※このページに書いてある内容は取材日(2020年11月19日)時点のものです
その土地に合った建物を建てて,お客さまに販売する
私は,建設業と不動産業を営む山田建設という会社で社長をしています。本社は東京都大田区にあります。山田建設は1963年に私の祖父が設立し,父,私と3代にわたって経営を続けてきました。私は大学を卒業した1993年に入社し,設計の仕事を経て,2014年から社長を務めています。主に首都圏の建物を扱っていて,これまでに,600棟以上のマンションと2万2千戸以上の家を販売しました。そのうち90パーセント以上は自社で建設したものです。
山田建設は,土地の仕入れから企画,設計,施工,販売,管理まで,建物に関わる全ての段階に携わっています。土地を仕入れた後,最初に取りかかる「企画・設計」には,マーケティングと呼ばれる「お客さまの需要を調査・分析し,売れるものを考える作業」が必要不可欠です。どんな住人が好む町で,どのような大きさやデザインの部屋が求められるのか,などを調査・分析します。また,建物を建てるには,守らなくてはいけない法律もたくさんあり,道幅や高さに制限があります。マーケティングの結果と法律を考慮しながら計画を練り,建物の設計図を描くのです。そして,その設計図を見ながら建物を建てることを「施工」といいます。
建物が完成したら「販売」します。山田建設では,主に分譲マンションを販売しています。モデルルームで部屋を公開し,見学会にいらっしゃったお客さまに販売します。部屋の設備はお客さまのお好みに合わせて変更することもできるので,そういった相談にも乗っています。建物を売った後は,お客さまに快適に過ごしていただくために建物の「管理」を行います。マンションの場合には,購入された建物の中を掃除したり,エレベーターを安全に使えるようにメンテナンスしたりするのです。協力会社にも手伝ってもらいながら,管理業務も自社グループで行っています。
よりよい建物を提供するため,全ての段階に携わる
土地の仕入れから管理までの全ての段階に携わっているのは,建設業者でも珍しいほうです。一般的には,デベロッパーと呼ばれる開発会社が土地を仕入れ,設計事務所が企画・設計して,建設会社が施工を行い,不動産会社が販売します。なぜ山田建設はこれら全てを担当するのかというと,お客さまによりよい建物を提供したいからです。
たとえばお客さまからクレームが入ったとき,各工程を担当した会社が別々だと,対応するのはお客さまとの窓口になる会社だけになります。窓口以外の会社はクレームを受けることも,その詳細を知ることもありません。そのため,「クレームにつながりそうな企画・設計・施工は避けよう」という意識が低くなってしまうのです。しかし山田建設には企画から販売まで,全ての担当者が社内に揃っています。もしクレームがあれば,全ての関係者にその内容が伝えられます。そうすると,「クレームの原因は何か,どんなことにお客さまが不満を感じているか」に気付けるため,企画・設計の段階から,建てるときやお客さまが使うときのことまで考えるようになるのです。その結果,よりよい建物をつくることができるのです。
ただ,全員が全員,いつも完璧なわけではありません。細心の注意を払って作業していても,ときには不具合が発生するときもあります。そこで山田建設が大切にしているのが,不具合はすぐに共有し,お金がかかっても,必ず直すということです。社員には「人は誰でもミスをするものだから,ミスをすること自体は責めない。それよりも,ミスを報告せずに隠しておくことのほうが問題だ」と伝えています。これは施工に携わる協力会社の方々に対しても同じです。祖父の代から一緒に仕事をしている協力会社ばかりなので,信頼関係が築けており,ミスは隠さず,見つけたらすぐに直すという意識を共有できています。そういったミスへの考え方も,よりよい建物づくりにつながっているのです。
何よりも大切なのは,お客さまのためを思って建物を提案すること
山田建設が大切にしているのは,お客さまがより快適に過ごせる建物をご提案することです。私たちは建物に関して,さまざまな相談を受けます。そのときに,何がお客さまにとって一番いいやり方なのかを必ず考えるのです。たとえば,建物を建てようとしている発注主から「この図面でつくるには,いくらかかるかを教えてほしい」と言われたとき,一般的には,工事部と相談して,算出した工事費をお伝えするだけで終わります。
しかし山田建設では,もし「いただいた図面よりもいい建物がつくれる」と感じたら,別の図面も一緒にご提案するのです。ときには,私が自分で図面を描き,提案して,「そっちのほうがいいね」と言っていただけることもあります。お客さまのためを思ってのことなのですが,そんなふうに言っていただけると,とてもうれしいですね。
オールマイティな社員が活躍
山田建設の社員は,なんでもできるところが特徴です。営業・企画・設計と業務は分かれているのですが,全員が,メインの担当業務以外の仕事もこなします。たとえば営業の社員は,メイン業務である土地の購入だけではなく,企画・設計までできるようにしています。そうすることで,たとえば不動産業者から土地を買うときに,「このような法律上の理由で設計が難しいので,土地を買うことはできません」などと説明することができるのです。
また,なんでもできる社員が多ければ,お互いに助け合うことができます。企画・設計担当の社員が忙しかったり,どうすればいいのか悩んでいたりして,設計図がなかなか完成しないときがあります。営業や施工を担当する社員には余裕があるのに,設計図だけが仕上がらないために,作業全体が止まってしまうのです。そういうとき,営業の社員が企画・設計にも対応できれば,助けに入って作業を次に進めることができます。
さらに,どうしても作業が進まないときには,私が企画や設計の助けに入ることもあります。山本五十六が残した「やってみせ,言って聞かせて,させてみせ,ほめてやらねば,人は動かじ」という言葉を胸に,社員を引っ張る立場の私が,積極的にやってみせようと,普段から心がけています。
迷ったときには歴史に聞く
仕事をしている中で,社長として何かを決断しなくてはならない場面はたくさんあります。そんなときに参考にしているのが,歴史上の偉人たちの行動です。
私が特に好きな戦国武将は真田幸隆です。彼の「一つのことにはこだわらず,常に最適な手段を取る姿勢」は,仕事において,とても大切なことだと思っています。彼は武田信虎が攻めてきたとき,それまで大事にしていた城を捨てて逃げることを選択しました。武士として最後まで戦うことが一番大切とされていた時代に,生きていればどうにかなる,逃げてまた会おうと決断して,仲間と別れたのです。私は短期的な損得にこだわらないその姿勢を見習って,経営的な戦略を組んでいます。たとえば,たくさんのお金を費やしてきたのにも関わらず,なかなか芽が出ない事業があるとき,「これまで膨大なお金をかけてきたのだから,今さら引けない」と考えてしまうものですが,私はすぐに手を引きます。そうすることで,結果的に,それ以上に損をする事態を避けることができるのです。
また,武田信玄の考え方もいつも心に留めています。「人は城,人は石垣,人は堀,情けは味方,仇は敵なり」。これは,武田信玄の有名な考え方で,「適材適所を心がければ,人は城にも石垣にも堀にもなる。人をいたわる気持ちをもって付き合えば味方になるが,恨まれるようなことをすれば敵にもなってしまう」という意味です。会社経営をする上で,こういった言葉は本当にためになります。
信頼し合える仲間と一緒に
仕事で「苦労」と感じていることは特にありません。私には,たくさんの社員と協力会社の仲間が付いているからです。経営や施工に関して悩むこともありますが,そんなときには,経験豊富な社員が助けてくれます。相談して,一緒に解決策を考えてもらいます。社長という立場でも,対等に話し合える関係です。
この関係性を作るには,普段から信頼関係を築くことが重要です。そのために気を付けているのが,きちんと意見を聞いて,どんな内容でも否定しないということです。以前,ある営業担当の社員が新規の建設計画を持ってきたのですが,さまざまな条件を照らし合わせると,計画では低い利益しか出ない物件でした。普段は少なくとも10%は利益の出る販売計画を立ててもらっているため,収益性の少なさに一瞬,戸惑いました。しかし,きちんと意見を聞いてみると,その社員の情熱や,物件に対する思いが十分に伝わってきたため,建設を許可することに決めたのです。
すると,その社員の情熱が,設計や販売の担当者のやる気にもつながり,どんどんよいアイデアが生まれ,想像以上に素晴らしい建物ができあがりました。その結果,当初の想定を大きく超える,20%近い利益が出たのです。「自分が出した意見もきちんと聞いてもらえるんだ」と感じることは,社員のモチベーションアップにもつながります。だからこそ,否定せずに意見をきちんと聞くことを大切にしているのです。
仕事をしていてうれしいことならば,数え切れないほどあります。信頼し合える仲間とともに完成させた建物や,入居されるお客さまの笑顔を見ると,達成感でいっぱいになります。また,分譲マンションや戸建ては長年の住みかとなります。数年ぶりに訪問したら,入居当時は小さかったお子さんの成長した姿を見られた,なんていうこともありました。そんなときには,大きなやりがいを感じます。
ものづくりが好きな子どもだった
幼稚園のときの遊び場は,自宅の下にあった会社でした。そこで父親が働く姿を見ていたので,このころには既に「将来は自分もこの会社に入るのかな」となんとなく思っていました。
小学校のときに夢中になったのは模型作りです。自分なりに図面を描き,細長い木の棒に釘を打ったり紐を付けたりして,エレベーターなどの模型を作っていました。これが建築士へのスタートラインだったのかもしれません。模型作りのほかには,昆虫も大好きでした。祖母の家の近くにあった林で,よく虫を捕まえて遊んでいました。当時,特にはまっていたのが,蜂です。小さな蜂の巣と女王蜂を捕まえて,自宅の庭の木に巣を取り付けたらとても大きくなってしまい,両親に怒られたことをよく覚えています。
本格的に建築士を目指すようになったのは,高校2年生のときです。それまでは毎日遊んでばかりでしたが,真剣に進路を考え始めたとき,自分はものづくりが好きだということや,幼いころから父親が働く姿を見ていた影響で,少なからず建築に興味があることに気が付きました。それを機に,卒業後は建築学科に行きたいという思いを強くしたのです。建築を学びたい一心で必死に勉強し,無事,建築学科に入学することができました。
なんてことのない会話が価値を生み出す
何をするにも遅すぎるということはありませんが,若いみなさんにしかできないこともあります。一生懸命勉強して,遊ぶときには全力で遊んで,今を大切にしてください。そして何より,たくさん人と話してください。仕事も恋愛も,人とのコミュニケーションがなくては始まりません。また,何か新しい価値は,話が脱線して盛り上がったときに生まれやすいものです。だからこそ,人とたくさん話をしてほしいなと思います。もちろん難しい話でなくて大丈夫です。芸能人やバラエティ番組の話など,自分が好きなものについてじっくり話せる友達を作ってください。私もいまだに学生時代の友達と連絡を取ることがあります。趣味の話をしたり,ときには仕事の話をしたりします。そして,いざというときに頼れる会社の仲間がいます。何よりも人のつながりが大事だということを覚えておいてもらえるとうれしいです。