※このページに書いてある内容は取材日(2020年08月18日)時点のものです
葬儀で故人とご遺族をサポートする
私は,納棺師であり,葬儀ディレクターでもあります。「納棺」とは,亡くなった方の体を洗い清め,死装束と呼ばれる衣裳に着せ替え,生前のような姿になるよう故人にお化粧をした上で,棺に納める一連の儀式です。通常は,お通夜の前に1時間ほどかけて行います。この納棺を行うのが納棺師です。かつてはあまり知られていない職業でしたが,2008年に公開されてアカデミー賞の外国語映画賞を受賞した『おくりびと』という映画によって,広く認知されるようになりました。また,葬儀ディレクターは,故人とご遺族,そして参列する方々にとってよりよい葬儀になるよう,葬儀を執り行います。
私は数年前から,納棺師を育成する学校「おくりびとアカデミー」や,葬儀会社「ディパーチャーズ・ジャパン株式会社」の経営も行っていますが,一人の納棺師,また葬儀ディレクターとして,いまも葬儀の現場に立ち続けています。納棺師と葬儀ディレクターは,それぞれ,故人と,大切な方を亡くしたそのご遺族のサポートを行う仕事です。故人が安らかに旅立てるように,また,ご遺族がその旅立ちを安心して見送れるように,それぞれの気持ちに寄り添いながら,納棺を含めた葬儀全体をプロデュースしています。
“その人らしい葬儀”を作り上げる
人が亡くなると,まずは故人をご安置するため,病院など亡くなった場所へ故人をお迎えに行きます。ご自宅や葬儀場など指定の場所へ運び,故人がゆっくりと休めるよう,寝間着に着せ替えてお布団へご安置します。
故人は時間が経つと状態がどんどん変化してしまいます。そこで,できるだけ故人の生前のような姿を保つため,目や口が開いていたらしっかりと閉じ,体液が出ないよう鼻の穴などに脱脂綿をつめます。また,腐敗の進行を妨げるために,ドライアイスを体の周りに置きます。
その後,どのような葬儀にするかをご遺族と打ち合わせます。家族だけで見送る家族葬や,故人が勤めていた会社の関係者が大勢,参列する社葬など,葬儀の規模はまちまちです。また,故人がどういう人生を歩んできたのか,何を大切にしてきたのかをご遺族から聞き取ります。そうした情報を集めることで,たとえば故人が旅行の好きな方だったら,これまで旅をした場所の写真を会場に飾るなど,故人やご遺族が望む,その人らしい葬儀を作り上げることができるのです。
安置,納棺の儀式,お通夜,告別式,出棺と,葬儀は進んでいきます。大切な人を亡くしたばかりのご遺族は,とてもつらいものです。ご遺族に負担がかからないよう細心の注意を払い,ご遺族の今後の人生がよりよくなるような葬儀にすることを心がけています。
ときには涙があふれてくることも
人は,さまざまな年齢で,さまざまな亡くなり方をします。自宅で眠るように亡くなるお年寄りのおだやかな死がある一方で,交通事故で若い人が亡くなるむごい死も日常にあふれています。そうしたあらゆる死に向き合うのが,私の仕事です。目も当てられないほどお身体の損傷が激しいときも,できるだけ生前に近い姿で,ご遺族がお別れをできるようにしなければなりません。体の一部がなくなっていたり,色が変わってしまっていたりして,ご遺族とお会いできない故人もいます。できるだけご遺族を傷つけないように,なぜ故人と対面できないのかを説明するのですが,ご遺族の悲しみを思うと言葉につまってしまいます。
仕事をする上で,なるべく感情を出さないようにしているのですが,ときには泣いてしまうこともあります。小さなお子さんを亡くしたご両親が葬儀で泣き崩れている姿を見れば,どんなに我慢していても涙があふれてくるものです。けれど,一緒に悲しむことが私の仕事ではありません。泣いてばかりいずに,私のやるべきことをしっかりとやります。泣きすぎたご遺族が過呼吸を起こさないか,椅子から崩れ落ちることはないか,など,葬儀場全体をしっかりと見守ります。
とはいえ,ロボットのように,感情的な部分をまったくなくそうとは思いません。死に対する悲しみや恐れなど,人間らしい感情を残しつつ,冷静に仕事をやり遂げようと考えています。感情的な部分と冷静に仕事をやり遂げる部分とのバランスは,私の場合は2対8ぐらいが理想的だと感じています。
「私の葬儀は木村さんにやってもらいたい」
故人の体を清めたり,その人らしいお化粧をしたり,またその人らしい葬儀をすることで,ご遺族から「本当にありがとうございました」と声をかけていただける機会が多くあります。そんなとき,この仕事をやっていてよかったと感じます。
あるおじいさんの葬儀で,「美しく丁寧な葬儀にしていただき,ありがとうございます。私が亡くなったときもお願いね」と,喪主のおばあさんに言っていただけたことがありました。そんなふうに言っていただけるとやはり誇らしいものです。その1年後,おばあさんが亡くなったとご遺族から連絡がありました。「私の葬儀は木村さんにやってもらいたい」とご家族に言い残されていたと聞き,本当に私の仕事を評価していただいていたのだと知りました。葬儀でおばあさんと「再会」できたご縁をうれしく思い,おばあさんに喜んでいただけるよう,真心を込めてお別れのお手伝いをしました。
葬儀を執り行う仕事では,人の一生の重みを背負うという責任を感じます。けれど,そのプレッシャーよりも,葬儀にかかわれるありがたさのほうが強いのです。その人の人生の最期にかかわれるという感謝の気持ちを忘れないように,一つ一つの仕事に取り組んでいます。
ご遺族と向き合うことがいちばん大事
私が納棺師として最初に入社した会社は納棺専門の会社で,葬儀会社から仕事を請け負っていました。ご遺族から連絡を受けた葬儀会社が,納棺師を手配しているのです。そのような事情もあって,私が納棺師になったばかりのころは,発注者である葬儀会社にばかり目を向けて仕事をしていました。できるだけ多くの仕事をもらいたかったからです。時間効率のよい仕事を心がけて,多いときは1か月に50件の納棺を行っていました。1件の納棺に時間をかけると,1日に担当できる仕事が減ってしまいます。納棺の儀式を終えたあと,ご遺族のおばあさんが「本当にありがとう,メロンでも食べていって」と声をかけてくれても,「約束の時間があるので」と次の仕事へと向かったこともありました。
そんなある日,葬儀会社からは「1時間で仕事を終えるように」と言われていたところ,ご遺族の悲しみがあまりにも深く,私の判断で30分ほど納棺を遅らせた葬儀がありました。葬儀会社にはひどく怒られてしまったのですが,その日を境に自分のやりたいこと,やるべきことに気づくことができました。自分が目を向けるべきはまずご遺族で,葬儀会社ではない。ご遺族としっかり向き合おう,と考え始めたのです。それは,仕事を始めて2年目のことでした。
その後,自ら葬儀会社を立ち上げることになったのも,ご遺族と故人に寄り添える仕事をしたいと思ったからです。ご遺族に向き合うことをいちばん大切にしたいという気持ちは,もちろん今も変わりがありません。
納棺師だった父と同じ職業を選んだ
私の父も納棺師でした。父の弟子が自宅に出入りしており,幼いころから納棺師という仕事は身近なものでした。私の曾祖母が亡くなったとき,ひいおばあちゃんを包み込むように抱えて,きれいにしていく父の所作がかっこいいと感じたことを覚えています。「自分もいつか同じことをするんだろうな」と考えていました。
職業として意識するようになったのは,大学生のときです。サッカー選手を目指していたものの,プロになるには実力が足りなかった私は,周りの友人のように就職活動はせず,父の会社に入って納棺師を目指すかどうかで悩んでいました。それまで,納棺師をやってみろと父から言われたことはありません。思いきって父に相談してみたら,「じゃあやれ」ということで,納棺師になりました。
大学在学中から父の仕事を手伝い,卒業後はそのまま父の経営していた会社に入社しました。3年を経て独立し,2013年には納棺師を育成する「株式会社おくりびとアカデミー」を,さらに2015年には納棺師が葬儀全般を手がける「ディパーチャーズ・ジャパン株式会社」を立ち上げました。中学1年生くらいまで,親と一緒でないと怖くて眠れなかったというほどの臆病者が,まさか納棺師になるとは,自分でも驚いています。
大好きなサッカーから学んだこと
小学生のころは体育以外に得意科目がなく,目立つことが苦手な性格でした。クラスの劇では,いちばんセリフの短い役を選んでいました。自分に自信がなかったのだと思います。
近所に住んでいたお兄ちゃんの影響で,子どものころからサッカーばかりしていました。プロのサッカー選手を目指して,中学,高校,大学とずっと続けました。どの年代でもコーチからは,「真面目であれ」「謙虚であれ」「努力を怠るな」と指導されてきました。おかげで,そうした考えはいまも心の中にあり,行動するときの指針となっています。また仲間とのポジション争いで,「絶対にあいつに勝ってやる」というハングリー精神も身につけました。それらすべてが,大人になってから仕事で役立っています。
私は,日本式の納棺を海外にも広めたいと考え,中国や韓国などのアジア諸国へ自ら出向いたこともあります。そうしたチャレンジができたのも,サッカーを通して身につけたハングリー精神のおかげかもしれません。
誰もが明日,死ぬかもしれない
読者のみなさんには,親しい人の死を経験したことがない人も多いでしょう。死を身近に考えることも少ないかもしれません。私は仕事を通して,たくさんの人の死に向き合ってきました。そこでみなさんに伝えたいのは,「人は死ぬ」ということです。子どもだろうが,健康だろうが,関係ありません。誰もが明日,死んでしまうかもしれないのです。だから後悔がないように,家族や友だちなど,周りの人との関係を大事にしてください。「ありがとう」や「ごめんね」という言葉は,きちんと口に出して伝えるべきです。そのようにして,どうか毎日を大切に生きてください。
納棺師や葬儀ディレクターという仕事は,とても感謝してもらえる仕事です。こんなに感謝される仕事は,ほかにないのではと思えるほどです。大切な人を亡くしたご遺族は,悲しく,苦しく,不安な状態です。そうした方々に寄り添って,最後のお別れをサポートする私たちの仕事は,とても価値あるものだと考えています。お別れの仕方は千差万別で,決まった正解がある仕事ではありません。だからこそ,これからも一人の納棺師,また葬儀ディレクターとして,お別れの「質」を追求し続けたいのです。また,納棺師を育成する学校「おくりびとアカデミー」のカリキュラムを通じて,私と同じ思いを持つ納棺師を増やしていきたいとも考えています。