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早稲田大学教育・総合科学学 術院教育学部教育学科大学院
教育学研究科 教授

藤井 千春

  • 【このページに書いてある内容は取材日(2015年07月15日)時点のものです】

社会の課題を見つけ,行動する力を身につける

起業家教育とは、子どもたちに単に起業のまねごとを体験させる学習活動ではありません。ましてや「金儲け」の方法を学ばせるための学習ではありません。起業家教育とは、子どもたちに社会的に価値ある課題を自分たちで発見し、その達成に向けて自分たちで取り組むという活動を経験させるという学習です。その過程で、子どもたちが地域の社会生活を調べ、様々な大人とかかわり、友だちと知恵を出し合って協力し、地域の大人社会に承認させることに向けて全力で取り組むということを経験させることをめざします。そのように子どもたちが実社会の中で自ら動き、挑戦し、試行錯誤しながらも実社会で評価を受けるという経験をとげさせることに、起業家教育の意義はあるのです。そのようにして将来、自らの個性を活かし、他者と協同して、社会に必要とされている価値を実現していこうとする確かな意志と実行力をもった間を育てることが、起業家教育の目的です。利己的な利益追求ではなく、社会に貢献するために活動を立ち上げて行動できる人間を育てることをめざすのです。

働く大人をイメージさせてあげること

起業家教育で重視していることの一つは、子どもたちが社会生活を支えて働いている大人と実際に出会い、自分たちの取り組みを説明する、働いている様子を見学させてもらう、話を聞く、体験を指導してもらう、自分たちの活動にアドバイスや評価をもらうなど、かかわり合うということです。そのような働いている大人とのかかわり合いを通じて、子どもたちに社会の中で働いている大人についての、また自分もそのような大人になるというイメージを持てるようにすることです。現代の生活では、子どもたちは日常生活で様々なタイプの大人、しかも社会生活を支えて働いている大人とかかわり合う機会はきわめて少なくなっています。親戚の数も少なくなっています。家族そのものが地域の中でも孤立して存在している傾向が強くなっています。ですから、子どもが多様な大人と出会い、かかわり合う機会は、地域の様々な団体や個人の協力を得て、学校で教育活動として意図的に設定することが必要なのです。そのようにして子どもたちがそれぞれに、自分にとって「憧れとなる大人(ロールモデル)」と出会えるようにすることが重要なのです。そのような大人と出会うことにより、子どもは自分もそのような大人になろうという自分の成長についての具体的なイメージを描き、成長への意欲と自信を持つことができます。「生きる力をはくぐむ」とはこのようなことなのです。
このように起業家教育では、子どもたちに地域で社会生活を支えて働いている大人と出会い、かかわり合う機会を提供するわけですが、子どもたちは、多くの場合、職人のように素晴らしい独自の技術を持っている大人に素直な感動と憧れを示します。そしてそのような技術を習得するまでには修行をつみかさねなければならないこと、またその大切さを知ります。それにより「自分もいつかは」というように励まさせれるのです。高学年や中学生になると、損得を超えて自分の正義感・使命感から誠実に職務に取り組んでいる大人の生き方に目を向けるようになります。そのような大人の生き方を知ることが、子どもに自分の将来に向けての生き方を励ますのです。そのような大人の生き方が伝わることにより、子どもは学習面でも生活面でも前向きに臨み、意欲的に取り組むようになるのです。

子どもが実社会に参加する機会を与えること

子どもたちは、現実の世界の中で、自分自身で力を発揮し、自分の身の丈の評価を得ることを期待しています。つまり、自分自身の力が、現実の生活の中でどのように、どの程度まで通用するのかを知りたいのです。子どもたちが自ら設定した課題に挑戦する中で、たとえば指導やアドバイスを求めた大人から、「まだこれではダメだ」などと言わた場合,子どもたちはその指摘を真剣に受け止めます。そして、次は認めてもらおうと、何がどのように不十分だったのか、どのように改良すればよいのかなどについて一生懸命に考え合ってリベンジしようとします。このようにして子どもたちは必然性を持って学び、協力し、やり遂げていくのです。このような学習活動の経験を通じて子どもたちは新に「育つ」のではないでしょうか。
現代の子どもたちは、自分から動き努力工夫して、自らの価値を実現したという達成や成就を実感する機会が不足してしまいます。例えば、自らの必要感から、誰かに自分から頭を下げて教えもらうような機会もありません。学校でさえ、子どもや親は自分たちをサービスを受けるお客様と見なしている風潮さえあります。起業家教育を通じて、子どもたちに自分たちの必要とする技術やノウハウを教えてもらえる大人に、自分たちで「教えてください」と頭を下げてお願いすること、また,自分たちが作った製品を「お願いします」と頭を下げて宣伝しながら買ってもらうことなどの経験は,子どもたちには大きく育つ経験となります。大人たちに自分たちの力で勝負させることが必要です。また大人たちもそれに真剣に応えて子どもたちを鍛えることが必要です。そのような経験を通じて、子どもたちは自分を成長させることへの意欲と自信を高めるのです。

エピソード1 地域活性化に取り組む

小学5年生が、地域の商店街の活性化を助けようと,商店街の人たちと話し合いながら、自分たちにできる取り組みについて考えました。その結果,商店街のお祭りを盛り上げるために、自分たちのオリジナルタオルを販売することにしました。タオルに付加価値となる図柄を入れることにしました。準備段階では,品質のよいタオルの仕入先の調査から始め,図柄のデザインについても地域の様々な人の希望について調査しました。そして専門家のアドバイスを受けながら,図柄とそのプリント方法を習い,魅力ある商品になるよう工夫しました。そのようにして商店街のお祭りで実際にタオル販売を体験しました。最終的に売上と原価を計算すると,若干の利益を出すことができていました。このことは金銭的な利益という以上に、子どもたちにとっては自分たちが地域の大人たちに認められたという大きな喜びと自信になりました。

エピソード2 職人の技を垣間見る

小学5年生の社会科の授業で,地域で自動車修理工場を経営している人が廃車を学校に持ってきてくれました。そして、子どもたちに分解するところ見せてくれました。教師がネジ1本外すのに苦労する隣で,工場の人は手早く次々と部品を外していきます。教師は子どもたちに、自動車がたくさんの部品からできていることを教えたかったのですが、子どもたちが興味を示したのは工場の人の手際の良さでした。目の前ですごい技術を見せられ目を輝かせていました。子どもたちからは「すごい」「動きに無駄がない」「修業があるからだよ」などと口々に感嘆の声が聞かれました。子どもたちは、他者から「すごいな」と評価されるような技術を持ち,世の中に役立つ人になりたいと素直に思っているのです。そのような大人との出会いが子どもたちを育てるのです。

先生に期待される役割

先生の企画力,率先力が重要になってくると思います。いやそれ以上に、教師自身が地域の様々な大人から新しいことを学びたいという意欲を持っていることが不可欠です。子どもたちに様々な活動を体験させ、様々な人と出会ってかかわり合い、そのようにして自分も一緒に新しいことを学びたいという、新しいことに挑戦し学ぶことへの教師自身の意欲が大切です。教師自身のそのような意欲が子どもたちを育てる上での最大の推進力になります。そのような意欲あふれる教師のもとでは、子どもたちは様々な活動に意欲的に真剣に挑戦しようとします。また、地域の人との出会いを楽しみに期待しています。そして充実したかかわり合いが生まれます。教師自身が学ぶこと、そして子どもたちが全力で取り組むことを楽むのでなければなりません。

他人に対して柔軟な態度を身につける

地域には、学校の教育活動を助けて子どもたちを育てることに協力したいと思っている方が人が豊富に存在しています。そういう人の意欲を引き出して組織することが,学校の教育活動をを充実したものにするために重要な戦略なのです。今後の教師、さらには学校の管理職に求められる力は、そのような地域の人をコーディネートし、子どもたちに橋渡ししていく能力です。その点で人間力というべきコミュニケーション能力が必要とされます。起業家教育では、子どもたちの成長を助けたいという地域の大人と協力して、子どもたちに社会的に意義ある経験を積み重ねさせることをめざします。子どもたちの教育を学校の中に閉ざさないでください。子どもたちは学校の基地です。そこから子どもたちは地域に出かけ、様々な大人と出会って様々な体験をし、また学校に戻って作戦を練り直して出かけていくのです。教師たちが、子どもたちがこのような学びのプロセスを辿るためのファシリテーター、コーディネーター、サポーターとしての役割を果たすことを願っています。