※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月05日)時点のものです
ダイバーシティ経営に力を入れるIT企業で、自分の特性と付き合いながら働く
人とのコミュニケーションが苦手
発達障がいの特性は人によって異なりますが、私の場合は言葉にすることや、人とコミュニケーションを取ることが苦手です。振り返ると、3歳くらいのときから、「自分は周りと少し違うかもしれない」という違和感を持っていました。家や遊び場では普通に話せるのに、保育園や小学校に行くと話せなくなってしまう、「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」という症状があり、学校でうまくコミュニケーションが取れないことがつらくて、小学校4年生から約1年間、不登校になったこともありました。家から少し遠い高校に入学し、場面緘黙症で話せなかったことを知っている人が周りにいない状況になってからは少しずつ人とコミュニケーションが取れるようになりましたが、ずっと苦手意識はありました。
大学卒業後は、コミュニケーションが苦手なこともあり面接がうまくいかず、就職が決まりませんでした。その後、母の勧めで検査を受け、「広汎性発達障がい」と診断されました。
今でもコミュニケーションは苦手で、初対面の人とであれば話題がたくさんあるので大丈夫なのですが、知り合いの人とは何を話したらいいのか、わからなくなってしまいます。嫌われたくないという思いも強いので、職場の人とのコミュニケーションにはとても気を遣います。雑談や世間話が苦手で、休み時間に自分以外のスタッフが楽しそうに話しているのを見て、輪に入れないことがつらくて泣いてしまうことも何回かありました。また、他の人の言葉を重く受け取ってしまう傾向があり、たとえば仕事の制作物に対する指摘を受けたときに、自分自身を否定されたように感じてしまい、落ちこんでしまうこともあります。
要件定義からコーディングまで、ホームページ制作の一連の作業を担当
私が現在、担当しているのは、ホームページを作る仕事です。社会福祉法人や特例子会社(障がい者雇用の促進と安定を図るため、事業主が障がい者の雇用に特別な配慮をした子会社)のホームページを作ることが多いのですが、大阪府などの行政機関から依頼を受け、行政が進めるプロジェクトのホームページを制作することもあります。
ホームページを作るときにはまず、お客さまと打ち合わせをして、「どういうページを作りたいか」という目標や要望を理解し、それを具体的なシステムやソフトウェアの機能や性能、操作性、品質などに落としこむ「要件定義」を行います。その要件定義をもとにデザインを考えて、デザインが決定したら、プログラミング言語を使って実際のページを制作する「コーディング」を行うのですが、私はその一連の作業をすべて担当しています。さらに、公開されたホームページの補修作業や、不具合が発生していないかを点検する保守作業も私の仕事です。
ホームページの規模にもよりますが、私が担当しているホームページの場合、最初に打ち合わせをしてから2か月から3か月で完成するケースがほとんどです。その間のスケジュールや進行を管理することも私の仕事ですが、直属の上司である奥脇社長にもたくさんフォローしてもらっています。たとえば、お客さまに定期的に進捗や確認の連絡をする必要があるのですが、程よいタイミングで、「そろそろ連絡したほうがいいんじゃない?」と声を掛けてくれます。
自分なりの工夫を取り入れ、お客さまの意見を聞き出す
私は自分の特性としてコミュニケーションが苦手なこともあり、担当業務の中では最初の要件定義の部分が一番難しいと感じています。お客さまは「こういうホームページを作りたい」という、なんとなくの希望はあっても、具体的なイメージまでは持っていらっしゃらないことがほとんどです。私が質問をしてお客さまの希望を聞き出し、一緒に具体化していかなければならないのですが、どんな質問をすればいいのかがわからず、まだまだ聞き出す力が足りないと反省することも多くあります。お客さまとの打ち合わせには、いつも奥脇社長と2人で参加しているので、フォローも受けながら試行錯誤しているところです。
一方で私の場合、言葉で聞き出すことには限界があるので、ヒアリングの段階でページのデザインを試作してみて、ある程度、形にしたものをお客さまに見せる方法も取り入れています。形があると、お客さまも「ここにボタンが欲しい」「ここは青色にしよう」「この写真はもう少し大きくしたい」といった、具体的な意見を出してくれるようになるんです。
お互いがお互いの特性やハンディキャップを理解しており、安心して働ける職場
奥進システムには2015年に入社し、8年目になりますが、非常に働きやすい環境が整っていると感じています。
リモートワークが認められており、雑談が苦手な私にとっては、そうした機会が発生しない家で仕事ができるのは、とても気が楽です。話すよりも書くほうが得意なので、ビジネスチャットツールでのやり取りのほうがコミュニケーションも取りやすいです。
また、社内では「障がいプレゼン」という行事が行われています。これは、新しいスタッフが入社してきたときに、「自分にはどういう障がいがあって、どんな配慮をしてほしいのか」を発表してもらう場です。既にいる社員からも、新しく入ったスタッフに対して自分の特性や配慮してほしい点を伝えます。こうした時間が設けられているため、スタッフ全員がお互いの障がいや特性のことを知っている状態で仕事ができています。私の場合は、言葉がすぐに出てこない場面があることを共有しています。また、スタッフとの雑談にうまく入れなかったりして、感情のコントロールがうまくいかない特性も相まって泣いてしまったとしても、気にしないでほしいということも伝えています。
ほかにも、業務終了後に日報を書くのですが、日報には「その日しんどいと感じたこと」も書くことになっています。そして、奥脇社長が必ずコメントをしてくれるんです。対面では伝えにくいことも文章だと伝えやすいため、とてもありがたいです。
私は電話が苦手なため、電話対応も免除してもらっています。また、メールの文面を作るのにも時間がかかるのですが、「チャットGPT」というAIツールも導入していただいています。チャットGPTは生成AIと呼ばれるもので、人間のような自然な返答ができるほか、文脈を理解したり、新たな文章やアイデアを生成できたりという特徴があり、メールの概要を簡潔に入力すると、チャットGPTが適切な文面を作ってくれます。文章の作成能力が足りない分をAIに補ってもらえるのはとても心強いです。こうしたさまざまな配慮があるからこそ、安心して働けています。
お互いの得手不得手をフォローし合うのが当たり前
私にも苦手なことと得意なことがあるように、周りのスタッフにも苦手なことと得意なことがあります。私も配慮やフォローをしてもらっている分、他のスタッフに苦手なことがあればフォローすることは心がけています。
たとえば、ホームページのコーディング作業に関しては、最近、私の下に後輩が入ったので、任せられる部分は後輩にも任せつつ、2人で進めています。後輩は発達障がいの一種の「ADHD(注意欠如・多動症)」という診断を受けており、特性上、どうしても不注意によるミスが発生しがちなので、後輩が作ってくれたものは、必ず私も確認してからお客さまに提出するようにしています。
また、私自身もそうでしたが、特性やハンディキャップがあることで、子どものころから落ちこんだ経験が多くあるはずなので、後輩に対しては可能な限り褒めるようにしています。加えて、後輩に送るメールやチャットの文章は硬くなりすぎないよう、「!」を付けたりして、親しみやすい雰囲気になるよう意識しています。
実習に参加したことがきっかけで、思いもしなかったホームページ制作の仕事に
今はホームページを作る仕事をしていますが、最初からその道を目指していたわけではありませんでした。
私は約10年前、「就労移行支援」を受けられる施設に通っていました。就労移行支援とは、障がいのある人が、一般企業で働くために必要なスキルを身につけるためのトレーニングや、就職活動のサポートを受けられる福祉サービスです。簿記や情報処理、エクセルやワードなどの勉強をしていたのですが、通い始めてから約1年半経ったころ、実際に会社で働く就業体験を勧められました。私は単純作業が好きで、同じ作業でも飽きることなく継続できるので、当時は事務職に就きたいと考えていて、事務の実習を受けられる会社を探し、見つけたのが奥進システムでした。
1週間の日程で、エクセルの表作成やデータ集計などの実習をさせてもらう予定だったのですが、5日経ったところで「ホームページの制作を勉強してみない?」というお話をいただきました。それまで、ホームページを制作したいと考えたこともなければ、デザインはむしろ苦手なほうだと思っていたので迷いましたが、せっかくIT企業で実習させてもらっているのだからと、軽い気持ちで始めてみたんです。実際に挑戦してみると、コツコツとコードを打ちこんでホームページを作っていく作業は、予想外に楽しくもありました。それが、今の会社に入社したきっかけでした。実習の際にお世話になった社員のみなさんがとても気さくに接してくれて、「この会社であれば働けるかもしれない」と思ったことも、入社を決めた理由の一つでした。
お客さまから直接喜びの声を聞けることが、一番のやりがい
入社したものの、それまでホームページ制作に関する勉強はしてこなかったので、入社後には苦労しました。プログラミング言語にはたくさんの種類があるうえ、Photoshop(フォトショップ)やIllustrator(イラストレーター)といった画像の編集や描画のためのソフトの勉強もあり、覚えることが多くありました。加えて、ウェブ関連では、最新の技術もどんどん変わっていくので、勉強した知識が古くなって使えなくなってしまうことも多々あり、今でも毎日、勉強の日々です。
ホームページ制作には正解がないことも、苦労するポイントです。デザインは主観的なものなので、作る人の数だけ答えがあります。私が作ったものが本当に正しいのか、正解はわかりませんが、「自分が作りたいもの」ではなく、「お客さまが求めているもの」を作るという意識を常に持ちながら仕事をするようにしています。
一方で、お客さまと直接やり取りをさせていただいている分、生の声が聞けるのは今の仕事の醍醐味です。完成したときに「ありがとう」と感謝の言葉をいただけると、頑張って作って良かったと心から思います。特に、自分なりに工夫したり、こだわって作ったりしたデザインが褒められたときは、自分自身も認めてもらえたような気がして、喜びもひとしおです。
コツコツと手を動かす手芸が大好きだった子ども時代
私は、何かを作るのがとても好きな子どもでした。といっても、図工のようにアイデアを一から考えて作ることはあまり得意でなく、家庭科の手芸のように、型紙などのお手本があったうえで、その通りに手を動かして作ることが得意でした。両親が働いていたこともあり、小学生のころは学童保育に通っていましたが、5年生のときにフェルトで作ったマスコットの手芸品を1年生の子たちにプレゼントしたら、とても喜んでくれて、うれしく思ったことを覚えています。大人になった今も手芸は大好きで、休みの日にはフェルトで小物を作っています。
ホームページ制作も、リアルな「もの」ではない、という点では手芸と異なりますが、ものづくりの一種です。デザインを一から考える部分には今でも苦手意識がありますが、コードをコツコツと打ちこんで画面を作り上げていく作業については、実は自分に向いていたのだと思います。
人生の多くの時間を費やす仕事だからこそ、楽しむことが大切
私は子どものころ、場面緘黙症が原因で不登校だった期間もあり、今考えると小学校のころが一番苦しい時期だったと思います。ですが、少しずつ周囲の人とコミュニケーションが取れるようになり、だんだん楽に生きられるようになってきました。だから、みなさんの中に、もし今、しんどい、つらいと感じている人がいたとしたら、大人になるまでずっとつらい時期が続くわけではないということを伝えたいです。
そして、「仕事は楽しむのが一番!」ということもお伝えしたいです。1日8時間・週5日働くことになる方も多くいると思います。人生の多くの時間を仕事に費やすことになるので、仕事の時間は楽しいに越したことはありません。仕事に就くときまでに、自分が楽しめることを見つけられるよう、勇気を出していろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。