仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

東京都に関連のある仕事人
1984年 生まれ 出身地 宮城県
子供の頃の夢: プロ野球選手
クラブ活動(中学校): 吹奏楽部
仕事内容
とうきょうちょうしょくいんとして、取材する人、取材される人にとってここよいかんきょうをつくるほか、シンガーソングライターとして自分が作った楽曲を歌って、発信する。
自己紹介
自分の心に正直に生きようと決めています。ゆめじつげんのために努力し、有言実行します。が強いと思います。平日休日問わず、作曲やへんきょく、レコーディング、ボイストレーニング、レッスンのじっ、SNS発信を行っています。
出身大学・専門学校

※このページに書いてある内容は取材日(2023年09月12日)時点のものです

東京都が発信するじょうほうを取りまとめる仕事

東京都が発信する情報を取りまとめる仕事

わたしは、東京都のしょくいんとして、「ほうどう」というしょで働いています。ほうどうの仕事は、テレビや新聞などのほうどう機関に向けて、東京都が行う事業に関するじょうほう発信を行う仕事です。東京都では毎週金曜日の定例会見をはじめ、都知事が出席するイベントが数多くあり、その都度、ほうどう機関の方に取材に来ていただいています。わたしはそれらの取材がスムーズに行われるように、さつえいスペースのセッティングをしたり、しゅざいじんの案内などを行ったりしています。取材けんすうは週2、3けん、多いときには一日に3、4けんたいおうすることもあります。ちょうないではない、外部の取材スペースなどはじっさいげんを見ないとわからないことも多いため、事前の下見もよく行っています。
また、当課では毎日プレスリリースとばれる、東京都からのじょうほうをまとめた公式文書をほうどう機関に向けて配信しており、各機関はそれをもとにニュースの放送や記事のけいさいをします。毎日決まったこくにプレスリリースの配信をするため、それまでにちょうない各局で作成されたげん稿こうかくにんし、配信じゅんをします。必要があればないようの調整や文書の書き方を助言することもあります。

本業のほかに、シンガーソングライターとして活動

本業のほかに、シンガーソングライターとして活動

東京都の仕事とは別に、わたしは「だれわたしに名前を。」というアカウント名で、SNSを通じてシンガーソングライター(自分でさく・作曲した音楽を、自分で歌う人)けんボイストレーナー(発声や歌唱じゅついきぎ方法などを教える人)として音楽活動を行っています。ほんてきに地方こういんは副業がみとめられていないため、お金をもらわない形で活動しています。わたしは、一つの仕事にしばられない、新しいこういんの働き方や多様な働き方をしめすために、自分で作った音楽やメッセージを発信しています。
もともと、学生時代に楽器えんそうや作曲をしていたものの、社会人になってからはいそがしくて音楽とはきょを置いていました。しかし単調な毎日からしたくて、2016年ごろから音楽アプリを通して自分で作った歌を少しずつ配信するようになりました。そこでそうぞうしなかったくらい多くの音楽ファンの方から「元気が出た」とか「声が好きです」といった言葉をいただいたのがきっかけで、発表の場を広げようと思い、2019年にX(きゅうTwitter)やYouTubeなどのSNSでほんかくてきに音楽配信を始めました。当初、おんげんのミックスやレコーディングといったへんしゅうじゅつはありませんでしたが、4年かけて少しずつ機材をそろえていき、げんざいは作曲に関わるすべての作業をたくで、一人で行っています。

仕事と音楽活動を両立させるカギは「時間管理」

仕事と音楽活動を両立させるカギは「時間管理」

ほうどうの仕事と音楽活動、ともに大変だと感じるのは時間の管理です。ほうどうは、早朝や夜間の問い合わせに電話やメールでたいおうしなければいけないことも多々あります。いつ来るかわからないれんらくゆうをもってたいおうするためにも、いかに仕事をこうりつてきに進めるかということをしきしています。仕事をこうりつてきに行うためには、な作業をらすことも必要です。例えば、電話の問い合わせを受けたとき、いったん受けてから後でかけ直すより、その場で答えられたほうがだんぜん早くようけんみますよね。その場ですぐに答えられるように、日々、しきけいけんを身に付けておくことが大事なのです。
かぎられた時間の中で仕事と音楽活動を両立させるためにも、時間の管理はとても重要です。ほんてきに音楽せいさくは仕事が終わった後や週末に行っていますが、それ以外のどう中などのスキマ時間もフルに活用しています。音楽は作って終わりではなく、リスナーの方にどうとどけるかまで考えなくてはいけません。より多くの方にいてもらうため、食事中などのスキマ時間を使ってマーケティング(きゃくのニーズをあくし、商品やサービスをとどけるしゅだんなどを考えること)やコピーライティング(言葉や文章で、読者の行動にえいきょうおよぼすじゅつ)の勉強も積極的にしています。

相手からの「ありがとう」の言葉が何よりのやりがい

相手からの「ありがとう」の言葉が何よりのやりがい

自分が発信した音楽やメッセージが、だれかのよろこびや元気につながったときは、大きなやりがいを感じます。以前、リスナーの方で体調をくずしてしまった方がいて、その方がわたしの音楽をいてすくわれたという話をブログに書かれていたんですね。それを見たときは本当にうれしかったです。だんの生活でこのような言葉を聞くことはめったにないので、なおさらでした。
仕事でも音楽活動でも、自分がだれかの役に立ったことでられる「ありがとう」の言葉は、何ものにも代えがたいものです。ほうどうの仕事では記者やカメラマンの方とせっする機会が多いですが、自分のたいおうに対して「さつえいしやすくしてくれてありがとう」「説明がわかりやすかった」などの言葉をいただけると、たしかな手ごたえを感じます。そうした日々のやりとりで受けた意見や感想は、ちょうないの各しょから取材進行に関するじゅつてきな相談をせられたときに生かすことができるので、とても大事にしています。

音楽活動を通して学んだことは本業にも生きている

音楽活動を通して学んだことは本業にも生きている

音楽活動を通して学んだことは、本業でも大きく役立っています。その一つが、「相手目線で考える」ことです。どうすればリスナーによろこんでもらえるかなど、相手目線で音楽やメッセージを考えることはほうどうの仕事にも通じていて、どう伝えれば相手がかいしやすいかとか、相手は今どんな返答を期待しているのかなど、より注意深く考えてたいおうするようになりました。
もう一つは、「自分ができないことにはほかの人の力を借りる」ことです。音楽活動を行う上で、わたしはイラストレーターや動画クリエイターら8人から成るユニットを結成し、ミュージックビデオをいっしょに作ってきました。イラストや写真、動画など、自分にはない特別なスキルをもった人たちと協力し合うことで、よりよいものが生まれるからです。このけいけんは、本業でも役立っています。ぎょうせいの仕事は、しょごとにぎょうを完結させるたてりの文化が根強く、自分の中で仕事を完結させないといけないというしきから、かつては仕事のなやみをかかえこみがちでした。でも今はわからないことがあれば、しょ関係なくすぐにだれかに相談しますし、部下や仕事相手に対しても「何でも聞いてください」と声をかけるようにしています。

自分の力で人とつながる仕事を切り開く

自分の力で人とつながる仕事を切り開く

東京都で働く前、わたしせいやく会社のえいぎょうしょくとして働いていました。お客さまとしんらい関係をきずくことは楽しかったものの、ゆうりょうな競合他社の商品が数ある中で自社の商品を売ることに自信を持てない日々が続きました。やがてモノを売ってえきを求める仕事ではなく、よりはばひろいサービスなどで人の生活をよりよくして社会にこうけんできる仕事がしたいと思うようになり、会社をめてこういんの道に進みました。
東京都のしょくいんになってからはさまざまなしょけいけんし、都の事業計画をさくていする仕事にもたずさわりました。具体的には、道路のせい計画や待機どうたいさくなど、10年20年の長いスパンでの事業計画の取りまとめを行っていました。しかし、この仕事では都民の方々とちょくせつ接する機会はじょうに少なく、さまざまな計画が完成しても、みなさんの生活にこうけんしたという実感をそれほど持てずにいました。
そうしたことから、自分が持っているスキルで人の役に立ち、「ありがとう」などの言葉やよろこびのはんのうちょくせつられることをしたいと思うようになり、音楽活動を始めました。活動を始めた当初、しゅうの人からは「一人で音楽を作るなんて無理でしょ」といったはんのうが多かったですが、SNSでの発信を通じて仲間もえ、さまざまなコラボレーションができるまでになりました。

大人になって、一度あきらめた音楽をふたたび始めた

大人になって、一度諦めた音楽を再び始めた

わたしが音楽に初めてれたのは、小学生のときでした。半ば無理やりピアノを習わされていたのですが、中学生になって部活動を選ぶさい、身に付けていた音楽のスキルをもっとばそうと思ってすいそうがく部に入りました。それから中高の6年間、すいそうがく部でホルンをえんそうし、音楽の道をこころざすようになりました。楽器はいっしょうけんめい練習した分、上手になるので、どんどんちゅうになっていったのです。
ところが家庭の都合で音楽大学には入ることができず、音楽家になるゆめあきらめてしまいました。そのせつから一度ははなれた音楽活動ですが、大人になってからこうしてふたたび始めたことで、人生に対する考え方が大きく変わりました。学生のころは「ホルンのえんそうになりたいけど、全国で一番じゃないし、どうせうまくいかないだろう」などと自分ののうりょくを自分でせいげんして、行動にれていませんでした。でも大人になってからじっさいに行動したことで、自分のなりたい姿すがたに気づくことができ、少しずつ道が開けるのを実感しています。それに、ゆめに向かって毎日ごすのはやっぱりワクワクしますよね。

しょくぎょうしばられず、自分の好きなことに目を向けてほしい

職業に縛られず、自分の好きなことに目を向けてほしい

自身のけいけんからも、自分のゆめに自信が持てないという人がいたら「いつでもゆめをかなえることはできる」と言いたいです。それと同時に、しょくぎょうというわくにあまりしばられず、自分が本当にやりたいことを考えて、そのために今やるべきことに取り組む大切さを伝えたいです。わたしも自分の子どもに「何しているときが一番楽しい?」とよく聞きます。しょうらいやりたいことをさがすには、一日の中で自然と多くの時間をついやしているものに目を向けることです。わたしの場合は音楽でしたし、えいが好きな人はえいを見ている時間が長いでしょう。自分が好きなことからせんたくを広げていったほうが、いろいろなことにちょうせんできると思います。
かんの多様化が進み、だれでも自由にじょうほう発信できる今、一つのことだけやって一生を終えるのはもったいないと考えています。どんな仕事にいていても、ほかにやりたい仕事があれば、副業としてできるようになればいいとも感じています。こういんは安定したしょくぎょうだと思われがちですが、こういんこそ外に目を向け、自分のスキルを自分でみがくことが今後、求められていくと思います。多様な働き方がみとめられる社会に向けて、これからも音楽活動を通して新たなのうせいを切り開いていくことを目指しています。

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ホームページやSNSでの発信など、テキストで伝えることが多い時代です。どのような表現が人の心をつかみ、興味をひくのか。細かなコピーライトの技術から、ターゲット別のアプローチの考え方、具体例まで、この一冊にすべてわかりやすく詰まっています。

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取材・原稿作成:掛谷 泉(Playce)