※このページに書いてある内容は取材日(2023年11月30日)時点のものです
障がいがある方にも、仕事をすることの喜びを知ってほしい
私が働いているのは、東京都渋谷区にある「ローランズ原宿」というお店です。ローランズ原宿はお花屋さんとカフェが併設されたお店ですが、私はカフェの店長として勤務しています。
このお店の特徴の一つは、障がいのある方たちがスタッフとして働いているところです。現在は、それぞれ異なる障がいを持った8人のスタッフが勤務しており、私を含む4人の社員がサポートする形で仕事をしています。
障がいのある方が働く場所というと、工場での単純作業などのイメージを持つ方が多いかもしれませんが、ローランズ原宿は、原宿の北参道というとてもおしゃれな街にあり、子どもの“憧れの職業”の調査でも上位に来ることが多い「お花屋さん」や「ケーキ屋さん」といったイメージのお店です。障がいがある方に、そういったキラキラとした場所で働くことの喜びを感じてほしいというのが、ローランズのコンセプトの一つです。
また、ローランズでは、「障がいのある人が働いているお店」だということを大きく打ち出してはいません。その背景には、障がいの有無に関わらず、スタッフのみながいち社会人として、「お客さまに対してしっかりと価値のあるものを提供する」というプロ意識を持って働いてほしいという思いがあります。障がいのある人が働いているということは、ホームページには記載しているため、知ったうえで来店されるお客さまもいらっしゃいますが、ほかと変わらない、“普通のカフェ”として入ってくるお客さまがほとんどです。
スタッフが快適に働けるように環境を整える
私は店長という立場なので、お店の責任者としてお客さまを迎える準備をしたり、スタッフが快適に働けるように環境を整えることが、まず大きな仕事としてあります。また、カフェの仕事が滞りなく進むよう、スタッフ全員の出勤を希望する曜日や時間帯を把握してシフトを作成したり、ローランズのカフェで働きたい希望者がいた場合は、面接も行います。そのほか、カフェでの売上目標を決めて、その目標を達成するために新しいメニューを考えるなどの、運営や企画も重要な仕事です。さらに、カフェの経営成績やお金の状況を管理する役割もあります。
また、ここで働くスタッフには、障がいのある人が自立した生活を送れるように相談や助言、就労支援などを行う「障害者 福祉施設指導専門員(生活支援員)」がサポートについており、支援員の方に各スタッフの状況を共有するという仕事もあります。何か問題が起きたとき以外にも、定期的に話し合いの機会を設け、各スタッフの仕事の振り返りや次の目標などを話し合っています。
スタッフのサポートも大事な仕事
カフェで働く、さまざまな特性のあるスタッフをサポートすることも、私の大切な業務です。具体的には、スタッフの体調を考慮しながら、臨機応変に仕事を割り振ること、などが挙げられます。ここで働くスタッフは、2時間働いて1時間休憩し、その後にまた2時間働くという勤務形態がほとんどです。しかし、それぞれの特性やハンディキャップによって、シフト通りに働けない日が発生することもあります。
たとえば、朝、仕事に来たけれど、精神的、身体的なことが原因で急に体調が悪くなってしまうケースです。そういった場合には、休憩をうながすこともあれば、座ってできる作業に変更してもらうこともあります。また、仕事中、思いもよらないところで苦手なものや悲しい記憶を呼び覚ますものを目にしたり耳にしたりしてしまい、頭がフリーズしたり、パニック状態になってしまうスタッフもいます。そういったときには、カフェの裏側にある部屋に移動して話を聞き、落ち着いてもらうこともあります。このように、スタッフの体調や気持ちに常に気を配り、必要な調整や対応を行っています。
スタッフへの指示は具体的に
私たちのカフェでは、フルーツや野菜を使ったスムージーを看板メニューに、色とりどりのオープンサンドや、ドライカレーなどのメニューを提供しています。基本的な調理はプロのシェフが行っており、アレンジや盛り付けの部分をスタッフに担当してもらっています。その方法を教えるのも私の仕事の一つです。働くスタッフの中には、曖昧な表現を苦手とする方も多くいるため、どんな特性があるスタッフでも迷わないよう、なるべく具体的に伝えることを心がけています。
たとえばドライカレーであれば、普通のお店では、実際に見せながら「ご飯の量はお茶碗にこれくらいね」と言えば済むかもしれませんが、ローランズでは「これくらい」という曖昧な表現だと理解しづらく悩んでしまうスタッフもいるので、「何グラムのご飯にカレーを何グラムかける」というように、数値化して伝えるように工夫しています。看板メニューのスムージーについても、「どの材料を何グラム入れるのか」を大きな字で記したマニュアルを準備しています。
ほかにも、盛り付け方や調理手順を写真で確認できるようにしたり、冷蔵庫や棚の収納場所についても近くに写真を貼り付けて、「どこに何が入っているのか」を確認しやすいようにしています。また、透明なものが認識しにくい視覚的なハンディキャップがあるスタッフも安全に働けるよう、ガラス製のものがある場所には目立つ色のシールを貼ったりして、「ここに危険物がある」ことがわかるような工夫も取り入れています。
スタッフの導き方に迷いつつも、成長する姿を見ることが大きなやりがい
私が仕事をする中で一番難しいと感じているのは、採用の部分です。応募してくださった方がここでしっかりと働いてくださり、私たちに自立のお手伝いができるかどうかを、採用面接で見極める必要があります。面接では大丈夫だと思い採用しても、実際に働き出してから急に様子や態度が変わってしまうケースもゼロではないため、その見極めをどうするべきか、今でも答えを出せずにいます。
スタッフの特性やハンディキャップをよく理解しないまま、相手にそぐわない対応をしてしまうと、働き続けるのが難しくなってしまう可能性も考えられます。私自身は、障がい者支援に関する専門の学校で学んだわけではないため、わからないことや迷うことがたくさんあります。そのため、面接時に、応募してくださる方の「働くにあたって配慮してほしいこと」をしっかりと確認することはもちろん、ローランズには福祉を専門とした部署もあるので、その部署のサポートも受けながら、スタッフの変化にすぐに気づけるよう常に目配りをして、日々、一人一人と向き合っているところです。
一方、自分で採用したスタッフが少しずつ少しずつ成長している姿を近くで見られることは、一番のやりがいです。その喜びがあるから、この仕事を続けているといっても過言ではありません。
「お客さまに喜んでもらうために」仕事をすることを何よりも大切にしてほしい
私がスタッフのみなさんにいつも伝えているのは、「お客さまの喜ぶ顔を見ることを一番の目的として仕事をしてほしい」ということです。というのも、ここで働くスタッフは自分自身に関する悩みが多くなりがちで、何かを考えるとき、どうしても自分を中心に考えてしまう傾向があります。たとえば、食器を洗うことはお客さまをもてなすために欠かせない仕事の一つなのに、「いつも自分ばかりが洗い物をしている……」と考えてしまうんです。でも、お客さまに喜んでもらうことが一番の目的になっていれば、誰が食器を洗っているかどうかなんて、そこまで大きな問題ではないはずですよね。
どんな仕事をしていても、日々、小さなトラブルやいざこざが発生することはあります。そういったときに、「トラブルが起こるのは障がい者だから仕方がない」「私は障がい者だからできません」と言ってしまったら、成長することはできずに、そこで終わってしまいます。「まずはお客さまのために自分ができることを考えましょう」という意識を持って働くことの大切さを、ここで学んでもらえたらうれしいですね。
ローランズでの仕事をステップに、次のステージで輝いてほしい
目標を設定するにあたって、ローランズをあくまでも“通過点”にしてほしいと私は考えています。
たとえば長期間ひきこもっていた人にとっては、最初から8時間働くことは難しいかもしれません。それでも、まずは少しでもいいので外に出て仕事をして、お客さまに喜んでもらい、賃金をもらえる喜びを知ってほしい。最初は1日に4時間、週に1日か2日しか働けなくても、それを少しずつ延ばしていき、1日に6時間、週に5日間、安定して働けるようになれば、希望するカフェや一般企業でも働けるかもしれません。実際に、ローランズから一般企業に就職した方もいます。もちろん、ここで社員になりたいという希望があれば、その方法を模索することもできます。そのため、「ずっとここにいていいよ」と言わないことも、私にできる支援の一つだと思っています。
障がいがある方には、私にはわかり得ない苦労や大変なことがたくさんあると思います。ですが、障がいがない人にとっても、毎日働くことは簡単なことではありません。一般企業に勤めて、遅刻や失敗が続けば、まったく評価されないですよね。その点、ローランズではたくさん失敗しても大丈夫なので、次に失敗しないように、ここで学んでほしい。“普通に働くこと”の大変さと、達成感や楽しさも味わってもらったうえで、社会に送り出すことが私の一番の目標です。
チームで何か一つのものを目指し、達成することが子どものころから好きだった
現在は障がいのあるスタッフをサポートしつつカフェの店長をしている私ですが、最初からこの道を目指していたわけではありませんでした。
私は子ども時代、学校から帰ってきたらランドセルを放り投げて、近所の男の子たちとソフトボールや野球をするような活発な子どもでした。転機が訪れたのは中学生になったときでした。映画館で見た『卒業』というアメリカの映画にとても感動し、そこから映画に夢中になりました。その結果、高校を卒業した後は映画の専門学校に進みました。そこで、一つの映画を作り上げるまでに、たくさんの工程があって、たくさんの人が関わっていることを改めて知り、私もその一端を担いたいと思ったのです。そうして、卒業後は映画の制作現場で働きましたが、結婚を機にその道からは離れることになりました。しばらく夫の仕事を手伝っていましたが、縁あってローランズの代表から誘われ、経理として働くことになったのです。そして4年前、前任の店長が離職したタイミングで、カフェの店長を引き継ぐことになりました。
振り返ってみると、野球も映画もチームプレーです。みんなで何か一つのものを目指し、成し遂げる達成感や充実感がずっと好きだったんだと思います。今の仕事も、お客さまのためにチームで働き、日々達成感を味わえる職場なので、大きなやりがいを感じられるのかもしれません。
失敗は成功のもと!ありのままの自分を受け入れていこう
私がこれまで経験してきて思うことは、いろいろなことにチャレンジして、どんどん失敗したほうがいいということです。読者のみなさんも、うまくできない自分にがっかりすることがあるかもしれません。ですが、たくさん失敗をした人のほうが、人の痛みもわかり、物事の良し悪しの判断もできるようになるはずです。カフェのスタッフにも失敗を強く恐れてしまう人がいるのですが、その気持ちを少しでも和らげられるよう、私自身がわざと失敗してみせることもあります。「失敗は成功のもと」という言葉があるように、失敗は自分の「財産」になると思って、恐れないで挑戦してほしいです。
そして、ありのままの自分を受け入れてほしいと思っています。私たちはどうしても、他人と自分を比べてしまいます。でも、人と比べてしまうと、自分に足りないものばかりを探してしまうんですよね。そうではなく、今の自分を受け入れて、自分の強みを探してほしいです。そして、自分の強みを生かせる道を探すことが、豊かな人生につながっていくはずです。