※このページに書いてある内容は取材日(2020年01月21日)時点のものです
紙を加工するための「抜型」を作る会社
私は東京都北区にあるテイ製作所という会社の社長を務めています。テイ製作所は,紙器と呼ばれる紙でできた箱などの入れ物や,お店で商品を並べるための紙製の棚を制作するほか,これらを量産するために使われる「抜型」を製造している会社です。抜型というのは,ベニヤ板に切り取りたい紙の形に合わせて曲げられた刃物をはめ込んだもので,これを抜き加工機という機械で紙に押しつけることで,紙を切り抜いたり折り目をつけたりすることができます。
抜型の製造は,商品を企画した会社や広告の会社から「クッキーが10個入る箱を作りたい」といった依頼を受けた後,お客さまが求める条件に合わせた箱や棚の設計図作成から始めます。設計図をもとに作ったサンプルにお客さまがOKを出してくれたら,紙を完成形に加工するための抜型を作り,でき上がった抜型を,抜き加工機を扱う業者さんに納品します。抜き加工した紙を折り目に合わせて組み立てることで,みなさんが普段目にしているお菓子などの箱や,コンビニなどで見かける小さな棚の形になるんですよ。
加工が難しい素材に対応できる技術力
私たちの強みは,「PASCO(パスコ)」という,木の繊維で作られた,厚紙のような,硬くて耐久性のある素材を加工する技術を持っていることです。PASCOは軽くて丈夫で湿気にも強いので,プラスチックの代わりとして使える,環境に優しい素材として注目されています。しかし,その硬さから加工が難しく,PASCOの抜型を作っているのは国内で私たちだけです。
私たちがPASCOの加工を始めたきっかけは,あるお客さまからの「PASCOを使って店頭に設置する棚を作りたい」という依頼でした。他の会社からは「できない」と断られてしまった,というお客さまの話を聞いたときに,これはチャンスだと思い「やってみます」とお伝えしました。加工に挑戦する中で特に苦労したのは,PASCOに折り目をつけることです。抜き加工は,抜き加工機で素材に抜型の刃を押しつけることで折り目をつけるのですが,PASCOは非常に硬いため,刃先が潰れてしまうんです。しかし,刃を硬くしすぎると,今度はPASCOが破れてしまいます。そのため刃の厚み,硬さ,角度を調節しながら,うまく加工できる抜型の製造に取り組み,半年くらいかけて完成させることができました。私たちはPASCOを使った商品をもっと国内に広めていくことで,環境にも貢献していきたいと考えています。
社長として,社員の成長に注力する
私は新しい仕事を受けるための営業活動や経理の仕事なども行いますが,主に取り組んでいるのは,社員に仕事を通じて成長してもらえるような環境づくりです。
特に重視しているのは,単に職人として技術を身に付けてもらうだけではなく,人間としても成長してもらうことです。当社では図面の設計をする人が2人,抜型の製造を行う人が4人,総務が1人,経理が1人の合計8人が働いています。社員に毎日同じ仕事を繰り返してもらうだけでは,技術を磨くことはできたとしても,視野を広げたり新しい考え方を学んだりすることはできません。そのため,外部講師の方をお招きして経営の視点を学ぶ研修を社内で行うほか,社員にリーダーシップを学ぶ研修など,社外の研修を受けてもらう制度を設けています。
研修を受けた社員がそれまでとは違う考え方をしていたり,研修で学んだことを社内で共有したりしているのを見ると,学びがあったのだとうれしくなり,やりがいを感じます。
父親の会社を継いで社長に
私は社長になる前は,フードコーディネーターとして飲食店の経営を手伝うなど,サービス業界で働いていました。そのころは,私の父が職人さんと2人でテイ製作所を経営していました。
しかし,私が34才のときに祖母が倒れ,父は介護のために会社をたたむことを決めたんです。当時は妹もまだ小学生だったので,私は家族を守りたいと思ってこの決定に反対し,父と大ゲンカになってしまいました。そのときに妹が「私が学校を辞めて働くからケンカしないで!」と言ったんです。私はこの言葉を聞いたときに,「次に家族を支えるのは私の役目なのではないか」と感じ,テイ製作所の仕事を引き継ぐことを決意しました。
入社当時は設計を覚えつつ,主に営業活動を行っていました。当時は抜型製造の知識があまりなかったため,会社によっては話すら聞いてもらえず,苦労することがたくさんありました。そのときに役に立ったのは,サービス業界にいたころに学んだ接客の姿勢です。飲食店ではお客さまに心地よい空間を提供するため,元気な挨拶やコミュニケーションは欠かせません。抜型などのことで分からないことは必死に学びながら,元気なコミュニケーションを心がけたことで,少しずつ話を聞いてもらえるようになり,取引先も増やしていくことができました。
経営者の勉強会で経営を学んだ
私は社長になるまで会社経営について学んだことがなく,そもそも経営者に勉強が必要だなんて思ったこともありませんでした。業績をあげている会社は,全て社長のセンスで経営をしていると思っていたんです。
ある日,知り合いの社長さんに招待されて,都内で行われている経営者の勉強会に参加しました。始めは交流会のようなものだと思っていたのですが,行ってみるとさまざまな会社の経営者がみんなテキストを開いて勉強をしていて,そこで初めて,経営者も勉強するのだということに気づいたんです。今まで何も勉強してこなかった自分に焦りを感じ,それからいろんな勉強会に参加しました。
そうした勉強会を通して学んだのは,社員みんなで同じ方向へ向かっていくためには,経営理念を持つことが重要だということです。そのため,「私たちはチーム力を最大限に活かしお客様の心に応えるモノづくりをします」「私たちは仕事に誇りを持ち一人一人の可能性が広がる職場づくりをします」「私たちはあくなき挑戦と創造力で永続する企業にします」という3つの経営理念を作成しました。さらに,理念を掲げるだけではなくきちんと実現するために,会社のビジョンや人材育成の計画などをまとめた経営計画書を毎年,作るようにもなりました。
毎日の朝礼で社員と理念をテーマに話し合ったり,経営計画書を社員と共有することで,みんなでより一丸となって会社の成長に向かって進んでいけるようにしたいと思っています。
いい会社を作るため,社員の自主性を高める
私が経営で大切にしているのは,社員の人生が豊かになる会社を,社員と一緒に作っていくことです。そのために,「作業をより効率的に進めるにはどうすればいいかな」といった相談を社員に持ちかけて,解決方法を自主的に考えてもらうきっかけを作るようにしています。既に私の中に答えがある問題でもあえて相談してみると,それから社員が自主的にアイデアを出してくれるようになったり,今まで知らなかったその人の得意分野の発見にもつながったりします。
また,社員の自主性を高めていくためには,一つひとつの仕事に納得してもらうことが重要です。「なぜいまこの仕事をするのか」「なぜ売り上げや利益を上げる必要があるのか」を納得してもらうために,会社の経営状況を社員に伝えるようにしています。会社作りや問題解決などにみんなで取り掛かると,私が一人で決める場合に比べて,長い時間がかかるかもしれません。しかし,達成できたときには「みんなで協力して達成した」という,大きな喜びにつながると考えています。
目標に向けて突き進む子どもだった
私は子どものころからよく料理をしていて,小学生のときは学校から帰って自分で夕飯を作ったり,お弁当を作ったりしていました。週末には父がよくホームパーティを開いていたので,そのときに料理を出して喜んでもらうことがうれしく,人を歓迎することや人にご飯を作ることが好きでした。
勉強はあまり好きではなかったのですが,勉強の目標を見つけられたときはものすごい集中力で取り組める子だったんです。例えば高校受験のとき,私にはやりたいことがあまりなく,志望校も決められませんでした。しかし,仲のいい友達が進学すると聞いて「私も同じ高校に行きたい!」と火が付き,毎日何時間も勉強して,同じ高校に合格することができたんです。
昔はなかなか目標を見つけられず,だらだらと日々を過ごしてしまうことも多かったのですが,今は会社を継続していくという目標に向けて,日々,全力で取り組んでいます。
譲れない目標を見つけて,苦しいことにもチャレンジしよう
これから将来の夢に向けて努力したり,何か目標に向かったりするとき,苦しくて諦めたくなってしまうことがあると思います。そんなときに諦めるのは簡単ですが,ぜひ苦しいことに立ち向かってください。苦しさを乗り越えた先に,必ず楽しいことやうれしいことが待っているはずです。
それから,絶対に諦められない強い目標を持ってください。「絶対に達成したい」という強い思いは,苦しい時期を乗り越えるための支えになります。そして,強い目標を見つけるために,たくさんのことを経験してください。スキーでも,料理でも,経験したことがないことをたくさん経験すれば,やりたいことが見つかる可能性が広がります。もし興味があることがあるならば,お父さんお母さんに「やってみたい」と相談すれば,きっと実現するために協力してくれると思いますよ。