※このページに書いてある内容は取材日(2020年09月09日)時点のものです
海ごみの調査・分析で問題の解決を目指す
私は,「一般社団法人JEAN(ジーン)」の事務局長をしています。JEANは「Japan Environmental Action Network」の略で,海の環境を守る活動をするNGO(非政府組織)です。1991年に,日本のNGOとしては初めて,海ごみ問題への取り組みを始めました。
今,とくにプラスチックのごみが大量に海に流れ込み,大きな問題になっています。プラスチックは自然には分解しないため,海の中にたまり続けてしまいます。また,劣化によって細かく砕けて「マイクロプラスチック」となり,回収できなくなるという問題もあります。
海のごみは,観光や漁業などの産業に被害を与えていますが,自然の生態系にも大きな影響を及ぼしています。さまざまな海の生物が,間違ってプラスチックごみを食べたり,体にごみが絡んだりして死んでいます。また,プラスチックは有害な化学物質を吸着する性質があるため,食物連鎖でつながる多くの生き物への影響が心配されています。マイクロプラスチックは,今や体長数ミリのプランクトンの体内からも見つかっているのです。
私たちのおもな活動は,有志を募って全国各地で海ごみの清掃と調査を行うことです。とくに重要なのは調査です。ごみを拾うだけでは問題は解決できません。ごみの発生自体を抑えなければ,いくら拾ってもきりがないのです。そこで私たちは,ごみの種類や量を徹底的に調べ,どんなごみがどこから出ているのかを明らかにし,海に流れ出るごみを減らすことを目指しています。
この調査は,国際的なネットワークに参加して行っています。アメリカの環境NGOの呼びかけにより,世界のおよそ100か国で共通の手法によって行われている「国際海岸クリーンアップ(International Coastal Cleanup=ICC)」です。JEANは1991年から,この調査における日本のナショナルコーディネーターをしています。多くの場所で調査したほうが有効なデータがとれるので,私たちは全国各地に呼びかけて調査をしてもらい,データを集めています。そしてそのデータを集計してアメリカのNGOに報告するとともに,国内向けの報告書を作成し,発表しています。
徹底的に拾って数えるごみの調査
私たちは一年を通じて,海岸清掃のイベント「クリーンアップキャンペーン」を開催し,全国の市民団体や有志に参加を呼びかけています。「春の集中キャンペーン」では,4月22日のアースデイや6月5日の世界環境デーがある4~6月に開催し,2018年には2万人が参加してくれました。
海ごみの調査「国際海岸クリーンアップ」は,世界で一斉に実施される9,10月に行います。私たちは「秋の集中キャンペーン」として参加を呼びかけ,2018年の日本の参加者は6,570人,全国146か所で調査が行われました。JEANでは,グループ登録の申し込みがあると,私たちが翻訳した世界共通のデータカードと調査マニュアルを発送し,調査後に,記入済みのデータカードを送り返してもらっています。
調査は,まずグループの人数や調査地のごみの量に合わせ,たとえば“縦横10m四方”など,ごみを拾い切れる区画を決めます。そして区画内のごみをすべて拾い,データカードの項目ごとに分類して細かく数を数えます。データカードの項目は45あり,直径2.5cm以下の「破片・かけら」と,それ以外に大別されます。「破片・かけら」は,硬質プラスチック,プラスチックシート,発泡スチロール,ガラス・陶片の4種類。それ以外は,タバコの吸い殻,飲料のプラスチックボトルやビン・缶類,食器や食品の包装プラスチック,レジ袋,歯ブラシやサンダルなどの生活雑貨,タイヤ,トタンなどの建材,釣糸や漁網などの漁具,などです。また,正体不明のごみや気づいたことなどを自由に書く欄もあります。細かい破片は数えるのが大変ですが,マイクロプラスチックなども含まれるので,がんばって数えてもらっています。
2018年の日本の調査結果は,トップ3がプラスチック類の破片(硬質プラスチック,プラスチックシート,発泡スチロール),4位が飲料用プラボトル,5位がタバコの吸い殻(フィルターの材質はプラスチック),6位が食品の包装や袋……などでした。1990年代にはタバコの吸い殻が毎年,1位でしたが,2000年代以降は硬質プラスチックの破片が不動の1位です。トップ10は調査を始めた1991年からほぼ変わらず,私たちが日常生活で使用しているプラスチックごみが,9割を占めています。
調査だから拾えたプラスチックの小さな粒
調査では,ごみを「すべて拾って数える」ため,どんなごみが海岸に落ちているのか,詳しく知ることができます。また,日本全国や世界のネットワークがあるので,情報交換を通じて,国や場所ごとのごみの傾向を知ることや,正体のわからないごみが何なのかや,どこから来たのかを明らかにすることもできます。その一例が「レジンペレット」のケースです。1991年のことでした。
レジンペレットは,プラスチック製品の加工原料です。わずか3mmほどの粒で,ただの清掃なら絶対に拾わない小ささです。私はそれまでの調査で存在には気づいていましたが,「プラスチックが劣化した破片だろう」と思い込んでいました。しかし,アメリカから招いた「国際海岸クリーンアップ」のディレクターが,神奈川県の海岸での調査の際に見つけて教えてくれたのです。すでにアメリカでは,問題になっていたんですね。魚の卵に似ているので生き物が間違って食べてしまううえ,プラスチックは有害な化学物質を吸着するため,食物連鎖を通じて人間にも影響が及ぶ可能性もあるということでした。そこで全国の調査グループに現物を送って調べてもらったところ,どの調査地でもたくさん見つかりました。しかし出所の見当がつきません。そこで私は新聞社に伝えて,記事にしてもらいました。
するとすぐに,プラスチック産業の業界団体から私たちに連絡がありました。「まさか流出して海を汚していたとは」と,とても驚いていました。さっそく原因を調べてくれて,加工工場の床にこぼれたものが排水溝に流れ込んでいたことが,一因だとわかりました。そこで業界団体から,排水口にレジンペレットが流れ出さないように目の細かいネットをかけるなど,流出防止の対策を各工場に呼びかけてくれました。調査によって社会が動いたという実感がありましたね。
食の生産に関わる海ごみの「発見」
ごみの発生元にショックを受けた例もあります。瀬戸内海の調査グループから,「プラスチック製のパイプのごみがたくさん見つかる」という報告がありました。現場を見に行くと,直径1cmほど,長さは20cmと1.5cmの2種類のパイプが,海岸に積もるほど流れ着いていました。地元のグループが周辺を調べると,瀬戸内海を中心に西日本の海岸に多く,正体はカキ養殖に使われる漁具だとわかりました。収穫作業などの工程で,海に流出してしまっていたのです。おいしいカキを育てるための漁具が大量の海ごみになっていたことは,ショックでした。
とくに20cmのパイプはおもに広島県で使われていて,広島のカキの生産量は全国シェアの6割です。私たちはこの事実を広島県の漁業協同組合連合会(漁協)に伝えました。その結果,漁業者が漁具をしっかり管理するよう漁協が指導するとともに,回収された漂着パイプを漁協が買い取って再利用する仕組みもできました。
同じく食に関しては,こんな例もあります。やはり調査グループからの「中が空洞で2,3mmの小さなプラスチック製の粒が見つかる」という報告がきっかけでした。あちこちに問い合わせて調べていくと,化学肥料を入れるカプセルだとわかりました。土にまくとカプセルに小さな穴が空いて,中の肥料が時間をかけて少しずつしみ出すため,肥料をまく回数を少なくできるのだそうです。これも肥料メーカーの団体に申し入れた結果,自然に分解される素材を使う動きも出てきています。しかしコストや技術の課題もあり,改善はまだ一部です。
誰もが海ごみ問題の当事者
海のごみは社会の姿を映します。そのほとんどが生活ごみですし,カキ養殖のパイプも肥料のカプセルも,私たち食べる側を含めた社会全体で考え,解決の糸口を探すべき問題です。そのためには,海ごみの現状を少しでも多くの人が知り,「自分も当事者だ」という意識をもってもらうことが大切だと,私は考えています。そこでJEANでは,ホームページなどで海ごみの現状やトピックなどの情報を発信するほか,教材を作ったり,クリーンアップキャンペーンへの参加を呼びかけたり,ワークショップや講演を行ったりしています。
制作している教材にはDVDや子ども用のワークブック,書籍などがありますが,旅行用トランクの内側にごみの実物と解説を貼りつけた「漂着物の
トランク・ミュージアム®」も作って,貸し出しています。開けばそのまま展示でき,外国からのごみ,日本から太平洋の島に流れ着いたごみ,漁具のごみのほか,美しい貝殻やヤシの実などを集めた夢のあるものなど,6種類を用意しています。
このほかにも,海ごみの問題に取り組むさまざまな組織や団体のネットワークづくりの活動もしてきました。そのひとつが「海ごみサミット」です。日本海の離島や知床半島,瀬戸内海,伊勢湾など,漂着ごみに悩む地域で,2003年からこれまでに13回開催してきました。環境団体,研究者,国の関係省庁や地方自治体が集まり,情報交換や解決方法を考える場としています。毎回のように,東アジア諸国の環境団体や研究者にも参加してもらっています。参加各国でも海ごみの調査など,解決への取り組みには熱心で,各団体とのおつきあいは,その後も長く続いています。
ごみ調査の成果から社会を動かす
海のごみの活動は,モチベーションを保って継続するのがむずかしい,と思うことがあります。同じ環境活動でも,たとえば植林だと緑が増えるのが目に見えて「いいことをしたなあ」という達成感があります。でも海のごみは,取り除いてようやく元の環境になる。つまりマイナスからはい上がるわけで,成果は目に見えにくいのです。しかも海を漂うごみの量はぼう大で,せっかくきれいにした海岸にも,すぐにまた次のごみが打ち寄せてきます。
それでも何十年も地道に活動を続けていると,だんだん国内にも海外にも「ごみの問題をなんとかしたい!」という情熱にあふれる仲間が増えてきました。その人たちとの交流が,私にとっては活動を続けるための大きな励みになっています。
また,少しずつではありますが,ごみの調査の成果が社会を動かした実績も増えてきました。私たちが「国際海岸クリーンアップ」などの調査に基づいて国への提言を続けたことも働いて,2009年には国の法律「海岸漂着物処理推進法」が制定されました。これは海岸を管理する行政が責任をもって海岸のごみを処理することや,国や地方行政が海岸ごみの状況や発生源を調べて対策を行うことなどを定めたもので,私にとってはひとつの大きな念願がかなった,うれしい出来事でした。
最近では,海を漂うプラスチックごみを指す「海洋プラスチック」という言葉や「マイクロプラスチック」という言葉もよく聞かれるようになり,海のプラスチックごみは社会問題として知られるようになってきました。JEANへの講演や調査の依頼も増えています。「ごみの発生を抑える」という私たちの活動理念が,社会全体の「ごみを減らそう」という機運をさらに盛り上げられるよう,これからも頑張ろうと思っています。
現場を知ることで解決の手がかりも見える
JEANは「国際海岸クリーンアップ」の調査結果の集計など,事務の仕事が多いのですが,私はできるかぎり機会を作って海辺に足を運び,自分の目で現場を見ることを大切にしています。
私は海辺の生まれ育ちではなく,調査や研究のために通い続けている,特定の海辺のフィールドもありません。しかし,「変わったごみがある」と聞けば飛んで行きますし,大量にごみが打ち寄せられている海岸や,清掃をしてきれいになった海岸も,自分の目で見るようにしています。たくさんの場所を見ることで,海ごみの正しい現状を把握できるようになり,ひいては解決の手がかりも見えてくると信じています。
何よりも,現場が第一。これからも,日本国内に限らず,海外の現場にも足を運びたいと思っています。海は世界中でつながっていますから。
ごみは環境問題だと気づき活動をスタート
ごみに関する私の出発点は,犬の散歩のついでのごみ拾いでした。ただしこのときは,町をきれいにしたいという「美化」の意識しかありませんでした。私はまた,地球の環境にも関心がありました。そして,日々の生活の中で環境を守るための行動ができないかと考え,日本で初めて布製の買い物袋,今でいうエコバッグを作って売る会社を立ち上げました。当時は買い物袋の多くが紙製で,紙の原料は木材です。紙の使用を減らして,ごみを減らし,森林を守ろうと考えたのです。
それから数年後,「国際海岸クリーンアップ」を日本で初めて実施した女性と出会いました。「ごみを拾うだけでは解決にならない」という「国際海岸クリーンアップ」の理念を聞いて,私は大きな衝撃を受けました。町のごみは川から海へと流れ出て,海の自然環境に影響を及ぼします。そして海は世界につながっている。ごみ拾いは単なる「美化」の話ではなく,地球の「環境問題」だと気づかされたんですね。
こうして1991年に,私の自宅を事務所にして,その女性と一緒に「JEAN/クリーンアップ全国事務局」を発足させ,「国際海岸クリーンアップ」を日本各地で行う活動を始めました。その後,2009年に組織の基盤を強くし,活動を発展させるために法人化し,「一般社団法人JEAN」になりました。私は発足時からずっと事務局長で,JEANのあらゆる活動にたずさわっています。
海辺を歩いて楽しんでほしい
海ごみに関わる仕事をしているので,ごみのお話ばかりしてしまいましたが,海辺には美しいものや面白いものもたくさんあります。たとえば,色とりどりの貝殻や海藻,幾何学的な模様のウニの殻,さまざまな木の実,波に磨かれた流木,カニの抜け殻,サーフボードみたいな形のコウイカの甲,水晶やメノウなどの石,などなど,挙げればきりがありません。
私は「ビーチコーミング」も大好きなんです。ビーチコーミングというのは,海辺を櫛ですくようにして,気に入った漂着物を見つける楽しみのことです。感性の違いから,同じ海辺を歩いていても,目を留めて拾うものが人それぞれなのも面白いです。人工物でも,たとえば古い陶磁器のかけらや,砂で角が丸くなったガラスは美しいので,コレクターが多いですし,プラスチックの漁具ごみでオブジェを作って楽しんでいる人もいます。
みなさんも,ぜひ機会を見つけて海辺を歩いてみてください。そして,ごみの現実もしっかり見てほしいのですが,それ以上に,海辺で美しいものや不思議なものを見つけ,楽しんでください。海辺は本来,豊かで喜びに満ちた場所だということに気づいてもらえたらと思います。