※このページに書いてある内容は取材日(2021年01月18日)時点のものです
新エネルギーやロボットの開発を支援する
私は,「国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO,ネド)という組織で,ロボットやAIに関する研究開発を,プロジェクトマネージャーとして支援しています。
国立研究開発法人は,国が税金を使ってやるべきことのうち,研究・開発に関するものを担う組織です。その中でもNEDOの事業は,「新エネルギー」と「産業技術」の2つの分野に特化しています。もともと1973年に発生した石油危機(原油産出国からの供給が急激に減り,石油の価格が上がったことで世界中の経済が混乱した出来事)がきっかけでできた組織ということもあって,最初は石油に代わる新エネルギーの開発支援がメインの事業でした。そこに1988年から産業技術の分野が加わり,ロボットの開発やそのために使える材料,最近だとIoT(モノのインターネット)技術の開発支援なども手がけるようになりました。
NEDOは経済産業省の所管する組織で,新しい技術の研究だけに留まらず,研究の成果を社会の中で生かし,経済や産業そのものを活性化することまでを目指しています。また,そうした開発支援を通して,諸外国に日本の技術力の高さをアピールし,日本全体としての技術力を向上させていくことも目標です。
私は2017年にNEDOに就職し,それからずっと「ロボット・AI部」という部署で,ロボットや人工知能(AI)分野の研究開発を支援しています。
ドローンを安全に飛ばすための計画を技術面からサポート
ロボット・AI部には今,約140名の職員がいて,その中でロボット系の仕事に携わっている人は約40名。常にいくつものプロジェクトが同時進行で動いています。
私がこれまでに携わった仕事としては,例えばドローンを街中で安全に飛ばせるよう,航空機のように管制する仕組みの開発支援があります。たくさんのドローンが好き勝手に飛んでいたら,衝突してしまう危険性がありますよね。そこで,衝突を防ぐための運航ルートを計算して管理できるような仕組みをつくろうとしているのです。また,ドローンが近くにある飛行物を自ら検知して回避できるようにするための技術の開発なども支援しています。
社会の中で役立つテクノロジーを安全に使うために必要な技術の開発は国が主導すべきですし,行政からの要望もあります。国は,今後ドローンを運送業などで幅広く活用していくためのロードマップ(進行計画案)をつくっています。NEDOではそれに沿って,例えば「2025年までにドローンを街中で飛ばすのであれば,2021年時点ではこんな技術が開発できていないといけない」というように,技術的な観点で計画を区切って開発を進めています。国や企業の要望をもとに具体的な事業の計画を立て,進めていくのがこの組織の役割なのです。
産業用ロボットに関する新事業を担当
私は今,プロジェクトマネージャーとして,自動車工場などで製品の組み立てをするのに使うような産業用ロボットの開発支援事業を進めています。「革新的ロボット研究開発基盤構築事業」という名前のこのプロジェクトは,2019年に計画を練って議論を重ね,2020年にスタートしたばかりです。産業用ロボットのアーム(腕)のハンドリング操作やロボットを遠隔操作するための技術,厳しい環境下でも使える新素材の開発など4つの内容に分かれ,私がチームリーダーを務めて同じ部署の2人のメンバーと担当しています。
プロジェクトマネージャーの仕事はまず,事業全体の計画を立てることから始まります。今回の事業は,経済産業省と日々議論をしている中で,産業用ロボットの開発支援が必要だという要望が上がり,具体的にどこをどう支援したらよいか,計画を立案しました。支援内容や目標が決まったら,次は事業を進める企業や,大学などの研究機関
を集めます。事業がスタートした後は,経済産業省や,参加してくれている企業や研究機関の方のところに現状を確認しに行ったり,要望を聞いて資料にまとめたり,場合によっては,進捗状況に応じて事業全体の目標を見直したりもします。
事業の骨組みをつくることが,マネージャーの重要な仕事
立ち上げ時に事業計画の基盤をつくり上げることは,プロジェクトマネージャーのとても重要な仕事です。
中でも大事なポイントが3つあります。まず1つ目は事業自体の目標設定をすることです。今回の事業は5年間の計画ですが,目標がボンヤリしていると進め方を見失ってしまうことがあります。そこで具体性があって,5年後に実現するのに高すぎず低すぎない目標を考え,いろいろな分野の専門家と何度も議論を重ねて固めていきました。
2つ目はNEDOと一緒に事業に取り組んでいくメンバーの選出です。この事業では,実際に産業用ロボットやその部品を製造している民間企業にたくさん参加してもらいました。ただ,プロジェクト名にもある “革新的”なロボットを開発するためには,大学などで行われている,優れた研究も生かしていきたい。そのように考えた結果,民間企業と研究機関とをバランスよく組み合わせた「産学連携」の形でメンバーを構成することになりました。
3つ目は,予算の配分です。今回のようにたくさんの研究機関や企業が関わる場合,決められた予算をどこにどのくらい割り振ればうまく事業が進むのかを考えなくてはいけません。また,事業を進めるためには,毎年,予算を確保する必要があるのですが,なかなか思う通りに出してもらえないこともあります。そういうときにプロジェクト自体の軌道修正や調整をしていくのも,プロジェクトマネージャーの大事な仕事です。
さまざまな意見を総合的に見て,問題の根底にあるものを考える
仕事をする中で難しさを感じるのは,研究の支援としてお金を出す側のNEDO職員の立場で企業や研究機関の方と話をすると,どうしても本音を語ってもらいにくくなってしまうことです。そのため,相手が本当に考えていることをできるだけ聞き出せるよう,聞き方や話し方を意識して会話をするようにしています。また,私自身がもともと農学部出身でロボットの専門家ではなく,技術的な部分の理解が難しいこともあるので「今の話はこういう理解で合っていますか?」など,自分の解釈がズレていないか,できるだけ相手に確認しながら話をしています。
たくさんの企業や研究機関の方の話を聞いていると,さまざまな観点の意見や問題が出てきます。みなさんの話を総合して,本当に問題になっていることや,その問題の根底にあるのが何なのかを考えることも大切です。NEDOは予算を出す省庁と企業・研究機関との間に立って,橋渡しをするポジションですから,企業や研究機関の側に予算状況の適切な説明をしながら,省庁にはそれぞれの企業や研究機関の要望と,NEDOとして事業をどう進めていきたいと考えているかをしっかり伝えていく必要があります。そうすることで両者の関係をきちんと取り持てるよう,いつも心がけています。
大事にしているのは,日々の情報収集とコミュニケーション
技術を支援する組織で働いているので,日常的にロボットやAIに関する情報収集をしています。ゲームやスマート家電などの新しい電子機器は,もともと好きなのもあって集めています。日本の技術開発をどう支援していくのかを考えるには,国内だけでなく,世界の動向を見ることも欠かせません。海外の情報は自分から取りに行かないと手に入らないものも多いので,積極的に情報へのアンテナを張り巡らせるようにしています。
同時に,多くの人と関わる仕事ですから,コミュニケーションをとても大事にしています。特に今は新型コロナウイルスの影響でなかなか直接,顔を合わせて話ができないため,NEDO内のチームのメンバーですら,何をしていて,どこまで業務が進んでいるのか見えにくい状況です。その中でどう意思疎通をしていくかは,大きな課題です。
仕事をしていてやりがいを感じるのは,事業に参加してくれた企業や研究機関の方に「NEDOの事業で研究ができてよかった」と言われるなど,成果が出たり喜んでもらえたりしたときです。私たちは社会のためになる事業に取り組んでいきたいと考え,日々,仕事をしています。しかし,携わった事業がすべて世の中に出せるまでの形になるかというと,やはりそうはいきません。その中で,支援した技術が製品化につながったという話を聞くと,いい支援ができたのかなとうれしくなります。2017年には,以前関わった電動車いす型ロボットが製品化され発売されました。そこで製品化後に,NEDOのホームページで製品化の話を紹介するため,開発した企業の方に開発秘話を聞きに行ったとき,製品化までの苦労話と一緒に感謝の言葉もいただけて,とてもモチベーションが上がりましたね。
部活でまとめ役をした経験が,チームプレーの仕事でも生きる
中学・高校時代は部活でやっていたハンドボールに熱中し,ほぼ毎日練習の日々でした。大学でもハンドボール部に入っていました。部活ではまとめ役になることが多く,高校のときは部長,大学のときは副部長を務めました。強力なリーダーシップがあるタイプではありませんでしたが,周りを常に見て,気をつかう性格だったと思います。悩みを抱えていそうな部員や下級生には,特によく声をかけていました。今やっている,マネージャーとしてプロジェクトを動かす仕事もチームで取り組むものですから,普段から周囲を気にかけて話を聞くのは,今も昔も変わらず大事なことだと感じています。
NEDOは,大学院で同じ研究室にいた先輩が就職したことで知りました。当時,農学部で稲の研究をしていて,研究に関わる仕事をしたいと思いながら,自身が研究者として一つのテーマだけに集中するのは自分の性格に合っていないと感じていました。NEDOの事業は農学部とは全く異なる分野ですが,新エネルギーからロボットまで多様なテーマに関われること,研究者を支援できることが魅力で応募を決めました。
最近はロボットを使った「スマート農業」に興味があり,新しい事業として仕事にできないかと考えています。たまたま他の仕事で農業ロボットに関わり興味をもったのですが,私は農学部出身ですから,これも何かの縁かもしれませんね。
誰かの意見を100%信じるのではなく,一歩離れて考えてみて
NEDOの仕事をしていて感じるのは,物事を少し離れたところから俯瞰して見る(=広い視野で見る)ことの大切さです。例えばニュースでも,ある事柄や事件に対していろいろな立場の人が自分なりの視点で意見を言いますが,そのどれが本当に正しいのかは,なかなかわからないこともよくあります。他人の話をうのみにするのではなく,少し“疑ってみる”こと,自分でも「何が本当か」を考えながら聞くことが大事だと思います。
どんな仕事をするにしても,「この人の言うことはすべて間違いない」という思いこみをしたまま物事を見ていると,正しい方向に進めなくなってしまいます。私の仕事は国の税金を預かって行う事業で,「どうしてこんな事業をしているの?」と聞かれたときに,誰に対してもきちんとした説明ができなくてはいけません。そんなとき,特定の誰かの意見だけを信じて進めましたというのでは,説得力がありませんし,自信をもってお話できなくなってしまいます。どれほど偉い人の意見だったとしても,誰か一人の話だけを正しいとするのではなく,きちんと自分の頭を使って解釈し,言葉にするのは,とても重要なことです。みなさんも,さまざまな情報をもとに,自分で解釈したり,自分で考えたりできるようになってください。