おいしい料理を通して日本の文化を伝える
私は和食料理人です。東京の恵比寿というところで,日本料理店の店主をしています。お客さまのためにおいしい日本料理を作ること,そして料理を通して日本の文化を伝えることが私の仕事です。
朝は豊洲市場に行き,野菜や魚などの食材を仕入れます。日本には四季があり,季節ごとにおいしい食材がたくさん市場に並びます。そのため料理人として飽きることがありません。
仕入れを終えてお店に戻ってからは,夕方までずっと料理の下ごしらえをしています。18時にお店を開けたら,深夜0時まで,お客さまのために心を込めて料理を作ります。
料理によって器が変わるのも和食の魅力です。陶器,磁器,口をつけても熱くない塗りのお椀,夏だと涼しげなガラスなど,さまざまな器に工夫した盛りつけをすることで,お客さまに食事をより楽しんでいただけるのです。食材選び,盛りつけ,器など,料理の全体を通して日本の文化をお客さまに感じ取っていただけるよう心がけています。
イチローさんに「おいしい」と言ってもらえた
私は自分のお店を構えているので,すべてを自分で決められます。企画,制作,営業,販売を一人で担う会社の社長のようなものですね。自分の目で見て「これはいいな」と思った食材を仕入れ,味付けを考え,料理して,器に盛ったものをお客さまに提供します。するとお客さまから「おいしい」という声がダイレクトに聞けます。このように,すぐに評価が聞けるのはこの仕事の楽しいところです。
お客さまが「おいしい」と喜んでくれることは,本当にうれしいです。メジャーリーガーだったイチローさんに,私の料理を食べていただいたこともあります。私はイチローさんのファンだったので,いろいろお話もうかがえて光栄でした。イチローさんに「おいしい」と言っていただけて,自分の料理は間違っていなかったと思えました。
料理人は,世界中のどこに行っても通用する仕事です。たとえ外国語がしゃべれなくても,おいしい料理を作ればみんなが喜んでくれます。とても楽しく,やりがいのある仕事です。
お客さまに食べてもらえないことがいちばんつらい
大変だと感じるのは労働時間が長いこと。一日中,立ちっぱなしなので,体力勝負の仕事です。「どうしてこんなにきついことをやっているんだろう」と思うこともありますが,お客さまの喜んでくれる顔が浮かんできて,がんばれるのです。
いくらおいしい料理を考えて準備をしても,お客さまが来てくれないと始まりません。実家が営んでいた居酒屋を父から引き継いだとき,それまで来てくれていたお客さまの足が遠のいてしまったことがあります。毎日がひまで,誰にも料理を食べてもらえなかったのです。お客さまが来ないと儲けも出ないので,新しい食材も買えません。そのときがいちばんつらかったですね。
けれど時間はたっぷりあったので,料理の勉強をし直そうと考えました。本を参考に,フランス料理やお菓子など,日本料理以外の料理をたくさん作りました。いわば,料理の自主トレーニングです。そして,自分でおいしいと思えたものは,お店のメニューに加えていきました。それがお客さまの口コミで広がり,だんだんと客足が戻ってきました。このときの経験は大いに役立っています。つらかった時期も無駄にはなりませんでした。
日本料理を世界中に広めたい
仕事で心がけているのは,自分が本当にいいと思った料理をお客さまに出すこと,それに尽きます。料理人は一年中,料理をしていますが,お客さまの中には,年に一度だけ私の店で料理を食べるのを楽しみにしている人もいます。料理人にとっては毎日のことでも,お客さまにとっては特別な一日かもしれません。そのことを忘れずに,お客さまとの一期一会を大切にしています。
料理人としての目標は,もっと日本料理を世界中に広めることです。日本の中にいると気づきにくいかもしれませんが,世界には日本料理が正しく伝わっていない国々もあります。だからこそ正しい日本料理を広めていきたいのです。たとえばフランスで修行した日本人の料理人が,日本に帰国してフランス料理を広めているように,世界中の人たちが日本料理を習い,それぞれの国で広めてくれるようになったらすてきですね。
給食でも,もっと和食を食べてほしい
子どもたちにもっと和食に親しんでもらうため,料理人仲間と一緒に「和食給食応援団」という活動を行っています。全国で50人ほどの料理人がそれぞれの地域の小・中学校へ出向き,栄養士さんとともに献立を考えます。当日は私も現地へ向かい,仲間や調理師さんたちと料理をします。そして子どもたちと一緒に食べて,日本料理の魅力を伝えています。「こんなにおいしいお出汁は初めて」「これからはもっと和食を食べたい」,子どもたちからそんな声がたくさん聞けることがとてもうれしいです。
以前から私は,子どもたちにとって和食を食べる機会が少ないことがずっと気になっていました。好きなメニューの上位に来るのはスパゲッティやハンバーグといった洋食ばかり。朝食がパン,給食もパンと洋食で,夕食がパスタだったら,和食を一度も食べずに一日を終えてしまいます。これではよくない,週に2,3回は和食の給食を食べてほしい,という思いで,この活動を始めました。
料理人としての心構えを身につけた修業時代
私は高校を卒業後,日本料理店で修行をしました。たいへん厳しい日々で,最初の1,2年は料理をさせてもらえず,掃除や皿洗いなどの下働きばかりでした。野菜の皮むきや魚のうろこ取りを習うところから始まり,漬け物をぬか床につけたり,従業員用のお昼ごはんを作ったりするなどして,だんだん料理人らしいことをさせてもらえるようになりました。やがて野菜を切ったり,魚を下ろしたり,出汁を取ったりもできるようになりました。料理人はそのようにして,少しずつ料理を覚えていくのです。
修行は9年間続きました。修業時代に教わった技術のすべてが,今役立っています。それに加えて,整理・整頓,掃除の徹底,準備や段取りをしっかりしてから次の仕事に手をつけるなど,料理人としての心構えを身につけられたことが修行の成果だと思っています。
修行を終えた後は実家の居酒屋を継ぎ,その4年後に,新たに自分の店を構えて今に至っています。
父が料理をする姿にあこがれた
ご飯を食べるときは感謝の気持ちを忘れずに
世界中のいろいろな国を訪れましたが,自分の国の料理をこんなに食べていないのは日本だけではないでしょうか。自分の国の料理を食べないと,自分の国のよさを知ることができません。豊富な四季の食材や,水だけで炊くお米のおいしさなど,身近にありすぎて気がつかないのかもしれませんが,日本料理はとても素晴らしいものです。日本を愛する気持ちを育むためにも,もっと和食を食べてほしいと思います。
食べる前には「いただきます」,食べた後は「ごちそうさまでした」を必ず声に出してください。農家や漁師など生産者の方々,料理を作ってくれた人への感謝を忘れないようにしましょう。
和食を通して「日本に生まれてよかった」とみなさんに思ってもらえたら,和食料理人の一人として,とてもうれしいです。