花火の製造から打ち上げまで
私は花火師です。江戸時代から続く「丸玉屋小勝煙火店」で働いています。私の父が代表取締役で,私は取締役を務めています。従業員数は約30名,花火業界では大手の部類に入ります。
国内外で開催される花火大会のために,花火工場で花火を製造し,打ち上げの構成を考え,会場での打ち上げを行います。花火師には製造や打ち上げだけを専門にする人もいますが,私はすべての工程に携わっています。最近では,主催者と打ち合わせをしたり,打ち上げの構成を考えたりする仕事の割合が大きくなっています。
かつて花火は夏の風物詩でしたが,いまや花火大会は季節を問わず,一年中,開催されています。全国で開催されるさまざまな花火大会のスケジュールに合わせ,本番の日に間に合うよう,主催者との打ち合わせや花火の製造を行います。花火の製造には何か月もかかるため,たっぷりと準備期間を取るようにしています。
「隅田川花火大会」など自治体が開催する花火大会のほかにも,遊園地や野外コンサート,学校の文化祭など,いろいろな場所で花火を打ち上げています。それぞれのイベントが開催される日程に合わせ,いつまでに,どのような種類の花火が,どれくらい必要かを割り出して,計画的に花火を製造しています。花火は危険物ですから,法律で定められた構造の火薬庫に貯蔵しなければならず,また貯蔵量の上限も決められています。大量に作って保管しておくことができないため,山梨県と茨城県にある当社の花火工場では,一年を通して花火を製造しています。
大変な手間と高い技術で作られる花火
花火はすべて,伝統的な製法によって製造しています。野球のボールくらいの小さなサイズから,大人が両手で抱えないと持てないほどの大きなサイズまで,いろいろな大きさの花火玉があります。「尺玉」と呼ばれる大きい花火玉の場合,玉の直径は約30センチ(=1尺。「尺」は昔の長さの単位),重さは8.5キロもあり,開いたときの直径が300メートル以上にもなります。
玉の中には,花火玉を爆発させるための「割粉(割薬)」と,夜空に輝く光となる「星」の,2種の火薬がぎっしりと詰め込まれています。花火の製造でとくに難しいのが,後者の「星」を作る作業です。「星掛け機」と呼ばれる回転する釜で,配合した火薬を少しずつまぶして球形にしていくのですが,1日にほんのわずか,0.03〜0.05ミリずつ大きくしていくのです。天日で乾燥させたら,また釜に入れて火薬をまぶすということを繰り返し,数か月かけてようやくビー玉ほどの大きさに仕上げます。
一つ一つの星が正確に真ん丸な球形でないと,花火が開いたときにきれいな球形になりません。真ん丸の星を,大きさをそろえて大量に作るためには高い技術が必要とされますが,だからこそ製造工程においていちばんおもしろいところでもあります。慎重に作業を繰り返すことで,日ごとに星が大きくなっていくのを見るのが楽しいのです。
さらに,真ん丸の星ができたとしても,それを玉に詰め込むとき,正確に円状に並べないと台無しになってしまいます。玉の中に並べた星が数ミリずれると,上空で開いたときに何メートルものずれが生じるのです。
こうした製造工程には多くの職人が携わっています。大変な手間と高い技術によって,花火は作られています。
打ち上げ会場に1万本の筒をセットする
打ち上げる花火の数は,イベントの規模によってまちまちです。たとえば東京の「隅田川花火大会」の場合,当社だけで大小合わせて1万発の花火を打ち上げます。花火を打ち上げるための筒には,通常,1発の花火玉しかセットできません。つまり1万発を打ち上げる大会では,1万本の筒が必要になります。
前日,または当日の朝に現場へ入り,並べた筒に花火玉を込めます。現在では,点火はコンピューター制御で,離れた場所から行うので,そのための配線をして,機器をセッティングします。野外での作業なので,夏の暑さや冬の寒さにも耐えなければなりません。とても体力のいる仕事です。
そうして苦労してセッティングしても,雨が降ると花火大会が延期になってしまうこともあります。筒には雨よけのカバーがかけてあるので雨が降っても問題ないのですが,1週間以上も延びると,会場の都合によっては一度,片付けてしまわなければなりません。また,大会が延期ではなく中止になると,せっかく作った花火玉が無駄になってしまうこともあります。花火師としては,つらいところです。
なお,雨が降っていても花火は開きますが,実は強風には弱いのです。風が強く吹くと火の粉が思わぬ方向に流れ,お客さんの安全を保てなくなるからです。とはいえ,まったくの無風では煙が上空にたまってしまい,花火が見づらくなってしまいます。花火は,風速3メートルくらいの晴れた日に,風上から見るのがおすすめです。
海外のイベントでも花火を打ち上げる
本番中は上空を見上げることなく,打ち上げを管理するパソコンや筒に目を光らせています。花火の出来映えは,お客さんの歓声でわかります。そして,事故がなく,本番を無事に終えられたときは「ああ,よかった」とほっとします。花火の出来映えよりも,安全が第一だと考えているからです。私の考えるいい花火とは,“安全な花火”です。どんなに美しく開いても,どこかに危険な要素があれば,それはいい花火とは言えません。
これまでに,国内の主要な花火大会だけでなく,ヨーロッパやアジアなどのさまざまな国々で花火を打ち上げてきました。海外で打ち上げる場合,花火玉や筒は何日もかけてコンテナ船で輸送します。予定通りに届くかどうかを心配したり,言葉が通じない中で現地のスタッフと準備したり,海外ならではの苦労も多くあります。2019年末,シンガポールで開催された年越しのカウントダウンイベントは,2万発を打ち上げる大規模なプロジェクトでした。それだけに,無事に終えられたときの安堵と達成感はとりわけ忘れがたいものでした。
パソコンを使って打ち上げを組み立てる
花火大会によって,打ち上げの内容はさまざまです。製造や打ち上げに専念する花火師も多いのですが,私は,与えられた時間内に,どんな種類の花火を,どれくらい打ち上げるのかという,打ち上げの構成や演出を考える仕事を多く手がけています。
音楽に合わせて花火を打ち上げることもよくあり,そうした場合は曲を何十回も聞いて「この音のタイミングでこの花火が開くようにしよう」などと工夫をこらしています。こうした打ち上げのプログラムは,パソコンの専用ソフトを使って作成しています。お客さんに喜んでもらうためにどうすればよいのかと悩むことも多いですが,花火師としてとても楽しい作業でもあります。
心がけているのは,まず自分自身が楽しめる花火にすることです。自分が「楽しい」「きれい」と思える花火を作ることで,お客さんも同じように「楽しい」「きれい」と感じてくれるのではないかと考えています。
毎年,秋田県大仙市の大曲で開催される「全国花火競技大会『大曲の花火』」など,花火の出来映えを競う国内外のさまざまな大会に出場し,これまでに多くの賞をいただきました。高く評価されると,これからもいい花火を作ろうと,毎回,気持ちが引き締まります。
初めての打ち上げ現場で見た花火に感動
私の家では,花火の製造と打ち上げを家業としてきました。創業は江戸時代末期,現在の社長である父は4代目です。
高校生のころは,花火工場で筒を洗うなど下働きのアルバイトをしていました。法律で火薬を扱うことが認められる18歳になったとき,初めて打ち上げの現場に連れて行ってもらいました。そのとき,ほぼ真下から,間近に見る花火の迫力と美しさに感動したのです。先輩花火師たちからは「仕事中に花火を見ているんじゃない!」としかられましたが,どうしても見上げてしまうのです。「これはすごい,自分も花火師になろう」と,その夜に決意しました。
正式に父の会社に入ったのは25歳のときです。最初の8年は茨城の工場で勤務しました。掃除,片付けから始まり,だんだん製造の工程にも関わるようになりました。苦労して作った星が,乾燥のしかたに問題があってヒビ割れるなど,失敗もたくさんしました。
やがて打ち上げや演出,主催者との打ち合わせにも携わるようになり,製造から打ち上げまでのすべての工程の仕事を覚えることができました。とはいえ,花火の世界は本当に奥が深く,とてもかなわない技術を持った先輩が多くいます。この世界に入って13年目になりますが,いまだに一人前の花火師になれたとは思っていません。
花火師に囲まれて育った
子どものころ,家業が花火だったとはいえ,ひんぱんに全国の花火大会に連れて行ってもらえたというわけではありません。また,家族の誰からも「花火師になりなさい」とは言われませんでした。ただ,家には常に花火師さんたちが出入りしていました。
打ち上げを終えて戻ってきた父や花火師さんたちが,お酒を飲みながら楽しそうに話をする姿をよく覚えています。子どもだった私に,仕事で訪れた外国の話をよく聞かせてくれました。その影響もあって,海外へのあこがれをずっと持っていました。結果的に,花火師になったことでその夢はかないました。フランス,イギリス,オランダ,ポルトガル,ベルギー,ブラジルなど,世界中の国々を仕事で訪れることができたので,その意味でも花火師になってよかったなと思っています。
自分らしさを大切にしよう
みなさんにお伝えしたいのは,自分らしさを大切にしてほしいということです。誰にでも,自分の好きなこと,やってみたいことがあるはずです。そうした自分自身の考えを持っていることで,人生は豊かになり,楽しくなるのです。ときには,どうしても人の考えに合わせないといけない場面もあるでしょう。けれどそうしたときも,自分の気持ちをなかったことにする必要はありません。どうか他人の目を気にすることなく,自分らしさや自分の考えをいつまでも大切に持ち続けてください。
多くの人に喜んでもらえ,感謝される花火師は,本当にいい仕事です。花火のように,一度に100万人のお客さんがライブで楽しめるコンテンツは,世の中にそう多くはありません。自分の作ったものでたくさんの人を感動させたいという人は,花火師を目指してみてはいかがでしょう。