社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!
※このページに書いてある内容は取材日(2015年02月17日)時点のものです
皆(みな)さんが想像(そうぞう)する獣医(じゅうい)さんというと,犬や猫(ねこ)などのペットを診察(しんさつ)する動物病院の先生や,牧場などで飼(か)われている牛や豚(ぶた)などの家畜(かちく)を診療(しんりょう)する先生を思(おも)い浮(う)かべるかもしれません。そういう意味では,私(わたし)の場合はちょっと特殊(とくしゅ)で,乗馬クラブの馬を主に診療(しんりょう)する獣医(じゅうい)として乗馬クラブの診療(しんりょう)所に勤務(きんむ)しています。一般(いっぱん)的な獣医(じゅうい)さんとの大きな違(ちが)いは,通常(つうじょう)の動物病院では,飼(か)い主(ぬし)さんが,具合の悪くなったペットを病院へ連れて行くケースがほとんどですが,私(わたし)たちの場合は,乗馬クラブに往診(おうしん)へ行きます。1頭500kg以上もある馬を受け入れる診療所(しんりょうじょ)はなかなか有りませんからね。馬専門(せんもん)の獣医(じゅうい)さんは,全国的にも少ないので,神奈川(かながわ)県や静岡(しずおか)県といった遠くからの往診(おうしん)の依頼(いらい)もあります。ですから,出勤(しゅっきん)すると,まずはその日の往診(おうしん)のための準備(じゅんび)に取りかかります。
基本(きほん)の診療(しんりょう)時間は毎日午前9時30分から午後5時30分となっています。しかし,時間通りに始まり終了(しゅうりょう)するということはめったにありません。例えば,健康診断(しんだん)をする場合でも,採血(さいけつ),検温(けんおん),内診(ないしん),脚(あし)回りの触診(しょくしん)など様々(さまざま)な項目(こうもく)を一つひとつ丁寧(ていねい)に馬の表情(ひょうじょう)を見ながら進めていくわけですが,馬にもそれぞれ個性(こせい)がありますし,気分の優(すぐ)れない時もあります。そのため,全ての診療(しんりょう)を同じように同じ時間で機械的にできるわけではありません。そして,診療所(しんりょうじょ)に戻(もど)ってから採血(さいけつ)した血液(けつえき)の検査(けんさ)やレントゲン写真のチェック,カルテの作成,さらに検査(けんさ)結果で何か異常(いじょう)が見つかれば,関係スタッフが集まり相談して,今後の治療法(ちりょうほう)なども話し合います。そういう一連の作業が終了(しゅうりょう)した後,次の日の診療(しんりょう)に向けて,薬品の補充(ほじゅう)や診療(しんりょう)機器のチェックをします。気がつくと,午後8時を過(す)ぎている,なんてこともあります。
獣医(じゅうい)の仕事の特に大変な所は,一般(いっぱん)の病院と違(ちが)い,内科も外科も皮膚科(ひふか)も眼科(がんか)も一人で担当(たんとう)するということです。ですから,馬の病気についてはどんなものでも一通り知っておく必要があります。往診(おうしん)先では,その場で診断(しんだん)し,その場で治療(ちりょう)するというのが基本(きほん)です。通常(つうじょう),馬は人の言うことをよく聞く大人しい動物ですが,やはり痛(いた)みがあれば嫌(いや)がりますし,注射(ちゅうしゃ)一本打つのもじっとしていることはありません。サラブレットという品種の馬は特に神経質(しんけいしつ)でデリケートです。また,馬を移動(いどう)させたり,寝(ね)かせて治療(ちりょう)する必要がある場合もあるので,周囲のスタッフの皆(みな)さんとの協力は不可欠(ふかけつ)です。手術(しゅじゅつ)が必要な病気やケガの場合は,競馬場や大学病院の手術室(しゅじゅつしつ)を借りることがあります。その場合,馬専用(せんよう)の車(馬運車)で乗馬クラブから手術室(しゅじゅつしつ)のある場所まで輸送(ゆそう)します。
馬は基本(きほん)的にとても優(やさ)しく,賢(かしこ)い動物です。言葉は通じないけれど,とても忍耐(にんたい)強いことも分かります。ですから,我慢(がまん)していたはずの痛(いた)みや苦しみを治療(ちりょう)によって解消(かいしょう)してあげられた時,馬は,とても穏(おだ)やかな表情(ひょうじょう)になるのです。それは馬の目や態度(たいど)を見るとわかります。私(わたし)は,その表情(ひょうじょう)を見ると,とても嬉(うれ)しくなって,この仕事をしていて本当に良かったとしみじみ思います。
獣医(じゅうい)は,命を扱(あつか)う仕事です。ですから,馬を診療(しんりょう)することはもちろん一番大切ですが,同様にクラブのスタッフの皆(みな)さんに信頼(しんらい)してもらわなければいけないと思っています。馬の検診(けんしん)も診療(しんりょう)も獣医(じゅうい)一人だけではできません。普段(ふだん)の馬の世話はスタッフが担(にな)っているわけです。そんなスタッフの皆(みな)さんとしっかりコミュニケーションをとり,よく話し合い,納得(なっとく)していただいた上で治療(ちりょう)を行うことが,とても重要なことだと思っています。
馬に出会ったのは,北海道大学で馬術(ばじゅつ)部に入部したことがきっかけでした。それまでは馬ってスタイルも良いし素敵(すてき)な生き物だな,と漠然(ばくぜん)と思っていた程度(ていど)でした。それが馬術(ばじゅつ)部で毎日馬に接(せっ)し,馬と生活を共にするようになって,だんだん愛着が強くなっていきました。そんな時,馬がケガをしたり,お腹(なか)を痛(いた)くしたりする場面に遭遇(そうぐう)し,この馬の痛(いた)みを治療(ちりょう)してあげたいと真剣(しんけん)に考え,馬専門(せんもん)の獣医(じゅうい)になることを決断(けつだん)しました。
子どもの頃(ころ)は特に虫が好きで,昆虫(こんちゅう)採集(さいしゅう)をしたり,カブトムシを飼育(しいく)したりしていました。私(わたし)が生き物好きになったのは,父が動物好きでバードウォッチングなどにしょっちゅう連れて行ってくれたのが影響(えいきょう)したのかもしれません。中学生,高校生になるとその延長(えんちょう)で,今度はいろいろな動物を飼(か)うようになりました。ハムスター,ウサギ,カメ,ザリガニなどを飼育(しいく)しながらいつも観察していました。その観察眼(かんさつがん)が今につながっているのかもしれませんね。
皆さんには,興味(きょうみ)のあることにためらわず,まず挑戦(ちょうせん)してみて欲(ほ)しい。そして,その中から自分が好きだと思えることをみつけて欲しい。自分の好きなことを突(つ)き詰(つ)めてやっていると,徐々(じょじょ)に道が見えてくるし,自分がやりたい仕事も見えてくる気がします。どんな事にも怖(こわ)がらずにチャレンジして欲(ほ)しいです。