※このページに書いてある内容は取材日(2020年10月08日)時点のものです
ソースの品質を守るために検査したり,工場のチェックをしたりする
私はソースの製造と販売を行う「トキハソース株式会社」で働いています。東京都北区滝野川に本社と工場があり,創業は大正12年,東京で一番古いソースメーカーです。トキハソースでは,揚げ物にかけるソースや焼きそばソースなどを自社工場で製造しており,中でも生野菜を酵素で分解し,熱を加えずに作る「生ソース」は大人気商品です。商品は百貨店やスーパーなどで取り扱っていただいたり,自社で運営するオンラインショップで一般の方向けに販売したりしています。
私は本社の「品質管理部1課」に所属しています。工場はもうひとつ,埼玉県志木市にもあり,そこには「品質管理部2課」があります。会社の社員数は26名で,品質管理部のメンバーはそのうち1課に2名,2課に2名の計4名です。
品質管理部の主な仕事は,理化学検査と微生物検査です。簡単に言うと「ソースの品質を検査する仕事」です。できあがったソースの成分に何か問題はないか,悪い微生物が発生していないかといったことを調べ,そのソースを出荷してもよいかどうかを判断します。
また,取り引き先の企業さまに提出する「規格書」の作成も重要な仕事です。これは,企業さまに安心して商品を取り扱っていただくために,商品の成分数値や製造工程,検査体制などの情報をとりまとめた資料です。新規の取り引きに関する問い合わせをいただいたときに「規格書」を提出したり,既にお付き合いのある企業さまにも,食関連の法律の改訂に合わせて規格書の内容を更新し,再提出したりします。
近年は,食の安全性への関心が高まっています。トキハソースでも安全・安心な商品を提供するために,食品の安全を守るための国際規格である「ISO22000」を2018年に取得しました。品質管理部では,ISO22000の基準に従って作られた,社内の“ルールブック”にのっとって,各部署でルールが守られているかどうか,定期的なチェックも行っています。工場の現場から,「こうしたほうがいい」というような声があったら,そうした意見もどんどん取り入れて,ルール自体の見直しも行います。
理化学検査でソースを入念にチェック
理化学検査では,ソースの糖度,塩分濃度,酸度, 比重,粘性のほか,アルカリ性や酸性を表すpHの値などを調べます。糖度計などの専用の測定器を使う検査もありますが,みなさんが理科の実験で使うような,ビーカーやメスシリンダーなどの道具を使って行う検査もあります。
製造部でソースができあがると,品質管理部に検査用のサンプルソースが届けられます。私は,ソースと薬品を混ぜて色の変化を見たり,薬品をたらしたときに何滴で数値が変わったのかを見たりして,ソースが成分表通りの数値になっているかを確かめます。さらに官能検査といって,実際になめたときの味やにおいなどに問題がないかも確認します。また,微生物検査も行い,ソースの微生物の数をチェックします。これは,ソースの製造時や充填時に誤った管理によって菌が繁殖していないかを確認する,重要な検査となります。そして,全ての検査で問題がなければ「出荷OK」の判断をします。
私の仕事は朝8時30分から始まります。会社全体のミーティングが終わったら,午前中は検査を行うことが多いです。午後は検査したデータ結果をまとめたり,工場の現場で使用しているISO関連の書類を確認したりと事務的な作業を進めます。17時30分が定時なので,ほとんどの日はその時間に帰ります。しかし,検査数が多かったり,複数の企業さまへの規格書の提出期限が重なったりするときには,残業をすることもあります。
正確な検査ができるまで,練習をひたすら繰り返した
私は以前,製造部に所属していましたが,2019年に品質管理部に異動になりました。それまでに理化学検査の経験はありませんでしたが,大学で食品関連の勉強をしていたので,ある程度の基礎知識はありました。しかし,異動してからしばらくの間は,検査を実際に担当することはなく,毎日,いくつものサンプルを使って練習を繰り返し,上司に確認してもらうという日々を送っていました。
トキハソースには,「生ソース」だけで濃厚・中濃・ウスターの3種類の味があります。さらに「特選」という味わい深いウスターソースや,焼きそばソース,とんかつソースなどもあります。この種類の豊富さが,検査の初心者にとっては壁になります。ソースによって,見るべき色の変化や,正しい検査数値がそれぞれ異なるからです。練習期間は,上司に結果を提出するものの,「薬品を入れすぎている」「色の変化をきちんと見られていない」などと指摘をもらい,何度も何度もやり直しをする日々でした。
ソースの出荷を最終判断する重要な役割
品質管理部に異動になってから2か月が経ったある日,ようやく連続で正しい結果に近い数値を出すことができました。そして,上司に「次回から本番の検査をしても大丈夫だね」と言ってもらえ,ついに検査を担当することになりました。晴れて「本番の検査をしていい」と決まったときは,うれしい気持ちでいっぱいでした。しかし,「商品の出荷が自分の判断によって決まる」という責任があると考えたとき,うれしさとは反対に緊張や不安がこみ上げてきたのを今でも覚えています。
現在は,検査を担当するようになって1年以上が経ち,経験も積んできたので,自分の検査技術に自信をもてるようになりました。ソースごとに違う色の変化がはっきりと見えたときや,検査数値がしっかり出たときは,妙に気持ちがいいんですよね。しかし,慣れてきたからといって気をゆるめてはいけません。商品の成分数値について検査ごとにブレがあると,品質にバラつきが出て,お客さまからの信用をなくしてしまいます。私は検査の感覚を保つために,サンプルのソースを使って,練習をするようにしています。常に緊張をともなう仕事ですが,それだけに責任とやりがいを感じられる仕事です。
自分の意見を伝えることが大切
仕事をするうえで,自分の意見をもち,それを他の社員にしっかり伝えることを大切にしています。人数が少ない会社なので,みんなで意見を交わしながら会社を成長させていく必要があると考えているからです。以前,上司が作成した書類に気になる点があり,「こうしたほうがいいのではないでしょうか」と,自分なりの意見を伝えたことがありました。また,ファイルの管理の仕方に効率の悪さを感じたときに,改善方法を提案したこともありました。提案が認められて,実際に「やってみていいよ」となったことも,何度もあります。
自分の意見が間違っているかどうかは,あまり気にしません。「それは違うよ」と指摘されたらその意見を受け入れて,どこが間違っているのかをよく考えて話を進めます。一方通行にならないように,常に意見交換をするように心がけています。
トキハソースには,上司も部下も関係なく発言しやすい雰囲気がありますし,意見を受け入れてくれる土壌もあります。とても働きやすい会社だと感じています。
「手作り」の面白さ,奥深さからトキハソースを選んだ
私は大学で食品について学びました。栄養学の研究室に所属し,食に関するさまざまな知識を身につけました。ですから,働くにあたって食品業界を選んだのは自然な流れでした。
就職活動中に初めてトキハソースを訪れたときは,驚きの連続でした。食品の製造のイメージは,工場に機械がたくさんあって,商品がベルトコンベアで流れていて,人は機械を管理するためにいるものだと思っていました。しかし,トキハソースでは,人の手だけでソースの原料をタンクに入れて,混ぜて,容器に詰めて……。そんな工程を見て「ここまで手作りをする会社があるんだ!」とびっくりしました。しかも,一般向けの商品だけでなく,業務用のソースまでも作っています。それまでは大手の食品メーカーしか知らなかったのですが,「自分たちの食生活を支えている会社には,こういうところもあるんだ」「小さな会社でもこれだけの幅広い商品展開をして,がんばっているんだ」と,深く感銘を受けました。
さらに,ソースの味にも驚きました。自宅では,大手企業の商品しか使ったことがなかったのですが,トキハソースのソースを初めて口にしたときは「まったく違う!」と思いました。同じソースでもこんなにも違うものかと,食に対する意識が大きく変わった瞬間でした。このような経験から,「この会社で挑戦してみたい」という気持ちが強くなりました。
野球の練習で鍛えられた精神力が,今でも大きな自信に
子どものころは,野球少年でした。小学2年生から軟式野球を始めて,3年生くらいのときにはプロ野球選手になりたいと思っていました。当時,読売ジャイアンツにいた江藤智選手に憧れていて,毎日,テレビの野球中継に夢中になっていました。中学3年生のときにはキャプテンを務めました。みんなをまとめるのがとても大変で,辛いと思うこともたくさんありました。高校生のときは毎日遅くまで練習に励んでいました。実力のある子がいる中,がむしゃらに頑張りました。時には監督からの厳しい指導もありました。このときの練習の辛さを考えると,仕事上で何か壁にぶつかったとしても,「あの日々を乗り越えたのだから,これくらいなら大丈夫」と思えることが多いですね。精神的にとても鍛えられたと感じています。
それから,お笑い芸人さんが大好きな子どもでもありました。私は人を笑わせることがあまり得意なほうではなかったので,人に笑顔を届けられるお笑い芸人さんはすごいなと尊敬していました。今でも変わらず大好きでテレビやDVDを見たり,最近では芸人さんのエッセイ本や自叙伝を読んだりしています。
「それってなに?」とどんどん興味をもってほしい
みなさんには,いろいろなことに興味をもって,行動してほしいと思います。少しでも気になることが見つかったら,一歩,足を踏み入れてほしいのです。そうすると,楽しい,苦しい,悔しいなど,たくさんのことを感じるはずです。その瞬間でしか味わえないことも山ほどあると思います。そうした経験をした先に,本当にやりたいことが見つかるきっかけがあるかもしれません。たとえ途中で挫折してしまったとしても,それが知識として残って,その後に役立つこともたくさんあると思います。
私の場合も,野球を始めたり,お笑い芸人さんを好きになったりしたのは,小さな興味を抱いたことがきっかけでした。私はプロ野球選手にはなれなかったのですが,そうした興味が将来の仕事につながっていったり,自分に元気を与えてくれる趣味になっていったりすると思います。何事に対しても「なにそれ?」と簡単に終わらせずに,「それってなに?」と考えることから始めてみてほしいですね。