車掌の仕事場は乗務員室と駅のホーム
私は,電車の車掌をしています。東京の都心から,羽田空港・横浜・三浦・三崎口をつなぐ「京浜急行電鉄」(以下,京急)に勤めています。
車掌のおもな仕事場は,列車の最後部にある乗務員室と,駅のホームです。そこで,安全確認,放送,電車のドアの開閉,お客さまのご案内などの業務を行っています。
京急の全路線で,車掌が出勤する駅は「神奈川新町」「金沢文庫」「京急久里浜」の3つしかありません。どの駅に出勤するかは車掌ごとに決まっており,私の場合は横浜市金沢区にある金沢文庫駅を拠点としています。出勤時間や勤務時間は日ごとに変わり,泊まり勤務で夜と早朝の電車に乗務する夜勤も週に1,2回あります。また,休日は週に2日です。
車掌は,1日に5〜10本の電車に乗務します。基本的に始発駅から終着駅まで通して乗務することはなく,途中の駅で他の車掌に交代します。例えば,三崎口駅発,品川駅行きの特急が金沢文庫駅に到着したら,駅のホームで待機していた私が,そこまで乗務してきた車掌と交代して乗り込み,終点の品川駅まで私が乗務する,といった具合です。私は品川駅から折返しの電車に乗務します。
その日の乗務予定にしたがい,普通列車をはじめ,快特や特急など,さまざまな種別の電車に乗務します。また,車掌と運転士はペアを組んで,その日の勤務中はずっとペアで同じ電車に乗務しますが,この車掌と運転士の組み合わせも,勤務ごとに変わります。
いちばん難しいのはドアを閉めるタイミング
電車の走行中は乗務員室で,後方の安全確認や車内放送などを行います。駅を通過するときは,進行方向と反対側を向き,ホームや線路に異常がないか目を光らせています。まれに,車内で気分が悪くなったお客さまがいらっしゃって,非常通報装置で連絡が入るときがあります。そうした場合は,電車の運行を管理する運輸司令という部門に無線機で連絡し,指示を仰ぎます。運輸司令から「最寄りの駅に緊急停車せよ」などの指示が来たら,それに従って運行します。
また,「快特品川行き。次は上大岡に止まります。続いてご乗車ください。まもなく発車します。ドアを閉めます」といったホームでの放送は,他社鉄道線では駅員の仕事ですが,京急では車掌が担当しています。そのため車掌は,駅での放送に使うワイヤレスマイクと,発車を知らせるホイッスルを携帯しています。
電車のドアを閉めるタイミングの見極めは,車掌の仕事の中でいちばん難しいかもしれません。特にラッシュ時などは,駆け込み乗車をするお客さまが絶えないからです。そうした中で,乗り込もうとするお客さまをいつまでも待っていると,ダイヤが乱れる原因になってしまいます。とはいえ,こちらの都合だけでドアを閉めてしまっては,お客さまがドアにはさまれてしまうなど,事故につながる可能性があります。ですから,慎重にタイミングを見極めてドアを閉めるようにしています。駅によっては確認用のホームモニターが設置されていますが,ほとんどの場合は目視で安全を確認し,ここぞ,というタイミングでドアを閉めるようにしています。
その日その日のスケジュール確認はしっかりと
日々,不規則なスケジュールで勤務しているため,出勤時間を間違えないよう,翌日の出勤時間の確認は毎日,怠らないようにしています。週に1,2回ある夜勤では,深夜の電車に乗務したあと,仮眠所のある駅に宿泊します。毎日,決まったリズムで生活できないのは体力的にきつく,この仕事のつらいところです。
また,いったん乗車すると,基本的にはトイレに行くことができません。1回の乗務時間は長くとも50分程度ですが,乗務の前にはかならずトイレに行くようにしています。
昼食は,乗務する電車と電車の空き時間に食べるのですが,社員食堂のある駅は金沢文庫駅だけです。それ以外の駅で昼食をとることになりそうな日は,勤務が始まる前にその日のスケジュールを見て,「今日はあまり時間がなさそうだから,前もってさっと食べられるものを準備しておこう」,「この空き時間に,あの駅構内の蕎麦屋さんを利用しよう」というふうに作戦を練っています。
沿線の様子を確認するのも大事な仕事
駅のホームや沿線の道から,小さなお子さんに手を振ってもらえると,ヒーローになったようでとてもうれしいものです。私が幼いころにも,電車の車掌さんに手を振ってもらえました。いま,そのお返しをしている気分です。
安全確認のため,踏切など,沿線の様子を見ることも車掌の大事な仕事です。そんなとき,季節ごとの風景が目に飛び込んできます。京急沿線は見晴らしのよい場所が多く,特に桜の季節の眺めは私のお気に入りです。実は,こうして沿線の様子をひんぱんに確認することは,運転士の資格を取るときにも役立ちます。運転士は,目印になる建物や,減速しなければならないカーブの位置など,路線のあらゆる情報を頭に入れておく必要があるからです。運転士になるには,かならず車掌を経験しなければなりません。私も運転士を目指しているため,将来を見据えて日々の業務に励んでいます。
緊急停車のための車掌専用ブレーキ
この仕事でもっとも大切なことは「安全」です。入社したばかりのころ,「安全が仕事のすべてじゃない。しかし安全がなければ,すべてがない」と先輩から教わりました。まさに,その通りだと思います。いくら快適でも,またサービスがよくても,安全でない電車には誰も乗りたくありませんよね。
走行中に何か危険を察知したときは,安全確保のために,まず電車を止めることが基本とされています。そのため乗務員室には,車掌専用のブレーキが備え付けられています。非常時は,車掌の判断で電車を止めることができるのです。例えば,走り出した電車とホーム上のお客さまが接触しそうになったときに,緊急停車を行えるのは車掌しかいません。運転士は前方を見ていますから。窓から顔を出してホーム上の安全を最後まで確認するのは,車掌の役目です。お酒に酔っている人,スマートフォンを操作しながら歩く人,イヤホンをつけて周りの音が聞こえていない人などがホームにいる場合は,特に注意を払っています。
子どものころから運転士にあこがれていた
私が生まれ育ったのは山梨県甲斐市です。子どものころから電車が大好きでした。最寄りの無人駅のホームで,行き来する電車を飽きずに見ていました。物心がついたときには,すでに電車の運転士になりたいと考えており,その夢は一度もぶれませんでした。
中学校を卒業した私は実家を出て,東京の池袋にある昭和鉄道高等学校に進学しました。一般科目に加え,鉄道に関する科目を学べる学校で,卒業生の約8割が鉄道関係の会社に就職します。
卒業後は,縁があって京急に入社することができ,最初の2年は駅に勤務しました。3年目に,1か月の学科研修と2か月の技能研修を受け,車掌になりました。現在,車掌になって3年目です。
次の目標は運転士になることです。そして運転士になれたら,将来は,品川駅などの大きな駅の管制室で機器を操作し,信号の切り替えなどを行う「運転主任」という職種に就くのが目標です。運転主任には,10年以上,運転士を経験したベテランしか就くことができません。入社前は,自分のゴールは運転士だと思っていたのですが,実際に働き出すと,その先にもいろいろな道があることがわかりました。
選べる道は,いつでもたくさんある
将来,どんな職業に就くにしても,そこへの道は決して一つではありません。私の場合は最短距離を進みたくて,昭和鉄道高校から京急に入社しましたが,普通高校や大学を卒業して京急に入社した同僚も数多くいます。道は,人それぞれです。また,鉄道高校に通ったものの,鉄道会社に就職できなかった人もいます。けれど,それでその人の道が途切れてしまうわけではなく,そこから,また別の道がたくさん続いています。みなさんの人生も,その時々で,選択肢がたくさんあること,そしてその中のどれが正しい道かは誰にも決められないということを覚えていてください。
電車が好きで,鉄道会社に入りたいという人もいるかもしれませんね。そんな人たちに伝えたいのは,電車の知識をたくさん詰めこむよりも,今は学校の勉強が大切だということです。いまやるべきことを,しっかりやりましょう。ひんぱんにお金や時間の計算をする仕事なので,算数は特にがんばってください。そして体力も必要な仕事です。スポーツなどで体力もつけておくといいと思います。