※このページに書いてある内容は取材日(2018年07月11日)時点のものです
数学で「行動」や「嗜好」を分析する面白さ
私は,株式会社インテージという会社で「マーケティングリサーチ」という仕事をしています。
「マーケティングリサーチ」という言葉を,みなさんはあまり聞いたことがないかもしれません。わかりやすく説明すると「企業が商品やサービスを提供する仕組みづくりを,データからお手伝いする」という仕事です。
この仕事についたのは,大学に通っていたときに「マーケティング・サイエンス」という学問を学んだことがきっかけです。この「マーケティング・サイエンス」というのは,数学を使って“その人が何を買うか”という「購買行動」,“何を買いたいか”という「嗜好」などを明らかにしていく学問です。それまで,「数学を学んでも何に役立つんだろう?」という疑問が私の中にあったのですが,大学の授業を受けたことで「数学を使えばこんなに面白いことができるんだ」というのを知り,そこからどんどんのめり込んでいきました。
「データを使って購買行動を明らかにする」ことの楽しさを知って,今の仕事につくことを決めました。
スーパーやコンビニの買い物データを活用する
私自身が今メインで担当しているのは,スーパーやコンビニで買い物をしたときに記録される「ID-POSデータ」というものの分析です。買い物をする際にポイントカードを提示してもらい,購入した商品のバーコードをスキャンすると,どんな人がいつ,どこでどの商品をいくつ買ったか,というデータが残るんですね。データの量はそのスーパーやコンビニの規模にもよるのですが,大きなチェーンのものになると,膨大な量になります。その膨大な量のデータを分析していくことで,さまざまなことに役立てられるようになるのです。
たとえば「このくらい気温が高くなって暑くなり始めたらアイスが売れ始める」とか「このくらい寒くなってきたらお鍋の素が売れ始める」といったことがわかってきます。また,ポイントカードを使ってもらうことで「その人がどんなものを買っているか」という履歴がデータとして残るため,それを分析していくと,その人の「ものを買うときの価値観」がわかります。健康志向なのか,価格が安いものを好むのか,価格が高くても素材にこだわって買っているのか……。そういったお客さまの姿が具体的に見えてきて,商品開発に役立てることができるのです。
また,お客さま個人の価値観がわかることで,「こういうお客さまにはこういう商品をおすすめしたらいいんじゃないか」という営業活動にもつなげることができます。よくビールを買う人にはビールのクーポンを発行したり,健康志向の方には健康食品のクーポンを発行したり,といったことが実際に行われています。
より確実な成功に近づけるために
この仕事には「正解」がありません。「こうしたら,どのくらい売れるか確実に予測できる」という方法はないのです。社会の変化でSNSの活用など,広告の形も変わってきました。そういう今,流行しているものや新しいものも取り入れて,いかに分析していくか,が難しいところですね。ある程度決まった方法はありますが,アレンジの仕方が無限大にある,というイメージです。毎回,仕事のうえで苦労しているところです。
ときには,特定の地域のみで商品を売り出して,データを取ることもあります。これを「テストマーケティング」といいます。全国規模で新商品を出すと売れないときのリスクもあり,たくさんのコストもかかってしまいますよね。それを防ぐために,事前に特定の地域で販売してみるのです。
テストマーケティングに使われるのは静岡県が多いです。関東と関西の中間にあり,味覚的なところでも両方を受け入れてくれるのでは,と言われています。売れ行きが好調だったら,その後,全国での販売を決定する,という流れになります。
自身が関わった新商品が世に出ることのうれしさ
仕事のやりがいを感じるのは,自分が携わった商品やサービスが世の中に出たときでしょうか。社会に対して貢献できた,みなさんに届けることができたという気持ちになり,とてもうれしくなります。自分が関わった新商品がコンビニなどで売られているのを見ると,つい笑みがこぼれてしまいますね。
新商品の開発自体に関わることもあります。まだ世の中に出ていない商品の売上予測を立てるためには,いくつかの方法があります。まずはアンケートなどを利用して「こういう商品を発売したいのですが,買ってみたいと思いますか」と聞く方法があります。また「模擬棚」といい,今ある商品の売り場を再現して,そこに新しい商品を置き,どのくらい選ばれるかというデータを取る方法もあります。そうやって取得したデータを使い「こんな新しい商品を出せば,このくらい売れますよ」というのを予測し,提案していくのです。
正しい情報を伝えられるように
仕事をしていくうえで大切にしているのは,「間違わないこと」です。なぜなら私たちが仕事で調べたデータは,企業の重要な決定や,判断に使われることが多いからです。たとえば新商品が「どのくらい売れるのか」という予測を立てるのに,私たちが調べたデータが利用されたとします。それは「新商品をあらかじめどのくらい生産すればいいのか」,そのために「どのくらいの材料が事前に必要なのか」といった判断にも関わってきます。しかし,もともと私たちが行ったデータ分析が間違っていたり,データ自体が間違っていたりすると,「間違った決定・判断」に導いてしまい,大きな損失につながってしまうことになりかねません。そのため,「正しい情報」を伝えられるように気をつけています。
データは「ただ集めればいい」というわけではありません。基本的にそのまま使える「きれいなデータ」というのはあまりなく,いろいろな作業を加えて「仕事に使えるデータ」にしなければいけないんですね。たとえば,とある商品の売り上げが大きかったとしても,その商品の返品率が大きかったとしたら,はたして純粋に売上データだけで「売れている商品」と判断していいのかどうか。さまざまな要素を考えたうえで,データを作っていかなくてはいけません。データから導き出される答えが「間違い」にならないために,データを作るときは,たくさんのことを考えています。
さまざまなところで使われる「データ」
商品販売において,データからわかることは本当にさまざまです。たとえば,「天候によって売れる商品が違う」。これは日本気象協会さんが出しているデータで,たとえば雨などで寒い日は薄切り肉の売り上げが増え,暖かい日は厚切り肉が売れるそうです。
「気温が上がったらアイスが売れる」ということにしても,「どのくらいの気温でどんなアイスが売れ出すか」というのはアイスによって違うのです。そのため,どのタイミングでどの商品の広告を出すかという判断をするときは,統計データをもとに決めていたりします。
また,この商品と一緒にこういう商品が買われている,という「併売傾向」を調べることもできます。たとえばコンビニやスーパーで「おにぎりを買う人はサラダを一緒に買うことが多い」というデータが出たとします。そういうときは,おにぎりとサラダの売り場を近くすれば,一緒に買ってもらえる可能性がより高くなりますよね。
これらのデータを分析していくために使うのは,実は数学の理論なのです。実際には「統計処理ソフト」を使用するのですが,このソフトに組み込まれたデータ処理に必要な理論は,すべて数学に基づいたもの。数学のおかげで膨大な量のデータを処理できるようになり,商品を売るためのより詳しいリサーチが可能になったというわけなのです。
今やっている勉強は,未来へとつながる
今でこそ数学を使って仕事をしている私ですが,中学生のころは,「今やっている勉強は,将来,何に使えるのだろう?」と思っていました。おそらく,これを読んでくれている人の中にも,そう思っている人がいるのではないでしょうか。
でも,学校で勉強していたことが,いずれ自分の興味や関心に密接につながってくる時期が絶対にあります。たとえば数学の場合,最近だと家電の中からもいろいろなデータが取得できるようになり,分析やリサーチの幅がより広がっています。また,サッカーの戦術にも数学が活用されていたり,文学のジャンルでも「シェイクスピアの作品は実は違う人が書いたのではないか?」という研究に数学が使われていたりするのです。具体的には,書かれた文章の傾向を分析するために統計分析の理論が使われているそうです。
数学だけではなく,今,学んでいることの中から,いずれは自分の趣味や仕事につながることが出てくるかもしれません。だから今は,目の前にある勉強をがんばってもらえれば,と思います。