※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月18日)時点のものです
「畜産副産物」から、ペットフードなどさまざまなものを作る
私は東京都の荒川区で、「徳岡商会」という会社を経営しています。私たちの会社では、「畜産副産物」から、ペットフードや肥料、食品のスープ、石けん、カルシウム食品の素材など、さまざまなものを生産しています。私たちは日常的に牛や豚、鶏などの肉を食べていますが、スーパーや精肉店に並ぶような形に加工する際には、骨など、食べられないので捨てる部分が出ます。これが「畜産副産物」で、主にこの骨の部分を加工し、商品にするのが私たちの会社の仕事です。
以前はスープや肥料が中心でしたが、2002年からはペットフードも作るようになりました。きっかけは、2001年に起こった「BSE騒動」です。「狂牛病」とも言われたBSE(牛海綿状脳症)という牛の病気が最初にイギリスで、その後、日本でも発見され、このBSEに感染した牛を食べることで人間にも感染して「クロイツフェルト・ヤコブ病」という病気を引き起こすことから、大きな問題となりました。日本で発生したときは、徳岡商会の作っている商品で牛が素材となっているものは、食品や肥料など全ての商品を回収するように国から言われ、商品を作ることもできず、販売もできないなど、非常に苦しい状況が続きました。
「安心・安全な食べ物をペットに」というニーズからペットフード生産へ
BSE騒動で経営が苦しい時期に、有機野菜の生産と販売を手がけている「大地を守る会」という団体から「消費者が安心してペットに食べさせることができるペットフードを作ってくれないか」という依頼をいただきました。ペットフードの生産は未経験でしたが、もともと私たちが生産していたカルシウムや肉エキスなどがペットフードの原料として使われていたのは知っていましたし、BSE騒動によって仕事も減っていましたから、ペットフード作りを勉強し、自分たちなりに作ってみたのが最初です。
当時はBSE騒動のほか、肉の産地を偽装した産地偽装問題などが相次ぎ、消費者の中で食の安全への意識がとても高まっていたときでした。人間が食べるものはもちろんですが、「ペットにも安全なものを食べさせたい」というニーズの高まりは私自身も感じていました。しかし、今でこそ国産食材や有機農法で作られた食材を利用したペットフードというのは私たちの製品以外にも数多く売られていますが、当時はまだ全て国産食材、有機食材ということにこだわって作られたペットフードはありませんでした。
全ての素材にこだわったペットフード作り
試行錯誤の末に生まれたのが、今、販売しているペットフード「ジロ吉ごはん」シリーズです。国産の牛肉や牛骨、牛エキスを中心に、玄米や野菜、おからなどの素材を組み合わせて作っています。例えばおからは、国産の遺伝子組換え(農作物等に優れた性質を与えるために、新たな遺伝子を組み込む技術)ではない大豆を搾ったものを、玄米は粒が小さいなど規格外で流通には乗せられないけれど、減農薬・無農薬で作られたものを使っています。ニンジンも有機農法で作られたものを使っていて、全ての食材にこだわっています。
工場を稼働させるのは、基本的に8時から17時です。日中は準備しておいた原材料を混ぜ、押出機で搾り出し、小さな粒状の「ペレット」にします。夜の間にそのペレットを乾燥させ、次の日には乾燥したものをふるいにかけて形が悪いものや異物を取り除き、パッケージにしていきます。
最初はなかなか売れませんでしたが、ペットフードの安全性などについて本を出されているジャーナリストの方が取材に来てくださったり、動物病院の先生たちが飼い主の方に薦めてくださったり、口コミで広めてくださったりしたこともあり、だんだんと売れるようになっていきました。
大変なのは、生産の中で出てしまう臭いへの対策
肥料を作るときは、骨を蒸したものを乾燥させて粉にした「蒸製骨粉」というものを使います。蒸した直後は無臭なのですが、乾燥させる中で腐敗臭が出てしまうことがあり、そうすると周りの住民の方から苦情をいただくこともあります。その臭いへの対処には苦労しています。
実は私たちが使っている骨については、「必要な量だけ入荷する」ということが基本的には難しいものです。12月などは年末から年始にかけてクリスマスやお正月などのイベントが多いことから、肉の消費が増えます。その分、私たちのほうに入ってくる骨の量も増えることになります。そうすると処理しなくてはいけない量が増え、乾燥に時間がかかってしまい、腐敗臭が発生してしまいます。そのため、煙突に脱臭装置を取り付ける、乾燥させる装置を重油ではなくガスを利用するものに変える、一度に処理する量が多くならないように12月など入荷の多い時期は休日も工場を稼働させるなど、なるべく臭いを出さないための工夫をしています。
お客さまの喜びの声を聞くことができるのが魅力
「ジロ吉ごはん」を購入いただく方は、ほとんどがリピーターになってくださいます。ペットフードの製造・販売をスタートしてから20年を超え、中には「ペットが生まれてから亡くなるまで、ずっとジロ吉ごはんで育てた」という方もいらっしゃいます。そういったお客さまから、喜びの声を聞くのが一番うれしい瞬間です。商品はインターネットでの販売だけでなく電話注文も受け付けているため、私自身が電話対応をすることも多くあります。そうすると、いつも注文をしてくださるお客さまは声を聞けばわかるようになってきます。
一度、長年注文してくださるお客さまから連絡が来て「飼い犬が腎臓病になってしまい、療法食に変えたけど全然食べてくれなくて困っている」という相談を受けました。そこで、知り合いの獣医や、ペットフード開発や栄養に詳しい方に相談をして、腎臓病でも食べられるペットフードを開発しました。飼い主の方はとても喜んでくださり、その犬が亡くなったあとも、わざわざ私たちの会社に来て、お供え物として購入してくださいました。ペットフードを作ることで、お客さま、そしてお客さまの飼われている犬や猫たちとも関わることができるのが、この仕事の喜びです。
また、肥料に関しても近年、いい評価をいただいていて、多くの農家の方に使っていただいています。農家の方たちから「こんな農作物が収穫できた」という声をいただけると、とてもうれしいですね。
「いいものを作ることで、みんなが幸せになれる」を実現したい
徳岡商会は1901年に私の曽祖父が立ち上げたのですが、そのころから畜産副産物を加工して、いろいろなものを作ってきました。つまり、会社が続いてきたのは「動物のおかげ」と言えます。そして今はペットフードを手がけることで、犬や猫が健康になる手助けをしています。この仕事を通して、動物への恩返しができているような気がしています。
ペットの健康のためには、ペットフードの質の向上が欠かせませんが、これを心がけることで、別のいい影響もあるのではと思っています。市販のペットフードの大半は、海外から粉末やエキスの状態になった素材を輸入し、混ぜ合わせて生産しています。私たちの製品のような国産食材や有機農法、減農薬栽培の素材を使ったペットフードを利用する方が増えれば、犬や猫の健康を守れるだけでなく、ペットフードを生産する業者は有機農法等でがんばっている生産者の方から定期的に作物を購入することができ、彼らを応援することにもつながります。そうやって生産者の応援をすることで、日本の食料自給率の低さを解決する手助けにもなるのではないでしょうか。「いいもの」を作ることで、人も、ペットも、社会も、みんなが幸せになれる。この循環をぜひ、実現したいと思っています。
父の姿とお客さまの声に背中を押され、会社を継ぐことに
徳岡商会は、私の代で4代目になります。私は大学時代に演劇をやっていて、卒業後は徳岡商会で働きながら演劇の活動も続けていました。ただ、徳岡商会で働いていたのは、幼いころから父が一生懸命仕事をしている姿を見ていたことや、父が工場の事故で腕のけがをしてしまったこともあり、父を助けたいという思いからでした。当時は会社に兄もいたので、自分自身が会社を継ぐということは考えていませんでした。そのころは会社の経営状態もよくなかったので、兄は「工場を畳み、別の仕事をしたほうがいいのでは」という意見でした。しかし、1993年に冷夏で米が不作だった年でも、「徳岡商会の肥料を使ったら、他の田んぼは不作だったのにお米がちゃんとできました」というご連絡を農家の方からいただいたり、口コミで肥料の評判が広まっていったり、そういうのを父の隣で見ているうちに「やっぱり、赤字でもこの会社は続けていかなくてはいけないのでは」と思うようになりました。そこで父と兄と話し合い、私が正式にこの会社を継ぐことにして、本格的に父と一緒に仕事を始めました。2011年に父が亡くなり、それからは私が社長を務めています。
なりたいものを諦めないでほしい
これを読んでいるみなさんに伝えたいのは、自分がこうなりたいと思ったものには必ずなれるよ、ということです。そのためには、こうなりたいと具体的に思うことと、ずっとそれを願い続けることが大切だと思います。すぐには実現しなくても、例えば50歳や60歳で「医者になりたい」と医学部に通いだす人もいますし、何歳だって実現することはできると思います。諦めないで、そういう思いを持っていただきたいです。
もう1つは「社会貢献」ということを、どこかで考えてほしいなと思います。社会貢献というと大げさかもしれませんが、本当にいいものを作ってお客さまに喜んでもらう、そのことで生産者の方も応援できるし、地球環境にも負荷がかからない生産現場を増やすことができる。そういう循環をつくるのも、社会貢献ではないでしょうか。みんながよくなる、みんなが幸せになれる方法というのを、考える人になっていただきたいなと思います。