※このページに書いてある内容は取材日(2018年11月27日)時点のものです
工事に関わるすべての流れを情報として,まとめて管理するしくみ
私は株式会社竹中工務店という建設会社で,BIM(ビム)という新しいしくみを広める仕事をしています。BIMとは,「ビルディング・インフォメーション・モデリング」の略で,建物を建てるときに必要となる設計図や完成イメージ図,壁や窓などの部材の情報,スケジュールやお金の情報まで,工事に関わるすべての流れを情報として,まとめて管理できるようにするしくみのことです。
今まで,建物を建てるときには,設計図を描く人,工事のスケジュールを組み立てる人,お金の管理をする人がそれぞれバラバラに違う図面を作って作業をしていました。現在も多くの建設現場では,このように,チームによって別々に作業が進められています。でも,BIMのしくみを使うと,工事に関わるさまざまな人が,同じデータを見ながら作業ができるようになります。そうなることで,完成イメージと違っている場合に早く気づけたり,無理のないスケジュールを立てられたりといったメリットがあります。
『マインクラフト』のようなソフトを使ってデータを作る
BIMでは『マインクラフト』というゲームのように,柱や壁などの部品を組み合わせて,コンピューター上で3Dの建築モデルのデータを作ります。この建築モデルのデータがあれば,そこから2次元の平面図や,水道などの配管図,家具を置いたときのイメージ図などをすぐに表示することができるので,新たな図面をはじめから作る必要がありません。
また,建築のプロの人なら,2次元の図面を見れば,そこにどんな建物が建つのかイメージをすることはできますが,発注者や若手の人にとっては,実際にそこに建つまでは,どんな建物になるか正確に思い描くことは難しいものです。BIMがあれば,完成イメージを3Dでシミュレーションできるので,「でき上がった建物が,全然イメージと違った」ということが避けられます。また,建物がある程度できた後にいろいろ変更しようとすると,すでに作ったものを捨てなければならず,大きなムダになりますが,そうしたことをなくすことができます。さらに,必要な材料を使うギリギリのタイミングで買うと値段が高くなったり,工事に必要な人手を集めるのに苦労したりするのですが,BIMによって,前もってシミュレーションができれば,いつどの材料が必要かが事前にわかり,余裕をもって材料や人手を準備できるので,削減したコストでよりよい提案ができます。
BIMは「建物を建ててほしい」という発注者にとっても,注文を受けて工事をする私たち建設会社にとってもメリットがあるのです。
新しいソフトを試したり,海外の会議にも
BIMはこれから広まっていく途中の技術で,建設業界全体にはまだまだ根付いていません。統一された規格が決まっておらず,ソフトもたくさん種類があって,ソフト同士がまだうまく連携していないなど,さまざまな課題もあります。
私は2017年に新設された「BIM推進室」という部署に所属しており,専属のメンバーは全部で5人です。その中でも,私は新しいソフトを試してどのソフトがよいかを検討したり,社内の工事に関わる人からソフトの使い方の問い合わせを受けたりしています。実際に建設現場へ足を運んで,BIMを使う人のサポートをすることもあります。
また,海外で行われる,BIMについて研究するための会議にも参加しています。海外の企業も,これからBIMを取り入れようとしている途中なので,意見交換会をすることもあります。BIMのしくみは,建設工事全体に関わることなので,業界全体で取り組みを進めています。
今までのやり方を大きく変えてもらう
BIMを建設現場に取り入れるということは,今まで別々に行われていた作業をひとつにまとめて,それまでの仕事のやり方や流れを変えてもらうことになります。そのため,説得をして,BIMを取り入れてもらうことになるのですが,これが大変です。今までの方法にこだわりを持ってやってこられた方にもBIMというしくみの良さをわかってもらって,現場の方々にやる気になってもらわなくてはいけません。現場の方々は,もともと2次元の図面から完成図を想像できる建築のプロの人たちですからね。今はまだ,試行錯誤をしている段階なので,時間に余裕のあるプロジェクトから導入して,少しずつ試してもらって,BIMの良さをわかってもらえるようにしています。
設計を担当する人も平面の図面を描く方が手慣れているので,BIMを導入した建設現場では,今までどおりの平面の図面とBIMのデータとを両方作ってもらうといった,二重の手間をかけてしまうこともあります。なるべくみなさんに余計な手間をかけないようにはしたくて,そこは気をつかいます。
また,パソコンの性能自体が追いつかなくて,あまり細かく設定しすぎると,データが重くなってしまってBIMのソフトが動きづらいといったこともあります。そのたびに仕事を止めて,設定をし直したりしなければならないので苦労します。
現場から「効果があった」と言われるとうれしい
実際にBIMを使って,コストを削減できたとか,職人さんと会話が弾むようになったとか,効果があったと言われたときはうれしいですね。現場によっては,ゲームのコントローラーを使って,BIMデータの建物の中をゲームのように歩けるようなしくみを導入したところもあって,そこでは職人さんと会話が盛り上がったそうです。
また,工事に取り入れたら役に立ちそうな新しい技術を探るのは,私たちの部署の大事な仕事です。そのため,新しい技術を試す機会がよくあります。例えば,マイクロソフト社が出した「ホロレンズ」という,ホログラムと現実世界を同時に映し出すゴーグルや,3Dスキャナなど,さまざまなデバイスを触って,実際に建設現場でどのように使えるのか試したりもしました。その中で実用性のあるものは1割くらいですが,そうした新しい技術に触れられるのは楽しいです。また,国際会議などに出て,ソフトの開発者の方など,なかなか建設業界の中だけでは出会えない人たちに出会えるのも刺激的で,この仕事のやりがいになっています。
実際にソフトを使う人の目線で
実際に建設現場でBIMを使うユーザーの方の目線を心がけるようにしています。新しい技術を良さそうだと思って取り入れても,実際にソフトを扱う人にとっては,画面が英語だし,マニュアルもなくて使いづらい,ということもあります。ホロレンズの場合も,建設現場だと,直射日光の下だと15分しかもたないとか,ホコリに弱いとか,そもそもゴーグルをかぶると工事用のヘルメットがかぶれなくなってしまうとか,足元が見えなくて危ないとか,実際に使ってみないとわからない問題点がありました。そのため,なるべく現場に行って,使いづらいところや,どんな機能があったらいいかなど,いろいろ聞くようにしています。
また,日々,進化している分野の仕事なので,5年,10年後を見据えて仕事を進めることも心がけています。ちょっと前までは,ここまでVR(バーチャルリアリティー,仮想現実)技術が進化して広まっているとは思いませんでした。VRが出始めたころは,“5年くらいで広まるのではないか”という声があったので,BIMモデルの中をVRで動けるといったように,早めにVR技術を取り入れたのです。結果的に想像よりも早く広まったので,あのとき,取り入れておいてよかったです。現場で使う方の使いやすさと,技術の発展の早さの両方を考えながら,実用的な新しい技術を取り入れられるよう,日々,探っています。
一人ではできない,大きなものを作りたくて
中学や高校のころは,理系の科目の方が得意でした。最初はロボットやAIなどに興味があって,情報系の学部に進もうかと思っていたのですが,プログラミングが苦手だったのと,何か一人では作れないような大きなものを作ってみたいなということで,建設系を選びました。父親が仕事でアメリカに行くことになったので,一緒についていって,アメリカの大学に進学しました。英語が得意だったのと,日本でやりたいこともはっきりわからなかったので。大学では,ダムや橋についての勉強をしました。ロボコンに興味があったので,向こうでロボコンのサークルにも入っていました。日本では土木の学科だと,ほぼ男性ばかりというイメージですが,アメリカの,私の行った大学だと半々くらいでした。
大学卒業後は日本で仕事をしたいと思っていたので,日本で就職活動をしました。アメリカでは,永住権がないと,建設関係の仕事に就くのが難しいということもありました。それで竹中工務店に入社し,入社して2年ぐらいは,現場監督として,学校や病院を作る現場にいました。入社したばかりのころにBIMという言葉を初めて聞いて,関わりたいなと思っていましたが,その後,希望がとおり,BIM推進室に配属されました。
おとなしいわりに,思い切りやるときはやる
子どものころは,あまり外では遊ばず,ずっと読書ばかりしていました。また,熱しやすくて冷めやすい性格ではありましたが,さまざまなことに興味があって,気になったことは本で調べることも好きでした。おとなしいわりに,文化祭実行委員をやってみたり,やるときは思い切りやる子といった感じでしたね。人と関わることは好きで,昔からどちらかというとサポート役の方が得意でした。実行委員の中でも,会計とか,副委員長ぐらいのポジションが落ち着きます。BIM推進室での私の仕事も,現場や外部の会社の方など,BIMを使う方をサポートすることが多いので,それは今の仕事での役割とつながるかもしれません。
また,小学生のときにも父親の仕事の都合でスペインに住んでいたことがあって,“日本”を意識する機会が多かったので,茶道部に入ったり,課外授業で日本舞踊をやったりと,和の習い事にも興味がありました。
本は好きでしたが,ファンタジーやミステリー小説ばかり読んでいて,国語の勉強は本当に苦手でした。だから,最初から理系に進むと決めていましたね。
「何かを好きなこと」が財産になる
一度,新しいことに興味を持ったら,「自分にできるかな?」とか「周りの友達がやっていないから……」なんて一切気にせず,全力で取り組んでほしいですね。今は,「何かを好きなこと」が何よりの財産になる時代だと思います。やりたくないことは,きっとロボットやAIがやってくれるようになります。でも,何かを好きになることを,ロボットは代わってやってはくれません。
下手でもいいんです。私もプログラミングには向いていませんでしたし。それでも,BIMのソフトを作っている人たちと話すとき,彼らがどうやって私の要望を反映するのか,それがどれほど大変なことなのか,親近感を持って想像できるのは,あのときの「好き」のおかげです。
建設業は,これからも誰かの「好き」をきっかけに,新しい技術や知識を取り込んで,みなさんの暮らす街をよりよいものにしていきます。興味のある人は,ぜひ建設の仕事を目指してみてください!