※このページに書いてある内容は取材日(2023年10月20日)時点のものです
お客さまがやりたいことの実現に向けたサポートをする
私は、株式会社kitafuku(きたふく)という会社の代表取締役を務めています。2019年に夫婦で起業し、取締役の妻のほかに、現在はインターンシップ生として2人の学生と共にチームを組んで仕事をしています。
みなさんは、「クラフトビールペーパー」という再生紙があるのを知っていますか?新聞や雑誌などを再利用して作られた紙を“再生紙”といいますが、クラフトビールペーパーは、再生紙の原料に、ビールを作った後に出るしぼりかす(モルト粕)を混ぜて作ったものです。私は主にクラフトビールペーパーの製造、開発、販売を担当しています。この事業は、本来は捨てられるものを活用して、新しく価値のある商品を生み出す「アップサイクル」というもので、SDGsの目標に沿った取り組みです。kitafukuでは今、この事業に力を入れています。
ほかには、IT技術を使った事業もあります。例えば、工場で働く人の体調管理などを目的とした「身に着けるタイプのデバイス(装置)」の開発もその一つです。こちらの業務はプロジェクトによってチーム編成が異なり、3人から20人ほどのチームで動いています。
私たちは、どんな仕事でも「お客さまの困りごとを二人三脚で解決する」という共通した軸をもって取り組んでいます。お客さまがやりたいことを実現するためのサポートをすることが、私たちの仕事です。
ブルワリー、製紙工場、印刷工場と共に製品を作る
クラフトビールペーパーの製造・開発では、クラフトビールを製造しているブルワリー(ビールを醸造する場所)、製紙工場、印刷会社と大きく関わります。まずブルワリーで、モルト粕を回収します。次に製紙工場へモルト粕を運び込み、原料に混ぜて再生紙に加工します。再生紙は、印刷会社で名刺やポストカード、ギフトボックスなどの製品に形を変えていきます。最終的な製品は、ブルワリーが運営しているレストラン等で使われるほか、環境問題に関心が高い方々に使ってもらっています。またオンラインショップでも販売をしています。
私たちの仕事は、平日は朝9時半から始めて、10時半までにチームメンバーと会議をします。会議で仕事の優先順位を確認した後、各自で担当する仕事先に連絡をとります。特によく連絡するのはブルワリーの方です。モルト粕の回収だけでなく、レストランで出すビールのコースターなどにクラフトビールペーパーの製品を使ってもらっているからです。ですので、モルト粕の回収時間の約束のほかに、普段から困りごとを聞いたり、製品の感想を聞いたりしています。仕事は大体18時に終わらせますが、ときにはブルワリーを訪問してクラフトビールを飲みながら、オーナーにビール業界の課題についてお聞きすることもあります。
課題の本質にたどり着くために役立つ考え方
私たちの取り組みに共感してくれる方から、「自分たちの課題を解決したい」とさまざまな相談を受けることがあります。そうした相談に乗ることも大事な仕事です。中には、「課題はあるのだけど、どうもうまく説明できない」という方もいます。そうした場合、どう課題を整理するのか考えることが一番大変です。
ここで、中学校の数学で習った因数分解の考え方が役に立ちます。悩みや困りごとを少しずつ、要素に分解していきます。要素に分解していって、解決に向けて動けそうな要素に仕分けていきます。その上で、改めてお客さまと相談します。「この中で一番解決したいのはどれですか?」とか、「この順番で解決すると、あなたの困りごとは解決されますか?」というふうに、質問を通じてコミュニケーションを取るようにしていきます。そうすることで、困りごとの本質的な部分を見極めていきます。この方法は、手間も時間もかかるので大変なのですが、私たちだからこそできる工夫だと思っています。お客さまの相談に対しては、言われたことだけを解決して終わりではなく、期待された内容を超える提案をしないと、満足していただくことはできません。
自分たちで手がけたものが、誰かにとって役に立つうれしさ
クラフトビールペーパーの仕事をしていて、商品が使われているのを見ると、うれしくなります。先日、本のカバーに巻き付ける帯に、クラフトビールペーパーを使ってもらえることになりました。仕上がりを見たいと思い、わざわざ、書店に並んでいる様子を10店舗以上、見に行きました。それくらいうれしかったです。自分の名刺にも、もちろんクラフトビールペーパーを使っています。名刺交換をした方に、紙の風合いや色味、デザインを気に入っていただき、「同じ紙で名刺を作りたい」と依頼を受けることもあります。それだけでも十分うれしいのですが、さらにその方が、新しくなった名刺を話題に別の方と話している姿を見たときは、心が浮き立つ思いでした。
一方、ITを使った仕事では、お客さまの声を聞けるところに喜びを感じます。どちらも、自分たちで手がけたものが「誰かにとって役に立つ」「誰かを笑顔にしている」ところに、とてもやりがいを感じます。
お客さまには二人三脚の姿勢で常に寄り添う
私たちの会社では「地域の社会課題を二人三脚で解決する」ことを大切にし、お客さまと同じ方向を向いて、一緒に歩んでいく姿勢を大事にしています。お客さまが困っていることには、とことん寄り添います。ですが、私たちが課題の解決法を見つけて、お客さまを引っぱるわけでも、導いていくわけでもありません。あくまで、お客さまの課題に寄り添って解決していく立場である、という関係性を意識しています。
また、再生紙を扱う同業他社とは優劣や上下関係の意識を持たないようにして、普段から「うちの製品は、あの会社の製品よりいいですよ」という表現は使わないようにしています。他社のものには他社のよさがあるからです。そういうことを心がけつつ、お客さまには、自社のクラフトビールペーパーの製品のよさや特長を、胸を張って説明するようにしています。
ほかに大切にしているのは、「小さな約束でも守る」ことです。お客さまや取引先と「今度、食事でもしましょう」と軽く言うことがあります。私は、そういう会話も覚えておいて、本当に食事に行くようにしています。小さいことですが自分から積極的に約束を守り、関係を築いていくことで、信頼を積み重ねていくようにしています。
エンジニアとして医療分野に関わった経験から、地域課題を考えるように
起業する以前、私はエンジニアとして、医療用の電子カルテを作る仕事をしていました。医療分野に進んだのは、看護師として忙しそうに働く友人の話を聞いていたからです。自分が彼女のために何かできないかと考えたところ、学校で学んだITの知識を生かして診療を効率化させたいと思い付いたのです。
電子カルテを作成した後には、診察の現場にも立ち会いました。そして、病気やけがを負って不安を抱える患者さんのために、助けになる仕組みをほかにも作りたいと思うようになりました。「病気やけがを未然に防ぐには、どうすればいいのか」「そのためには、健康や生活習慣に関わる正しい知識を伝えることが必要だ」「地域のコミュニティがあったら、みんなで健康を考えるきっかけになるかもしれない」などと思考がふくらみ、最終的には、「地域の課題を解決することを軸にする会社を起こそう」と考えるようになったのです。
クラフトビールペーパーを選んだ理由としては、横浜には「ビールを通して地域を盛り上げたい」というブルワリーがとても多いことが挙げられます。地域のクラフトビール産業が抱える課題を解決することが、地域社会のために必ず役立つはずだと考えたのです。
コロナ禍の商店街でふと浮かんだ、一つの疑問から始まった挑戦
クラフトビールペーパーの開発は、小さな疑問から始まりました。新型コロナウイルス感染症が流行していた2020年ごろ、多くの人が感染予防のために外出を自粛していました。地元の横浜で、商店街のひっそりした光景を前に、小さな疑問がわきました。それは「お店の食べ物は、お客さまが来ないと全部無駄になるのかな?」ということです。さっそく飲食店に尋ねてみると、フードロスに加えて、ビール醸造後のモルト粕の処理に困っている、という状況でした。横浜はクラフトビールの生産が盛んですが、市街地では農業をする人があまりいないので、モルト粕を飼料や肥料に利用できません。各ブルワリーではひと月に1.5トンから2トンのモルト粕が出ることもありますが、どこのブルワリーもほとんどのモルト粕を産業廃棄物にしていました。私たちは、この問題に取り組むことが、地域の課題解決につながると考えました。そこで、紙の卸会社で働く知人の協力を得て、再生紙の原料にモルト粕を使うクラフトビールペーパーの開発を始めました。今では、環境問題に関心の高い国内外の企業やブルワリーから、「ほかにも製品はできないの?」「サンプルを送ってほしい」など問い合わせが増えています。
繰り返し練習することの大切さ
子どものころは野球ばかりしていました。ポジションはショートです。小学生のとき、引っ越しをして、引っ越し先で地域のクラブチームに入りました。そこで友達ができると、練習のない日も公園で野球をするくらい、野球にのめり込むようになりました。
試合中、たまにナイスプレーが生まれます。でも、たまたまできたプレーは何度も同じようにできません。そこでナイスプレーが当たり前になるように、繰り返し練習をしました。日々の練習はつまらないものが多いですが、本番で生きてきます。
子ども時代に学んだ、繰り返し練習することの大切さは、今にも生きています。私は子どものころから人前で話すのが苦手で、今でも緊張します。でも私の仕事では、会社について、人前で発表する場面が多くあります。そのため、発表の当日にうまく話したいと思い、大事なプレゼンテーションなどの前には、家で50回くらい練習をします。発表用の資料を作って、それを家族に見せながら、本番と同じように50回繰り返します。そのため、妻と息子は同じ話ばかり、たくさん聞かされています。でも、練習すると、本番で緊張しないし、自分の苦手な部分がわかるので、とてもいいですよ。
「自分が思う当たり前」だけが当たり前だと思わない
みなさんには、いろいろなことに目を向けてほしいです。よく「相手の立場になって考えよう」といいますが、若いみなさんの常識や知識だけでは、本当に相手を理解するのは難しいこともあります。「自分が思う当たり前」だけが当たり前だと思わないようにして、広く物事を探求していってほしいです。
起業をしてみたい人は、最初から「地球の環境問題を解決しよう」などと考えても難しいので、ぜひ小さいことから試してみてください。まずは身近な人の困っていることを見つけて、何でもいいから自分にできることを試してみるといいと思います。野球で例えると、とにかく打席に立つことが大事です。ボールが飛んで来たら、迷わずバットを振りましょう。どんな当たりになってもいいのです。もし、振り遅れてファウルになってしまったら「次は少し早いタイミングで振り始めてみよう」と考えられます。空振りなら「次はボールをちゃんと見るようにしよう」と考えられます。今の自分に何が足りないのかは、試してみないとわからないものです。挑戦に失敗は付き物なので、失敗を恐れないことが大事です。失敗したら、「次は失敗しないように」と考えて試してみましょう。これを積み重ねていくと少しずつ大きな視点で改善策を考えられるようになり、それがいつか起業につながっていくと思います。