※このページに書いてある内容は取材日(2020年11月30日)時点のものです
お客さまからの要望を聞いて,VRシステムをつくる
私は,「株式会社ソリッドレイ研究所」という会社でVR(バーチャルリアリティ)やインタラクティブシステムのプログラマーとして働いています。
ソリッドレイ研究所は1987年に設立された会社で,「VR」という言葉が一般的になる前からVRの開発を行ってきた,老舗のVR専門会社です。
私の仕事は,お客さまからの「VR技術を使って,こういうものをつくりたい」という要望を聞いて,VRシステムの設計やプログラミングを行うことです。ソリッドレイ研究所は,自社で開発した「オメガスペース」というVR用ソフトウェアを使って,産業用のVRを専門に開発しています。産業用なので,個人のお客さま向けではないのですが,お客さまは,建設会社や大学,美術館など,さまざまです。私たちは,お客さまから依頼を受け,毎回,これまで誰もつくったことのない,新しいVRシステムをつくっています。そのため,お客さまからのさまざまな要望をヒアリングしたり,一緒に考えたりする機会も多くあります。ですから,開発を進めるうえでは,プログラミングに関する知識だけでなく,コミュニケーション能力も求められます。
つくっているVRのジャンルはさまざま
私が開発しているVRのジャンルはさまざまですが,中でも「研究開発支援」「安全教育支援」「エンターテインメント」に関連するものが多くなっています。
「研究開発支援」のVRは,主に大学や企業の研究機関で使われるものです。たとえば,以前,建設会社からの依頼で,津波の浸水状況をシミュレーションできるようなツールを開発したことがあります。このツールでは地形データや範囲,水の流入位置などを設定することで,沿岸域や街の津波被害をシミュレーションしたものを,VRで体験することができます。よりわかりやすく,リアルに津波の脅威が感じられるようになります。
「安全教育支援」の分野では,工場でのミスによる事故を疑似体験できるようなプログラムなどを開発しています。たとえば,タイヤの製造工場では,成型前のゴムをタイヤの長さにカットするための機械を使いますが,その際に誤った位置に手を置いて作業をしたらどのような事故が起こってしまうのかをVRの中で実際に体験できる,というようなもので,企業内の安全教育や研修などで使われます。
「エンターテインメント」分野の場合は,普段なかなか行くことができない場所や見ることができないものを,VRを通して体験できるようなコンテンツをつくる場合が多いです。たとえば過去には,水族館で深海魚の生態に興味を持ってもらうため,水の中に潜って深海魚たちと触れ合っているかのような体験ができるコンテンツをつくりました。
エンターテインメントの分野では,VR技術を使ったインタラクティブコンテンツも制作しています。インタラクティブコンテンツとは,壁や床などに投影されている映像に触れると,その映像が反応するようなもののことをいいます。センサーで人の動きを検知して,人の動きに応じた反応を起こすようにつくってあります。たとえば,床に投影された月面の映像の上を歩くと,まるで本当に月の上を歩いたかのように足跡がつく,というようなものです。
私はこのようなVR技術を使ったさまざまなコンテンツを,どのように動かしたり制御したりするのかを考え,設計から実装まで,一通りの工程に携わっています。
システムの提案から納入まで関わる
私の仕事は主に,提案・設計・開発・納入の大きく4つの工程に分かれています。
まずは,営業担当と一緒にお客さまのところに行き,要望をお聞きします。お客さまからの要望は「3Dシアターをつくりたい」「インタラクティブ映像を使って何かコンテンツをつくれないか」など大まかな内容であることがほとんどです。技術的な調査を行いながら,お客さまの要望を実現させるためにはどうしたらいいのかを考え,提案します。
どのようなコンテンツにするのか,お客さまとの話がまとまったら,まずは設計作業を行います。システムの構成を具体的に考えて図面を描いたり,どのような工程やスケジュールで進めていくかを考えたりします。その後,開発の工程に移り,設計したものをもとに,コンテンツを動かすための指示などをプログラミングしていきます。最後は,プロジェクターなどを設置するハードウェア担当のチームと一緒に実際に現場に行って,システム機器を設置したり,現場の環境に合わせてシステムを調整したりして,完成したら納入します。
仕事の規模は大小さまざまで,小規模なものだとこれらの工程を全て一人で行うこともあります。ミュージアムに展示するコンテンツなど,提案してから施設のオープンまで何年もかかるような大規模なプロジェクトだと,10人ほどのチームを組んで仕事を進めていくこともあります。
大変な仕事ほど,やりがいや楽しさも感じる
私にとって印象深い仕事の一つは,2018年にアメリカのラスベガスで開催された「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー。電子機器の見本市)」というイベントで,トヨタ自動車のコンセプトカーの展示に関わったことです。ソリッドレイ研究所のVR技術が,その展示に使用されました。コンセプトカーとは,自動車メーカーが展示のために製作する自動車のことです。
このときは,ドライバーの表情・視線・音声などを認識するAIが搭載され,そのAIと会話をしながらドライブが楽しめるという,近未来の自動車が展示されました。AIはドライバーとの会話をもとに,ドライブ中に,おすすめのお店やルートなどをフロントガラスの下部に表示して提案してくれます。私は,フロントガラスに表示される,VR技術を使用した風景の映像とシステムをつないだり,AIの音声システムを制御したりする部分を担当しました。プロジェクトリーダーとして全体作業に関わっていた私にとって,細かい部分の制作を他の会社と連携して行うなど,これまでに経験したことのないやり方に苦労する場面も多くありました。またアメリカの展示会だったため,現地でシステムの設置やメンテナンスを行う必要があり,合計で1か月間ほどの長期出張も経験しました。慣れない環境で仕事をしたという意味でも大変なプロジェクトでしたが,無事に終わり,大きなやりがいや楽しさを感じました。
お客さまからの難しい要望にも「無理だ」とは言わない
私が仕事をするうえで大切にしていることは,お客さまからの要望に対して「それは無理です」と言わないことです。技術的に困難で,たとえ100パーセント,要望通りのものができないとしても,「ここまでならできます」「まずはこういうシステムでトライしてみませんか?」という,前向きな提案をすることを心がけています。そのような提案をするためには,まずはお客さまの業界のことを知らなければいけないので,お客さまの業界について調査もしなければいけませんし,VR開発の部分でも,どんな技術を使えばやりたいことが実現できるかを知るために,技術的な調査をすることも欠かせません。
また,「お客さまと一緒につくる」ということも常に意識しています。仕事を依頼してこられるお客さまはさまざまで,私たちは毎回,これまでにない新しいものをつくっています。そのため,つくっている途中でお客さまの要望通りにいかないことも,ときには出てきます。そんなとき,私たちだけでなんとかしようと考えるのではなく,お客さまにも相談して,一緒に解決策を考えるようにしています。私はお客さまのことを,一緒にものをつくる「仲間」でもあるというふうに考えて,いつも仕事をしています。
常に新しい技術に触れることができる
私は子どものころから,「新しい技術を使って新しいものをつくる」ということにずっと興味を持っていました。VRに興味を持ったのも,まだ「VR」という言葉が今ほど浸透していなかったころです。大学時代に教授から話を聞く機会があり,面白そうだと思ったのが一つのきっかけでした。そして,VR業界で仕事をすれば,新しいものに触れられる機会がたくさんあるのではないかと思ったのです。そうした経緯があって,大学卒業後,VRの老舗企業であるソリッドレイ研究所に入社し,プログラマーとしての仕事を始めました。
入社してからも,技術がどんどん進歩していることを肌で感じています。たとえば,私がソリッドレイ研究所に入って間もないころ,ARコンテンツの仕事を担当したことがありました。AR(拡張現実)は,現実の風景にCGなどを重ね合わせて表示する技術です。当時,制作したのは,真っ白なビルの模型を専用のカメラで撮影して,模型の映像の上にCGを合成し,上下左右に動かすことができるレバーを操作するとカメラが動き,カメラと連動した映像が,設置された専用のモニターに表示されるというものでした。今ではスマートフォン一つで簡単に操作できるようなARコンテンツが多くありますが,このときはまだ,今ほどの技術はなく,開発にも時間がかかりました。このように私が入社したころと現在とを比べても,新しい技術が生まれたり,進歩したりしています。この仕事を続けていれば,これからも新しい技術に出会い,新しいものをつくっていくことができると期待しています。
子どものころから,ものをつくることが好きだった
私は小学生くらいのころから,パソコンやロボットが好きでした。私の父親は,新しいパソコンが発売されると真っ先に手に入れてくるような新しいもの好きで,私もその影響を受けたのだと思います。また,NHKの『アイデア対決・ロボットコンテスト(ロボコン)』という番組が好きでよく見ていました。毎回,発表される競技課題に合わせてロボットを製作し,競技を通じてその成果を競い合うというものです。ずっと憧れていたこのコンテストに,高校生のとき,私も出場することができました。私が出場した年の競技課題は「ドジョウすくい」で,仲間たちと一緒にロボットの設計から行い,とても楽しかったことを覚えています。なかなかうまくいかないこともありましたが,最終的にはどうにかロボットを動かすことができ,達成感を味わいました。「仲間と一緒にものをつくりあげる」という意味では,今の仕事でも,このときとやっていることは変わっていませんね。
好きなものに触れる機会をたくさんつくってほしい
今,もしみなさんに何か好きなことがあるのなら,それに触れる機会をたくさんつくって,さまざまな体験をしてほしいと思います。私は子どものころから機械が好きで,自分で手を動かしてものをつくることも大好きでした。小学生くらいのころから,工業高校に入りたいと考えるようになり,中学生のときには,プログラミングの本を自分で購入し,独学で勉強をしていました。高校に入学してからは,本格的にプログラミングを学んだり,ロボットをつくったりしてきて,今は自分の好きなことを仕事にできています。自分で積極的に好きなことに触れてとことんその道を究めていくことは,とても楽しいことであると私は思っています。みなさんも好きなことが見つかったら,自分の好きなように,その道をどんどん進んでいってほしいです。