※このページに書いてある内容は取材日(2021年11月08日)時点のものです
デジタル技術を使って「こうなったらいいな」を現実に
私は、東京都渋谷区代々木にある「株式会社ハニカムラボ」の社長を務めています。ハニカムラボは、ゲーム開発の技術とインターネットの技術を組み合わせて、デジタルコンテンツを企画・開発している会社です。現実の世界に、コンピュータで作ったバーチャルな映像を組み合わせるなどして、これまでにないワクワクする新しい体験を提供しています。
例えば、みなさんは「アニメのキャラクターと話をしてみたいな」と思ったことはありませんか?そうしたことも、ハニカムラボでは、デジタル技術を使って可能にしています。私は社長のほかに、「テクニカルアーキテクト」という肩書も持っていますが、それは、このような非日常的な体験が、どのようなデジタル技術や仕組みを使えば実現できるのかを考えるという、テクノロジー面の司令塔のような仕事です。依頼してくれるお客さまの「こうなったらいいな」「こんなことができたらいいな」という理想に近づけるため、日々、頭を悩ませています。
アニメのキャラクターを大きなモニターに出現させて、ファンがキャラクターとリアルに会話できる仕組みは、東京ゲームショウというイベントで展示しました。ハニカムラボでは、こうしたエンターテインメント分野だけでなく、展示会での新商品PR、会社や工場の施設案内、建設現場での作業補助といったようなビジネスの分野でも、デジタル技術を使った体験を創造しています。例えば、建設現場での危険な作業を、デジタル技術を使って、遠隔で安全に操作できるようにする仕組みを作るといったこともしています。
依頼者が「何をしたいのか」に耳を傾け、問題を解決する
私たちの仕事の目的は、デジタル技術を使って問題を解決することです。さまざまな悩みを抱えた人や会社から依頼を受けて、仕事はスタートします。
あるコンクリートメーカーからの依頼を例に挙げましょう。この会社では、建設現場で重い荷物を持ち上げることができる大型のドローンを開発していました。ちょうどそのころドローンの展示会があり、そこで新商品の発表をしたいと考えていました。しかし、肝心の製品が完成していません。どうにかしてその魅力をアピールできる展示方法はないか、とハニカムラボに相談があったのです。
そこでまず、ドローンの大きさを体感してもらうために、バーチャル映像でドローンを見せることを提案しました。「ホロレンズ」というゴーグルのような形のディスプレイ(ヘッドマウントディスプレイ)を通して周囲を見ると、実物大のドローンが現実に飛んでいるように見える、という演出です。現実空間と仮想空間を融合する複合現実(MR)の技術を活用しました。
さらに、開発中のドローンは、自動で障害物を避けることができるという、従来のドローンにはない機能も備えていたので、ゲーム開発の技術を応用して、その独自性もアピールしました。戦闘ゲームでも、プレイヤーの攻撃を敵がうまくかわしてしまいますよね。同じように、展示会場に配置した、障害物に見立てたビルの模型を、「ホロレンズ」を通して見ると、映像のドローンがビルの間をすり抜けて飛行していきます。そして、体験者が模型のビルの位置を移動させると、映像内のドローンも自動でルートを変更し、移動したビルにもぶつかることなく飛行し続けるという、体験者のアクションにバーチャル世界が即時に反応する仕掛けも加えました。実物のドローンを一台も展示していないのは、この会社だけだったようです。
入念な準備と臨機応変さが大切
ハニカムラボではいつもさまざまなプロジェクトが同時進行しています。プロジェクトにもよりますが、依頼をくれるお客さまからの相談を受けて、まずテクニカルアーキテクトが技術的な土台を固めます。そして、プロジェクトの基本的な方針が決まったら、社内のスタッフを集めて、開発チームを作ります。実現のための具体的な仕組みについて細部まで話し合い、「これでいけそうだ」となったら、試作品を作って検証します。ここでイメージ通りに動作するか、動きに問題がないかなどを確認します。しかし、一度でうまくいくことはありません。ねらい通りに動くまで、試行錯誤を繰り返します。
世の中で初めてのことに挑戦する場合が多く、前例がないので、こうした試行錯誤の中で問題にぶち当たったときにも、解決の糸口を自分たちで見つけなければならない点は、とても苦労するところです。検証を終えて、イベントなどの現場に設営しても、「3時間後にオープンなのにうまく動かない!」というような、プレッシャーのかかる場面もあります。入念な準備はもちろんですが、現場では、落ち着いて臨機応変に対応することも大切だと考えています。
体験した人が喜ぶ姿をリアルに感じられるのが醍醐味
イベントの仕事では、来場者の「これすごい!どうなっているんですか?」というような声に直接触れることができます。人の感情を揺さぶるような体験を用意して、みんなが驚いてくれたり、楽しんでくれたり、ドキドキしてくれたり、いろいろな反応を示して喜んでくれる様子をリアルに感じられるのが、この仕事の一番の魅力です。
愛媛県に作った「バーチャル水族館」も、仕事の醍醐味を味わえた、印象に残るプロジェクトです。まず、何もない四角い部屋の壁全面に、プロジェクターでたくさんの魚を映し出し、まるで海の中にいるような気分を味わえる空間を考えました。それだけでなく、映像の魚に触れようとすると逃げてしまったり、餌を求めて人に近づいてきたりといった、人の動きに反応するインタラクティブな手法で、実際に魚と触れ合って遊んでいるような擬似体験を生み出しました。オープン後は、子どもたちが壁をバンバン叩いて、壁に手の跡が残ってしまうぐらい楽しんでくれていました。
その後、もっと驚かせようと、あるタイミングでその魚たちがだんだん少なくなって、不気味な音楽が流れ出し、突然、闇の奥からドーンと大きなサメが現れる、という仕掛けも加えました。それから、定期的に子どもたちの歓声や悲鳴が響くようになったそうです。こうした体験を作ることができたら最高です。
アイデアの引き出しを増やして、自分をアップデート
仕事を依頼してくれた人に「想像した以上の仕上がりのものができた」と言ってもらえたときは、本当にうれしいですね。そのために、常に新しい知識や技術を取り入れ、自分をアップデートするように努めています。
現実とバーチャルを組み合わせた体験ができる複合現実(MR)など、さまざまな技術がありますが、それらは誰かの「こうなったらいいな」をかなえるための方法にすぎません。大事なのは、技術をどう使うか、というアイデアなんです。例えば、集団の中の一人にだけ音を聞かせることができるような「超指向性スピーカー」という技術を使って、お化け屋敷で新しい恐怖体験を演出できないかな?というようなアイデアを、いつも考えています。
アイデアの参考に、少し先の未来が描かれているファンタジーやSFの小説を読むことも多いです。MRなどは、ファンタジー小説に出てくる魔法のような技術ですし、ファンタジーやSF小説は、クリエイターにとっては、絶対にアイデアの引き出しになると思いますよ。
「人を感動させる体験」を作る側の人間になりたかった
現在の仕事に就くきっかけは、中学生のころに、あるロールプレイングゲームをプレイしたことでした。当時の技術ですし、平面的な画面がほとんどのゲームだったのですが、最後の敵を倒すエンディング間際のシーンで、そこだけ画面がフィールドを俯瞰する画から真横の構図に変わり、キャラクターが歩く姿の背景に、山の陰影と夕日がゆっくりスクロールして、だんだんと暗くなっていく、という画が流れたんです。その演出にとても感動したのですが、それと同時に「自分をこんなに感動させるゲームも、実は誰かが作っているんだ」ということに気づきました。そして、「人を感動させる側の人間になろう」と心に誓ったのです。
大学・大学院では、情報工学を学び、卒業後にはゲームソフトの企画・開発を行う会社で、ゲームのプログラマーになりました。そこで、3Dの描画方法、音楽をコントロールする技術、キャラクターの体の動かし方など、ゲーム開発に必要なスキルを叩きこまれ、それが今の自分の血肉になっています。
その後は、ゲーム機本体を開発する会社で、ゲームソフトを開発する会社に対して技術指導をする仕事をしたり、さらにはインターネット業界に飛びこんだりと、興味を持ったことには、迷わず挑戦し続けてきました。インターネットの世界では、まだ3Dの知識を持っている人が少なかったので、3D技術の専門家として多くの相談を受け、仕事の幅が広がったことを機に、独立して2012年にハニカムラボを立ち上げましたが、全て自然な流れだったと感じています。
ゲーム作りに熱中した中学時代
私が小学生のころは、家庭用ゲーム機が発売されて、みんながテレビゲームに夢中でした。あるとき、中古のゲームソフトを売っているお店の存在を知って、自分も友だちのソフトを買い取って、仲間に売る「リアルお店屋さんごっこ」を始めたんです。そのころから、思いついたことは何でもやってみたい性格でした。後で先生に怒られることになるのですが、実際にやりながら、どうすれば儲かるのかを子どもなりに考えるいい経験だったと思います。
中学時代も、ゲームをプレイするだけでは飽き足らず、パソコンを使ったゲーム作りに熱中していました。ゲームがどうやって作られているのかが、だんだんとわかってきて面白かったんです。そのうち「ゲームを作ろう!」とクラスの仲間を集めて、「君は絵を描く人ね」「じゃあ、君は音楽を担当してね」とみんなの得意なことをゲーム作りに生かすようにもなりました。改めて振り返ると、今も仕事で似たようなことをしていますね。
自分が「やりたい!」と思ったことには、全部チャレンジしてほしい
私自身、自分が「やりたい」と思って取り組んできたことの延長に今がありますし、経験してきたことはアイデアの引き出しとして蓄積されています。学校の授業では、「こんなこと、将来何の役に立つの?」と感じることがあるかもしれません。私も、例えば数学の「三角関数」や「ベクトル」って何に使うんだろう、と思っていました。
でもゲーム開発の仕事に就いて、3Dのプログラミングでは、こうした数学の知識が必要なんだと実感しました。ちゃんと勉強しておけばよかったと後悔しましたが、当時はわかりませんでした。やってみなければわからないことはたくさんありますし、ずっと後になって気づくこともあります。だから、まず興味を持ったことは、悩むより先にやってみてください。自分が「楽しいな」「やってみたいな」と思ったことを大事にしてほしいです。