※このページに書いてある内容は取材日(2024年09月04日)時点のものです
税金のプロとして、申告の代行や税金に関するアドバイスを行う
私は、2014年に設立した「NA税理士法人」という会社の代表を務めています。会社は東京の池袋駅のすぐ近くにあります。税理士とは、一言で言うと税金の専門家です。税金に関する法律を熟知したうえで、支払うべき税金の額をお客さまに代わって計算したり、税金に関するアドバイスをしたりします。複数の税理士が集まり、そうした業務を協力して行う会社のことを「税理士法人」と言います。NA税理士法人には現在、84名の従業員がいて、そのうち13名が税理士です。ほかに、税理士のサポートを行う税務スタッフや、入力補助を行うスタッフがいます。
NA税理士法人には、大きく分けて「申告」と「相談」の2種類の仕事があります。
まず「申告」は、法律で決められた額の税金を正しく支払うために、お客さまに代わって税金の計算や申請書の作成をする仕事です。企業が得た所得に応じて支払う法人税、個人が所得に応じて支払う所得税、物の販売やサービスの提供にかかる消費税、亡くなった人の財産を譲り受けるときにかかる相続税などの申請が多いです。お客さま自身で申請をすることも可能ですが、申告ルールを理解するには税金についてしっかりと学ぶ必要があります。申告作業は1年に1回しか発生しないので、年1回のために勉強するのは大変ということで、税理士にご依頼いただく方が多いです。
一方の「相談」は、節税対策や会社を立ち上げるときの税金に関する注意点など、お客さまのお悩みに税金のプロとしてアドバイスをする業務です。ほかにも、相続税は基本的に現金で納税しなければならないので、不動産など資産が多いお客さまが、万が一に備えて額を確認にいらっしゃることもあります。今はインターネットにさまざまな情報がありますが、会社の経営状況や個人の資産によって税金の計算方法や考え方は変わります。答えは一つではないため、適切なアドバイスを差し上げるためには個別相談の場が大切なのです。
正しく税金を支払うために、計算・申告・納税をサポート
NA税理士法人では、税金の申告を月に60件、多い月は100件くらい行っています。役所への申告時期はどの企業も同じですが、作業が集中してしまわないように、お客さまによって、対応する時期を少しずつずらしてもらっています。申告にあたり、まずはお客さまから請求書や領収書をすべて送ってもらいます。例えば出版社の場合、本の売上代金などが記載された請求書や、本を作る過程でかかった文房具代、交通費、打ち合わせ用のお茶代の領収書などです。資料がそろったら、会計ソフトにデータを入力します。経理部のある企業の場合、ここまではお客さまのほうでやっていただけることもあるのですが、NA税理士法人のお客さまは中小企業がメインで、経理部がない企業も多いので、そうした場合は私たちが行います。
売り上げや経費などの種類ごとに金額を集計できたら、いよいよ税金の計算に入ります。日本の税法は複雑で、例えば消費税一つとっても物によって8%だったり10%だったり、中には0%のものもあったりします。それらを一つ一つ確認しながら、正しい納付額を計算します。ただ計算するだけでは不十分で、その納付額になった過程を税務署に説明する資料も同時に作ります。
無事に税金の計算ができたら、お客さまに税金を支払っていただきます。今はインターネットで納付額を申告し、そのままインターネットバンキングなどを使ってお客さまに納税いただく電子申告が一般的です。しかし、中にはインターネットを使い慣れていない方もいるので、そういったお客さまには紙の納付書をお渡しし、金融機関で納税いただいています。期限を過ぎると罰金などが発生してしまうので、期限内に納税いただけたかどうかをお電話で確認するところまでが私たちの仕事です。
人を集め、人を守るのが経営者の仕事
NA税理士法人は9時から17時が就業時間ですが、私は6時45分に出社します。職場の鍵を開け、まずは妻が用意してくれた朝ごはんを食べます。その後、メールのチェックなど少し仕事をしたら、近くにあるスポーツジムのプールへ泳ぎに行きます。40~50分ほどで戻ってくると、大体、始業時刻の9時ごろになるので仕事を再開します。休みの日や出張で遠出している日を除いて、このルーティンを行っています。
9時以降は日によってやることが異なるのですが、現在は経営者としての業務がメインとなっています。例えば、会社の売り上げを伸ばすための営業活動がその一つです。ホームページの更新に力を入れたり、1時間までの無料相談を実施したり、試行錯誤の連続です。また、金融機関で税金の相談をする方が多いので、集客のきっかけになればと思い、近隣の金融機関の方々と積極的にコミュニケーションもとっています。最近は税理士紹介サイトを見て依頼先を選ぶ方もいるため、税理士紹介サイトの運営者とつながりをもったりもします。
新しい従業員の採用活動や今いる従業員の見守りなど、人事関連の仕事も欠かせません。経営者として従業員を大切にする気持ちは人一倍強く、会社の都合で従業員の働く場所を奪うことは絶対にしないと決めています。世界に約80億人もの人がいる中、一緒に仕事ができているご縁を大切に、従業員とその家族も守り抜く覚悟です。
ほかにも、依頼を迷っているお客さまに対し、会社の規模や事業内容を踏まえて依頼にかかる報酬額を見積もったり、自身が経営者としてさらに高みを目指すために、セミナーに参加したりする日もあります。
メリハリをつけて仕事をすることで、心や体にゆとりが生まれる
税理士の大変なところは、ミスをするとお客さまが法律違反になってしまう可能性があり、お客さまに多大な迷惑がかかってしまう点です。新人のころ、私の理解不足でお客さまに損をさせてしまったことがありました。原因の説明と謝罪にうかがったところ、そのお客さまは「私が荒井さんを信じてお仕事をお任せしたのだから、もう大丈夫です」と言ってくださりました。当時の私はまだ若く、至らない点も多かったと思うのですが、全く責めることなく変わらず信用していることを伝えてくださり、涙が出そうになりました。同時に自分の仕事の責任の重さや重要性を、身をもって感じた出来事でもありました。以来、チェックリストで確認する、作った書類をほかの人にも見てもらう、セミナーに参加して勉強するなど、ミスを減らすための対策を行ってきました。
経営者となった今は、業務のマニュアル化やこまめなミーティングなど、従業員のミスを減らす工夫をしています。それから経営者として、100%を求めるときと、60%でよしとするときとを使い分けるようにしています。例えば申告業務には期限がありますが、期限切れは罰金にもつながってしまうため、100%守らなくてはなりません。一方で文章作成など正解のない業務に関しては、60%でよしと考えるようにしています。私も含め税理士にはきちょうめんな人が多く、正解のない業務に100%を求めると、修正とチェックの繰り返しでキリがなくなってしまいます。従業員数が2、3名のときは全業務について100%を目指してチェックをすることも可能でしたが、今、それをすると時間が足りず、体を壊してしまいます。従業員にとっても修正の繰り返しはほかの業務を圧迫する原因となりストレスでしょう。60%でよいものは60%でよし、と考えるようになってからは、心にも体にも余裕ができたように思います。
税理士に求められるのは、お客さまに寄り添う気持ち
企業には数年に一度、税務署による税務調査が入ります。税務調査とは、納税者が提出した書類の内容を調べ、脱税などのズルをしていないかを確認する調査です。企業としての信用問題にも関わるため適切に対応する必要があり、対応の依頼をいただくことがあります。企業の今後を左右するそうした事態を乗り越え「荒井さんに相談に乗ってもらってよかった」と感謝の気持ちを伝えられたとき、税理士をやっていてよかったと感じます。
ただ、そのような言葉はとてもありがたいと思いつつも、従業員には、それにあぐらをかかず謙虚に受け止めてほしいとも考えています。業界全体として、長いお付き合いのお客さまほど税理士を敬ってくださる風潮があるのですが、どんなことでも気軽にお話しいただくためには税理士とお客さまは対等な立場でいるべきです。お金に関する話題は友人にも家族にも会社の従業員にも簡単に話せるものではなく、経営者の方々は孤独を感じやすいことからも、税理士は悩みに寄り添う力が必要だと思います。NA税理士法人では寄り添う気持ちを表す行動の一つとして、お客さまとの打ち合わせの最後に「なにか困りごとはないですか?」とお聞きすることを心がけています。
子ども時代は特別目立つ子ではなかった
子どものときは、人見知りかつ引っ込み思案で、常にぼーっとしている子でした。勉強やスポーツなど何をやっても平凡な成績で、クラスの中でも特別目立つようなタイプではなかったと思います。中学校と高校ではバスケットボール部に入っていました。中学校のときに友人に「入ろうよ」と誘われ、流されるままに入部しました。高校に入ったときも、試合などで顔見知りだった別の中学校出身の友人に「部活行くよ」と促されたことがきっかけでした。入り口はいつも成り行きで正直あまりやる気はなかったのですが、一度始めたことは最後までやり遂げたいという気持ちがあり、中学校、高校ともに3年間続けました。やり遂げる意識は今も変わらず持っています。
大学に進学し、就職活動のタイミングになっても、のんびりとした性格は変わりませんでした。友人たちが就職活動を行っていることも知らず、気づけば進路が決まっていないのは私一人という状況になっていました。とにかく楽な仕事をしたいという一心でなんとか就職先を見つけたものの、どうしても会社の雰囲気が自分と合わず、すぐに違和感を覚えました。やがて「よりやりがいのある仕事をしたい」と感じ始め、社会人1年目のときに、税理士の資格を取って転職することを決意しました。
遅咲きでも諦めなかったのは、夢があったから
さまざまな資格職の中から税理士を目指したのは、パンフレットに書かれていた「3年で合格可能!」「年収1000万円も夢じゃない!」といった言葉に引かれたからでした。弁護士や公認会計士は1回の試験で複数科目に合格しなくてはならないのですが、税理士は順番に試験を受け、最終的に5科目合格すればよいという方式だったことも後押しになりました。
社会人2年目のときに仕事を辞めて予備校に通い始めると、着々と3科目をクリアしました。翌年以降は税理士事務所でアシスタントをしながら勉強に励んでいたのですが、結婚などの私生活の変化もあってなかなか集中できず、あっという間に3年がたってしまいました。これはまずいと改めて気合いを入れ直し、以降は仕事以外のほぼすべての時間を勉強に費やしました。仕事が終わると予備校の自習室にこもり、帰宅して夕飯を食べたらまた、勉強に励みました。30歳までに自分の税理士事務所を持ちたいという夢を原動力に頑張りました。
税理士になる場合、予備校や大学の税理士受験コースに通うとよいと思います。特に私は周りの環境に影響を受けやすいタイプなので、同じように税理士資格の合格に向けて努力している人たちの中に身を置くと、自然と頑張ろうという気持ちになりました。意志を強く持ち、合格までの数年間を自分一人で乗り切ることができる人はそう多くないと思うので、まずは学ぶ環境を整えることが大切だと感じます。
「運がよい」と思い込むことが大事
私自身、就職活動を始めるのも、税理士を目指すのも、いろいろとタイミングが遅かったという自覚があります。それでも今では、夢だった自分の税理士法人を持つことができており、何事も遅すぎることはないのだと身をもって感じています。気づくタイミングは人それぞれですし、遅いことは決して不利にはならないので、自分のペースで頑張りたいことを見つけてみてください。
ただ一つ忘れないでいただきたいのが、「自分は運がよい」と思い込むことです。生まれる場所や生活する環境は一人一人違うので、人間は全員が完全に平等というわけではないかもしれません。でも私は、自分は運がよいと思い込むことで「NA税理士法人を大きくしたい」「こんな人と一緒に働きたい」「もっとお金を稼ぎたい」といった理想を一つずつかなえてこられた気がしています。何事も前向きにとらえて、運を引き寄せていけるとよいのではないかと感じます。