※このページに書いてある内容は取材日(2018年09月18日)時点のものです
「踊り下駄」は郡上おどりに欠かせない
私は岐阜県郡上市で,郡上おどりのための「踊り下駄」の製作と販売をしています。郡上おどりは,“日本三大盆踊り”の一つに数えられ,7月から9月上旬までのシーズン中には,全国から多くの踊り好きや観光客が訪れます。毎年8月13日から16日には,午後8時から翌朝まで踊り続ける「徹夜おどり」も行われます。
私は,観光客が多くなる4月から9月には,郡上市の城下町にある「郡上木履」という店で,自分の作った踊り下駄を販売します。郡上おどりが終わった後の10月から3月には,店から車で5分ほどの場所にある工房で,下駄を作っています。
踊り下駄は,踊っているうちに鼻緒が伸びて足が痛くなったり,下駄の歯がすり減ってしまうことがあります。そこで,郡上おどりが行われる日は踊りが終わるまで店を開け,踊り手に立ち寄ってもらえるようにしています。下駄を修理したり鼻緒をすげ替えたりすれば,また踊りを楽しんでもらえます。また,新たに下駄を購入する人には,その場でその人の足に合わせて鼻緒をすげて渡します。シーズン中には,多いときで1日200足以上も鼻緒をすげることがあります。
踊りに最適な下駄を作る
郡上では,郡上おどりが好きな常連のことを,親しみをこめて「踊り助平」と呼びます。私は踊り下駄を作り始めたとき,この踊り助平の方々に意見を聞いたり試作品を履いてもらったりしながら,自分が作りたい下駄の形を決めていきました。
踊りのための下駄は,軽くて丈夫なことに加えて,踊っている時にカランカランと美しい音が鳴ることが大切です。そのために私は,適度な重さがあって,いい音が鳴るヒノキを使用しています。製材所から幅10cm,厚み5.5cmの木材を2~3mの長さで仕入れ,50㎝ずつの長さに切り分けると,そこから両足分の下駄を削り出せます。その後,足に当たる部分を滑らかに削ったり,鼻緒を通す穴を開けたりと,約20の工程をかけて1足の下駄を作っていきます。
10月から3月のオフシーズンには,5日間で100足くらいのペースで作り,1年で約4000足の下駄ができ上がります。そのうち3000足は郡上おどり用として販売され,1000足は,着物を着る方向けに,呉服屋などで売られています。
下駄はある程度,鼻緒でサイズ調節ができるため,売っている下駄の大きさは限られています。しかし私は,誰もが足にぴったりの下駄で踊れるように,男性用・女性用はMとL,子ども用はS・M・Lと豊富なサイズの下駄を作っています。浴衣姿がきれいに見えるよう,歯は少し高めの5cmにしてあります。
それぞれに違う木材から下駄を削り出す
一般的な下駄は,足をのせる板の下に歯となる部材を接着剤で付けることが多いのですが,踊り下駄は踊っているときに歯が取れてしまうことがないように,一枚の板から形を削り出して作ります。この方法は郡上地域では一般的ですが,全国的には珍しい作り方です。
自然の木は1本として同じものはなく,それぞれに材質が違います。そのため,同じ形の下駄を作り続けるのは,技術的にも大変難しい作業です。それぞれの木材を見ながら,どの部分を使って下駄を作るかを考えます。節のある部分は欠けやすくなるので角にならないようにしたり,年輪の内側は硬いので地面に当たる側に向けるなど,木の特性が生かせるように工夫しています。
冬の間,ひたすら下駄を作り続けるのは,とても地道な作業です。数人のパートの人たちと共に作業をするものの,人と接することは少なく,黙々と自分の作業に集中します。作業をするときは,夏の間に下駄を履いて踊りに出かける人の笑顔を思い出して,1足1足,心をこめて作るようにしています。
お客さんが下駄で踊る姿を見られるのがうれしい
自分が作った下駄を履いてもらい,目の前で踊っている姿を見られるのはうれしいですね。常連の人たちは,シーズンの間,何日も郡上おどりに通う人が多く,何日か踊った後に店へ来てくれると「こんなに下駄の歯が減ったんだ」と驚くこともあります。よく踊りに来る方と顔なじみになったり,郡上おどりについて話したりするのは,下駄を作るのと同じくらい楽しい時間です。
郡上市内では,小・中学生に自分の下駄を作る体験をしてもらい,自分で作った下駄を履いて郡上おどりに行ってもらうという試みも行われています。私もこの下駄作り体験の講師を務め,今年は約300人の子どもたちに下駄作りを教えました。郡上市内でも城下町の近くに住んでいる子以外は,実際に郡上おどりへ行くことも少ないので,体験後に「この下駄で踊りに行ったよ」という声を聞いたときは,とてもうれしく思いました。郡上おどりは観光客も多いものの,やはり地元に住む人たちのお祭りです。にぎやかな踊りがこれからも続いていってほしいと願っています。
地元の木と地元の技術を使う
郡上市はもともと下駄の産地で,昔は郡上おどりのときだけでなく,日常的に下駄が使われていました。60年ほど前までは,下駄職人もたくさんいたそうです。しかし,多くの人が靴を履くようになり,私が下駄職人になったときには,下駄と鼻緒を仕入れて取り付ける履き物屋しか残っていませんでした。また,当時,郡上で販売されていた下駄のほとんどは,他の地域で作られたものでした。私は,地元で愛される郡上おどりに欠かせない下駄が,地元で作られていないことを少しさみしく感じ,郡上の自然に育まれた木や地元に根付いた技術を使って,下駄を作りたいと思いました。
下駄に使う木材はすべて,地元の製材所から仕入れています。鼻緒も,郡上発祥で地場産業にもなっているシルクスクリーン印刷でオリジナルの柄を印刷してもらったものや,400年以上の歴史がある郡上本染で濃紺に染められた鼻緒を使用しています。洋服に合わせてもおしゃれに履きこなせるように,今まで下駄には用いられていなかったモダンな柄を取り入れるなど,鼻緒に使う生地のデザインにもこだわっています。下駄づくりを通じて,地域の文化を守っていきたいと思っています。
初めて訪れた郡上を好きになり,下駄づくりの道に
私はインテリアデザインを学ぶ専門学校を卒業後,建築会社に入社し,工事の進行を管理する仕事に就きました。しかしだんだんと,その仕事が自分に合わないのではと感じ始めました。そんなとき,世界一周をしたり自分で沖縄にゲストハウスを建てたりした人の本を読む機会がありました。自分のやりたいことに突き進む姿に心を打たれて,私はしばらくして仕事を辞め,そのゲストハウスで1年間,ボランティアスタッフをさせてもらうことにしました。そこでいろいろな人と出会い,「世の中には本当にたくさんの生き方がある」と知りました。そして,自分が本当にやりたいのは,職人のように自分の手で何かを作る仕事だと気づいたんです。
その後,私は木工について勉強するために,「森林文化アカデミー」という美濃市にある岐阜県立の専門学校でものづくり講座を受講し,ものを作る技術や,森林・木材の知識などを学びました。1年生のときに同級生と初めて郡上おどりを見に行き,この踊りと郡上の町に関心を持ちました。郡上に通ううち,踊りに欠かせない「下駄」に興味を持ち,市内の履き物屋を回って鼻緒のすげ方を教えてもらったり,卒業制作の作品として自分の下駄を作ったりしました。
森林文化アカデミーを卒業後,2014年に踊り下駄の職人になろうと,郡上へ移住しました。そこで,私と同じように郡上へ移住し,郡上の木材を生かしたものづくりをする会社を立ち上げた人と知り合い,その会社の「下駄事業部」として「郡上木履」のブランドを作りました。3年間働いた後,その名前を引き継ぎ,自分の店を立ち上げたんです。
部屋の模様替えが好きだった
私は小学校のころから,自分の部屋の模様替えをするのが大好きでした。高校のときには,おしゃれな部屋の写真がたくさん載っている雑誌を参考にしながら,理想の部屋をつくるために,家具の配置を考えたり,お気に入りの雑貨を集めたりしていました。美術や図工が得意なわけではありませんでしたが,自分のイメージしたものをつくり上げることが好きでした。それが,今の職人という仕事にもつながっているのだと思います。
部屋のレイアウトやデザインを本格的に学ぶため,高校卒業後はインテリアデザインの専門学校に進みました。森林文化アカデミーに入学したときにも,最初は家具を作る職人を目指して,勉強をしていました。こうした経験が,今もお店のデザインや商品の配置を考えるときに,とても役立っています。お客さんが見やすい商品の並べ方や,興味をもってもらえそうな店舗の飾り付けなど,自分で考えて,楽しみながら店づくりをしています
やり続けることで選択肢が広がる
私は毎年,郡上の高校で“自分の夢”について講演をしています。そのときに生徒のみなさんには,「周りにある職業にこだわることなく,好きなことにまっすぐ向かってやり続けることが大切」だとお話ししています。例えば,スポーツが好きな人は,まずプロの選手になることを夢見ると思います。途中,その夢は難しいと感じて諦めたくなることもあると思いますが,そこでプロ選手だけにこだわらず,そのスポーツを続けていれば,トレーナーや指導者など,選択肢の幅も広がるはずです。
私も最初から下駄を作りたいと思っていたわけではありませんでしたが,木でものづくりがしたいと思って勉強を続けた結果,下駄に出会うことができました。これから社会では,なくなっていく職業や,反対に生まれてくる職業がたくさんあると思います。今ある職業の枠だけにとらわれず,好きなことにチャレンジし続けてください。
私は,仕事には「好きなこと」「できること」「求められること」の3つが必要だと思っています。自分ができることは努力して増やすことができ,人に求められることは勉強や経験を重ねるうちに見えてきます。しかし,好きなことは作ろうと思って作れるものではありません。好きなことが見つかったら,ぜひ大切にしてほしいと思います。