※このページに書いてある内容は取材日(2018年08月31日)時点のものです
屋根を葺き替え,伝統的な住居を守る
私は,「合掌造り」という建て方で建てられた住居の屋根を葺き替える「葺き師」という仕事をしています。私自身も合掌造りの家で生まれ育ち,祖父と父が葺き師でした。現在は父が立ち上げた会社に就職し,葺き師としての腕を磨いています。
合掌造りとは,手の平を合わせるように木材を山形に組み合わせた,三角形の屋根を特徴とした住居です。私たちが住む白川郷という地域は,冬に多くの雪が降るため,屋根に積もった雪が滑り落ちやすいよう,昔からこうした形の住居が造られてきました。
合掌造りの屋根は,ススキや稲わらなどの植物を材料にして造られています。屋根を葺くための植物を“茅”,茅で葺かれた屋根を“茅葺き屋根”と呼びます。茅を積み重ねた茅葺き屋根は保温性が高く,雪深く寒い冬の間も,室内を暖かく保ってくれます。また,通気性にも優れているため,夏も涼しく過ごすことができます。合掌造りの住居には,厳しい自然環境の中で生き抜くことを考えた,先人たちの知恵が詰まっているのです。葺き師の仕事は,その知恵と技術を受け継ぎ,地域の大切な住居を守っていく役割も持っています。
昔から続く知恵と技術を受け継ぐ
茅葺き屋根は毎日,日光や雨風にさらされているため,茅はだんだんと傷んでいき,20~30年に一度は葺き替えが必要になります。茅葺き屋根の葺き替えは,まず古くなった屋根をすべてめくって取り除くところから始まります。そのときに,下地になっている木材も古くなったものを新しいものに取り替えて,茅を葺き替える下準備をします。
茅葺き屋根は,クギなどの金物を使わず,“ネソ”と呼ばれる木で木材同士を結んで固定しています。ネソは,マンサクという弾力のある木で作られ,山から採ってきたマンサクの木をねじったり叩いたりしながら,柔らかい縄のようにしていきます。屋根を葺き替えるときには,新しいネソを用意し,古いものと取り替えて巻き直します。新しいネソは水分を含んでいるので,年月が経つにつれて,だんだんとネソ自体が乾燥して,よりきつく木材を締めてくれます。これは,自然の素材が持つ性質を利用した昔からの技術です。
下地の準備ができたら,茅をまっすぐに並べ,縄を針に通して下地となっている木材に縫い止めていきます。固定された茅を叩きながら屋根の形に整え,さらに茅を積み重ねていくという作業を繰り返し,約80cmの厚さの屋根を造ります。
屋根の端を美しく仕上げることが目標
5年前に葺き師の仕事を始めたころは,すべてが初めてのことばかりで,縄の縛り方など1つ1つの作業を覚えるだけでも,難しさを感じました。やり方は,先輩たちから教えてもらえるのですが,やはり見て覚えるだけでは分からないことも多く,何度も何度も繰り返し練習して,感覚を身に付けていくことが必要でした。
特に難しいのは,屋根の端部分を葺き替える作業です。この部分は斜めになっているため,うまく葺いていかないときれいな形になりません。また,端は最も目立つ部分なので,ここをいかに美しく仕上げられるかが,葺き替えの出来を左右し,屋根の表情も変わってきます。これまでは先輩たちがこの部分を担当していましたが,今年から初めて,私も挑戦する機会をもらいました。しかし,まだまだ経験が浅いからか,私がやるとどうしても先輩のようなきれいな形にならず,悔しい思いをしています。これからいっそう技術を磨き,経験を積んで,“自分の形”を作ることができるように,努力していきたいです。
できるだけ長くもつ屋根をつくりたい
合掌造りの住居は,この地域の集落だけでも110棟ほどあり,私たち葺き師は,毎年3棟くらいずつ順番に屋根を葺き替えています。大きさにもよりますが,茅葺き屋根の葺き替えには,1棟にトラック何十台もの茅を使い,約1か月もの時間がかかります。また葺き替えの仕事は,季節を問わず行われるため,雪が積もっているときに行うこともあれば,真夏に行うこともあります。特に夏場は,直射日光とその日光が茅に当たってはね返ってくる照り返しが厳しく,高温の中での作業となるため,体力も必要な仕事です。また,冬場,多くの雪が積もって作業ができないときは,茅葺き屋根の雪下ろしや集落内の道路の除雪などを行っています。
茅葺き屋根の葺き替えは大変な作業ですが,自分が携わってきた屋根が徐々にでき上がっていく様子は,見ていてもうれしいものです。すべての葺き替えが終わったときには,さらに大きな達成感を感じます。また私が手がけた屋根が,30年もの間,そこに住む人の暮らしを守っていくという点にも,大きなやりがいを感じています。屋根を葺き替えるときには,できるだけこの屋根が長くもつように,思いをこめて作業をします。30年後,自分が葺き替えた屋根がどんな状態で再び葺き替えの時期を迎えるのか,今から楽しみにしています。
伝統の“結”を次の世代へ伝える
白川郷ではもともと,茅葺き屋根の葺き替えは田植えや稲の刈り取りと同じように,地域の住民みんなで行うのが一般的でした。これは“結”と呼ばれ,お互いに助け合う精神から生まれた制度として息づいてきました。
結では,葺き替えが必要な住居に200人を超える人が集まり,職人だけでは数か月かかる作業を数日で終わらせることができます。20~30人が屋根に上り,茅を送る人,縛る人など,それぞれの役割を総出で行う様子は,この地域ならではの伝統的な風景です。手を貸してくれた人には,作業の後にお酒や料理がふるまわれます。手伝ってもらった住居の家族は,手を貸してくれた人を“結帳”と呼ばれる帳面に記し,次にその家庭が葺き替えをする際には,必ずお返しに手伝いをすることになっています。
しかし近年,普段は会社に勤めている人が増えたり,高齢化で人手が不足するなど,住民の暮らしが変化して昔ながらの結を行うことが難しく,私たち葺き師に葺き替えを頼む人も増えてきました。私たちは,こうした人と人との結びつきを築く伝統的な制度を守り続けていくために,1年に1棟は結で葺き替えをすることを地域で呼びかけています。
今の建築技術を学び,昔の技術を見直した
私は子どものころから,父や祖父がやっていた葺き師の仕事を継ぎたいと思い,建築の知識を学べる大学に進学しました。大学では,建物がどのように建てられているか,地震に耐えられる建物を建てるためには,どのくらいの強度が必要かなどを学びました。現代的な住宅についての知識や技術を学んだことで,合掌造りのような昔の人の知恵が詰まった技術を見直してみると,「よくあんな昔にこんなことを考えることができたな」と,その素晴らしさを改めて感じることができました。
24歳のとき,私が子どものころから住んでいた合掌造りの住居も,葺き替えをする時期になり,屋根の片面を結で葺き替えることになりました。そのとき,初めて私も屋根に上って葺き替えを体験し,地域の人たちと力を合わせて作業をする大切さや喜びを実感しました。葺き替えをしている間,近所の方や父の会社に勤める方が「故郷に帰っておいでよ」と言ってくれて,翌年から父の会社で葺き師を目指して働き始めました。
葺き師の仕事は,技術を学ぶ学校があるわけではなく,すべて仕事をしながら作業を覚えていくしかありません。先輩たちに作業を教わり,実際に葺き替えられていく屋根を見ながら,毎日1棟1棟に向き合って勉強を続けています。
屋根の葺き替えは学校行事でも
私が小さなころから,子どもも村の一員として結の手伝いをすることは,当たり前のことでした。学校でも生徒が結を体験する機会があり,小学校高学年や中学校になると,学校行事として結を手伝いに行っていました。子どもが屋根に上って作業することはありませんでしたが,一列になって新しい茅を屋根の近くまで運んだり,家の周りを片付けたりしていました。結には多くの人が集まるので,子どものころはまるでお祭りのような気分でした。いつも完成したときには,全員が屋根に上って記念写真を撮るのが恒例となっていて,いい思い出として残っています。
今でも地元の小学校では,小さな合掌造りの骨組みを作って,ネソの巻き方などを教わるなど,茅葺き屋根の葺き替えを学ぶ授業が取り入れられています。私も講師として,学校へ葺き替えの方法を教えに行くこともあります。最近では,大学などに進学する際に,村を離れていく若い世代が多くなっていますが,子どものころからこうした伝統を知ることで,地元に愛着を持ってもらい,次の世代へと引き継いでもらいたいと願っています。
大切にしたいことに目を向けよう
職業に就くということは,どんな仕事でも大変なことの連続です。その中で,ずっと諦めることなく続けていくためには,やはり自分が本当にやりたいと思う仕事,好きなことを見つけることが大切だと思います。
自分が好きだと感じることを大事にしていると,必ずそこからつながっている仕事があります。私の場合は,一度地元を出てみて,自分の生まれ育った場所に,大切にしたい伝統があることを再確認することができました。今は好きなことが見つからなくても,何かのきっかけで気がつくことがあります。それを知ったときには,ぜひ強い気持ちを持って,まっすぐに向かっていってほしいと思います。
また,私たちの地域に合掌造りや結があるように,みなさんが住んでいるところにも,それぞれ昔から守ってきた伝統的な文化があるはずです。そうした文化は,この時代で途切れたらそこでなくなってしまいます。地域の伝統を守ることも,これからの時代をつくっていく若い人の大切な役割だと思いますので,ぜひ地元に根付いている文化にも目を向けてほしいと思います。