※このページに書いてある内容は取材日(2023年11月13日)時点のものです
「子どもの習い事への送迎」という社会課題を解決する
私は今、「小学生を習い事に送迎するサービス」を運営する会社を経営しています。塾やスイミングなどの習い事をしているお子さんは数多くいますが、保護者の方には「送り迎えをしなくてはいけない」という問題が発生します。しかし、習い事に一人で通える年齢になるまでには時間がかかります。それまでは保護者の誰かが付き添いをしなくてはいけませんが、その送迎の時間のためにやりたい仕事を諦めるケースや、「子どもの送迎をすることができないから、子どもに習い事をさせられない」というケースもよくあります。私が横浜市で実施したアンケートでは、そう思っている人が子どもを持つ親の二人に一人はいるというデータが出ました。このままでは、子どもたちも、子どもを持つ方も、自分のやりたいことができません。「これは解決すべき社会課題ではないか」と思い、このサービスを立ち上げました。
送迎を保護者以外の誰かにお願いする場合、タクシーを利用するのが一番簡単です。しかし、一人で乗ると、どうしても送迎料金が高くなってしまいます。そこで、タクシー会社と私の会社が契約し、地域の子どもたちが決められた場所から一緒に乗る「相乗り」をすることで、一人あたりの値段を安くすることができます。保護者が送迎することができず、習い事を諦めていた子どもや、送迎をしなければならず、働きたい形で仕事ができなかった保護者の方、みんながハッピーになれる形ではないかと思い、2022年にこの事業を立ち上げました。
業者との打ち合わせやアプリ開発の指揮、採用などを全て一人で
本格的に営業を開始するのは2023年の12月を予定しているので、今はまだその準備段階です。実際に子どもたちを送迎する先としては、スイミングや塾、野球教室などの習い事や、歯医者など定期的に通院しなければいけない病院などを予定しています。そのため、今はそれらの事業者の方や行政の方と、日々、打ち合わせを続けています。事業者の方とは、生徒さんたちにこのサービスの存在をどう知ってもらい、利用してもらうか、送迎の際に車両はどこに停めるかなど、詳しいことを話し合って決めています。
また、送迎の予約は利用者がスマートフォンを使って行うのですが、そのシステムも現在、作っています。習い事や教室の方々との打ち合わせの中で「こういうふうにしてほしい」と出た意見を検討して、システムを作っているエンジニアやデザイナーに伝えるのも私の仕事です。
ほかにもウェブサイトを作ったり、広報を行ったり、役所に行っていろいろな許可申請をしたりといった仕事があります。現在は私一人で全てを行っているため、本格的に事業が始まったら社員を増やしていこうと思っています。そのための採用も仕事の1つとなっています。
忙しいけれど、全て自分の評価になる喜びも
今は全てを自分一人でやらなくてはいけないので、正直とても忙しいです。働き方を誰かほかの人が管理してくれているわけではないので、自分自身で働く量を管理しないと体を壊してしまい、結局働けなくなってしまいます。そこは自分でも気をつけています。
ですが、会社勤めでの忙しさと、今の忙しさでは違うような気がしています。今は全部自分自身でやらなくてはいけないし、何かがあったときの責任も自分一人でとらなくてはいけません。しかしその分、全ての評価が自分自身に返ってくる、その喜びもあります。
この事業を立ち上げるために、実証実験を2023年の3月に、約2週間の間、14名のお子さんを対象にして横浜市内で行いました。合計28便、延べ乗車数48名を送迎し、私も実際に送迎するタクシーの助手席に、一緒に乗りました。実証実験の期間中、停留所で保護者の方々と話をすると「絶対に続けてほしい」という声をたくさんいただきました。そういうユーザーの方々からの声が、今の自分の原動力となっています。
子どもの安全性を確保することの大切さ
今、課題として感じているのは、「どうやって安全性を確保するか」です。例えば、お子さんは停留所でタクシーがピックアップして習い事の場所まで運ぶのですが、現状では停留所までは保護者の同伴が必要になります。でも、できれば、将来的には停留所にもお子さん一人で来られるようになるのが理想だなと思うんです。
しかし、そうなるとどうしても一人で停留所まで行かせるリスクが出てくる。それを解決するためにはさまざまな方法がありますが、例えばGPS発信機のようなものをお子さんに持たせて、遠隔で位置をわかるようにする、というのが1つの方法です。でもそうした機器やアプリを開発するのにはまだ時間がかかるので、それまでは地域のシルバー人材センターと協力して停留所で待っていてもらい、お子さんの見守りや対応をしてもらう、という解決方法もあります。そうすると、予算をどうするかという問題が生まれますが、もしかしたらそういうところを行政が支援してくれる可能性もあるかもしれません。保護者の方々の、安全を求めるニーズや、資金面でできること、解決できることなどを、今いろいろと探っている状態です。
誠実に答えることが欠かせない
仕事をするうえで大切にしていることは、「嘘をつかない」ことです。これは実証実験で実感したのですが、お子さんの命を預かる仕事というのは、とてもリスクが高い仕事だと思っています。だからこそ、何か問題が起きて1秒でも早く解決をしなくてはいけない場面があった場合、嘘をついたり、取り繕ったりしてしまうと、そのせいで子どもの命に関わる瞬間が出てくるかもしれない。そういう意味で「誠実に答える」というのは、この仕事には欠かせないことだと思っています。
また、将来的にはこの事業を続けていくうちに、タクシー会社の方の意識も変わればいいなと思っています。この仕事は決まった時間に同じルートを回る仕事になるので、初心者のドライバーの方でも仕事を覚えやすいというメリットがあります。そうすると、例えば、子育てのためにしばらく仕事から離れていた主婦の方が働きやすい場にもなります。そういう方は子どもの対応には慣れていますし、子育て中だとパートタイム勤務を希望する方もいますから、この仕事には合っていると思うんですね。そういった雇用のニーズにもいずれつなげていく、というのが理想です。
「困っている人を助ける事業がしたい」という思い
大学生のころは、コピーライターになりたいと思っていました。大学卒業後は印刷会社に入り、広告を作る部署で働いたのですが、そこでさまざまなプロジェクトを会社員として立ち上げるという経験を積んでいく中で、新たな事業を立ち上げる「起業」というものに興味が湧きました。年齢を重ねる中で、周囲に起業をする人間も現れた、というのも影響しています。
その後、転職した会社で自動運転のプロジェクトに関わり、さらにまた別の電鉄会社に転職して、沿線の街づくり等にも関わる仕事をしました。自分の中では「社会課題を解決する、誰か困っている人を助けるような事業をしてみたい」という気持ちがずっとありました。最初は漠然としたものではあったのですが、自動運転のプロジェクトに関わっていたとき、祖父母の介護で1か月ほど会社を休んだこともきっかけとなり、自分の中でいつかそういった事業をやってみたい、という気持ちは大きくなりました。
実は現在やっている送迎の事業は、最初は、以前、勤めていた電鉄会社の事業として行うはずだったものです。私自身、一人親だった母に自分の送迎等で時間を取らせていたな、と思い出したのも理由になりました。しかし社内事業としては難しいと言われ、最初は会社公認の副業としてこの事業を進めていました。本格的に進めていく中でだんだんと本業との兼ね合いが難しくなってきたことや、東京都主催のビジネスコンテストで約1,100件の応募の中から最優秀賞をいただいたことが自信となり、会社を辞めて自分で起業することを決意しました。
「新しい環境に飛び込む」ことは、子どものころからやっていた
今は起業という道を選んでいますが、振り返ってみると、「新しい環境に飛び込む」ということはこれまでもやってきたなと思います。私はもともと三重県の出身なのですが、小学校のときに親の転勤で埼玉県に引っ越しを経験しました。その後、中学校受験をし、北海道の中高一貫校に進学することを決めました。まったく行ったこともない土地で、誰も知らない人との中で全寮制の生活をスタートさせたのですが、自分としては特に不安はなかった記憶があります。早く自立したい、という気持ちがあったのかもしれません。
でもその学校に進学したおかげで、大切な何人かの友達と出会うことができ、今でも毎週のように連絡を取り合っています。みんな今ではいろいろな職業に就いていて、それぞれの立場から今の事業についてアドバイスをくれたり、中には起業している友達もいるので、相談したりすることもあります。あのときに進学を決めていてよかった、と今でも思います。
自分の世界を少しでも広げて「友達」をつくってほしい
今これを読んでいるみなさんには、できれば「友達」をつくってほしいと思います。私自身も今、昔からの友達にとても助けられています。「何かを一緒に楽しめる友達」というのはとても貴重ですし、大人になるほど、そういう友達の大切さが実感できます。友達をつくる場所は、学校でなくてもいいと思うんです。塾だったり、ほかの習い事だったり、そういう友達ができる可能性がある場所はほかにもたくさんあります。もしもまだそういう友達がいない場合は、少し勇気を出して今までとは違う場所に行ってみたり、いろいろなコミュニティに参加してみたりして、普段は話さない人と話してみてください。たった1つの出会いがきっかけになり、人生が変わることもあります。そのためにも、少しでもいいから「自分の世界」を広げていってください。