓練を行う「就労移行支援事業」を行っており、企業で働くために必要な社会常識やマナーを覚えてもらったり、生花の扱いや接客などに関する技術、知識を身につけてもらったりといった技術支援をしています。そして、そこでの卒業生を、企業とつないでいます。今までローランズは、自社での障がい者雇用を増やしていこうと頑張っていましたが、私たちが1社で行っていてもスピードは遅く、なかなか社会全体での雇用は広がりません。他の企業と一緒に雇用づくりに取り組んだほうが、多くの花咲く雇用が生まれるはずです。
そこで、私たちの思いに賛同してくださる企業と連携して、企業の中に、フラワーギフト(花束)を制作するための花の栽培と花束加工を行う「フラワーチーム」をつくり、その運営を障がい者雇用の枠で採用したスタッフに担当してもらう、という仕組みをつくりました。私たちは企業に対して、花の栽培や加工に関わる技術指導やスタッフの教育に関するノウハウを提供し、多様なスタッフが働く「フラワーチーム」をバックアップします。花を通じた企業との障がい者雇用づくりは、今では約20社と連携するところまで、取り組みが広がりました。
この取り組みを始めた背景には、日本で、障がいに向き合う人たちが働くための受け入れ環境がまだ十分に整っていないということがあります。現在の日本の法令では、一定人数以上の従業員がいる企業や団体には、障がいと向き合う人を雇用する社会的責任があります。従業員数に対する障がい者雇用率は年々引き上げられており、現在(2023年度)は、従業員数の2.3%以上の障がい者を雇用することが必須になっています。従業員数が43.5人以上の企業は、障がい者を雇用する社会的責任がありますが、日本の半分以上の約6万社の企業や団体が、その雇用に取り組めていません。もっと企業や団体にとって障がい者雇用が身近なものになるよう、そしてそこで働く人の心が咲くよう、私たちの花を通じた雇用サポートが役立つと良いなと思っています。
得意な仕事を割り振り、一人一人の良さを伸ばす後押しをする
会社の経営者として、共に働くスタッフが働きやすい環境をつくることをいつも考えています。心がけているのは、障がいの有無に関わらず、社員一人一人と向き合っていくことです。ローランズでは5人ほどの少人数でチームを組み、そのチームが集まって会社をつくっています。その責任者となる社員を中心にチーム内でコミュニケーションをしっかり取り、“手は離すけど目が届く”チーム人数にすることで、お互いの体調の変化にもすぐに気づけるようにしています。
また、スタッフそれぞれの得意なことを見つけ、それを生かした仕事を割り振るようにもしています。そのための工夫の一つが、業務を細分化して分担することです。たとえばカフェでスムージーを作るときには、「スムージーに使うフルーツや野菜を切る」「切ったフルーツの重さを量って、1杯分ずつ袋に取り分ける」などに作業を切り分けて分担しています。同じように、フラワーギフトを制作するチームでは、「花瓶に土台をつくる」「花をアレンジする」「ラッピングする」「商品を箱詰めする」など細かく工程を分けています。
障がいと向き合う人は、人より得意不得意の凹凸が大きいケースがあります。できないことや苦手なことがあるときに、「不得意をどうにかしよう」「できるようにしよう」としすぎるとうまくいきません。苦手なことを克服するのも大事ですが、すでにできることを生かし、伸ばしていく方向で仕事をしてもらったほうが、やりがいや自信につながります。ですからローランズでは、スタッフの“できること””すでに持っている力”に注目し、仕事を任せています。「できる」という自信や、「仕事が楽しい」という気持ちを持ってもらうことが何よりも大切だと思っています。
また、特に幼少期から障がいと向き合ってきた人は、「誰かに笑われた」「みんなと違うと言われた」など、過去につらい体験をした人が多いです。ローランズでは、障がいの有無に関係なく、仲間どうしで違いを受容し支え合う文化があります。誰かが働くうえでの課題が発生したときに、チームで何ができるかを考え相談し合っている姿を見ると、とても誇らしい気持ちになります。
未来を見越して新しいプロジェクトを考える
会社を経営する者として、これから始める新しいプロジェクトを計画することにも力を入れています。他社とコラボレーションして新店舗をつくることもありました。たとえば2023年12月にオープンした大手化粧品メーカー「ピアスグループ」の店舗内には、ローランズが監修したカフェ併設型の花屋「ピアス×ローランズ」があります。相談があったのは、2023年春ごろでした。私は、最初に店舗のコンセプトやデザインの方向性などを、先方の担当者と一緒に考えました。その先はローランズのフラワーチームやカフェチームと一緒に取り組みます。ローランズのメンバーが先方と一緒に店舗のレイアウトやメニュー構成、取扱い商品を決めたり、新しい店舗で働くスタッフの研修を行ったりして、無事開店させることができました。
新しいプロジェクトを計画するときに苦労するのは、未来のことが分からない中で、5年先、10年先や周辺環境の反応を予測して計画を立てなければいけないことです。未来のことは誰にも分かりませんよね。予想していたシナリオと全く違う未来になったり、準備を進めていたプロジェクトが予期せぬことで大きく方向転換が必要になったり、思いもしない結果になることはたくさんあります。そのようなときは計画の立て直しや、最初からやり直しをしなければならないので大変ですが、「どんなに大変なことも、1年後には笑い話にできるように」と考え、とにかく一生懸命やり切ることを大切にしています。
子どもたちの夢を叶えたい
障がいと向き合う人への支援を考えるようになったのは、大学時代、特別支援学校の教員免許取得の際に教育実習で訪れた特別支援学校での子どもたちとの出会いがきっかけです。実習で初めて障がいのある子どもたちに出会ったときに、みんなが将来の夢を話してくれたのです。お花屋さん、ケーキ屋さん、パイロットなど、たくさんの将来の夢を笑顔で教えてくれました。でも実際の就職率は15%ほどで10人に1、2人しか働く夢が叶わないことを知り、とてもショックを受けたことを覚えています。仕事に就けたとしても、その選択肢は事務や軽作業がほとんどでした。この事実を知ったときに、「子どもたちの選択肢が広がり、働く夢がもっと叶う社会にしたい」と思いました。
このような思いを持ちながらも、当時はどうすればいいのか分からず、大学卒業後は一般企業に就職しました。しかし、新人時代はうまくいかないことばかりで心がどんより沈んでしまいました。このときに私を癒してくれたのが、通勤途中にあった花屋でした。きれいな花を見て何度も心がリセットされる経験を重ねるうちに興味がわき、週末にフラワーアレンジメントの勉強をするようになりました。最初は職業にするつもりはなかったのですが、気づいたら熱中していて、勉強し始めて半年後には作品を展示会に出品し、私個人に仕事の相談や注文が入るようになっていきました。そこで23歳のときに独立を決意し、自宅の一角でフラワーギフトの制作と販売の仕事を始めることにしたのです。
障がいのあるスタッフの雇用を現実的に考え始めたのは、起業3年目に入ったころに、障がい福祉事業所からフラワーアレンジメントのレッスン依頼を受けたことがきっかけです。このときに学生時代に出会った特別支援学校の子どもたちの笑顔を思い出し、「やりたかったのは、これだった」と気づきました。
硬式テニスに打ちこみ、「あきらめずにやり抜く心」が育った
私は、小さいころからスポーツが大好きでした。特に、中学校から大学まで、硬式テニスに打ちこんでいました。毎日、練習に明け暮れていたので、当時は真っ黒に日に焼けていましたね。スポーツをやっていて良かったと思うのは、「最後まであきらめず、一生懸命やり抜く心」を育むことができたことです。
硬式テニスの試合では、急に突風が吹いてボールがありえない方向に飛んで行ったり、思いがけずケガをしてしまったり、予想しないことが本当によく起こります。それでも試合は続いていきます。ある程度のことにはその場で対処し、気持ちを切り替えて最後まで戦うしかないのです。同じように、人生には試合のときのように予想外のことがたくさん起こります。有終の美が飾れなかったとしても、一生懸命やったその時間は、何よりも自分の心を育ててくれますし、その姿を誰かが見てくれていて、新しいチャンスが舞いこむこともあります。スポーツを通して「どんなことがあっても全力で最後までやり抜こう」と考えられるようになったのは、とても良かったと思います。
また、スポーツに一生懸命取り組んだおかげで、大学は推薦で進学することができました。この大学に特別支援学校の教員免許が取得できるカリキュラムがあったことから、特別支援学校での教育実習に参加し、障がいと向き合う子どもたちにも出会い、今の仕事と出会えたのです。
一生懸命やり切れば、想像しなかった素晴らしいことに出会える
みなさんは、やりたいことがあったら、それをとにかく一生懸命やり切ってほしいと思います。頑張ってもなかなかうまくいかないことや、途中で嫌になって投げ出したくなることがあるかもしれません。それでも、「一生懸命やること」「やり切ること」で、その後に残るものに大きな違いが出てきます。たとえば、自分が予想していなかった新しい発見、出会い、チャンス。あきらめていたらできなかった経験に出会えるのです。今、夢中になれること、ちょっとでも関心があることに、とことん向き合ってみる経験を、今はできるだけたくさんしてほしいですね。
また、障がいの有無に関わらず、世の中に価値のないものなど存在せず、みなさん一人一人にとても大きな価値と可能性があるということを伝えたいです。誰かに「それは無理だ」と言われたとしても、たくさんの夢も持ってほしいと思いますし、私もみなさんの夢が叶う社会をつくることに全力を注いでいます。私の周りの夢を叶えた大人たちは、自分の夢を語って笑われても、やり抜いた人ばかりです。周りになんと言われても、あなたがあなたを信じられさえすれば、大丈夫です。
障がいの有無に関わらず、誰もが花咲いて生きられる社会になるために、これを読んでいるみなさんには、「あなたは、あなたで良い」ということを、誰よりもみなさん自身が信じ、大切にして過ごしてもらえたらうれしいです。