※このページに書いてある内容は取材日(2018年11月07日)時点のものです
画面や印刷物で使われる「フォント」を作る
私は活字デザイナーの仕事をしています。書体をデザインする仕事で,書体デザイナーともいいます。「書体」とは,ある一定の様式でデザインされた文字のこと。パソコンやスマートフォンで画面に文字を表示したり,紙に印刷するときに使う「フォント」を作ったりする仕事というと,わかりやすいかもしれません。仕事の大半は書体の制作ですが,時々,商品ロゴのデザインや,書籍の題字デザインの依頼を受けることもあります。いずれにしても,「文字をデザインする」ことが私の仕事です。
これまでに手がけた書体は明朝体や教科書体,丸ゴシック体など。大学の卒業制作では古筆(平安時代から鎌倉時代に書かれた主に仮名の書道作品)を題材にした筆文字系の書体を作りました。
日本語では9000〜2万3000字ほどの文字を制作
日本語は,ひらがなとカタカナ,漢字,英数字の入り混じった複雑な言語です。このため日本語の書体デザインでは,一つの書体につき9000〜2万3000字ほどの文字を制作します。和文(日本語)と欧文(英数字)では担当が分かれており,和文の中でも漢字と両仮名(ひらがな,カタカナ)で担当が分かれていることが多いです。私は和文担当です。
私の所属している会社では,漢字は書体ごとに担当デザイナーがいます。漢字は数が多いので,1人のメインデザイナーのもと数人で担当したり,外部スタッフに手伝っていただいたりして制作します。
新しい書体を作る場合,最初に,その書体はどういうデザインなのか,特徴や太さはどうするのかというコンセプトを立て,試作をします。漢字は「基本12文字」から作ります。これは会社で決めている文字で,フォントメーカーごとに基本文字や制作の流れは異なります。基本12文字は,たとえば「永」「東」「国」「愛」「酬」「鬱」などで,それぞれ「基準となる文字の構成要素が多く含まれる」「画数が極端に多い・少ない」「縦線/横線が極端に多い」などの特徴を持っており,これらの文字の形を定めると,その書体のデザイン方針がある程度固められるようなものを選んでいます。
基本12文字でおおよそのデザインの方向性が定まると,今度は400字に増やします。これを会社では「種字」とよんでいます。同時進行で仮名の試作も進めているので,種字ができたらいろいろな文章を組んでみたりして,文字のバランスはおかしくないか,どこか一文字だけが大きく見えたり小さく見えたりしていないか,極端に黒く見える文字はないかといったことをチェックしていきます。
種字400字まではメインデザイナーが1人で制作することが多いです。400字の種字ができたら,種字に含まれる「木へん」「さんずい」などの「へん」や「つくり」などをパーツとして利用しながら,制作チームの他のデザイナーや外部スタッフも加わって,一気に漢字を増やしていきます。
全部で数千字以上の漢字を作らなくてはならないため,一つの書体が完成するまでには,1年半から2年ぐらいの年月が必要です。一つの書体を制作している間に,別の書体デザインの仕事が入ることもあります。そういうなかでデザインがぶれていかないようにすることが,大変なところです。制作メモを小まめに残しておき,中断期間があったときにはそれを全部読み返してから再開するようにしています。
自分には,誰かのために作ることが向いている
子どものころから絵を描くのが好きで,絵画の勉強をしようと思って美術大学を目指していました。絵画では自分の内なる表現が大切だと思いますが,私自身は自分の内なるメッセージを伝えたいというタイプではなく,絵画にはあまり向いていないと感じるようになりました。そんななかで出会ったのが「デザイン」でした。「デザイン」にはクライアントやユーザーという相手がいて,ある問題や課題を解決するのが趣旨です。誰かのため,何かのために作るということだったら楽しくやれるかもしれないし,自分に向いているのではと思い,デザインを勉強するために美術大学に入りました。
大学に入学すると,まず,数学や英語なども含めた一般教養の授業を受けるのですが,どの分野をいくつ取らなくてはならないとは決まっていなかったので,日本美術史に関わる授業をたくさん履修しました。そのなかに書道史の授業が混ざっていたんです。書道の経験はありませんでしたが,面白そうだなと思い,深く考えずに授業を取りました。その授業で,先生が仮名の書の図版をたくさん見せてくださったんです。それまでは習字の時間に書く「新しい朝」みたいなものしか見たことがなかったので,仮名の書を初めてちゃんと見て「きれいだな」とすごく興味を持ちました。
武蔵野美術大学には,1年次に基礎教育として書体を作る授業があったのですが,そこで古筆の書体を見よう見まねで作ってみました。書道の経験がなかったので,いいと思う古筆の作品をひたすらなぞってみることから始めたんですが,それがすごく面白くて。もっと上手になりたいと思って,書体デザインに関する本を読んだり,関連するイベントにも参加したりしました。そのうち,書体についていろいろ聞くという雑誌の企画に応募したことをきっかけに,作品をいろいろ見ていただけるようになり,そのまま今の会社に就職しました。活字デザイナーは募集が少ないので,幸運だったと思います。
人の心を動かす「言葉のやりとり」を支える仕事
書体のデザインは,一つのことにじっくりと取り組み,繰り返し同じことをおこなうのが好きな人に向いている仕事だと思います。私は子どものころ,絵を描いたんですが,まず下描きをしてそれをなぞり,さらにそれを何度もなぞりながら,線をどんどんきれいにしていくことを繰り返していました。同じことを続けてじっくりとやるのが好きという意味では,活字デザイナーに向いていたのかもしれません。
書体は,本やパッケージ,広告,ポスター,ウェブサイトなどに使われるものですが,基本的に,使われても何か連絡が来るものではないので,書店や街なかで自分が作った書体が使われているのを見つけると,びっくりしますし,とてもうれしいです。
書体作りにおいて,私は自分の好みというより,誰が見ても「きれい」と思えるものを作りたいと思っています。だから,「自分の作った文字を読む人がいる」ということが,自分の力になっていると感じています。
インターネットにしても本にしても,言葉のやりとりには文字が使われます。私は「言葉のやりとり」から力をもらった「いい思い出」が多くて,誰にとっても文字がそういう存在であればいいなと思うのです。活字デザイナーは,人を力づけ,心を動かすような,そういう言葉のやりとりを手伝う仕事であったらいいなと考えています。