• 海外に関連のある仕事人
  • 1986年 生まれ

    出身地 神奈川県

現場監督(海外)

原田はらだ もえ

  • 子供の頃の夢

    ジャーナリスト,画家

  • クラブ活動(中学校)

    テニス部

  • 仕事内容

    リーダーとしてたくさんの人の思いとアイデアをまとめながら,けんちくぶつという大きな形につくり上げていく。

  • 自己紹介

    じっとしていることがきらいで,休日も朝からばんまでテニスをしたり,友人とシンガポールさんさくをしたりしています。マレーシアなど,まわりのアジアの国にも時々,足をばしています。

  • 出身高校

    清泉女学院高等学校

  • 出身大学・専門学校

    東京大学大学院 工学系研究科

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2019年02月12日)時点のものです】

原田 萌


仕事人記事

シンガポールで,ふくごう開発工事のげんかんとく

シンガポールで,<ruby>複<rt>ふく</rt></ruby><ruby>合<rt>ごう</rt></ruby>開発工事の<ruby>現<rt>げん</rt></ruby><ruby>場<rt>ば</rt></ruby><ruby>監<rt>かん</rt></ruby><ruby>督<rt>とく</rt></ruby>

わたし鹿じまけんせつかぶしきがいしゃげんかんとくの仕事をしています。げんざいは海外,シンガポールのけんせつげんで働いていて,集合じゅうたくと商業せつが合わさったものをしんちくでつくる工事をたんとうしています。げんは「ウッドレイ」という,シンガポールの中心部から車で10分ほどの便利な場所で,2万5千平方メートルをえるしきに「コンドミニアム」とばれる高級じゅうたくが667戸と,地下から2階までのていそう部にはショッピングモールとスーパーマーケットが入ります。日本円で数百億円にのぼる,大きなプロジェクトです。ウッドレイ地区全体がだいさいかいはつの真っ最中で,このエリアでは,あちこちでさいかいはつが行われています。
わたしはこのプロジェクトのために2017年の9月から,シンガポールで働いています。前から海外で働きたいという希望を会社に出していたので,念願がかなった形です。当初の1年あまりは,鹿じまけんせつのシンガポール本社で,今回のプロジェクトの入札やけいやくに関する仕事をしていました。2018年末にけんせつのそばに工事事務所ができてからは,工事事務所で働いています。今回のプロジェクトの完成は2022年の予定で,わたしは工事が終わるまではこのけんせつげんにいる予定です。

多様な人種からなるスタッフを束ねて,じゅうたく部分の工事を管理

多様な人種からなるスタッフを束ねて,<ruby>住<rt>じゅう</rt></ruby><ruby>宅<rt>たく</rt></ruby>部分の工事を管理

げんざい,工事事務所には60人弱います。所長と副所長は鹿じまけんせつの社員で日本人ですが,シンガポールへはさまざまな国から人が働きに来ているので,他のメンバーはシンガポール人のほか,中国けい,インドけい,マレーシアけい,フィリピンけいなど,みなそれぞれちがう人種や文化の人たちです。母国語もことなりますが,共通語は英語です。
日本のけんせつ会社では,げんかんとくの仕事はげんの安全管理をしたり,工事の計画を作ったり,図面を作ったり,それらをチェックしたり……とはばひろいものです。わかいうちはげんを走り回っておこられて,ベテランになってくると工事の計画を立てたり,お客さまとやりとりをしたりするようになっていくのがつうじょうです。でもシンガポールでは分業が進んでいて,工事の計画をする人,図面をつくる人,図面のチェックをする人,げんでできたものが図面と合っているかチェックする人,げんたんとうする人,お客さまとやりとりをする人……と,それぞれ分かれていて,それぞれがスペシャリストなんです。
わたしはこの工事では,こうしたそれぞれのせんもんのスタッフをまとめてスムーズに工事を進めていく,マネジメント(管理)の仕事をしています。3階より上の,じゅうたくの部分がわたしたんとうで,全体のバランスやしんちょくを見ながら,プロジェクトを進めています。管理をする立場なので,だんはミーティングをしたり,図面をチェックしたり,といったぎょうが多いですね。

PPVCという新しい工法へのチャレンジ

PPVCという新しい工法へのチャレンジ

今回の工事のとくちょうとしては,じゅうたく部分に「PPVC(※)」という新しい工法を使うことが決まっている,ということがあります。これはまず工場でコンクリートの箱をつくって,ガラスも入れてタイルもって家具もつけて,完全に仕上げまでをしてしまいます。そうしてできたコンテナじょうのパーツ(モジュール)をトレーラーでげんに運んで,クレーンでって組み立てる,という工法です。例えば3LDKの家は,モジュール4つを組み合わせてつくります。日本ではまだ行われていない工法ですし,にっけいぎょうでは初めてですから,鹿じまけんせつじゅつ研究所ともれんけいして,実験も行いながら進めています。
この工法では,それぞれのモジュールは,最大ではば3.4メートル,長さ11~12メートル,高さ3.5メートル。重いものだと38トンにもなります。そのため,運ぶときもとくしゅな方法が必要ですし,げんでもつうのクレーンでは重すぎてれず,特別なクレーンが必要になります。
また,ないそうまで工場で仕上げてしまうということは,事前にかんぺきな図面が必要になるということです。つうじょうの工事だと,ないそうの図面が仕上がるのは後回しになることもあるのですが,この工法だと,図面を完全に仕上げないとつくり始めることもできません。げんでつくる場合はげんで手直しがきくのですが,この工法の場合はそれができないので,図面も早いだんかいで,かんぺきに仕上げなければいけないんです。また,げんでモジュールとモジュールを組み合わせるときに,じゅつてきにどうしても,数ミリのズレはできてしまうのですが,これをどうするかも課題です。
初めてけいけんするじゅつさぐりですし,むずかしいところだらけですが,そのぶん,やりがいも大きな仕事です。たぶん,いま,世界の日本人の中ではわたしが一番,PPVC工法にくわしいんじゃないでしょうか。そこは自信になるところです。

(※)PPVC=「Prefabricated Prefinished Volumetric Construction」のりゃく

計画を立てて図面を作成し,工事を進める

計画を立てて図面を作成し,工事を進める

わたしはマネジメントたんとうとして,計画を立て,進行を管理しています。大きく分けて2つの「計画」があります。1つは「こう計画」,もう1つは「仕上げの計画」です。
こう計画」というのは,何をいつやるかというスケジュールで,例えば1日になんのモジュールを積まなければいけなくて,そのためにはいつからつくり始めるのか,1日にこれだけのモジュールを積むためにはクレーンが何台,必要か……といったことを計画します。
もう1つの「仕上げの計画」というのは,せっけいたんとうがつくったイメージをじっさいの図面にしていく仕事です。具体的なこうぞうはどうするのか,エアコンのパイプは通るのか,通らないならここにりをつけなければいけないが,見た目としてそれでよいのか……といったことを各業者さんも交えてめていって,具体的な図面にしていきます。
わたしはこうした2つの「計画」を,スタッフを束ねながらつくり,動かしていくのですが,日本にいるときはまだわかで,全体をマネジメントする仕事はあまりしていなかったので,まださぐりなところもあります。シンガポール人,中国人,マレーシア人,フィリピン人,インド人と,スタッフそれぞれの文化的はいけいしつもバラバラなので,みんなのやる気をうまく引き出すのもむずかしいです。でも,みんなちがうからこそ,おたがいにおぎない合う文化はあって,わからないことは聞きやすいですし,聞けばみんな,親切に教えてくれます。
あとは,日本だとげんかんとくはばひろい仕事を自分でこなすので,「間に合わない!」というときも,自分がちょっと無理をすればんだのですが,シンガポールでは分業がてっていしているので,それができません。例えば「ここに足場が必要だ」となったときも,日本だとひとばん,頭をなやませて自分で図面をけばんだのですが,こちらでは,まず足場せんもんの業者さんにせっけいらいし,さらに,その業者さんのいた図面を「図面をチェックするかくを持った人」にチェックしてもらわないと先に進めない,といったことがあります。だから,事前にきちんと計画して,人をうまく動かすじゅつが必要で,そのあたりもむずかしいところですね。

日々必ず成長できる,けいけんがものを言う仕事

日々必ず成長できる,<ruby>経<rt>けい</rt></ruby><ruby>験<rt>けん</rt></ruby>がものを言う仕事

「手がけているものができあがったときがうれしい」というげんかんとくの人は多いのですが,実は,わたしはあんまりうれしくなくて。むしろさびしいんです。今まで自分たちのものだったものが,だれか他人のものになってしまうようで……。むすめとつがせるお父さんみたいな気持ちなんだと思います。
わたしは日々のげんと,そこにある,目に見えないものが心から好きなんです。それはけいけんじゅつしききずなといったものです。毎日毎日,さんざん打ち合わせを重ねて苦労してきたものがじっさいにできてきたときや,どうしよう,となやんでいたことが,しょくにんさんのじゅつで,いっしゅんでぱっとかいけつしてしまったときには心から感動します。
この仕事では,けいけんにはかなわないんです。げんの仕事って,5年目の人は10年目の人に勝てない。10年目の人は20年目の人に勝てない。ちょっとくらい頭がいいとかでは,けいけんちできなくて,けいけんあっとうてきに強いんですね。それで,けいけんを積んだ人たちを見るとすごくかっこいいんです。だから自分もがんばろう,ああなりたいと思えるんです。また,自分も昨日より今日のほうが成長していて,今日より明日のほうがぜったいしきえていて,今年より来年のほうがかくじつしきえて成長しているんですね。そういうふうに,必ず毎日,成長できるということに,すごくやりがいを感じます。この仕事には,小手先ではできない仕事の重みのようなものがあって,そこがとても好きなんです。
じっさいに,わたしは今,文化のちがうシンガポールで働いているわけですが,日本でつらい思いもしながら,げんけいけんして身につけてきたことが生きていると感じています。国がちがっても,やることはほんしつてきには同じですし,図面も見ればわかります。わからない言葉があっても,最悪,図面を見て指させばかいしあえます。どこの国に行ってもけいけんは生かせるんだとわかったことは,わたしにとって,大きな自信になっています。

出会ったOGのじょせいがかっこよく,こうぼうするように

出会ったOGの<ruby>女<rt>じょ</rt></ruby><ruby>性<rt>せい</rt></ruby>がかっこよく,<ruby>施<rt>せ</rt></ruby><ruby>工<rt>こう</rt></ruby>を<ruby>志<rt>し</rt></ruby><ruby>望<rt>ぼう</rt></ruby>するように

わたしは,デザイナーの母親のすすめもあって,小さいころから,ばくぜんけんちくになりたいと思っていました。それで,大学もけんちく学科に進みました。でも,大学院時代にせっけいの勉強だけではなく,海外調ちょうをしたり,いろいろな活動をする中で,自分には室内で物事を決めていくせっけいの仕事じゃなくて,もっと人と会い,げんで動き回る仕事が合っているんじゃないか,と思うようになりました。とはいえ,そのときは,けんせつこうげんかんとく)の仕事自体をほとんど知らなくて,いったんは新聞記者やテレビのディレクターといった,「人と出会い,げんで動き回る」マスコミをぼうしてしゅうしょく活動を始めようとしていました。
そんなとき,たまたまゼネコンのこうたんとうじょせいへのOGほうもん(大学生がしゅうしょく活動のさいに,自分の大学の卒業生をほうもんしてじょうほうしゅうしゅうをすること。じょせいせんぱいはOG,だんせいはOB)をする機会がありました。友人から,ちょっと人が足りないから,とさそわれて,何となく行ったんですが,このじょせいの方がすごくかっこよかったんです。そのときまでにマスコミ,メーカー,商社など,50人以上のOG・OBをほうもんしていたのですが,その中でダントツにいきいきと,自信とほこりを持って,楽しそうに働いていてしょうげきを受けました。それで,「わたしはこれだ」とかくを決めて,大手のけんせつ会社でげんかんとくをする,と決めてしゅうしょく活動をして,鹿じまけんせつに入社することになりました。入ってからは希望通りにげんかんとくとして,タワーマンションや遊園地,大学などのげんけいけんを重ね,入社7年目にシンガポールににんしました。

根はぶんけいでもけずぎらいと努力で希望の道へ

根は<ruby>文<rt>ぶん</rt></ruby><ruby>系<rt>けい</rt></ruby>でも<ruby>負<rt>ま</rt></ruby>けず<ruby>嫌<rt>ぎら</rt></ruby>いと努力で希望の道へ

わたしは,中学生くらいまでは内気でおとなしくて,一人でずっと絵をいているような子どもでした。でも,中学3年のとき,いろいろな変化があり,急に「まわりの人に負けたくない」と思うようになって。そこから勉強も部活もがんばるようになりました。
それまでは勉強もきらいで得意ではなく,部活もテニス部のけつだったんですが,けずぎらいになって1年間,必死に努力した結果,勉強もトップになり,部活でもレギュラーになりました。それ以前はあんまりがんばる気もなかったし,人ときそうのがきらいだったのですが,それこうは,高校,大学と,積極的で,リーダーもどんどんやる,という感じになりました。せいせきもよくなって,特にけんちく学科に進むのに必要な英語や数学,物理ではぜったいに人に負けたくないと思ってがんばりました。もともと好きなのは歴史や地理,得意なのはじゅつや国語と,どちらかというとぶんけいなのですが,けい科目は好きではないけれど必死で勉強して,せいせきを上げました。
海外へのあこがれは昔からありました。特にアジアにはきょうがあって,大学院時代は,海外調ちょうができるのもりょくで,インドネシアのけんちくの歴史を研究する研究室にしょぞくしました。毎年,ジャカルタにたいざいしてげんの学生といっしょ調ちょうをしました。調ちょうの帰りには他のアジアの国にって旅行してから帰ったりもして,おもしろけいけんでした。今でも休日には,機会があれば,いろいろな国に出かけています。

はばひろきょうを持って,いろいろな人に出会ってみよう

<ruby>幅<rt>はば</rt></ruby><ruby>広<rt>ひろ</rt></ruby>く<ruby>興<rt>きょう</rt></ruby><ruby>味<rt>み</rt></ruby>を持って,いろいろな人に出会ってみよう

とにかくいろいろなことにきょうを持ってほしいと思います。しょうらい,社会に出ると,勉強だけできてもだし,遊んでばかりいても,部活やしゅけいけんもあったほうがいいですし。どんな仕事をしたいかは,急いで決める必要はないと思いますが,いつかは見つけなければいけないので,そのためにはいろいろな人に会って,いろいろな意見を聞きながら,自分の大切にしたいものを見つけだすといいと思います。親の意見だけじゃなくて,友達の意見だったり,自分がかっこいいなと思える人の意見だったり,せんぱいの意見だったり。世の中のひょうばんばかりに気をとられずに,自分が心からなっとくできる仕事を見つけてください。わたしも,しゅうしょく活動のときにたくさんなやみ,いろいろな仕事をしている人たちに会って,その中で「かっこいい!」と思える人に出会えたからこそ,今の仕事を見つけ,自信とほこりを持って働くことができています。
けんせつの仕事では,1つのものをつくるのに,多くの人たちが関わります。お客さまがいて,せっけいをする人がいて,どうやってつくるか考えるげんかんとくがいて,じっさいにつくるしょくにんさんたちがいて。みんなそれぞれがほこりや熱い気持ちを持っていて,どの関わり方もかっこいいんです。ですから,けんせつの道に進もうとしている人がいたら,けんせつの世界の中で,自分はどの関わり方をしたいんだろうと,いろいろな人に会ったり,見たりしながら考えてみてください。
わたし自身はその中でもプロジェクトをまとめるげんかんとくの仕事をしていますが,出会う人たちがとてもりょくてきな人たちばかりで,わたしにとってはこれ以外の仕事が考えられないくらいです。もう本当に仕事が好きで,いっしょうけんめいで,げんを愛して,ほこりを持って働いている人がすごく多いんですよね。もちろん,げんかんとくというのは決して楽な仕事ではないので,「おいでよ」ってかんたんには言えないんですけど,他の仕事よりしんどいことも多い分,他の仕事より楽しいことも多くて,毎日が文化祭のじゅんみたいです。すごくやりがいがあって,ほこりを感じられる仕事ですので,きょうがあれば,ぜひ目指してみてください!

  • 取材・原稿作成:東京書籍株式会社/協力:一般社団法人 日本建設業連合会,鹿島建設株式会社

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