※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月14日)時点のものです
「聴くこと」を仕事に。よりよい社会を目指して、会社を起業
私は2020年に株式会社Lively(ライブリー)を立ち上げ、代表取締役を務めています。私たちの会社が提供しているのは「LivelyTalk」というライブコミュニケーションサービスです。LivelyTalkは、話を聴いてほしい人(メンバー)と聴き手(ホスト)をつなぎ、気軽にトークを楽しんでポジティブな気持ちになってもらうためのオンラインサービスです。このサービスは、話を聴いてほしい人がお金を払ってトークルームに参加する仕組みになっています。現在、個性豊かで多様な経験を持つ100名以上のホストが在籍しており、さまざまな年代のお客さまの話を聴いています。2022年に運用を開始して半年で、1,000回のトークを実現しています。
日本ではカウンセリングの利用率は6%程度とも言われており、誰かに話を聴いてもらうことはあまり一般的ではなく、自分の弱さを相談することは恥ずかしいと思っている人も少なくありません。「話を聴いてもらうことは自分を整えるために必要である」とポジティブに捉える人がもっと増えて、日常的に誰かに話を聴いてもらうことで常に自分をよい状態に保つ人が増えていく、そんな社会になればいいなという願いを持って、サービスを提供しています。
お客さまにいつでも「よかった」と思っていただくために
私の仕事は、主に「採用」「教育」「広報」の3つです。「採用」はホストの採用です。定期的に説明会を開き、応募書類を確認したり、聴く力が備わっているかどうかを面談で確認したりしています。採用した方の「教育」については、よりよい聴き方を実践方式で指導しています。さらに、会社の「広報」にも携わっています。会社の事業をプレゼンテーションするイベントに参加し、サービスに興味を持ってくださる会社や自治体を探して働きかけたり、聴くことの大切さを伝える研修を実施したりしています。人前で話すことに少し苦手意識はありますが、会社を発展させるために必要なことなので、精一杯、取り組んでいます。
どの仕事も大切ですが、ホストの質を高めることが会社の強みになると考えており、とりわけ「教育」に力を注いでいます。ホストとして採用した方には、初めに約3時間の研修を受けてもらい、その後も教育コンテンツで学ぶ機会をつくるなど、話を聴く力を高められる工夫をしています。私はいつもサービスをお薦めする際に「ホストを厳選して採用し、しっかりと教育しています」と伝えていますが、ホストに話を聴いてもらう体験があまりよいものでなかったら、次もお願いしたいと思ってもらえないですよね。いつでも「よかった」と言っていただけるように、ホストの聴く姿勢ややる気、改善しようという気持ちを高められるように気をつかっています。お客さまからよい声が届いたときなどは、必ずホストに伝えるようにしています。
よりよい働き方の選択肢を増やしたい
私は大学を卒業後、リハビリの専門職である作業療法士として働いていました。結婚して子どもが3人生まれた後は、仕事から離れていました。
その後、オンラインでお客さまの話を聴く仕事を始めたところ、とても楽しいと感じたことが、会社を起業するきっかけになりました。しっかりと耳を傾けて話を聴くことで相手の心を満たすという役目に、大きなやりがいを感じました。社会で働きながらお金をいただくことで、同じように社会で働く夫との立場や発言の重みが同等になったような気がして、自分自身の価値をもっと認められるようになりました。
周りを見渡すと、働く上での選択肢が少なかったり、昔の私と同じように自分の価値について悩んだりする子育て中のお母さんがたくさんいました。そうした人たちがもっと気軽に働ける仕事があればよいのにと思ったときに、「話を聴く」仕事が、働き方の選択肢の一つになればと思ったんです。「話を聴く」仕事は家でできますが、社会では職業として広く知られておらず、確立されていないと感じていました。そのため、もっと社会に広めて、活躍できる人を増やしたいと思ったんです。その思いが「聴くコミュニケーションにチャンスをつくり、孤独を減らす」というメッセージを込めたLivelyの創設につながりました。
頭の中に思い描いたサービスを、ゼロから立ち上げる大変さ
LivelyTalkのサービスをゼロから立ち上げるまでは、必要なこと一つ一つを壁のように感じました。というのも私は起業する前、一般企業での勤務経験も、新規事業をつくる経験も、ましてや経営の経験もなく、このサービスを立ち上げたいと思っても何から始めればいいのか、まったくわからない状態だったのです。
そこでまず、自治体が運営する起業支援施設で3か月間、事業計画書の作り方からマーケティングのことまでを勉強しました。次に実践が大切だと考えて、そこで出会った会社の経営者に働きかけて、経営を学ばせてもらうために無償で働かせてもらったこともあります。結果として、その方が私の事業に共同経営者として参加してくれることになり、現在までその方と私の2名で働いています。経営やマーケティングの知識を補ってくれたのは、ありがたいことでした。
けれども、二人ともウェブサービスに携わったことがなかったので、その点は試行錯誤しました。会社を起業し、サービスのプラットフォーム(ウェブサイト上の場)ができ上がる前に「話を聴く仕事をしませんか?」とホストを募集し、「この時期から始めます」とホスト希望者に告げていました。しかし、システムが予定通りにでき上がらず、希望者の熱量が冷めてしまう、というトラブルもありました。プラットフォームができるまではお客さまを呼びこむこともできず、落ち着かない日々を過ごしました。サービスの開発には資金も必要なので、さまざまな補助金について勉強するなど、資金集めにも一生懸命、取り組みました。
「聴くこと」に価値を見いだしてもらえる体験がうれしい
大変なこともありますが、ホストやお客さまの喜ぶ声を聴くと「このサービスをつくって本当によかった」と思います。
人の話を聴くのが得意な人は、どちらかというと控え目な性格の人が多いのではないかと思います。そのため、「話を聴く」という自分の得意なことが生かされると「相手の話を聴くことで、こんなに喜んでもらえるんですね」と大きな自信を持ってもらえます。私は、聴く力は人を幸せにする力、社会の孤独を癒やす力だと思っているので、聴き上手な人が活躍できることを喜ばしく感じます。また、「ホストの方が自分の話に共感して、一緒に泣いてくれました」という声をお客さまから聞いたり、お客さまが「本当にいい体験でした」と言って何度もリピートしてくれたりすると、孤独が癒やされる経験をしていただけて本当によかったと思います。
私たちは「話を聴く」仕事を社会に浸透させるために、「このサービスをどのくらいの人数に使ってほしいか」という経営上の数値目標を立て、目標達成のために日々、努力しています。共同経営者とは、たとえ大変なことがあっても「誰かにやらされているわけではなく、やりたくてやっているから、そもそもハッピーだよね」という話をしています。
まず、運営する自分たちが生き生きと楽しそうに
LivelyTalkの「lively」とは生き生きと、という意味の言葉です。共同経営者とは「まず私たちがlivelyな気持ちでいないと、周りにそういった気持ちが広がらないよね」という話をしています。私たち運営側が生き生きと楽しそうにすることによって、聴き手の仕事に興味を持っている人も「LivelyTalkのホストになりたい」と思ってくださるし、ユーザーからも使いたいと思われる。だから自分たちが常に元気な状態でいるように心がけています。
スタートアップ企業(設立から間もない、新しい企業)なので事業を軌道に乗せることも目標の一つではありますが、たとえうまく行かなくなることがあっても、そこで得られるものも絶対にたくさんあると思っています。そのため挑戦自体がすごく楽しいですし、学びのある日々に感謝しながら事業に臨んでいます。
サービスを運営する上では、長期的な目線を持つように気をつけています。というのも、私は物事を短期的な目線で考えがちで、かつストイックな性格のため「今日、絶対にこれをやりきらないと眠らないぞ」というような気持ちで、よく仕事をしてしまうんです。でも、共同経営者には「会社経営は長距離マラソンなので、100mダッシュのように仕事をしても意味がないよ」と言われます。その言葉を心に刻んで、自分にも会社にも人にも長期的な目線を持とうと考えています。ホストを育てる際には、自分のようにストイックな姿勢を求めてしまいそうなときもあるので、少し立ち止まって「その人には、何が必要なのか」という視点で考え直して言葉をかけるなど、 長い目で人を育てることを意識しています。
「聴く力ってすごい」という原体験が、今の仕事につながっている
小さなころから人の輪に入っていく人懐っこい方で、とても活発なタイプでした。中学時代は県内で優勝するほどのテニスの伝統校で、テニス部のキャプテンをしていました。部員同士のけんかも時々あったので、部員の話をよく聴いてチームが円滑に回るように気をつかっていました。
大学に入るために勉強をしていたときに、今の仕事につながる印象的な出来事がありました。それは、当時92歳だった祖父が交通事故にあったときのことです。パワフルだった祖父は入院治療とリハビリを経て家に戻って来たのですが、家の布団から起き上がろうとせず「生きていても仕方がない」と言ったのです。私はとてもショックを受けて「体が回復しても心が元気じゃなければ、人生を生きているとは言えないのかもしれない」と強く感じました。そのとき自分にできることは話を聴くことだと思い、祖父が元気だったころの話を繰り返し聴いていました。するとそのころの活気を思い出したのか、寝たきりだった祖父が、座ったり着替えたりして私を待つようになり、最終的に、いつも通りにリビングで過ごすようになったのです。そのときに感じた「聴く力ってすごい」という体験が、今の仕事につながっていると思います。
目の前の出来事に真剣に向き合っていれば、道は開けてくる
よく「やりたいことはどうやって見つけるんですか?」と聞かれることがありますが、私の子どものころを振り返ってみると、明確にやりたいことはありませんでした。成長する過程で「テニスの強い高校に行きたい」「農家になりたい」という希望を持つこともありましたが、周りの反対意見をくつがえすほどの熱意はなかったように思います。最初に医療職に就いたのも、「手に職をつけると就職しやすいから」と母親に勧められたことがきっかけでした。
そんな私ですが、目の前の出来事にすごく一生懸命に取り組んでいたら自分の進路が見えてきたので、みなさんも心配することはありません。今は気づいていなくても、すでに好きなことや得意なことは自分の中に存在していて、いずれその道に導かれるのではないかと思っています。だからやりたいことを焦って探さなくても、目の前にあることを大切に、真剣に向き合うことをお勧めします。自分の人生を好きなように生きることが何よりも大切だと思います。