※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月24日)時点のものです
イラストレーターとして絵を描き,絵本作家として物語も作る
私の仕事は「絵を描くこと」です。イラストレーターや絵本作家として活動しています。イラストレーターとしては,さまざまな商品のパッケージや,広告のためのポスターなどのイラスト,雑誌の挿絵などを描いています。絵本の絵だけを描くこともあります。仕事は,メーカーや出版社,広告代理店などから,「新しい商品が出るのでパッケージのイラストを描いてほしい」「来月号の雑誌に挿絵を描いてもらいたい」というふうに依頼がやってきてスタートします。パッケージや広告のイラストの場合は「商品を知ってもらうためのイラストを描くこと」,挿絵の場合は「記事の内容を伝えるためのイラストを描くこと」が目的になります。ですから,こうした場合は,商品や記事のイメージを大切にしてイラストを描かなければいけません。お客さまからイラストの内容について細かく指定されることも多く,ご要望をしっかり聞きながら,商品や記事のイメージを広げていくようにイラストを制作していきます。
絵本作家としての仕事は,自分で新しい世界を作り上げていくような仕事です。ゼロからお話を考え,お話に合った絵を描き,出版社の編集者さんから意見を聞いて,何度も何度もていねいに修正を重ねていきます。自分の描きたいものや描きたい世界を大切にしながら自由に想像力を膨らませ,じっくり物語を作り込んでいくのです。一冊の絵本が完成するまで,だいたい1,2年,長い場合は3,4年程度かかります。イラストレーターの仕事が瞬発力の仕事なら,絵本作家は継続力の仕事というイメージでしょうか。編集者さんと並走しながら取り組む,持久走のような仕事だと感じています。私が絵と物語の両方を手がけた絵本はまだ1冊だけですが,これから絵本作家としての仕事も広げていきたいと考えています。
絵本作家の仕事は,出版社からの依頼でスタート
私が初めて絵本作家として絵と物語の両方を手がけたのが,2020年5月に出版された『ひみつがあります』という絵本です。「かわいい秘密」を持った森の動物たちのお話で,もともとは『MOE(モエ)』という絵本の雑誌の連載としてスタートしました。
雑誌の連載は,出版社の編集者さんに声をかけていただいたことがきっかけで始まりました。イラストの仕事でお世話になっていた編集者さんが,「次は絵を描くだけじゃなくて,お話も書いてみたら?」と熱心に誘ってくださったのです。まずは編集者さんから,「秘密を持った動物がたくさん出てくるお話なんてどうでしょう?」とおおまかなアイデアをいただいて,それをヒントにしてイメージを広げていきました。「家でこっそり香水作りに精を出しているキツネなんてどうかな?」「なんにでもポケットを縫い付けてしまうカンガルーの親子がいたら,かわいいかもしれない」……。そんなふうに考えていって,まずはざっくりと,10匹の動物のお話を作りました。
編集者さんと何度もやりとりしながら物語の内容を固めていき,でき上がったら,次はラフ案の作成に入ります。物語に合わせて鉛筆でささっとおおまかな絵を描いていき,下絵のようなものを作るのです。このとき,文字と絵の配置や,バランスなども考えます。
ラフ案ができたら,次はいよいよ絵の制作です。本番用の紙と鉛筆を使って,ていねいに,集中して下絵を描いていきます。そのあと,私の場合は水彩絵の具と色鉛筆,水性のクレヨンを使って描いていきます。でき上がったらパソコンに取り込んで,最後にパソコン上で修正して完成です。
こうして完成した絵と文章は,編集者さんにデータで納品します。あとは,編集者さんとデザイナーさんの作業です。私の考えや思いに沿って,絵と文字をパソコン上のソフトでデザインしてもらいます。それが印刷されることで,絵本の形になっていくのです。
絵本作りに欠かせない,編集者のアドバイス
絵本の制作になくてはならないのが,編集者の存在です。編集者は,本や雑誌を完成に導くコーチのような役割を担い,本の企画を立てたり,スケジュールを管理したり,デザイナーや印刷会社を手配したりと,幅広い業務を行います。他に,作品に対するアドバイスを行うことも編集者の大切な仕事です。「本作りのプロフェッショナル」の視点で,「こうしたらもっとよくなるのでは?」とか,「この内容では読者に受け入れられないと思う」といった意見を伝えてくれるのです。
私も,『ひみつがあります』のときには,担当の編集者さんに,あらゆる面で助けてもらいました。「お話を書いたことがなく自信がない」と伝えたら,「私たちがサポートするから大丈夫!」と励ましてくださったり,私が書いた文章を,より素敵になるように調整してくださったり。お話のあらすじ作りやラフ案作りのときは,特にこまめに制作物を見てもらい,常に相談しながら作品制作を進めていきました。
『ひみつがあります』はひと月おきに掲載される隔月の雑誌連載でしたから,一般的な絵本よりもスピード感を持って制作していかなければなりませんでした。そんな状況のなかで納得のいくものが描き切れたのは,知識と経験が豊富な担当の編集者さんのサポートがあったからこそです。絵本作りは,決してひとりではできない仕事だと思っています。
キャラクターの性格や暮らしを想像し,ていねいに絵を描き上げる
私が絵を描くときに大事にしているのが,「キャラクターの持ち味をしっかり表現すること」です。「この子はきっと几帳面だからお鍋なんかもちゃんと並べるんだろうな」とか,「この子はあまり細かいことを気にしない子だから,少し汚れた洋服を着ていそう」とか。絵本の場合も,広告イラストの場合も,キャラクターの背景にある性格や行動をイメージして,キャラクターを際立たせるモチーフを大切にしながら描き込むようにしています。よく人から「細部の描き込みが信じられないぐらい細かい」と言われるのですが,「描き込まなきゃ」と思って描いたことはほとんどありません。「描きたい!」というか「描かずにはいられない!」という気持ちです。とにかく想像することや描くことが楽しいんですよね。
もうひとつ心がけているのが,「自分が100%よいと思った状態で納品すること」。少しでも不安なところや心配なことがあったら事前に必ずお客さまや編集者さんに伝えて,解決してから仕上げるようにしています。「なんだかちょっとイマイチだな」とか「これはダメかもしれないな」という状態では,絶対に出しません。
描くときは,紙と自分だけの世界のなかで,ぎゅーっと集中して描いています。集中しすぎて呼吸が浅くなってしまうこともあるぐらいです。だからこそ,「納得のいくものができ上がった!」と思ったときは,心からホッとします。この解放感が,本当に心地いいんですよね。絵を描く仕事の醍醐味だと思っています。
よい仕事をするためには,しっかり休むことが欠かせない
集中して絵を描いていると,ときどき,行き詰まってしまうことがあります。思うように描けなくなってしまったり,描くことが面白いと思えなくなってしまったり……。そういうときは,思い切って,しっかりと休むことが大事です。私はいつも,好きなものを食べたり,川や海に出かけたりして,「あ,完全に仕事のこと忘れてた!」というぐらいまで,めいっぱい遊ぶようにしています。そうすると,自然と絵が描きたくなってくる。心の底から「あぁ,描きたいな」という思いがわき上がってきて,なんだかうずうずしてくるのです。
お気に入りの画材を使うことも大切にしています。私は,水彩専用の紙を使っているのですが,これに出会うまでは,ずっとどこかにストレスを感じながら絵を描いていました。ところが,いろいろな紙を試し,自分に合う水彩紙に出会ってからは,なんの違和感もなく心地よく絵が描けるようになったんです。絵を描くうえで,道具についてはちょっと贅沢してでも,いろいろ試してみて,自分に合ったものを使うことが大事です。
クリエイターにとって,使う道具や暮らす環境などを自分好みに整えて,ストレスの少ない状況をつくるというのはとても大切なことです。よい絵を描き続けるために,今後も「しっかり休む」「気持ちよく描ける道具を揃える」といったことは意識していきたいと思っています。
時間があれば描いている,「描かずにはいられない」子どもだった
私が「絵描きさんになりたい」と思ったのは,幼稚園のときのことでした。小さいころから,とにかく絵を描くことが大好きで,親に「今日はどうしても絵が描きたいから」とお願いして幼稚園をお休みさせてもらって,一日中,絵を描いていたこともありました。家族旅行から帰ってきたときも,疲れたからと横になるのではなく,「疲れた」と言いながら,まず紙と鉛筆を持ってきて,見たものや食べたものの絵を描くような子どもだったんです。
私が小学生のころ,そんな様子を見ていた親に,「絵を描きたいなら芸大(東京藝術大学)に行くといいよ」と言われ,そこから漠然と「いつか私は東京芸大に行くんだろうな」と意識するようになりました。小学校,中学校と絵を描き続ける毎日を過ごし,高校は,美術部が活発なことで有名だった公立高校に進学しました。高校2年生のころから芸術・美術系の大学受験を専門とする予備校に通い始め,2年浪人して,東京藝術大学に入学しました。動物が好きだったこともあり,「獣医さんになりたい」と思っていた時期もありましたが,結局,絵描きとして,大好きな動物の絵をはじめ,さまざまな絵を描いて生活していく道を歩んでいます。
今振り返ると,「絵が好き」というより,「描かずにはいられない」子どもだったように思います。時間があれば絵を描いていて,描くことが勉強にもリラックスにもなっていました。「絵を描く」ということは,小さいころから,私の人生の一部だったのだと思います。
⼤好きなブックデザイナーさんにポートフォリオを送ってイラストレーターに
⼤学を卒業したあとは,どうやったら絵を描く仕事に就けるのかがわからず,ひとまずデザイン事務所でグラフィックデザイナーとしてアルバイトを始めました。⽂字や写真,イラストなどの材料を組み合わせて,商品パッケージや,広告ポスターなどの形にまとめ上げていく仕事です。デザインをしながら,商品パッケージやポスターに使う花などのちょっとしたイラストは⾃分で描かせてもらっていて,絵を描く機会が少しずつ増えていきました。
その後,思う存分,時間を使って,より納得のいくイラストを描きたいと思い,⼤好きなブックデザイナーである名久井直⼦さんにポートフォリオ(作品集)を送りました。そして,これをきっかけに,書籍の装画のお仕事を頂きました。すごくうれしかったです。そのときにアルバイトを辞めて,イラストレーターとしてやっていくことに決めたんです。その後,ギャラリーでイラストを発表する展覧会をしたりもしたことで知ってくれる⼈も増え,仕事の依頼が徐々に増えていきました。
私は,最初から絵を描く仕事に就いて,華々しくデビューできたわけではありません。しかし,焦らず,諦めず,コツコツと「絵を描く仕事をする⽅法」を探し続けました。仕事を求めて常に⾏動し続けたことが,現在につながったのだと思っています。
「好き」という気持ちを大切にしてほしい
私が学生だったころは,今以上に「絵で食べていくなんて無理だ」という空気がありました。先生や周囲の大人たちに「好きなことを仕事にするのは大変なことだよ」「苦労するよ」と言われたことも少なくありません。しかし,行動し続け,実際に絵を描いて食べていけるようになった今なら,「挑戦する価値はある」「なんとかなる」と言い切れます。
みなさんがまわりの大人に「できっこない」と言われても,簡単に受け入れないでほしいと思います。夢を否定する大人たちは,大体はみなさんの人生に対してなんの責任も持たない人たちだから。自分だけが,自分の人生を作っていけるのです。だから,人がなんと言おうと関係なく,自分の信じることをやってほしいなと思います。
それからもうひとつ知っておいてほしいことは,人生にはよいときと悪いときがあるということです。嫌な時期,つらい時期も必ずあるものだけれど,それがずっと続くということはありません。いつか過去のものになるし,「あれがあったから今がある」と思えるときが来ます。あまり無理せず,頑張りすぎず,嫌なことはなるべくやらずに,好きなことをやってみてください。休むことも大事なことです。そうするうちに,いつの間にか時間は過ぎていくものです。
「好き」という気持ちだけ見失わなければ,道はいつかひらけます。がむしゃらに頑張るとか無理をするとかではなく,「好き」を諦めず,気楽に日々を積み重ねていきましょう。それがいつか,仕事や未来につながるはずです。