オフィスビルや病院など,さまざまな建物の電気工事を担当する
私は東京都葛飾区にある泰信電設という会社で社長をしています。泰信電設は,オフィスビルや病院,学校,商業施設,駅など,さまざまな建物や施設に電気を通す「電気工事」の会社です。1966年に私の父が創業し,叔父,私と,3代にわたって続けてきました。現在は14名の社員が働いています。
泰信電設で行う電気工事は,主に3種類あります。1つ目は新しいビルの建設に伴う電気工事,2つ目はオフィスなどの改修に伴う電気工事,3つ目は改修したオフィスなどをもとの状態に戻すための電気工事です。
中でも多いのが,10~20階建ての大規模なビルの建設に伴う電気工事です。ゼネコンと呼ばれる大手の建設会社が工事をする現場で,柱や壁を造る建築工事業者やエアコンなどを設置する設備工事業者と一緒に,協力しながら工事を進めていきます。建築工事業者や設備工事業者などと協力しなければならない理由は,電気工事が,建物を造りながら行わないといけない仕事だからです。建築工事業者が柱・壁・天井などを造っている途中に,私たちが壁の中や天井の中に電気の配管や配線をしていきます。そのあとに設備工事業者がエアコンなどさまざまな設備を取り付け,それを積み重ねて,ビルができ上がっていくのです。
ビルができ上がったら,照明,エアコン,火災報知器,セキュリティシステムなどにきちんと電気が通っているか,正しく動くかを確認し,検査に合格すれば「完工」(工事完了)となります。
設計から施工まで。チームで仕事に向かい合う
電気工事は,ゼネコンなどの発注業者からもらった電気設備設計図を確認するところからスタートします。壁の幅,天井の高さ,柱や窓の位置などが細かく書かれた図面を参考にしつつ,発注業者からの指示や要望を聞いて,まずはどのように電気の配管や配線をしたらよいかを考えるのです。例えば,「床に6つ,壁面に8つコンセントを付けるには,どう配線したらよいか」とか,「ここにはインターホンが設置される予定だから,床から〇㎝の高さまでケーブルを引っ張ってこないといけないな」とか。そういったことを考え,詰めながら,「電気設備施工図」と呼ばれるものを作ります。
電気設備施工図ができ上がったら,部品の調達や工事にかかる費用を算出します。そして,必要な部品を手配して現場に向かい,工事を行います。工事は,数名から数十名で行うケースが一般的です。大規模な建物や急ぎの仕事などの場合は,フリーランスの電気工事士に応援を要請したり,他の電気工事会社と分担したりして,大人数で行うこともあります。
泰信電設の場合,大手の電気工事会社から仕事を受注して工事を行います。工事の期間は,新築ビルの場合だと,短くても9か月ぐらい,長い場合は4年ぐらいかかります。
安全教育や資格取得の支援に力を入れている
社長である私の仕事は,主に3つあります。会社の経営の仕事,新しい仕事を受注するための積算と交渉をする営業の仕事,社員に安全について教育する仕事です。
中でも私が力を入れているのが,安全についての教育です。さまざまな重機や資材を扱う工事現場は,重大な事故が起こりやすい場所でもあります。作業員が新しい工事現場に入るときは必ず安全教育を受けさせなければなりません。泰信電設の場合は,職長と呼ばれるリーダーが,社員や協力業者の作業員に対して事故防止と安全に関する教育研修会を行っています。教育研修会では「この現場にはこんな危険がありますよ」「万が一のときはこう避難してくださいね」といった情報を共有します。私は職長に対し,安全教育の重要性や業界の流れ,国が求めていることなどを話し,意識を高める働きかけを日ごろからするようにしています。実際に工事現場に行き,自分の目で現場の危険性をチェックして,職長に「こんな危険もありそうだよ,他の作業員にも伝えてね」と指導することもあります。
他に,会社として,社員が資格を取得することについても全面的にバックアップしています。電気工事は,「電気工事士」という国家資格がなければできない仕事です。それ以外にも「一級電気工事施工管理技士」などさまざまな資格があり,資格を取れば現場でできる仕事の幅が広がるのです。社員には,できるだけ多くの資格を,積極的に取ってもらいたい。そう考え,会社が費用を負担して,外部の講習や資格試験を受けられるような体制を整えています。
電気工事は「知的な仕事」。だから面白くやりがいがある
電気工事の魅力は,なんといっても「知的な作業」であるところです。なぜここに照明器具を付けなければならないのか,どの程度の明るさのものが必要なのか,効率のよい配線をするにはどうしたらよいかなど,資格試験の勉強で学んだ知識や現場での経験を生かして,さまざまなことを考えながら取り組まなければなりません。また,電気工事士法や電気工事業法などといった法律に関する知識も不可欠です。工事というと「体力勝負」「身体を使う仕事」というイメージを持たれがちですが,実際は,頭をしっかり使いながら身体を動かさなければいけない仕事です。考えることが好きな人,楽しめる人に合う職種だと思います。
他に,一生ものの資格が取れるところもポイントです。電気工事関連の国家資格のなかには,持っていればずっと使える,更新の必要がない資格も存在します。一度取得してしまえば,資格を生かして転職することもできますし,独立することも可能です。泰信電設からも多くの電気工事士が独立しており,よく当社の仕事を手伝ってもらっています。
電気工事は,新しい建物の建設とメンテナンスがある限り,なくなることのない仕事です。最近は,工具の小型化・軽量化が進み,若い人や年配の人でも作業ができるようになってきています。スペシャリストとして長く活躍したい,そんな人におすすめできる仕事です。
大規模かつ複雑な工事が多く,人員の調整が難しい
仕事をしていてもっとも大変だと感じるのが,人員の調整です。新しいビルを建設するときは,数か月から数年かけて,多くの業者と関わりながら複雑な工事を進めなければなりません。関係各社との調整に手間取ったり,予期せぬトラブルで工事に時間がかかったり……。想定外の出来事があちらこちらで発生し,予定通りに進まないことが多いのです。
こうしてスケジュールがズレていくと,作業のピークだと予測して人をたくさん配置していた時期に人手が余ってしまったり,逆に,作業が少ないと思っていた時期に人手が必要になったりします。余った人員を他の現場に回したり,忙しい現場に応援の人員を派遣したりして対処していますが,スムーズにいかないことも多く,いつも苦労しています。
その一方で,会社で受けている複数の工事のスケジュールを,遅れまで見越して予想できたときや,事前にバランスよく人員配置ができたときは手応えを感じます。電気工事の管理者としても,経営者としても「務めが果たせたな」と思うのです。
そしてなにより大きなやりがいを感じるのが,苦労して造った建物を目にしたとき。完成直後ではなく,数年後に近くを通ったときに「ここ,泰信電設で工事したところだよね」と思い出すことが楽しいのです。大変だったことを思い出すときには,「がんばったかいがあったなあ」と,しみじみと噛みしめています。
大切にしているのは「よい仕事を提供すること」と「投げ出さないこと」
泰信電設は50年以上続く会社です。先々代,先代が,時間をかけて,お客さまとのつながりと信頼を築き上げてきました。3代目である私の責務は,「その繋がりと信頼を決して壊さないこと」と「これまで以上によい仕事を提供すること」です。そのためには,私だけでなくすべての社員が,よい仕事をするという意識を持つことが欠かせません。日ごろから若い社員と積極的にコミュニケーションを取って,「君たちがよい仕事をすることが,次の仕事につながるんだよ」と話しています。
もうひとつ,若い社員によく話していることがあります。それは「投げ出さない」ということ。「一度始めたことは,どんなことがあってもやり切りなさい」と折に触れて伝えるようにしています。辛いことや苦しいことは,やり切れば必ず糧になります。楽にできてしまったことより,圧倒的に大きな経験になるはずです。
これからも,「よい仕事を提供すること」と「絶対に投げ出さないこと」を大切に,お客さまとのつながりと信頼を育てていきたいと思っています。
家業にも電気にも興味のない子どもだった
私は,東京都足立区の綾瀬で生まれ育ちました。昔の綾瀬は田んぼと池しかないようなのどかなところで,そこら中をただ走り回って遊んでばかりいたことを覚えています。勉強はあまり好きではなく,家業である泰信電設や電気にもまったく関心がありませんでした。
転機がやってきたのは中学生のときのことでした。学校で職業適性検査を受けて,「あなたに向いている職業は,電気工事士です」と書かれた結果を受け取ったのです。意外な結果に驚きましたが,一方で「確かに,じっとしているよりは身体を動かすほうが向いているかもしれないな」という納得感もありました。それで,迷いつつも,電気科がある高校に進学することを決めたのです。その後,短大の電気通信工学科に進学し,電気工事士になり,現在に至っています。
自分の意志で進むべき道を決めてほしい
子どものころ,家業や電気にまったく興味がなかったのは,親が「自分のことは自分で決めなさい」という教育方針を貫いていたことも影響しているのだと思います。家業を継いでほしいといった話は一切されたことがありませんし,父が電気工事士として働く姿も見たことがありませんでした。
結局,電気工事士になって家業を継ぐわけですが,継がされたのではなく,自分で「電気工事士になる」「家業を継ぐ」と決めて行動したからこそ,ここまで続けてこられたのだと思います。自分で決めたことだから逃げない,投げ出さない。だからこそ辛く苦しいことも乗り越えられるし,道が拓けたのだと思うのです。
親や先生に「こうしろ」と言われたからやるのではなく,自分の意志で進むべき道を決めてほしい。回り道をしてもいい,道はあらゆる方向に伸びています。だからこそ自分で決めてほしい。そのためにはいろんなものを見聞きすることが必要です。若いみなさんには,ぜひたくさんのことを経験してもらいたい。その中で,判断力と決断力を養ってほしいなと思います。