※このページに書いてある内容は取材日(2026年08月21日)時点のものです
「これ買ってみたい!」と思ってもらうためのデザイン
私は、東京都中央区にあるデザイン会社「スタジオ・エーワン」の社長を務めています。スタジオ・エーワンで制作しているのは、広告、商品のパッケージ、ホームページ、動画などです。なかでも一番多いのが商品のパッケージのデザインで、仕事全体の5割ほどを占めています。パッケージというのは、お菓子や飲み物などの入れ物や包み紙のことです。
「デザインの会社です」と言うと、「デザインって何をする仕事ですか」と聞かれることがよくあります。40年近くこの仕事をしてきて思うのは、デザインというのは「かっこいい絵を描く仕事」ではないということです。私たちが手がけている商品は、ラーメンや缶詰、フェイスタオルなど、スーパーやコンビニで売られている、毎日の暮らしで使うようなものがほとんどです。みなさんが手に取ったことのある商品も、きっとあると思います。そういった商品のパッケージやポスターを見て、「これ買ってみたい!」「なんだか面白そう!」と思ってもらえるように工夫するのが、私たちの仕事です。
営業がいない会社
スタジオ・エーワンには、外の会社へ「うちのデザインを使ってください」と売りに行く営業専門の担当者が一人もいません。社長である私以外は、ほとんど全員がデザイナーです。そのため、お客さまとの打ち合わせにも、実際にデザインをするデザイナーが参加します。人を通して伝言ゲームをするより、そのほうが早いですし、正確だからです。
会社の大半を占めるデザイナーの一日の仕事の流れは、朝9時に出社して仕事を始め、12時から1時間お昼休み。午後もまた仕事をして、夕方5時から社内で会議をします。この会議では、それぞれが今どこまで進んでいるかをみんなで共有します。そして6時に退社。月に何回か、新しい技術や編集ソフトの使い方などについて学ぶ勉強会を開く日もあります。
パッケージをつくる仕事では、何年も前から中身となる製品の開発が始まっていることもあります。中身が大体決まってからおよそ1年かけて、デザイナー、コピーライターなどが関わって、みなさんの手に届く製品の「外見」をデザインしています。
小さな部分にこそ、大きな責任がともなう
正解がないものに、自分たちなりの正解を
やりがいを感じるのは、やはり私たちがデザインしたものが実際にお店に並び、「消費者の方が喜んでくれた」「よく売れたよ」とお客さまから聞けたときです。そして、それが次の依頼につながり、「またお願いします」と言ってもらえたときが、経営者としては一番うれしい瞬間です。
デザインには、算数のように決まった正解がありません。でも、同じ商品でも、買うのが子どもなのか大人なのか、家で使うのか外で使うのかによって、見せ方がまるで変わってきます。そこを読み違えると、まったく的外れなものができてしまうのです。正解がないものに、自分たちなりの正解を出していく。そこに挑戦していくのが、この仕事の面白さです。
先日は、三浦半島でメロンを生産する農家のブランディング(会社や商品のイメージや信頼感を向上させるために行う活動)のお手伝いをしました。2年ほどかけてその農家のメロンのブランド「太陽のあましずく」をつくり、インターネット販売用のサイトも制作しました。サイトではメロンの栽培についてイラストを使って説明するなど、お客さまの思いが伝わるように工夫し、今では商品を販売すると3日か4日で売り切れてしまいます。デザインが、その方々の仕事の値打ちをちゃんと伝える道具になった。そういうときは、本当にやってよかったと思います。
「かっこいい」って、どんな「かっこいい」?
仕事で一番大切にしているのは、お客さまとの会話です。ときどき「何かかっこいいのをつくってよ」と言われることがあります。そのとき私は「かっこいいって、どんなかっこいいですか」と必ず聞きます。あなたの「かっこいい」と私の「かっこいい」は、おそらく違います。年齢によっても違いますし、男性か女性かでも違うと思います。「かっこいい」という一つの言葉の中に、人の数だけ別々のイメージが入っているのです。だから、なるべくたくさん質問をして、答えを返してもらい、わからなければまた質問する。このキャッチボールをくり返すしかありません。デザインをつくる仕事には、フォトグラファー、プログラマー、ライター、ディレクターなど、たくさんの関係者が関わります。その全員が同じイメージを抱けるよう、いつも努力しています。
このように担当の人の思いや、実際の売り場で起きていることをつかまえてくることは、今のところ、AIにはなかなかできないことだと思っています。
AIを活用しながら、プロの技を見せる
デザイナーの中にはAIを絶対に使いたくないという人もいますが、スタジオ・エーワンでは、AIを自分たちの道具として使っています。ただしルールを決めていて、キャラクターの絵などはまず自分たちで手描きします。そのオリジナルの絵をAIに学習させて、そこから先を手伝ってもらうのです。例えば、レシピ動画に登場する、料理を教えるキャラクターに、コーヒーショップや居酒屋の店員の服を着せるとき、その着せ替えの作業はAIに任せます。キャラクターの声もAIでつくりますが、紹介する料理は社員が自分で考え、自分で調理し、自分でカメラを回して、自分で編集しています。
近年は、お客さまがAIでつくったイメージを持ってきて「こんな感じで」と言われることもあります。でも、まだどこかおかしいところがあることが多く、そのおかしさに気づいて直すのがプロの仕事です。だから私たちは、AIを否定しないで、うまく使いこなして自分たちのものにしていこうと考えています。
報道カメラマンになりたいと思った
実は私には、子どものころは夢がありませんでした。昔のことですから、受験もそれほど厳しくなくて、将来のことを真剣に考えていなかったのです。
初めて「何かになりたい」と思ったのは、高校生のときです。カメラマン、それも事件や社会の出来事を撮る報道カメラマンになりたいと思いました。ところが、そのことを先生に話したら、「今はそう言っているけど、2年後には違うことを言っているだろう。撮影だけを勉強する学校に行くと、飽きたときに困る」と言われました。そのため、写真がつくられる過程や、どんな機材を使うのかを学ぶ、大学の写真工学部に進みました。
卒業後は広告代理店に就職して、撮影や、デザインの仕事を経験しました。そのうち、町の小さな会社と一緒に大きくなっていくような仕事がしたいと考えるようになりました。そこで会社を辞めてフリーのカメラマンになり、29歳のときにスタジオ・エーワンを立ち上げました。それから10年ほど、私はカメラマンとデザイナーの両方をやっていました。昼間は打ち合わせや撮影に出て、夜中にデザインの作業をする。眠くてしかたがないのに、気合いを入れて机に向かっていました。独立するというのは、そういうことなのだと思います。
夢は無理に持たなくてもいい
みなさんに伝えたいのは、夢は無理に持たなくていい、ということです。私自身、子どものころに夢はありませんでしたし、社長になろうと思ってなったわけでもありません。夢を持つことよりも大事だと思うのは、友達や仲間と、いろいろなことを一緒にやってみることです。人と人とのコミュニケーションの力というのは、一人ではなかなか身につきません。大人になって仕事を始めると、人との付き合いには損得が絡んでくることもあります。でも今のみなさんは違います。ただ「楽しいね」というだけで一緒に遊べる。この、何の得もない時間の中でこそ、「こうやったら面白いよね」「こうしたら喜んでくれるよね」という感覚が育つのだと思います。私が今、仲間と一緒に仕事をしていられるのは、あのころの遊びのおかげかもしれません。
それから、何か一つのことに夢中になって、まわりが見えなくなってしまうような子がいますが、それでいいのです。そういう子は、実は仲間が増えていきます。「このことなら、あの子に聞けば絶対に知っている」と、まわりに人が自然と集まってくるからです。好きなことを見つけて、まずはやってみる。そして失敗を怖がらずに続けてみる。それが、未来の自分への一番のプレゼントになります。









