スケートリンクの氷をきれいに整える
私は神奈川県横浜市にある「横浜銀行アイスアリーナ」というスケートリンクで,リンクの氷を管理する整氷作業員の仕事をしています。また,整氷作業のほかにも,事務作業やイベントの企画・運営などの業務もしています。
このスケートリンクは,一般のお客さまのほか,夜間や早朝の貸切時間には,アイスホッケーやフィギュアスケートの練習をする人たちも利用します。リンクの氷の状態は季節や温度,滑っているお客さまの人数などで状態が変わりますが,なるべくいつも同じ,良い状態の氷を保てるように気をつけています。
スケートリンクの下にはパイプが張り巡らされていて,その中をマイナス10度くらいの凍らない液体が通っています。その上に水を張って固まらせて,氷の層を薄く積み重ねていって,スケートリンクの氷ができています。氷の温度はモニターでわかるようになっていて,夏はマイナス5.8〜5.9度,冬場はマイナス5度くらいを目安に設定しています。これがマイナス4.5度くらいになると,表面が溶けてしまうし,逆に冷やしすぎると,今度は氷が割れて,白く稲妻のような跡が残ってしまいます。
氷の状態を整える整氷作業をするためには,整氷車という大きな特殊な車を使います。整氷車には,コンディショナーという刃のついた装置があり,このコンディショナーが,リンクの氷の表面を削ってきれいにしていきます。削った氷は回転しているスクリューが持ち上げて,タンクの中にどんどん入っていきます。氷を削る作業と同時に,40度から50度くらいのお湯をリンクにまいて,氷の表面を溶かして滑らかにします。たくさんの人が滑った後の氷は削れて白くなっていますが,整氷車で整氷作業をすると,氷は透明で滑らかになります。
フィギュアスケートとアイスホッケーで良い氷は違う
整氷作業をするのは,1日3回,1回15分間です。整氷作業をする前は,お客さまには一度リンクから出てもらいます。整氷車は刃がついている車なので,まわりのスタッフを巻き込まないよう,安全管理には気を配っています。整氷車の前の部分には,大きなタンクがついていて,運転席からはまったく前が見えないんです。安全管理に気を配りながら,きれいな氷を作ることを心がけています。
整氷作業をするときにお湯をまきますが,お湯の量が多いと,作業時間の15分の間に固まらず,表面が濡れた状態になってしまいます。逆にお湯の量が少ないと,きれいになりません。競技によっても良い氷は違います。アイスホッケーの場合は固いほうが良い氷で,フィギュアスケートの場合は,柔らかいほうが良い氷と言われています。アイスホッケーは,ゴムでできたパックを打ち合うゲームですが,氷の表面が濡れていると,パックが滑らなくなってしまい,良くないんです。そういった,競技による違いにも気をつけて整氷作業をします。
「今日の氷は汚い」と言われて悔しい思いをしたことも
自分で納得できない氷を作ってしまったときは悔しいですね。いつも練習しているフィギュアの選手の子たちには,氷の状態の良し悪しがわかります。私が整氷作業を始めた最初のころは,うまくできなくて,「ちょっと今日の氷,汚くない?」と言われたこともあります。仕事も覚えたてで,細かいところまでは気をつかえず,ただ整氷車をかけていただけの時期でした。そう言われたときは,本当に悔しかったですね。努力して整氷の腕を上げ,今は「いい氷だね」と言ってもらえるようになりました。
また,普通のスケートリンクは,休業している期間に一度氷を全部溶かしてから,また新しい氷を張るといったメンテナンスができますが,この横浜銀行アイスアリーナは,365日24時間営業なので,そういったことは行いにくいのです。でも,良い氷を作るため,今後検討していきたいです。いつも営業しているため,時間に追われる苦労はありますね。24時間営業なので,交代で夜勤もあります。
また,夏場はスケートリンクの中と外とで寒暖差が激しく,体調管理が難しいです。場内は1年を通じて10度くらいに保たれているのですが,夏は外に出ると40度近かったりしますよね。場内から外に出ると,くらくらします。
2年ぶりに訪れた兄妹に声をかけられて
ここ何年かで一番うれしかったことは,整氷スタッフとしてお客さまの見回りをしているときに,以前,滑り方を教えたことのある子たちが声をかけてくれたことですね。「また遊びに来たよ」と言ってくれて。
その子たちに滑り方を教えたのはその約2年前のことだったので,声をかけられて,最初は思い出せなかったのですが,5秒くらいで思い出しました。おばあちゃんの家が横浜にあるということで,たまたま香川県から親に連れられて遊びに来ていた小学生くらいの兄妹だったんです。うまく滑れなくて転んでいたので,「大丈夫?」と私が声をかけて,「こうやると滑れるよ」と話しているうちにすいすい滑れるようになって。その2年後にまた来てくれたんですね。声をかけてくれただけでもすごくうれしかったです。その子たちの記憶に残ることができた喜びといいますか。私が整氷作業をしている間もずっと手を振っていてくれたので,ちょっとしたヒーロー気分になりました。
横浜のスポーツに恩返しがしたい
私は幼稚園のときからずっと,アイスホッケーを地元の横浜で続けてきました。高校は,アイスホッケー部のあるところに進み,インターハイに出場したこともあって,いくつかの大学から声をかけてもらった中から,横浜の実家から通えるところに進学しました。そこでもアイスホッケーを4年間続けて,卒業後も神奈川県の社会人のリーグに所属して,2年前まで国体の選手として大会に出ていました。
このスケートリンクでは,選手時代から整氷スタッフとして働いていて,その後,横浜市体育協会の正式な職員として配属されました。横浜市体育協会は,このスケートリンクの運営以外にも,スポーツの大会を開催したり,日産スタジアムやプールといったスポーツ施設の管理や運営を行ったりしています。そのため,体育協会に入ったからといって,必ずしもスケートリンクの配属になるかどうかはわかりませんでした。しかし,私はアイスホッケーだけではなくて,横浜市でずっと活動してきた選手として,他のスポーツにも何か恩返しができればいいなと思ったので,横浜市体育協会に入ることにしたのです。
良い氷を作って,今,競技をする子たちへつなげる
私は長くアイスホッケーをしてきましたが,神奈川県ではアイスホッケーはあまりメジャーなスポーツではなく,やはり北海道など,北の地域のほうがスケート場もたくさんあって,強いチームも多いんです。しかし,アイスホッケーをする環境としてはあまり恵まれていない横浜という土地でも,全国大会で良い成績を収めるところまで行けました。
私は,アイスホッケーの選手として経験してきたものを,なんとか無駄にせず,今の子どもたちにつなげていきたいと思っています。良い氷を提供して,今競技をしている子どもたちのために,良い環境を整えたいですね。
滑っているお客さまが多かったりすると,日によっては,氷の状態が悪くなってしまうときもありますが,どんなときでも,120%の整氷作業をして,できる限り良い氷にしたいと思っています。
アイスホッケー以外のスポーツは苦手だった
子どものころはアイスホッケーばかりしていました。幼稚園にアイスホッケーのチームがあって,そこから始めて,中学校3年生まではずっと同じホッケーチームでやっていました。練習は小学生までは週2回,中学生になったら週4回。ポジションは,小学校3年生のころからずっとキーパーです。当時,ポジションを決めるのに,チームのメンバーとじゃんけんをしたのですが,そこで負けてしまってキーパーになり,そのままキーパーに定着しました。
私はホッケー以外では運動神経が悪くて,走れば遅いし,サッカーだとトーキックになってしまうし,バスケットボールだとダブルドリブルになってしまいます。みんなも,私がホッケーはできることを知っていたので,それで仲間外れになるようなことはなかったんですが,私がボールを持つと笑われるみたいなところはありましたね。
性格はやんちゃで,動き回っていたいタイプでした。学校の友達は,ポケモンやテレビの戦隊ものの話をしていましたが,私は父親が厳しかったこともあり,家ではテレビは見ずに,ずっとホッケーの試合のビデオを見ていました。私自身もそれが嫌いではなく,ホッケーがすごく好きだったので,ずっと同じビデオばかり見ていました。
好きなことはとことんやり尽くそう
私はアイスホッケーがずっと好きで,これも才能だと思うんですけど,ただただ,好きだったんです。幼稚園から最近までの現役生活中,ホッケーのことを考えなかった日が1日もないんです。寝る前にはイメージトレーニングをするとか,そういうことをずっとやってきて,単純にホッケーが好き,プレーするのが好き,それだけの理由で続けて来られました。怒られて嫌になったことはあっても,ホッケー自体を嫌いになったことはありません。
みなさんも,好きなものや目標があると思うので,それは曲げないでほしいです。好きなものはとことんやり尽くしたほうがいい。いろいろぶつかったり挫折したりはあると思いますが,その経験は絶対に生きると思います。私も好きなことをずっと続けてきたからこそ,結果的に今の仕事に就くことができたのだと思っています。
また,人とのつながりも大切にしてほしいと思います。私の場合,アイスホッケーは団体スポーツなので,一緒にやってきた仲間や関係者がたくさんいます。体育協会の職員になって,アイスアリーナでホッケー教室などのイベントをするときに,プロになった仲間たちに声をかけたり,昔憧れていた選手と一緒に教える立場として指導したり,ただホッケーが好きなだけでもここまでできるようになりました。好きなことを突き詰めて努力することで,どこかで必ず「誰か」がその姿勢を見てくれています。何かにつまずいて悩んだとき,苦しいとき,必ず「誰か」が助けてくれます。その上で,周りの人や自分の置かれている環境に「感謝の思い」を忘れずに,人とのつながりを大切にしてほしいと思います。