長い期間にわたって出荷できるように,えだまめを育てる
私は岐阜県岐阜市に一町五反(約1万5千平方メートル)の畑を持ち,ビニールハウスなどを使わず露天の畑で行う“露地栽培”で,えだまめを栽培しています。えだまめは,2月下旬に最初の種をまき始め,8月下旬まで,時期に合わせた品種の種を順番にまいていきます。まだ寒いころに種をまいたら,土を温めるために種をまいた上からビニールシートを被せ,春に気温が上がってくると,ビニールを外します。土の温度管理は,えだまめ栽培でとても重要なポイントです。
種をまいた後は,えだまめの成長に合わせて肥料をやったり,枯れた葉や雑草を取り除いたりします。6月ごろになると,虫がたくさん出るようになるため,虫が入ってこないように網目の細かな防虫ネットを苗全体にかけます。気温が低いときだと種をまいてから3か月くらい,暖かくなると70日くらいで実がふくらんできます。早いものだと5月下旬から,一番遅いもので11月上旬までの約半年間,収穫することができます。他の産地では,えだまめが最も育てやすい5~6月に栽培し,7~8月で出荷が終わりますが,このように長い間にわたって収穫や出荷ができるようにするのは,岐阜ならではの栽培法です。
品質のいい「岐阜えだまめ」を作る
岐阜県は西日本では最大のえだまめ産地として,全国に多くのえだまめを出荷しています。特に,岐阜市内を流れる長良川の流域には,川によって流れて積み重なった,水はけのいい土が多く,えだまめの栽培に適しています。ここで育てられるえだまめは,「岐阜えだまめ」と呼ばれ,実がふっくらと大粒で甘みがあるのが特徴です。
えだまめは鮮度が命なので,収穫は気温の低い早朝から始めます。収穫後は,機械で枝からさやをもぎ取り,大きさ別に分けた後,水洗いして冷蔵庫で一晩寝かせます。これを「予冷」と言い,一気に温度を下げることで,変色や傷みを防ぎ,新鮮さを保つことができます。その後,さらに傷や穴のあるえだまめや異物をていねいに取り除いて,出荷場へと運びます。出荷場でも選別やチェックが行われ,厳しい検査をくぐり抜けたえだまめだけが,岐阜えだまめとして出荷されていきます。
えだまめの栽培が終わる11月から,次の種まきが始まる2月までの間には,えだまめを作り終えた畑を整えて,約4千平方メートルの畑でほうれん草を育てています。
自然を相手にする難しさと,自分で工夫できるおもしろさ
年によって気象条件も違うため,作物は,毎年同じようにはできません。夏になると,えだまめ栽培は虫との戦いになります。また,雨が降ってえだまめのさやに泥がつくと,泥と一緒に雑菌がついて,さやのつやが悪くなったり穴が開いたりします。そのほかにも,えだまめが病気にかかったり,台風で枝が倒れてしまったり,自然の中で起こるさまざまな問題に,対処していかなければいけません。何年やっていても,毎日の天気を見ながら自分でその日の作業を決めていくことには,難しさを感じています。
しかしその反面,すべてを自分のペース,自分の考えで進められるところが,農業の魅力です。私は「大変だからこそおもしろい」と,いつも思っています。また,大変な分,自分の負担を減らす新しい働き方を考えて,取り入れています。たとえば,えだまめは収穫した後,虫食いや傷がないかを見ながら,品質のいいものを選別していくのですが,収穫後に私と妻の2人でこの選別作業を行うのは,とても大変です。そこで私は2年目から,その作業を,障がいをもつ人たちが働く施設にお願いすることにしました。今は選別作業のほとんどをお願いし,えだまめの採れない時期には,ほうれん草の袋詰めをやってもらっています。そのほかにも,種をまく機械をレンタルし,より早く効率的に作業ができるように工夫もしています。
岐阜のえだまめを世界中の人に知ってほしい
岐阜のえだまめ農家は,6月ごろに多くなる害虫の被害を防ぐため,防虫ネットをかけてえだまめを守ります。すべての畑に防虫ネットをかけるのは,とても手間のかかる作業ですが,防虫ネットを使うことで,虫を駆除する農薬の使用回数を減らすことができ,より安心して食べてもらえる,安全なえだまめを育てることができます。防虫ネットを使わない場合は3~4回の農薬を散布しますが,うちは防虫ネットのおかげで,1回の散布で済んでいます。岐阜のえだまめ農家は,ほとんどが農薬をできる限り減らして作物を育てる「ぎふクリーン農業」に取り組んでいます。収穫したえだまめも,厳しく選定された良質なものだけが店頭に並びます。
農家にとって一番の喜びは,たくさんの人に買ってもらい,「おいしい」と思ってもらうことです。私は,こんなに手間をかけて育てられる岐阜のえだまめを,日本中,そして世界中の人に食べてもらいたいと思っています。えだまめは英語でも“edamame”と言われるくらい,海外でもポピュラーな野菜です。海外のレストランで自分が作ったえだまめが出されたら,とてもおもしろいと思います。たくさんの人に食べてもらうためには,まずは岐阜のえだまめを知ってもらうことが大切ですから,私はSNSなどを活用して,岐阜のえだまめ農家のことや栽培方法を発信しています。投稿すると,一般の方はもちろん,他の産地のえだまめ農家さんや海外の人たちからも反響があり,とてもうれしいです。
多くの人が魅力を感じられる農業を目指して
私は農業を始めてから,これから農業にとって一番大切なのは,作物を作る生産者も,販売する人も,それを買う消費者も,すべての人が喜べる産業にすることではないかと感じています。農家の人たちは,大変な手間と時間をかけて,安全な作物を作れるように日々,努力しています。農業の担い手が不足していると言われますが,毎日苦労して育てた価値が認められて,労働に見合った価格で作物が売れないと,新たに農業をしたいと思う人も増えていきません。作る人も納得できる価格で販売し,買う人もその価値を感じて安心して買ってもらえることが大切です。そのためにも,生産者もどうやって作物を作っているのか,多くの人に伝えていく必要があると思っています。
また,新しく農業をしたいと思っている人に対しても,農業の楽しさを伝え,相談にのるようにしています。岐阜で農業を始めたい人が集まる勉強会で自分の経験を話したり,えだまめ農家を目指す人を受け入れる研修先となって,えだまめ栽培を教えたりしています。最近では,私の話を聞いて農業に挑戦し始めた若い人や,自分で農業をしたいという主婦の方も出てきました。これからも農業を担う人が1人でも増えるように,サポートしていきたいです。
東日本大震災で,農業の必要性を実感
私は東京で生まれ育ち,大学を卒業後,テレビやインターネットで流れるCMを制作する仕事をしていました。その中で農家の方を題材にしたCMを制作する機会があり,農家を回って取材や撮影をしているときに,農業に少し興味を持つようになりました。そんなとき,2011年に東日本大震災が起こり,東京でも大きな揺れを感じました。それから数日間,スーパーやコンビニに行っても,食べるものがどんどんなくなっていく様子を見て,「これからは,食べるものを作る仕事が必要なのでは」と考えるようになりました。そこで,以前から興味を持っていた農業を始めることにしたんです。
私には,岐阜県大垣市に住んでいる祖父母がいて,子どものころから,遊びに行くと「自然が豊かで,水がとてもきれい」だと感じていた記憶がありました。また,岐阜県は本州の真ん中に位置し,季節を問わず農業ができると思い,2012年4月に岐阜県岐阜市へ移住しました。それから農業を教えてくれる農家を探し,最初の1年間はトマト農家で働きながら,農業を学びました。しかし,ビニールハウスで育てるトマトは,設備を整えるのにたくさんの資金が必要なので,私は,より少ない資金で始められる露地栽培を学ぼうと考えました。岐阜県では新たに農業を始める人を支援してくれる制度があることを知り,岐阜農林事務所やJAぎふへ相談に行ったところ,えだまめとほうれん草を育てる農家を研修先として紹介してくれました。私はその農家で1年間,露地栽培の知識や技術を学び,41歳のときに自分の畑を持って,えだまめ農家を始めました。
子どものころから岐阜の自然と食に惹かれていた
私は幼いころ,毎年,岐阜にある祖父母の家へ遊びに行くのが楽しみでした。東京生まれ東京育ちの私には,山や川などの豊かな自然に囲まれた岐阜の風景が,とても美しく感じられました。特に祖父母が住んでいた大垣市は,昔から「水都」と呼ばれるほど水がきれいな場所だったので,子どもながらにそのイメージが強く心に残っていて,農業を始めたいと思ったときも,農業に欠かせない水が豊富な土地として,真っ先に岐阜が思い浮かびました。岐阜へ遊びに行ったときの思い出で,今も覚えているのは,祖母が作ってくれた,切り干し大根が入った赤だしのみそ汁です。白みそが一般的な東京では食べたことのない味でしたが,私にはとてもおいしく感じられました。今思うと,このころから岐阜の食に興味があり,舌にも合っていたのかもしれません。
豊かな自然がある岐阜が好きだった私ですが,一方で子どものころから虫が苦手でした。大人になってCMをつくる仕事をしていたときも,取材で農家に行った際,何がいるか分からない田んぼの中に足を入れることができないほどでした。今は毎日,畑で土に触れているため,少しは平気になりましたが,足の多いムカデなどはまだまだ苦手です。私のように虫嫌いでも農業はできるので,虫が苦手な人も諦めず農業にチャレンジしてほしいです。
考えすぎず,困難を受け流せる強さが大切
私は新しいことを始めるとき,あまり先のことを考えすぎず,「なんとかなる」という気持ちで挑戦するようにしています。壁にぶつかっても落ちこんでも,すぐに「仕方がない」と立ち直って,次へ進みます。実はこの打たれ強さが,農業には特に必要だと思っています。農業は自然が相手の仕事なので,ときには大雨や台風などの自然災害で,畑が大打撃を受けることがあります。私も農業を始めて1~2年の間は,自然から受ける被害にどう対処したらいいか分からず,育てた作物のほとんどを廃棄しなければいけないこともありました。農業をしていると,人ができることは本当に限られていて,自然には敵わないということを痛感します。そんなとき,私はいつまでもくよくよせず,「仕方ない」と水に流して次にできることを考えることも,大切だと思っています。こうした経験を生かして,私は新しく農業を始める人にも,すべてを段取りよく進めなければいけないと思いすぎず,いい意味で“いい加減”であることが大事だと話しています。
農業だけでなく日々の暮らしの中でも,考えても答えが出ないことはたくさんあります。そうしたとき,考えこんでも答えが出ることは少ないように思います。壁にぶつかったら,その問題にこだわりすぎず,少し気持ちを楽にして「だったら他のことをがんばろう」と別の道を見つけるのも,ひとつの方法です。嫌なことや大変なことも考え方次第なので,やりたいと思ったことには恐れず挑戦し,困難に出会ったときにも次の一歩を踏み出せる強さを持ってほしいと思います。