※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月15日)時点のものです
飼育員の仕事は幅広い
私は,福島県いわき市にある水族館「アクアマリンふくしま」で,飼育員をしています。「アクアマリンふくしま」のテーマは「環境水族館」です。「海を通して『人と地球の未来』を考える」ことが理念で,子どもたちが自然とふれあう,体験的な学習にも力を入れています。
私は,飼育員5人からなる「命の教育グループ」に所属しています。私の仕事は幅広いのですが,おもな仕事の一つが,「子ども体験館 アクアマリンえっぐ」というゾーンでの仕事です。「アクアマリンえっぐ」は,釣り場もある体験型施設で,生き物の多様性や,命の大切さを学ぶことができます。私は,展示の企画や生き物の入れ替え作業,展示水槽の生き物の世話のほか,釣った魚の調理体験などのガイドもしています。釣り場の魚を仕入れにトラックを運転して伊豆半島のほうまで出かけたり,タッチプールのウニやヒトデをとりに近くの海に潜ったりすることもあります。このほかに,別のゾーンにいるユーラシアカワウソの飼育も,私のグループの担当です。
また,私は,教育プログラムの開発や,県内の学校に出向いての授業も担当しています。当館には,展示水槽や剥製などを積んだ移動水族館車があり,県内の学校に出向く授業で活用しています。本物の海の生き物にふれあってもらえるのが,水族館の授業の強みです。
また,水族館や動物園には,生き物の繁殖やそのための研究という役割もあります。研究は,飼育員それぞれが興味をもったテーマを選んで行っています。カエルアンコウという魚がいるのですが,私は今,このカエルアンコウの一種の研究をしています。
生き物の多様性や命の大切さを学べるよう工夫する
「子ども体験館 アクアマリンえっぐ」の屋内展示スペースには,水槽の展示コーナーと,福島の漁業のコーナーがあります。漁業のコーナーには,伝統的な木造の漁船,さまざまな漁具,福島の代表的な魚や漁港の写真パネルなどを展示しています。
屋外スペースには,釣り体験ができる釣り場があり,釣ったアジや小型のギンザケを食べられる食事スペースもあります。また磯,干潟,浜という海辺の自然を再現した世界最大級のタッチプールが広がっていて,水に入って磯の生き物と遊べるし,干潟では潮干狩りも楽しめます。
私は,体験学習のガイドと,展示の管理を担当しています。体験学習には,釣ったアジなどをさばく調理体験,鰹節けずり体験,缶詰づくり体験などがあります。たとえば調理体験ではアジの生態を解説し,心臓を見せて「いただきます」は「命をいただきます」だと話すなどして,参加者が命の大切さを学べるようにお手伝いをしています。
屋内の展示コーナーには,10個ほどの水槽と陸の生き物の飼育スペースがあります。展示の大きなテーマは「生き物の多様性」で,展示の半分ぐらいは魚以外の生き物ですね。ウミガメやトカゲなどの爬虫類,ウミウという鳥,それから砂漠にすむキツネの仲間のフェネックなどの哺乳動物もいます。
展示する生き物は,飼育員5人で話し合って,数か月ごとに入れ替えています。ときには水槽の配置も変え,解説プレートを作り直すこともあります。今は,ウミガメやミノカサゴなど暖かい海のさまざまな生き物を展示した水槽や,生き物の産卵場所や隠れ家になるため「海のゆりかご」とも呼ばれる,アマモという海草を植えた水槽などがあります。アマモの水槽では,ヨウジウオや小さな貝などのアマモに隠れている生き物を探してもらい,生き物と自然環境との関わりについて考えてもらえるようにしています。そのほか,死んだウシガエルが分解されて土に戻る様子も展示しています。生と死,そして自然の循環について考えてもらうためで,展示は教育の材料になるよう工夫しています。
生き物を飼育員が集めることも
生き物の餌やり,水槽のガラスの内側につく藻の掃除など,毎日のこまめな仕事もあります。大切に飼っていますが,生き物が死んでしまったら補充も必要です。新たな生き物を入れたいときは,漁師さんに頼むほか,他の水族館から譲ってもらうこともありますし,自分たちで集めることもあります。
私は釣り場に入れるアジと,タッチプールの生き物の担当です。アジは,水槽つきのトラックを運転して,伊豆半島の養殖場まで仕入れに行くんです。現地に1泊するので,このチャンスを逃さず,夜に海中を懐中電灯で照らして,福島の海にはいない生き物を採取しようと一生懸命です。
タッチプールのヒトデ,ナマコ,ウニなどの生き物は,干潮の時間に近くの磯に行ってつかまえます。海は楽しいので,私は休みの日には夜の磯にも行き,懐中電灯で海を照らして生き物を集めたり,観察したりして楽しんでいます。
本物にふれられる授業
私は,教育プログラムの開発と実施も担当しています。展示水槽を積んだ移動水族館車でイベントや県内の学校に行ったり,ゲストティーチャーとして学校の授業に呼ばれたりするほか,アクアマリンふくしまが年に10回ほど主催する,「キッズプログラム」という講座も受け持っています。
移動水族館車にはタッチプールを積んでいて,ヒトデやナマコなどをさわることができます。魚などの展示水槽も用意し,泳ぎ方や体の特徴などを観察してもらいます。そのほかにサメの歯やエイなどの剥製の観察,飼育員によるレクチャーも行います。私の定番レクチャーは,タツノオトシゴのお話です。タツノオトシゴはおもしろい魚で,オスがお腹の袋の中で卵を守るんです。楽しく学んでもらうため,太ったオスとやせたオスの写真を見せて,メスがどちらを選ぶかクイズを出します。正解は太ったオス。お腹の袋が大きいからです。必ずタツノオトシゴの実物を持っていき,体の特徴や泳ぎ方などを観察してもらいます。本物の生き物を見せられるのが,水族館が行うレクチャーの強みだと思います。
「キッズプログラム」は,おもに小学生が対象で,毎回30人ほどの参加者を募集します。次々に新しいプログラムを用意するので,私にとっても勉強になります。最近だと,福島の漁業を知るプログラムをやりました。館内の漁業や食育コーナーのガイドを考え,近くの魚市場に相談して,市場見学の内容も練りました。また,寄生虫がテーマのプログラムも作りましたが,私は東京にある寄生虫の博物館にも行って勉強しました。参加者には,寄生虫に興味があって詳しい子もいるので,私はそれ以上に知識をつけなくてはなりません。参加者に新しい発見をしてもらえるような,面白いプログラム作りに知恵を絞ります。寄生虫のプログラムでは,メダカから寄生虫のアニサキスを取り出す体験なども盛り込み,満足してもらえたようです。
繁殖と研究も水族館の大事な役割
水族館や動物園には,生き物の種の保存と自然の保全,そのための研究という役割もあります。水族館や動物園は生き物を繁殖させる努力をして,展示のために野生生物をとることを減らしたり,希少な生き物を増やしたりしています。アクアマリンふくしまでは繁殖に力を入れていて,これまでに日本で初めて繁殖に成功した生き物が28種もあります。とくに繁殖がむずかしい,サンマとコトクラゲの繁殖では,大きな賞を受賞しています。
私が担当しているユーラシアカワウソについても,繁殖期にはとくに注意深く観察をしています。群れの様子,母親の体の調子,出産前後の衛生環境などにも気を配ります。幸い,うちには繁殖が上手な優秀なカップルがいて,毎年,子どもを産んでくれています。生まれた子どもは,繁殖のために別の施設に行くこともあります。去年,生まれたユーラシアカワウソのメスが今年,栃木県の動物園に行きました。世界中の水族館や動物園にはネットワークがあり,展示する生き物の交換などで協力し合っているんです。
研究も日常の仕事の合間に,こつこつと行っています。アクアマリンふくしまでは,飼育員それぞれが自分の好きなテーマを研究しています。私は今,カエルアンコウという魚の一種の産卵行動を研究しています。メスが卵を体のわきに抱く種類がいるのですが,産んだ卵を体のわきに移すところを誰も見たことがありませんでした。そこで,飼育員の先輩と,飼育水槽にカメラをセットして観察していたら,卵を移すところを動画で撮影できたんです。卵の塊を大切そうに扱う姿は,いじらしいです。映像でとらえたのはおそらく世界初で,今,論文をまとめているところです。
体力と生き物の観察力が勝負
飼育員は体力勝負な面があり,とくに,水槽のガラスの内側の清掃は大変ですね。ガラスにはすぐに藻がついてしまい,展示が見えにくくなってしまうんです。小さな水槽は素潜りで,大きな水槽になると空気ボンベで潜って清掃しています。
以前,私と相性がよくないユーラシアカワウソが1頭いました。清掃中にかみついてきて,実際にかまれたことがあり,今でも傷あとが残っています。でも,なぜか空気ボンベを背負っていると近寄ってこないので,それがわかってからは,清掃のときにボンベは必須でした。
生き物が餌を食べなかったり病気になったりしたときには,気をもみます。そんなときには,毎日ひたすら観察し続けます。生き物は言葉を話せないので,私がよく観察をして気づいてあげるしかないんです。「これが原因かな?」と考え,水温を少し変えるなどして元気になってくれると,もう本当にうれしいです。
生き物が子どもを産んでくれたときも,わくわくしますね。生き物のサイズに関係なく,新しい命が生まれる瞬間は感動的です。卵から育てた生き物を展示できると,大きな達成感があります。魚の卵は大半が死ぬものだし,せっかく育った稚魚が死んでしまって落ち込むこともあります。でも,今度はこうしようと,次への挑戦につなげるようにしています。
生き物への興味から海の環境の気づきを
教育の活動では,子どもたちが海の環境に目を向けるきっかけを作れたらいいなと,いつも思っています。教育プログラムを作るときにも,興味を引きつけるものを投げかけ,そこから海の環境への気づきが生まれるよう,話の組み立てを考えています。
たとえばかわいらしいタツノオトシゴの産卵の話題で興味を引きつけ,生きるためには食べ物のプランクトンが必要で,プランクトンが多くて隠れる場所もあるサンゴ礁や海藻が茂る場所が必要だという話につなげ,海の環境のことも考えてもらいます。生き物は健全な自然環境がなくては生きていけず,多くの生き物との関わりの中で命をつないでいます。最終的に,海の環境は陸の自然ともつながっていて,人間の生活が影響していることにまで気づいてくれるとうれしいです。
授業をしに訪れた学校の子どもたちが,水族館に遊びに来て,声をかけてくれることもあります。学校で話したことをよく覚えていて,自分なりに生き物や環境のことを考えてくれているなあと実感することが多く,「よし,これからも頑張ろう」と,励まされますね。この子たちが,地球の未来を担っていってくれるのですから。
子どものころの夢を追い続けて
私は小学生のときに「水族館の飼育員になる」と決めて,その夢をずっと追い続けてきたんです。小さいころから川でヨシノボリという魚を手づかみしたり,用水路でタニシをとったり,水辺も生き物も大好きでした。でも,海のない岐阜県で育ったせいか,広くて生き物にあふれている海にあこがれ,海の生き物が毎日見られる飼育員になりたいと夢見るようになりました。
その夢をかなえるため,小学生のうちから努力もしました。たとえば,私は人前で話すのが苦手だったのですが,生まれて初めて行った水族館で,飼育員さんが大勢のお客さんに解説しているのを見て「人前で話せるようにならなくては」と思いました。そこで,児童会長に立候補したんです。
高校3年の進路指導では「飼育員は求人が少ない」と反対されましたが,思いを貫いて海洋生物学科のある大学に進学し,水族館や博物館などの専門職員に必要な学芸員の資格もとりました。就職活動では,全国さまざまな水族館の求人に応募して,結果的にアクアマリンふくしまに採用してもらえました。当館の採用は数年おきなので,運もよかったと思います。
本物の海を体験してほしい
水族館では海の生き物がたくさん見られますが,海の中ではもっとすごい生き物のドラマが繰り広げられています。ぜひ一度海に行って,磯など浅い海のシュノーケリングでもいいので,海の中を見てほしいですね。私は大学生のときに初めてダイビングで「生の海」を体験して,一生忘れられないほどの感動を味わいました。海は,水族館の水槽とは世界の広がりがまったく違います。生き物の密度がおそろしく濃くて,何の生き物かわかりませんが,何か音が聞こえるし,「食う/食われる」のドラマも目の当たりにしました。
海の生き物や環境について知識を広げるのも大切ですが,自分自身がひとつの生き物として海の中に入る体験は,知識とは別の大きな気づきを与えてくれるはずです。