仕事人

みなさんの身のまわりには，プラスチックでできたものがたくさんあると思います。たとえば，プラスチックのコップ。どこにも継(つ)ぎ目がないように見えますが，どうやってつくられていると思いますか？　まず，コップの内側をかたどった凸(とつ)状(じょう)の型と，外側をかたどった凹(おう)状(じょう)の型を用意します。それらを組み合わせたときにできる隙間(すきま)に，プラスチックのもととなる合成樹脂(じゅし)を熱で溶(と)かして流し込(こ)みます。樹脂(じゅし)が冷え固まるのを待ち，型から外せばコップのできあがりです。このように型に流し込(こ)んで成形する方法を「射出(しゃしゅつ)成形(せいけい)」といいます。
私(わたし)が勤(つと)める「タカラ樹脂(じゅし)工業」という会社では，この射出(しゃしゅつ)成形(せいけい)に使う金型を設計(せっけい)・製造(せいぞう)し，製造(せいぞう)した金型を使って自動車のプラスチック部品や建設(けんせつ)機の内装(ないそう)用部品などをつくっています。 以前は一日中工場にこもり，一人でもくもくと作業することもよくありましたが，今は若(わか)い世代が育ってきたことで，私(わたし)は製造部(せいぞうぶ)の部長として，実際(じっさい)の製造(せいぞう)工程(こうてい)よりも，後進の育成やお客さまとの商談などに重点をおいた仕事をしています。

私(わたし)の仕事の１日の流れは，朝８時に出社し，まずはお客さまからのメールを確認(かくにん)してやりとりします。日中の業務(ぎょうむ)は日によって大きく異(こと)なり，製品(せいひん)の打ち合わせや若手(わかて)の指導(しどう)をすることもあれば，現場(げんば)に出て作業することもあります。一日の仕事が終わるのはだいたい１９時頃(ごろ)ですが，精度(せいど)が求められる加工や，特殊(とくしゅ)な加工作業は，若手(わかて)社員が帰ったあとに私(わたし)が行っています。
自動車などの部品をつくっているので，何年かに一度，車体のモデルチェンジがあるときには，新しい金型の注文がたくさん入ってきます。また，大型連休の直前は「休み明けに納品(のうひん)してほしい」という依頼(いらい)が多く，年末年始やお盆休(ぼんやす)みの前がとても忙(いそが)しいですね。
この仕事に就(つ)いて２０年以上経(た)ちますが，今では製造(せいぞう)以外にもたくさんの業務(ぎょうむ)にかかわっています。当社は中国にも進出しており，協力メーカーへは私(わたし)が年に数回訪(おとず)れ，現地(げんち)で製造(せいぞう)された金型を使って試作品をつくり，型が正しくつくられているか，立ち会って確認(かくにん)するなどしています。

ものづくりの仕事には必ず納期(のうき)があります。そのため帰りが夜遅(おそ)くになることもあります。以前は朝８時から働いて，早くて２２時頃(じごろ)に帰るような日々(ひび)を送っていて，工場に寝泊(ねと)まりすることもありました。ただ，私(わたし)は小さい頃(ころ)から没頭(ぼっとう)して何かをつくることが大好きだったので，当時の状況(じょうきょう)をそこまでつらいとは感じていませんでしたね。
ものづくりを生業(なりわい)とする者として心がけるべきことは，納期(のうき)や予算といったさまざまな制約(せいやく)があるなかで，最良のものを提供(ていきょう)することです。ただし，「いいものをつくりたい」と質(しつ)を追求しすぎた結果，お客さまの希望より納期(のうき)が遅(おそ)くなったり，コストが上がったりしては意味がありません。「技術(ぎじゅつ)の押(お)し売り」をしてはいけないのです。
私(わたし)たちは，質(しつ)を上げる方法とコストを下げる方法，その両方を提案(ていあん)しながら，お客さまが何を求めているのかを見極め，良い意味での妥協点(だきょうてん)を探(さぐ)る必要があります。

当社は射出(しゃしゅつ)成形(せいけい)金型の設計(せっけい)・製造(せいぞう)と射出(しゃしゅつ)成形(せいけい)品の製造(せいぞう)が専門(せんもん)ですが，まれに専門(せんもん)分野ではない依頼(いらい)をいただくことがあります。
以前，ランドセルを製造(せいぞう)する老舗(しにせ)のメーカーから，昔から受け継(つ)いで使っている革(かわ)の絞(しぼ)り金型が壊(こわ)れる前に，なんとか複製(ふくせい)をつくりたいという相談をいただきました。すでに何社かから断(ことわ)られたようで，どうにか力になれればと思いました。当社でも事例がなかったため，初めて製造(せいぞう)する案件(あんけん)であることを了承(りょうしょう)いただいたうえでお預(あず)かりしました。細かい寸法(すんぽう)をすべて測(はか)って一から削(けず)り出す大変な仕事でしたが，無事に納品(のうひん)することができました。
また，公園に置いてある海外製(せい)の遊具が壊(こわ)れてしまい，翌週(よくしゅう)のお祭りまでに急いで直したいという相談をいただいたこともありました。使うであろう工具を用意して現場(げんば)まで出向き，その場で修理(しゅうり)の方針(ほうしん)を決め，必要なものを調達して，どうにか期日までに直すことができました。そのあとのお祭りも無事に終わったようです。
このような通常(つうじょう)とは異(こと)なる依頼(いらい)は私(わたし)が担当(たんとう)することが多いのですが，お客さまの要望に応(こた)えることができれば，大きなやりがいを感じることができます。

学校で製造(せいぞう)に関する知識(ちしき)を修得(しゅうとく)した人でも，すぐに仕事ができるようになるわけではありません。若手(わかて)社員には，機械の電源(でんげん)の入れ方にはじまり，加工するときの音やにおい，振動(しんどう)などの微妙(びみょう)な違(ちが)いが仕上がりにどのように影響(えいきょう)するか，理解(りかい)してもらいます。また，機械にもそれぞれ特性(とくせい)があるので，その違(ちが)いも理解(りかい)してもらわなければなりません。
指導(しどう)するときは，手取り足取り，丁寧(ていねい)に教えるということはしません。基本(きほん)的なことだけを説明し，そのあとはある程度(ていど)本人に任(まか)せ，自分で考えて解決(かいけつ)する習慣(しゅうかん)を身に付けてもらうようにしています。どうすればうまくいくのか，よく考えずに質問(しつもん)してきたときは，私(わたし)もすぐには答えずに，ちゃんと考えたのか，もう一度あれこれ試すように促(うなが)していますね。教えるのはそれから。そうしないと，いつまでたっても技術(ぎじゅつ)が向上していかないんです。基本(きほん)的な作業であっても，どうすればもっと良くなるか，効率(こうりつ)よくできるかを考えながら取り組んでほしいと思います。

幼(おさな)い頃(ころ)から，ものを分解(ぶんかい)して組み立て直したりするのが好きでした。はじめは目覚まし時計などでしたね。小学生の頃(ころ)は，家族と買い物に行くと，お菓子(かし)ではなくドライバーのセットが欲(ほ)しいと親にせがんでいたそうです。
高校生になってからは，オートバイや自動車に熱中しました。この会社を選んだ理由として，自動車の部品の試作をしていることも大きかったです。自動車整備士(せいびし)を目指すという選択肢(せんたくし)もありましたが，好きなことにはとめどなくのめり込(こ)んでしまう性格(せいかく)からか，仕事にするなら間接(かんせつ)的に携(たずさ)わるほうがいいのではと，親がアドバイスしてくれました。分解(ぶんかい)や改造(かいぞう)に凝(こ)りはじめると，市販(しはん)のパーツだけでは物足りず，自分でつくりたくなってしまうんです。この会社ならいろいろな機械がそろっているから，もしかしたら使わせてもらえるかもしれないという思いもありましたね。実際(じっさい)に，入社後，社長の許可(きょか)をもらうことができ，ＧＴウイングという，車の後部につける羽のような部品など，色々な物をつくらせてもらいました。

小さい頃(ころ)は，何かを思いついたら，すぐに行動に移(うつ)すような子どもでした。とてもやんちゃな性格(せいかく)でもあったので，いろいろないたずらを企(くわだ)てては実行し，よく怒(おこ)られていましたね。中学校に上がってからは，学級委員を任(まか)されたこともあり，学校のさまざまな活動に積極的に参加するようになりました。
もともと失敗を恐(おそ)れることなく，まずは何でもやってみるというのが私(わたし)の信条(しんじょう)で，フットワークは軽く，いつも物事をポジティブに考えるようにしていました。この考え方が，今の仕事にも生きていると思います。ものづくりには試行錯誤(さくご)が肝心(かんじん)です。同じ失敗をするのは問題ですが，何度失敗してもあきらめずに，いろいろなやり方を試してみることが大切です。そうすることで，難(むずか)しい局面を乗り越(こ)えられることもあります。失敗続きでも，そこから思いもよらない収穫(しゅうかく)を得られることがあるんです。

まずは，たくさんのことにチャレンジしてみてください。成功することも失敗することもあると思いますが，そのなかで自分は何が好きなのかを見つけてほしいと思います。また，自分にとってはできて当たり前のことでも，他人から見れば驚(おどろ)くべき能力(のうりょく)であることもあります。たとえば，絵を描(か)くのが得意な人にとっては，絵が描(か)けることは特別なことではないし，価値(かち)のあることではないと思うかもしれません。しかし，自分で気がついていないだけで，周りの人から見ると，それはとても素晴(すば)らしい能力(のうりょく)なんです。人にはそれぞれ，大きな可能(かのう)性(せい)を秘(ひ)めた能力(のうりょく)がきっとあると思います。
「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが，好きなことであれば，上達は早く，苦労を苦労と感じることもなく，失敗にもめげなくなるでしょう。自分の好きなことを仕事にすることができたら，とても幸せだと思います。