※このページに書いてある内容は取材日(2023年09月12日)時点のものです
東京都が発信する情報を取りまとめる仕事
私は、東京都の職員として、「報道課」という部署で働いています。報道課の仕事は、テレビや新聞などの報道機関に向けて、東京都が行う事業に関する情報発信を行う仕事です。東京都では毎週金曜日の定例会見をはじめ、都知事が出席するイベントが数多くあり、その都度、報道機関の方に取材に来ていただいています。私はそれらの取材がスムーズに行われるように、撮影スペースのセッティングをしたり、取材陣の案内などを行ったりしています。取材件数は週2、3件、多いときには一日に3、4件対応することもあります。都庁内ではない、外部の取材スペースなどは実際に現場を見ないとわからないことも多いため、事前の下見もよく行っています。
また、当課では毎日プレスリリースと呼ばれる、東京都からの情報をまとめた公式文書を報道機関に向けて配信しており、各機関はそれをもとにニュースの放送や記事の掲載をします。毎日決まった時刻にプレスリリースの配信をするため、それまでに庁内各局で作成された原稿を確認し、配信準備をします。必要があれば内容の調整や文書の書き方を助言することもあります。
本業のほかに、シンガーソングライターとして活動
東京都の仕事とは別に、私は「誰か私に名前を。」というアカウント名で、SNSを通じてシンガーソングライター(自分で作詞・作曲した音楽を、自分で歌う人)兼ボイストレーナー(発声や歌唱技術、息継ぎ方法などを教える人)として音楽活動を行っています。基本的に地方公務員は副業が認められていないため、お金をもらわない形で活動しています。私は、一つの仕事に縛られない、新しい公務員の働き方や多様な働き方を示すために、自分で作った音楽やメッセージを発信しています。
もともと、学生時代に楽器演奏や作曲をしていたものの、社会人になってからは忙しくて音楽とは距離を置いていました。しかし単調な毎日から抜け出したくて、2016年ごろから音楽アプリを通して自分で作った歌を少しずつ配信するようになりました。そこで想像しなかったくらい多くの音楽ファンの方から「元気が出た」とか「声が好きです」といった言葉をいただいたのがきっかけで、発表の場を広げようと思い、2019年にX(旧Twitter)やYouTubeなどのSNSで本格的に音楽配信を始めました。当初、音源のミックスやレコーディングといった編集の技術はありませんでしたが、4年かけて少しずつ機材をそろえていき、現在は作曲に関わるすべての作業を自宅で、一人で行っています。
仕事と音楽活動を両立させるカギは「時間管理」
報道課の仕事と音楽活動、ともに大変だと感じるのは時間の管理です。報道課は、早朝や夜間の問い合わせに電話やメールで対応しなければいけないことも多々あります。いつ来るかわからない連絡に余裕をもって対応するためにも、いかに仕事を効率的に進めるかということを意識しています。仕事を効率的に行うためには、無駄な作業を減らすことも必要です。例えば、電話の問い合わせを受けたとき、いったん受けてから後でかけ直すより、その場で答えられたほうが断然早く用件が済みますよね。その場ですぐに答えられるように、日々、知識や経験を身に付けておくことが大事なのです。
限られた時間の中で仕事と音楽活動を両立させるためにも、時間の管理はとても重要です。基本的に音楽制作は仕事が終わった後や週末に行っていますが、それ以外の移動中などのスキマ時間もフルに活用しています。音楽は作って終わりではなく、リスナーの方にどう届けるかまで考えなくてはいけません。より多くの方に聴いてもらうため、食事中などのスキマ時間を使ってマーケティング(顧客のニーズを把握し、商品やサービスを届ける手段などを考えること)やコピーライティング(言葉や文章で、読者の行動に影響を及ぼす技術)の勉強も積極的にしています。
相手からの「ありがとう」の言葉が何よりのやりがい
自分が発信した音楽やメッセージが、誰かの喜びや元気につながったときは、大きなやりがいを感じます。以前、リスナーの方で体調を崩してしまった方がいて、その方が私の音楽を聴いて救われたという話をブログに書かれていたんですね。それを見たときは本当にうれしかったです。普段の生活でこのような言葉を聞くことはめったにないので、なおさらでした。
仕事でも音楽活動でも、自分が誰かの役に立ったことで得られる「ありがとう」の言葉は、何ものにも代えがたいものです。報道課の仕事では記者やカメラマンの方と接する機会が多いですが、自分の対応に対して「撮影しやすくしてくれてありがとう」「説明がわかりやすかった」などの言葉をいただけると、確かな手ごたえを感じます。そうした日々のやりとりで受けた意見や感想は、庁内の各部署から取材進行に関する技術的な相談を寄せられたときに生かすことができるので、とても大事にしています。
音楽活動を通して学んだことは本業にも生きている
音楽活動を通して学んだことは、本業でも大きく役立っています。その一つが、「相手目線で考える」ことです。どうすればリスナーに喜んでもらえるかなど、相手目線で音楽やメッセージを考えることは報道課の仕事にも通じていて、どう伝えれば相手が理解しやすいかとか、相手は今どんな返答を期待しているのかなど、より注意深く考えて対応するようになりました。
もう一つは、「自分ができないことにはほかの人の力を借りる」ことです。音楽活動を行う上で、私はイラストレーターや動画クリエイターら8人から成るユニットを結成し、ミュージックビデオを一緒に作ってきました。イラストや写真、動画など、自分にはない特別なスキルをもった人たちと協力し合うことで、よりよいものが生まれるからです。この経験は、本業でも役立っています。行政の仕事は、部署ごとに業務を完結させる縦割りの文化が根強く、自分の中で仕事を完結させないといけないという意識から、かつては仕事の悩みを抱えこみがちでした。でも今はわからないことがあれば、部署関係なくすぐに誰かに相談しますし、部下や仕事相手に対しても「何でも聞いてください」と声をかけるようにしています。
自分の力で人とつながる仕事を切り開く
東京都で働く前、私は製薬会社の営業職として働いていました。お客さまと信頼関係を築くことは楽しかったものの、優良な競合他社の商品が数ある中で自社の商品を売ることに自信を持てない日々が続きました。やがてモノを売って利益を求める仕事ではなく、より幅広いサービスなどで人の生活をよりよくして社会に貢献できる仕事がしたいと思うようになり、会社を辞めて公務員の道に進みました。
東京都の職員になってからはさまざまな部署を経験し、都の事業計画を策定する仕事にも携わりました。具体的には、道路の整備計画や待機児童対策など、10年20年の長いスパンでの事業計画の取りまとめを行っていました。しかし、この仕事では都民の方々と直接接する機会は非常に少なく、さまざまな計画が完成しても、みなさんの生活に貢献したという実感をそれほど持てずにいました。
そうしたことから、自分が持っているスキルで人の役に立ち、「ありがとう」などの言葉や喜びの反応が直接得られることをしたいと思うようになり、音楽活動を始めました。活動を始めた当初、周囲の人からは「一人で音楽を作るなんて無理でしょ」といった反応が多かったですが、SNSでの発信を通じて仲間も増え、さまざまなコラボレーションができるまでになりました。
大人になって、一度諦めた音楽を再び始めた
私が音楽に初めて触れたのは、小学生のときでした。半ば無理やりピアノを習わされていたのですが、中学生になって部活動を選ぶ際、身に付けていた音楽のスキルをもっと伸ばそうと思って吹奏楽部に入りました。それから中高の6年間、吹奏楽部でホルンを演奏し、音楽の道を志すようになりました。楽器は一生懸命練習した分、上手になるので、どんどん夢中になっていったのです。
ところが家庭の都合で音楽大学には入ることができず、音楽家になる夢を諦めてしまいました。その挫折から一度は離れた音楽活動ですが、大人になってからこうして再び始めたことで、人生に対する考え方が大きく変わりました。学生のころは「ホルンの演奏家になりたいけど、全国で一番じゃないし、どうせうまくいかないだろう」などと自分の能力を自分で制限して、行動に踏み切れていませんでした。でも大人になってから実際に行動したことで、自分のなりたい姿に気づくことができ、少しずつ道が開けるのを実感しています。それに、夢に向かって毎日過ごすのはやっぱりワクワクしますよね。
職業に縛られず、自分の好きなことに目を向けてほしい
自身の経験からも、自分の夢に自信が持てないという人がいたら「いつでも夢をかなえることはできる」と言いたいです。それと同時に、職業という枠にあまり縛られず、自分が本当にやりたいことを考えて、そのために今やるべきことに取り組む大切さを伝えたいです。私も自分の子どもに「何しているときが一番楽しい?」とよく聞きます。将来やりたいことを探すには、一日の中で自然と多くの時間を費やしているものに目を向けることです。私の場合は音楽でしたし、映画が好きな人は映画を見ている時間が長いでしょう。自分が好きなことから選択肢を広げていったほうが、いろいろなことに挑戦できると思います。
価値観の多様化が進み、誰でも自由に情報発信できる今、一つのことだけやって一生を終えるのはもったいないと考えています。どんな仕事に就いていても、ほかにやりたい仕事があれば、副業としてできるようになればいいとも感じています。公務員は安定した職業だと思われがちですが、公務員こそ外に目を向け、自分のスキルを自分で磨くことが今後、求められていくと思います。多様な働き方が認められる社会に向けて、これからも音楽活動を通して新たな可能性を切り開いていくことを目指しています。