※このページに書いてある内容は取材日(2022年01月20日)時点のものです
プロバスケットボール選手を引退後、日本財団のインターンに
私は今、「日本財団」という公益財団法人でインターンとして働いています。日本財団は、よりよい社会づくりを目指し、子どもたちへの支援をはじめ、さまざまな公益・福祉事業や国際協力事業などを行っている公益財団法人です。
「インターン(インターンシップ)」とは、正式にその職業に就職するのではなく、職業体験としてその仕事に関わる働き方です。私は、以前は「横浜ビー・コルセアーズ」というB.LEAGUE(Bリーグ)所属のプロバスケットボールチームで選手として活動していましたが、2021年6月に引退し、その後、2021年の7月末から、インターンとして日本財団で勤務しています。
具体的な勤務内容としては、主に日本財団の「HEROs(ヒーローズ)」という、アスリートの社会貢献活動を応援するプロジェクトに関わっています。これは、プロアスリートとして活躍している人たちが子どもたちへの指導や、地域のための活動といった社会貢献活動をする、そのためのサポートをしていくプロジェクトです。これまで、プロジェクトを運営する側には、実際にアスリートとして活動してきた経歴を持つスタッフはいませんでした。でも、私は元アスリートですから、「アスリートがどう思っているのか」という視点を持つことができます。プロジェクトに関わってくれるアスリートの方々とプロジェクト運営側との橋渡し的な役割ができればという思いで関わっています。
インターンを選んだのは、視野を広げて「セカンドキャリア」を考えるため
私は大学4年生のときに、プロバスケットボールリーグであるBリーグの「富山グラウジーズ」に入団し、その後、「横浜ビー・コルセアーズ」に移籍しました。戦力外通告を受け、引退したときは26歳でした。まだ他のチームでプロとして活動する道は残っていたかもしれませんが、Bリーグの成長スピードが速く自分の力不足を感じたこと、また、引退するなら自分の地元のチームでもあり、愛着のあるビー・コルセアーズで引退をしようと思ったということもあり、現役引退を決めました。
そこで問題になるのが、引退したあとの自分のキャリア、いわゆる「セカンドキャリア(※第二の人生における職業。特にプロスポーツ選手について使われる場合が多い)」をどうするか。これについては、実は現役時代からいろいろと考えてはいて、中学・高校の保健体育科の教員免許を取得したり、パーソナルトレーナーの資格を取得したりしていました。しかし、いざ引退を決断してみると、「このあと何をしたらいいかわからない」という気持ちになってしまったのです。それまでいろいろ準備していたはずなのに、どれもやりたくない。困りました。
そんな中で、アスリートを対象としたキャリアデザインのプログラムを受講するのをきっかけに、日本財団の方と知り合うことになりました。そして自分の気持ちを正直に伝えたところ、日本財団の「HEROs」でインターンをすることを提案してくれたのです。私としても、まずは自分自身の視野を広げたいと思っていたところだったので、さまざまな企業やアスリートと出会える仕事はぴったりだと感じ、働くことにしたのです。
会議や事務作業のほか、元アスリートへのインタビューも
平日の月曜日から金曜日まで、朝9時から夕方5時までが勤務時間です。具体的には、今後のプロジェクトに関わる会議に参加したり、事務作業をしたりしています。今は新型コロナウィルスの流行下ということもあり、出勤せずにリモートワークで作業をすることも多いです。
また、現在「HEROs」のサイト内で「翼がゆく~スポーツの力を探る~」という連載を持たせてもらっています。これはさまざまな分野への転身を果たした元アスリートにインタビューしていく企画で、元アスリートたちが何を考え、選択し、歩みを進めているのかを紹介していくという内容です。さまざまなセカンドキャリアを選んだ元アスリートの方々に話を聞きながら、私自身のセカンドキャリアについても考えていくことができるので、とてもありがたいなと思っています。自分も同じアスリートだったので、話しながら共感できるところもたくさんありますが、それだけに、「アスリート目線」のみになって、一般の方に伝わりづらいインタビュー記事にはなってしまわないよう、気をつけています。
この連載に関しては、登場いただく元アスリートの人選から取材の申し込み、取材のセッティング、原稿執筆まで、すべて自分で行っています。アスリート時代は、むしろインタビューを受ける側だったので、今になって、「インタビューする側はこうなんだな」ということがわかってきました。アスリート時代に受けたインタビューを思い出して、「ああいう言い方じゃないほうがよかったな」などと思うこともありますね。
初めて経験することばかりの日々の中で、新たな出会いも
生活は、プロバスケットボール選手だったときとはガラリと変わりました。パソコンを使った事務作業や取材の調整、原稿を書くことなど、ほとんどが、「それまでやったことがないこと」だったので、大変なことも多々あります。でもこれはチャンスだと思いますし、学べることばかりなので、つらいとか、辞めてしまいたい、などとは思ったことがないですね。あと、やってみると意外とデスクワークが苦にならないのは、自分にとっても発見でした。
やりがいはたくさんあります。まず「HEROs」での活動を通して、本当に幅広いアスリートの方々と出会うことができたこと。社会貢献に対して熱意があったり、明確なビジョンを持っていたりするアスリートに出会えるのはとても刺激になりますし、うれしいです。また、社会課題に取り組むアスリートや団体を表彰するイベントを開催したときには、自分のかつての仲間たちも多く来てくれました。中には「来年はあの壇上に立てるようになりたい」という目標を語ってくれた友達もいて、「この仕事をやっていてよかった」と心から思いました。
自信を持って社会貢献活動をするアスリートが増えてほしい
プロバスケットボール選手だったころ、アスリートとしてさまざまなイベントに参加してきました。でも、今の仕事に関わるまで、「社会貢献」ということをきちんと理解していなかったような気がします。
「社会貢献」という言葉に対して「きれいごと」のようなイメージも持っていましたし、ボランティアでなければいけない、社会貢献活動をお金と結びつけてはいけない、と、何となく思っていました。実は最初に日本財団の方と面接でお話ししたとき、そうしたイメージを正直に伝えたんです。そこで返ってきたのは「そうじゃないんだよ」という答えでした。「やったことに対して対価をもらっていいし、それで応援してくれる人が増えたら、最終的には全部自分に返ってくる」という話をしてくれたんです。その話で目からうろこが落ちるような気持ちになり、「ここでインターンをしてみよう」と思えましたし、自分が現役時代のときにそういう考え方を知っておきたかったなとも思いました。
だからこそ、今、私が関わっている「HEROs」の活動は多くのアスリートに知ってほしいと思っています。日本ではまだ「社会貢献活動」自体に目が向いていなかったり、興味は持っていても「自分なんか……」とためらってしまうアスリートが多かったりするのですが、実は「プロ」が教えられることというのはとても大きいんです。競技自体について多くのことを伝えられるのはもちろん、イベントなどでの発信を通じて、たくさんの人たちに、新たに社会課題について興味を持ってもらうこともできるかもしれない。もっと自信を持って社会貢献活動をするアスリートが増えてほしいなと、今の仕事を始めてから強く思うようになりました。
疑問はそのままにせず、納得いくまで話し合う
今、インターンとして働きながら大切にしているのは、まず「自分を満たす」、つまり、きちんと自分が満足できるような活動をするということです。そして、「自分に嘘をつかない」ということです。
私が関わっている「HEROs」は「社会貢献活動ができる人材の育成」を目指す活動です。そのため、自分たちの活動が社会課題に対してきちんと取り組めているか、貢献できているかというのは、常に考えなければいけないと思っています。だからこそ、活動の中で自分が疑問や違和感を持ったことが少しでも出てきたら、そのままにせず、確認したり、まわりの人と相談したりするようにしています。とてもありがたいことに、今の職場では、たとえ相手が上司でも、「何を言っても大丈夫」な空気を作っていただいているので、腹を割って話し合い、意見をぶつけることができます。ときにはぶつかり合うこともありますが、納得がいくまできちんと話ができる今の環境は、とてもありがたいです。
インターンとしての活動は、2022年の3月で終了します。その後に何をするかはまだ正式には言えないのですが、自分の中では「どういうことをしたいのか、どういう働き方をしたいのか」はだんだんと明確になってきました。引退したときとはまた違う景色が見えてきていて、今、とてもワクワクしています。
バスケットボールだけでなく、勉強もがんばっていた
小学校からバスケットボールを始め、そこからずっとバスケットボール漬けの生活でした。チームの中では常にリーダー的な存在だったのですが、実は先生やコーチと生徒との間をうまくつなぐ「ハブ」のような存在だったと思います。それはプロバスケットボール選手になっても同じで、やはり選手と運営スタッフの間をつなぐポジションだったのではと、後から考えると、そう思いますね。
高校時代もバスケットボールの強豪校にいましたが、バスケットボールしかやっていなかったというわけではなく、それ以外の学校生活も充実していました。特に勉強に関しては、いつもがんばっていたので、成績はよかったです。これは今、イベントなどで若い人たちに会うたびに言っているのですが、プロアスリートを目指すとしても、勉強は必ずしておいたほうがいいです。なぜなら、自分の将来の選択肢を減らさないことにつながるからです。
私は高校卒業後は筑波大学に進学しましたが、そこで教員免許も取ることができましたし、大学生のときには筋肉の研究を行っていました。この大学での経験は、とても自分にとっては大きかったと思いますし、アスリートとしてのセカンドキャリアの選択肢も広げてくれたのではないかと思っています。
「自分で自分自身を評価できること」を選択してほしい
今、あなたが何か一生懸命やっていることがあったとしたら、一度、立ち止まって、それが「本当にやりたいことなのか」「どうしてそれをやっているのか」というところをもう一度考えてみてください。たくさん選択肢がある中で自分が選んだことならいいのですが、まわりの人や親から勧められて、とか、親や先生にやらされて、ということだったら、ちょっと見直したほうがいいかもしれません。今、一生懸命やっていることはもちろん大切だけど、今、見えている世界がすべてではないんです。
こういうことを言うのは、自分の経験からです。「背が高いから」「バスケに向いているから」と言われて、いろいろな代表にも選ばれて、常に「他人から評価される状態」でバスケットボールを続けてきました。でもそうやって続ける中で、バスケットボールが本当に好きなのか、楽しめているかということが、自分ではわからなくなっていたんです。引退してわかったことは、自分はバスケットボールを、自分自身が本当にやりたいからではなく、まわりに評価されるから続けていたんだな、ということでした。
私は、これからの人生では、「他人から評価されること」ではなく、「自分で自分自身を評価できること」をやっていこうと思います。みなさんもぜひ、今やっていることが「自分が本当にやりたいこと」かどうか、一度考えてみてください。
また、もしも今、「一生懸命になれること」が見つかっていないようだったら、「今までと違うこと」をしてみるのはどうでしょうか。見える景色が変わるかもしれません。私自身も、大人になってから、それまでやったことがなかったサーフィンを体験したことで、人生観が大きく変わるほどの衝撃を受けました。「新しいこと」は、たとえば「いつもと違う友達と遊んでみる」みたいな、小さなことでもいいと思うんです。私も今「新しいこと」に挑戦している真っ最中ですし、みなさんもぜひチャレンジしてみてください。