仕事人

私(わたし)は海上保安(ほあん)官として働き始めて２年目になります。海上保安(ほあん)官の役割(やくわり)は，陸上でいえば警察(けいさつ)と消防(しょうぼう)です。海上を巡回(じゅんかい)し，船同士の衝突(しょうとつ)事故(じこ)などがあった場合はただちに現場(げんば)に駆(か)けつけます。
私(わたし)は横須賀(よこすか)海上保安(ほあん)部というところに所属(しょぞく)しており，横須賀(よこすか)海上保安(ほあん)部は，海上保安(ほあん)庁(ちょう)第三管区海上保安(ほあん)本部に属(ぞく)しています。この第三管区海上保安(ほあん)本部は，茨城(いばらき)県から静岡(しずおか)県までの関東圏(かんとうけん)を担当(たんとう)する，もっとも人口規模(きぼ)の大きい区域(くいき)です。湘南(しょうなん)をはじめとした地域(ちいき)では，夏にはマリンレジャーの事故(じこ)が特に多くなります。水上バイクやシュノーケリングなどの事故(じこ)で，けが人が出たときに救助するのも私(わたし)たちの役目です。
また，密漁(みつりょう)などの海の犯罪(はんざい)の取(と)り締(し)まりも行っています。神奈川(かながわ)県三浦(みうら)半島は，岩場が多くサザエやアワビなどが豊富(ほうふ)に採(と)れますが，漁をする権利(けんり)はその地域(ちいき)の漁師(りょうし)の人に限(かぎ)られ，無断(むだん)で採(と)るのは法律(ほうりつ)違反(いはん)です。密漁(みつりょう)は，漁業で生計を立てている方々(かたがた)にとって大きな痛手(いたで)となります。私(わたし)たちは周辺の漁業協同組合とも連携(れんけい)を取りながら，定期的に海沿(うみぞ)いを見回り，密漁(みつりょう)を取(と)り締(し)まっています。

海上保安(ほあん)官には，船に乗って勤務(きんむ)する船艇(せんてい)職員(しょくいん)と，事務所(じむしょ)などで勤務(きんむ)する陸上職員(しょくいん)がいます。船艇(せんてい)職員(しょくいん)である私(わたし)は，基地(きち)に停泊(ていはく)している自分の船に出勤(しゅっきん)します。朝の８時から翌日(よくじつ)の１６時まで，１泊(ぱく)２日の泊(と)まり込(こ)み勤務(きんむ)のほか，日中のみ勤務(きんむ)する日もあります。
私(わたし)が所属(しょぞく)する横須賀(よこすか)海上保安(ほあん)部には，全部で９隻(せき)の船艇(せんてい)が配置されています。私(わたし)が乗り組んでいる巡視艇(じゅんしてい)「すがなみ」は，１０人に満たない少人数の乗組員で運航しており，各乗組員は交代で任務(にんむ)にあたります。
他にも，「航路哨戒(しょうかい)」という，東京湾(とうきょうわん)内のパトロール任務(にんむ)があります。管轄(かんかつ)内の東京湾(とうきょうわん)には，船舶(せんぱく)が通航する道「航路」があり，１日に約５２０隻(せき)の船舶(せんぱく)が行き交っています。このため，湾(わん)の北と南に，それぞれ１隻(せき)ずつの巡視艇(じゅんしてい)が，２４時間体制(たいせい)で配備(はいび)されています。この任務(にんむ)も，一度任務(にんむ)に入ったら丸一日続くもので，たくさんの船が安全かつ円滑(えんかつ)に湾内(わんない)を通行できるよう，双眼鏡(そうがんきょう)やレーダーを使いながら湾内(わんない)を見張(みは)ります。スピード違反(いはん)の取(と)り締(し)まりや航路にある障害(しょうがい)物の除去(じょきょ)なども行い，事件(じけん)・事故(じこ)が発生したときはすぐに駆(か)けつけます。私(わたし)は船のエンジンを扱(あつか)う「機関科」として採用(さいよう)されたので，海上パトロールの際(さい)は，船のエンジンを動かす役割(やくわり)をしながら，監視(かんし)などの業務(ぎょうむ)を行います。ちなみに，海上のブイや灯台の保守(ほしゅ)・管理，海図（海の地図）の作成も海上保安(ほあん)庁(ちょう)の仕事です。海上保安(ほあん)官の業務(ぎょうむ)は，意外と幅(はば)が広いのです。

海の上を走る船は，陸を走る車とは大きく性質(せいしつ)が異(こと)なります。船体は非常(ひじょう)に大きく，ブレーキを踏(ふ)んで止まるしくみではないので，大規模(だいきぼ)な事故(じこ)が起こりやすいのです。事故(じこ)が起きたときの救助だけでなく，未然に防(ふせ)ぐことができるよう監視(かんし)することも私(わたし)たちの重要な役割(やくわり)です。
泊(と)まり込(こ)みの勤務(きんむ)は，睡眠(すいみん)が浅くなり体力的につらいだけでなく，常(つね)に緊張(きんちょう)状態(じょうたい)が続くため，気力も消耗(しょうもう)します。海上では，自分たちの船も事故(じこ)に巻(ま)き込(こ)まれる可能(かのう)性(せい)があるので，レーダーや双眼鏡(そうがんきょう)で絶(た)えず周辺を警戒(けいかい)しなければいけません。ひとたび海に出たら，心構(こころがま)えを陸にいるときよりさらに厳(きび)しいものに変え，緊張(きんちょう)の糸を切らさずに任務(にんむ)にあたる必要があります。
東京湾(とうきょうわん)は特に船が多く，夜でも遊漁船などが走っています。そんな中で事故(じこ)が起きて人命救助を行う場合は，あらゆる危険(きけん)を想定し，通常(つうじょう)の何倍も気を付けて行動しなければいけません。私(わたし)はまだ命にかかわる救助の経験(けいけん)はありませんが，いつ起こっても冷静に対応(たいおう)できるよう，普段(ふだん)から緊張(きんちょう)を切らさないようにして，業務(ぎょうむ)に取り組んでいます。

以前，夏に女性(じょせい)が海で骨折(こっせつ)する事故(じこ)がありました。水上バイクに牽引(けんいん)されながらバナナボートに乗っていたところ，転覆(てんぷく)し飛ばされてしまったようです。けが人を病院へ搬送(はんそう)するというケースは初めてでしたが，最後に何度もお礼を言っていただきました。海で怖(こわ)い思いをした方に，安心してもらえるような存在(そんざい)になれることは，この仕事のやりがいの一つです。
密漁(みつりょう)のパトロールの際(さい)は，周辺の漁業協同組合の支部(しぶ)に立ち寄(よ)ることもあります。ある支部(しぶ)の漁師(りょうし)さんは，私(わたし)たちが行くと「お，来てくれたか！」といつも笑顔で出迎(でむか)えてくれます。「むこうのほうも見回ってきてほしい」とその場で依頼(いらい)をいただくこともあり，私(わたし)たちもそれに応(こた)えようと，気持ちが引き締(し)まります。頼(たよ)りにしていただいていると思うと，仕事への意欲(いよく)も一段(いちだん)と強まります。普段(ふだん)のパトロールがみなさんの役に立っていると実感できることも，私(わたし)にとって大きな励(はげ)みです。

海の上は陸地と違(ちが)い，刻々(こっこく)と変化する気象条件(じょうけん)や潮(しお)の満ち引きに対応(たいおう)しなければならず，少しのミスも命取りにつながる特殊(とくしゅ)な環境(かんきょう)です。そんな状況(じょうきょう)の下，船内の限(かぎ)られた人数で仕事をするので，けがなどで一人でも欠けると，すぐに業務(ぎょうむ)に支障(ししょう)が出てしまうのです。
私(わたし)は以前，骨折(こっせつ)をして，１か月，船に乗れない期間がありました。その間，私(わたし)が担当(たんとう)していた仕事は先輩(せんぱい)に代わっていただくことになり，迷惑(めいわく)をかけてしまいました。まずは海を守る私(わたし)たち自身が，安全第一で船を動かさなければならないと痛感(つうかん)させられた経験(けいけん)です。
救助活動でも「自分の覚悟(かくご)ができていないなら現場(げんば)に行くな」とよく上司から言われます。海の上では自分たち自身も危険(きけん)にさらされるので，十分な覚悟(かくご)がなければ他人を救うことなどできません。まだ大きな現場(げんば)を経験(けいけん)したことはありませんが，無理な危険(きけん)を冒(おか)さないよう肝(きも)に銘(めい)じて，これからも努力を重ねていきたいと思います。

幼(おさな)いころから水泳をやっていて，中学・高校は水泳の強豪(きょうごう)校に進みました。大学に入ってからは，水泳を仕事につなげたいと思うようになり，いろいろな職業(しょくぎょう)を検討(けんとう)しました。
海上保安(ほあん)庁(ちょう)では，厳(きび)しい選抜(せんばつ)・研修訓練を経て「潜水士(せんすいし)」という道へ進むことができます。水中に潜(もぐ)る作業は潜水士(せんすいし)しか行えず，その任務(にんむ)は遭難者(そうなんしゃ)の救出から事件(じけん)の捜査(そうさ)，オリンピックの警備(けいび)までと多岐(たき)にわたります。自分の泳力を最大限(さいだいげん)に生かせるのはこの職種(しょくしゅ)だと思い，大学４年のときに海上保安(ほあん)庁(ちょう)を受けました。結果は残念ながら不合格(ふごうかく)で，別に試験を受けた警視庁(けいしちょう)に入ったんです。警視庁(けいしちょう)では貴重(きちょう)な経験(けいけん)を得ることができたものの，潜水士(せんすいし)になりたいという思いをどうしても捨(す)て切れず，再(ふたた)び海上保安(ほあん)庁(ちょう)の採用(さいよう)試験を受験し，合格(ごうかく)することができました。
潜水士(せんすいし)になるための選考会は年に一度あり，今年の本番まであと１か月を切りました。私(わたし)は今回，横須賀(よこすか)海上保安(ほあん)部の代表として参加する予定です。仕事が終わった後にジムへ通い，泳ぎや走り込(こ)み，筋(きん)トレなど，日々(ひび)訓練しています。自分の目標を果たすために，最後まで全力で頑張(がんば)り，合格(ごうかく)を勝ち取りたいです。

水泳は４歳(さい)から始めました。小学校のときは，スイミングスクールの育成チームに入り，放課後は毎日のように通っていました。中学・高校は一貫(いっかん)校で，水泳部に入りましたが，オリンピック選手を輩出(はいしゅつ)するほどの学校で，厳(きび)しい練習が続く日々(ひび)でした。専門(せんもん)の種目は個人(こじん)メドレーで，ジュニアオリンピックや都大会に出場しましたが，校内には実力のある選手がたくさんいたので，たった０．１秒の差で大会に出られなくなることも当たり前でした。
スイミングスクールのときは仲間と和気あいあいとした雰囲気(ふんいき)でやっていましたが，中学の部活からは一転して上下関係が厳(きび)しくなりました。きちんと挨拶(あいさつ)ができずにとても怒(おこ)られたのを今でも覚えています。１０代のころは，水泳の技術(ぎじゅつ)的な面だけではなく，精神(せいしん)的にも鍛(きた)えられ，その後の自分の土台になった重要な時期でしたね。

海上保安(ほあん)庁に採用(さいよう)されると，必要な知識(ちしき)を学ぶために，まず海上保安(ほあん)大学校または海上保安(ほあん)学校に入校します。学校では体力検定(けんてい)というものが行われ，さまざまな身体能力(のうりょく)を測(はか)ります。懸垂(けんすい)などの筋力(きんりょく)を測(はか)る項目(こうもく)はあまりよい結果を出せませんでしたが，持久力(じきゅうりょく)があったので走るのは得意でしたし，何より水泳ではトップに近い成績(せいせき)を出せました。水泳を長くやってきて，「これだけは負けない」というものを得られたことは，私(わたし)にとって大きな糧(かて)になっています。運動に限(かぎ)らず，何か一つ，一生懸命(いっしょうけんめい)やり続けていることを持っておくと，きっと将来(しょうらい)，みなさんの自信につながると思います。
私(わたし)はここまで少し回り道をしましたが，最終的にはずっと目指していた海上保安(ほあん)官になることができました。目標が決まったら気合いを入れて，自分を奮(ふる)い立たせてください。確実(かくじつ)に目標に近づくことができると思います。みなさんにも，自分の夢(ゆめ)を決してあきらめることなくチャレンジし続けてほしいです。