海と私たち
「里海」と浅い海の大切さ
最近,「里海」という言葉がよく聞かれます。人が利用しながら保全してきた農山村の自然を「里山」と呼びますが,「里海」はその海版です。
海の生態系にとってもっとも重要な場所は,陸に近い浅い海です。浅い海には太陽の光や酸素,そして陸から流れる栄養がたっぷり。藻類がしげる藻場,サンゴ礁,干潟が広がり,多様な生き物を育みます。そこは人びとが大切に利用してきた「里海」でもあります。
海の中の細かい地名
福井県の東尋坊の海女さんたちは,「海の中の岩を手でなでまわすと海藻がよく育つ」と言い伝えています。人が手を入れることで海藻に太陽の光が届き,生態系のバランスが整えられるのかもしれません。海藻にはさまざまな種類があり,日当たりや水深によって生える場所が違います。また,同じ海藻でも場所によって旬や品質が違うそうです。海女さんたちは岩に細かく名前をつけて頭の中の地図に入れ,たくみに収穫してきました。
サンゴ礁にも細かく名前をつけて漁をする人たちがいます。沖縄県の宮古島のサンゴ礁で,素潜りで網を張って魚を追い込む漁の漁師たちです。この漁の親方は,数百ものサンゴ礁のポイントが地名とともに頭に入っているそうです。漁では,潮の干満と流れ,風向きなどに合わせ,網を張る場所を決めます。魚をとりつくさないよう,一度漁をした場所はしばらく休ませるので,毎日魚をとるためには多くの場所を知っておく必要があります。
海辺の人びとは里海を自分の庭のように知りつくし,生態系をよく観察しながら守り,大切に利用してきたのです。
畏れ敬う海
海は多くの恵みを与えてくれますが,ときには遭難や災害ももたらします。そのため,わざわいを避ける習わしが伝えられています。
たとえば,海の神様はあまり美しくない女神で,女性を漁船に乗せると嫉妬して事故や不漁になると信じられてきました。また,包丁など金物を海に落とすこと,船の上で魚を腐らせることなども,不漁につながると嫌われました。今でもこうした習わしを守っている漁船があります。海辺の人たちは,海を畏れ敬いつつ,海とともに暮らしているのです。