※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月05日)時点のものです
「働きやすさ」を一番大事にしている、ITシステム開発の会社
私は、大阪府大阪市にある「有限会社奥進システム」で社長を務めています。当社では、企業の業務改善をしたりサポートをしたりするためのITシステムの開発や、企業や行政機関などのホームページ制作を手がけています。2000年の設立時から「働きやすい会社」にすることを一番大事に考え、ITシステム開発会社としては珍しく「100%自社内で」開発を行っています。
通常、ITシステム開発会社では社員が顧客の企業内に席を置いて開発するケースが多いのですが、奥進システムではそれをしていません。私は、働きやすい会社には、時間と場所に縛られない働き方が不可欠だと考えており、奥進システムでは「残業をゼロにすること」と「どこでも仕事ができる」ことを目指した就業規則を整えています。他社に常駐する場合は、常駐先の企業の就業形態に合わせて働くことになり、これらの目標が達成できなくなるため、全社員が当社の就業規則の中で働けるよう、全員が自社内で開発を行っています。
奥進システムのメンバーは私を含めて12名。そのうち3名に身体障がいが、7名に精神障がいがあります。精神障がいに難病を併せ持った人もいます。この話をすると「障がい者を雇うためにつくった会社」だとよく言われますが、まったくそんなことはなく、一般の会社をつくり、一緒に働ける仲間づくりをしていったら、結果的に障がいのある人が増えていったというのが実際のところです。
「働く力はあるのに働く場がない」人を雇用し、力を発揮してもらう
会社の設立当初は資産も少なく、ずっと仕事をもらえる保証もありませんでした。通常の採用活動を行うには難しい状況の中、「時間と場所に縛られない働き方」というポリシーにマッチしていて、「働く力はあるのに働ける場がなくて困っている人」を雇えたら互いに“Win-Win(ウィンウィン。自分も相手も、双方が得をする形になること)”ではないかと考えました。そこで、目的に合う人がいそうな施設や団体を巡ったうちの一つが、障がい者の就労支援施設でした。
外に出るのは難しいけれど、システム系の仕事ができる人に来てほしいとお声がけしたところ、その3年後に私の話を覚えていてくれた職員の方が連絡をくれました。頚髄損傷による身体障がいのある男性がいて、プログラミングを学んでいるので、在宅勤務でも大丈夫なら実習をしてみてほしいと。そこで実習を経て2006年に雇用したのが、最初の社員となった福井です。その後に雇った社員もほとんどがそうした形で、就労支援施設からの実習を経て入社しています。現在はシングルマザーの社員も2名おり、当社で働いている者はみな何かしらの事情を抱えながら、力を発揮しています。
日報のコメントや対話で社員の様子を把握し、業務をコーディネートする
私の主な仕事は、資金管理や会社としての大きな方針決定などの経営全般と、会社全体の業務をコーディネートすることです。たとえば、奥進システムでは原則として残業ゼロを実現していますが、残業をなくそうとすると、一番忙しい時期の業務量をもとに人を配置する必要があります。そうすると、忙しくない時期には、各社員に多くの空き時間が生まれてしまう。その時期に、みんなの行動を効率化する方法に集中的に取り組んでみたり、急に仕事が入ったときでもすぐ取りかかれるような仕組みをつくったりするなど、空き時間を今後の仕事に生かしていくための戦略的な部分を考えています。ほかにも社員との個別相談で、働きにくいと相談を受けた部分の就業規則を変えたり、資金のバランスを見て、お金をかける分野や設備を判断したり、クライアントからのクレームなどの対応をしたりするのが私の役割です。
また、社員が毎日記入する日報にコメントも返信しています。自社開発の業務日報システム「Cactus(カクタス)」と精神障がいがある社員用の日報システム「SPIS(エスピス)」で社員とコメントを交換し、メンバーそれぞれの状況を共有しています。それ以外でも、日々の様子を見ていて気になることがあれば、朝礼後に少し会話をしたり、精神面も含めて大きく体調を崩していると感じた社員とは面談をして、じっくり話を聞いたりもします。
さらに、私がしなくてはならないもう一つの重要な仕事が、営業です。というのも、現在、奥進システムで手がけている仕事は、「営業」の結果というよりは、自然と集まってきたものがほとんどだからです。実は、私は仕事の時間の約半分を奥進システムの社長業にあて、残り半分をCSR活動(企業が負う社会的責任に関わる活動)や、障がい者雇用に関するNPOの代表理事など他団体の仕事に使っています。そうした活動をしているうちに、ご縁があった企業や団体からITシステムに関わる相談をいただくことが増え、結果的に当社の仕事の約3分の2を占めるようになりました。現状はそれで回っているものの、継続して仕事をもらえる仕組みにはなっていません。営業は未だに当社の課題であり、挑戦を続けているところです。
社員が働きやすい環境をつくるため、オリジナルの設備やルールを導入
社員が働きやすい環境をつくるため、さまざまな取り組みを行っています。たとえば事務所のトイレの入り口は、車いすを利用する社員も無理なく使えるよう段差をなくし、ドアも引き戸を手作りしました。会議室や作業用の机は、下に車いすが入る高さのものを用意しています。また、体調を崩した社員が休めるベッドや、頚髄損傷のある社員がベッドを使うときのためのリフトも常備しています。
発達障がいや精神障がいのあるスタッフに対しては、個々の特性に合わせた仕事上のルールや制度をつくっています。精神障がいのある社員には、部署内で週1回、さらに私と月1回、体調や作業の仕方を話し合う「振り返り」の時間を設けているほか、仕事への集中のしすぎを防ぐために10時20分と15時20分から必ず約10分の休憩を取ってもらうルールもつくりました。一つのことに悩みすぎてしまう特性の人もいるので、仕事で30分悩んだらそれ以上は一人で考えず他の社員に相談する「30分ルール」というものもあります。また、「苦手なことはしない」を前提に、障がいの影響でできない・やりたくないことは申告してもらって、できる人が担当するように仕事を割り振っています。
労働環境では、最初の社員入社時から在宅勤務をOKにし、人によって出勤日を週2、3日に調整しています。体調が悪いときには短時間勤務ができる制度や時差出勤の利用も可能にしました。これらは現在行っている取り組みの一部ですが、必要なサポートは人によって異なることから、新しい社員が入ったときには、社員どうしが互いに自分の障がいや配慮してほしいポイントを全員の前で説明する「障がいプレゼン」と質疑応答の時間を設け、配慮してほしいことを全員が互いに理解し合い、適切なフォローをし合えるようにしています。
設備も制度も、状況に合わせて変える。トライ&エラーが面白い
ほかに、試してみたけれど上手に生かせなかった設備や制度もたくさんあります。たとえば、仕事中にどうしても眠ってしまう特性がある社員に、耳元に装着すると頭がコックリした瞬間にそれを検知して振動するという、居眠り防止用のツールを用意しました。しかし、しばらくは効果があったものの、すぐに本人が慣れて、器具が振動しても起きなくなってしまいました。次に椅子をバランスボールに変えてみたのですが、これも慣れると器用にバランスを取りながら眠ってしまい……。今は机の高さを自由に調整できるものにして、眠くなったら机を高くし、立って仕事をする方法がうまくいっています。
また、メール作成に時間がかかるという社員用に「チャットGPT」というツールを取り入れています。これは、生成AIと呼ばれるもので、まるで人間のように文脈を理解し、会話をすることができ、新たな文章やアイデアも生成できます。メール作成の場合、伝えたい大まかな内容を入力すると、すぐに適切な文面を出力してくれるのです。
仕事中、ふいに動悸が激しくなって体調を崩してしまうという社員には、脈拍を常時、測れるスマートウォッチを支給しました。以来、動悸の異変を感じたらすぐ数値を見て、それほど上がっていなければ「気のせいか」と冷静になれるし、上がっていたらちゃんと休むという判断がしやすくなったそうです。
配慮のポイントは個々人や環境によって変わるので、以前の常識のまま同じサポートを続けていてもうまくいきません。私自身が新しいツールを試すことも好きで、健康器具や新テクノロジーのイベントなどに行って、良さそうなものがあればすぐ導入し、スタッフに試してもらっています。日々トライ&エラーの繰り返しですが、それがまた面白くもあります。
精神障がいのある人が安定して働き続けられるように開発した日報システム
日報システム「SPIS(エスピス)」は、「精神障がいのある人が安定して働き続けられる環境をつくりたい」という思いから、当事者の社員と一緒に開発しました。彼らが落ち着いて仕事を続けるには、日によって異なる本人の状態を、自分自身や周りの人が理解したうえで対応することが欠かせません。そこで、職場で体調や気持ちの状態を伝えるツールを開発しようと考えたのです。
特徴として、利用者ごとに日々の状態を入力する項目を選べるようにし、その日の状態を数値で打ちこめるようにしました。たとえば「不安になりやすい」という特性があるなら、「不安に感じたか」「孤独感があったか」などの項目を設定して、その日その日の数値を入力してもらいます。SPISでは日々の数値がグラフ化されるため、本人も自分の体調や心の状態の変化を振り返ることができますし、それを上司や外部支援者が見れば、第三者も状態に“波”があることを把握できます。目では見えにくい心の状態を分かりやすく表すことで、周りの適切な対応をサポートするものです。当事者が職場に定着するうえでいかに役立つツールにできるか、が開発の大事なポイントでした。
目的はあくまで安定的に働ける職場環境づくりなので、SPIS自体を広めたいとか売り上げに貢献させたいという気持ちはまったくありません。むしろ他の類似ツールが登場したり、こうしたノウハウの部分が広がっていったりしたらうれしいです。同じ目的で、SPISを使ってくれている会社どうしの交流会なども開催しています。SPISをどう使うかは、組織によって千差万別です。さまざまな使い方をお互いに見て、職場ごとに精神障がいのある人が安定して働ける方法を考えてもらえたら、それに越したことはありません。実際、使い方の幅は広がっていて、障がいがある人に限らず、心が弱ってしまった人の職場復帰に役立てられたり、新人教育のために使われたりもしています。
日々、自分に何ができるかを考え、トライする
社員のサポートやSPISに関わる取り組みなどがうまくいっていることを感じられる瞬間は、私にとってかけがえのないものです。こうした、確固たる正解がなく明確な成果が見えにくい仕事へのモチベーションを保っていけるのは、サポートや取り組みを継続して良い方法や事例を増やしていくことが、私自身の喜びになっているからです。精神や身体がどんな状態でも、それぞれが力を発揮できる仕事に就け、仕事をしている瞬間に幸せだと感じられる環境づくりをして、みんなが働く喜びを感じられる世の中にしていきたい。最初は身の回りの狭い範囲からでも、そのための活動を続けていくことで、少しずつ広げることはできるはずです。
私の仕事と活動の究極的な目標は「ダイバーシティ&インクルージョン」(年齢や性別、国籍、特性などさまざまな違いを尊重し、認め合い、個々の特性が生かされている状態)が実現された社会づくりと「世界平和」です。いずれも大きすぎる目標のため、きっとどうしたってたどりつくのは難しいでしょう。それでも、自分には何ができるのかを考え、トライし、少しでも効果が認められたと思える瞬間があれば、やりがいになります。
「障がい者雇用」は難しいことではありません。当事者がそれぞれの組織に合った“働ける力”を備えているのなら、環境づくりさえすれば、実現できます。実際、経営者のシビアな目で見ても、奥進システムの社員は素晴らしい働きをしてくれています。そうした方と働くために組織や私たち仕組みをつくる側の人間ができるサポートは、最大限の環境整備をし尽くすことだと思います。
誰かと一緒に目標に向かっていく大変さと面白さを、若いころに味わった
小学生のころは、ひたすらおちゃらけていた子どもでした。中学校では生徒会長を務め、学校行事などの運営に関わるうちに、他者と団結してさまざまなことに取り組む面白さに気づきました。みんなと一緒に活動すると、自分一人では成しえない大きなことができて、周りの人を笑顔にできると体感したのです。高校ではコンクールで日本一を取れるくらい有名な吹奏楽部に入部し、仲間と一緒に目標に向かってやり抜くことのしんどさと面白さ、達成感を味わいました。
一方で小学校から、「自分はなぜ生きているのか」をずっと考えている、少し変わった子どもでもありました。当時は「結局のところ、その答えは分からないだろう」という気がしていましたが、いつの間にか自然と「自分が世の中にできることを考えて取り組む」ことこそが、私の生きる道なのではないかと考えるようになりました。子どものころから続くそうした思いが、今の仕事や活動とつながっているように感じます。
「誰とでも仲良く」ならなくていい。でも、「好き嫌いの輪」の中にもっと多様な存在を入れてほしい
若いころが、人生のすべてを決めるわけではありません。この時期に困難なことがあっても、生きていくのに一生困るというわけではありません。私自身も、周りの人たちと物事の感じ方が全然違うと思っていましたが、そうした疎外感や人と全然話せなかったりした経験も、きっと社会人になったときには生きてきます。むしろ、若いうちにさまざまなことをして、広い意味で自分の好き嫌いを知ることができると、後々、生きやすくなるのではないでしょうか。みなさんには、今とずっと同じ感覚・状態のままで大人になるわけではないことを知っておいてほしいです。
私はダイバーシティ&インクルージョンの実現を目指していますが、これは別に「みんなが誰とでも仲良くなる」という意味ではありません。人間、誰でも好きな人がいれば、嫌いな人もいるのが当たり前です。ただ、その「好き嫌いの輪」の中にもっと多様な人々を入れられるようにしてほしい。無理に合わせることではなく、いろいろな人たちがいることを理解しながら、自分に合う人と合わない人を判断して社会で生きていくことこそが、重要なのだと思いますから。