※このページに書いてある内容は取材日(2019年07月27日)時点のものです
1円玉よりも小さな標的をねらい続ける
私は射撃選手です。普段は横浜銀行の職員として「法人渉外課」という部署で働いており,射撃選手としての活動は土日に行っています。
射撃はオリンピックにも採用されているスポーツで,大きくは「ライフル射撃」と「クレー射撃」とに分かれています。「ライフル射撃」は固定された標的をライフルやピストルで撃って,「クレー射撃」は空中に放たれた動く皿を散弾銃で撃って,得点を競います。いずれも実弾を使うため,「猟銃・空気銃所持許可証」を警察に申請して認められた者でないと,競技に参加できません。
私が主に取り組んでいるのは「ライフル射撃」で,その中でも花形とされる「50mライフル3姿勢」という種目に力を注いでいます。ライフルを使い,「立射」「膝射」「伏射」という3つの姿勢で,50m先にある標的をねらいます。簡単に言えば,それぞれ「直立した姿勢」「片膝立ちの姿勢」「地面に伏せた姿勢」です。制限時間は2時間45分。その間に各姿勢で40発,合計120発を撃ち,合計得点を競います。
同心円状の標的は直径約20cm。内側ほど高得点に設定されており,中心を撃ち抜けば10点となります。中心の直径は1円玉よりも小さく,約1cmしかありません。長時間にわたって小さな標的をねらうため,集中力と忍耐力が必要です。
年間を通じて大会がある
射撃にはオフシーズンがなく,1年を通じて大小さまざまな大会が行われています。私の場合,平均すると月に1回は大会に参加しています。地方で開催されるときは,試合の前日に会場近くのホテルに宿泊し,しっかりと睡眠をとるようにしています。当日は,試合が始まる2時間前までに朝食を済ませます。睡眠や食事に気をつかっているのは,ベストコンディションで試合に臨むためです。
試合中の時間は,選手が自由にペース配分できます。「50mライフル3姿勢」では,1つの姿勢で撃ち終えたら,休憩をはさむなどして次の姿勢に備えます。試合への集中力は保ちつつ,気持ちを少しゆるめることで体をリラックスさせるのです。私の場合,約2時間で120発を撃ち終えます。
試合終了後は,その日のうちに自宅へ帰ります。銃や,射撃用のウェア,グローブ,シューズなど,荷物が重く,かさばるため,車で移動することがほとんどです。
試合のない週末は,神奈川県伊勢原市の山麓にある射撃場に向かいます。午前8時半ごろから,昼食を挟んで15時くらいまで,一人でもくもくと練習を続けます。練習中は,ずっと標的を撃ち続けているわけではなく,姿勢の確認をしたり,銃の持ち方を変えてみたりと,よりよい成績につながるためのヒントを探っています。ときには選手仲間と,試合形式で練習することもあります。
いかにミスをなくすかが問われる競技
「50mライフル3姿勢」の場合,10点×120発で1200満点となります。実際に1200点を記録した選手は,まだいませんが,トップ選手の場合,1150〜1180点の間で競い合っています。つまり120発のうち,100発近くは10点のゾーンを撃ち抜いているのです。いかに得点を重ねるかと言うより,いかにミスをなくすかが問われる競技と言えるでしょう。逆に,自分がこうありたいというプレーができていれば,かならず点数に結びつく競技とも言えます。
この競技に求められるのは,1発撃つごとに,無駄な動きをはぶき,同じ手順を繰り返し,同じ結果を出すこと。手元が1ミリずれるだけで,50m先の標的を大きく外してしまうからです。理想は毎回機械のような正確さで弾を込め,銃を構えたらピタリと動きを止めて撃つことです。
私は得意な「伏射」姿勢での競技なら国体で優勝したこともありますが,「50mライフル3姿勢」では3姿勢のいずれも同じように撃てないと世界のトップには近づけません。私の課題は「立射」で,立射は体の重心が定まりにくく,長く撃ち続けていると疲れによってだんだん姿勢が崩れていくのです。
35歳のいまが,いちばんうまい
試合で良い結果を出せたときは,やはりうれしいです。ずっと射撃を続けていてよかった,次の試合ではもっといい成績を出してやろうと,前向きな気持ちになります。良い結果が出せた試合は,体感的にあっという間に終わるものです。スポーツ選手がよく口にする「ゾーン」に入った状態なのでしょう。自己最高点を出せた試合は,どれだけ撃ち続けてもすべて中心に当たるような感覚でした。
ちなみに大会で優勝しても,ほとんどの場合,賞金はありません。試合や練習で使う弾の購入費,交通費などは,すべて自己負担です。銃やウェアは何十万円もしますし,弾代は1発が約40円,1回の練習で200発ほど撃つので,それだけでも約8000円かかります。負担にはなりますが,射撃が好きだから続けています。
16歳から競技を始めて,35歳のいまが,いちばんうまいと思っています。やればやるだけ上達するのがおもしろくて,やめられないのです。そして,まだまだ伸びしろがあると思っています。射撃では,世界を見渡しても40歳を超えて活躍している選手がたくさんいます。私もそうした選手たちのように,いつまでも活躍したいと考えています。
射撃選手には強いメンタルが必要
射撃は,メンタルの状態が結果に大きく影響する競技です。体幹を鍛えて姿勢を安定させるなど,肉体の強化もある程度必要ですが,集中力を切らさない強いメンタルが選手には絶対に欠かせません。仕事で気がかりなことがあるようなときは,やはり競技にも響きます。そのため,試合の日はできるだけ他のことは忘れて,競技に集中するようにしています。幸い,気持ちの切り替えは得意なほうです。試合の朝には,自然と試合モードのスイッチが入っています。
つらいのは,思い通りのプレーができないときです。調子が良くないときは,試合中に原因を突き詰め,修正していかなければなりません。銃の構え方がいつもと違っていた,というような理由であれば修正は可能ですが,これといった原因が見当たらないケースもあるのです。そういう日は,自分でも気がつかないほど,わずかなメンタルの不調があるのかもしれません。
試合が終わると,体よりも精神がどっと疲れています。マラソンを走ったあとのような疲れとは違い,たとえるなら,何時間もパソコンに向かって集中して仕事をしたあとの疲労に似た疲れ方です。
射撃競技を始めるには
射撃競技は,何歳からでも始められます。弾を発射しない「ビームライフル」と「ビームピストル」なら,射撃場に行けば誰でもプレーできます。10歳以上,18歳未満で,火薬を使わずに弾を発射する「エアライフル」と「エアピストル」を使う場合,資格が必要となります。
火薬を使って弾を発射する銃を保持できるのは18歳以上,クレー射撃で使う散弾銃は20歳以上からです。銃を所持するためには,警察の機関「公安委員会」で講習を受け,講習修了証明書を交付されることが必要です。一つの銃に対して一つの許可しか得られません。だから,所持許可のある人でも,他人の銃を使うことはできないのです。また自宅に,銃と弾を保管する専用のロッカーを設置することも義務づけられています。一度所持許可を得られても,3年ごとに使用状況などのチェックを受け,更新していかなければなりません。それが面倒で,射撃競技をやめていく選手もいます。
このように,実弾を発射する銃を使う場合は厳しい手続きが必要ですが,射撃は体格や性別に関係なく,誰もが取り組める競技です。足が遅くても,ものを遠くに投げられなくても,泳げなくても大丈夫。競技を始める年齢に,遅すぎるということもありません。10代と60代の選手が,同じ条件で競い合える競技です。こうした間口の広さも,射撃競技の魅力と言えるでしょう。
競技活動に理解のある職場
私が射撃を始めたのは高校生のときです。中学校ではバレーボール部で活動していましたが,高校では何か違うスポーツをやってみたかったのです。入学した高校には射撃部があると聞き,興味本位で入部したところ,とてもおもしろく感じました。もちろん最初から上手に撃てたわけではありません。一緒に入部した10人弱の中でも,いちばん下手だったと思います。自分で上達法を考えながら練習に取り組んだおかげで,最終的には県内の高校生で5番手くらいの実力をつけることができました。
大学でも射撃部に所属し,卒業後もこのまま競技を続けようと考えました。しかし,大会の開催される土日に休めて,普段の練習をする射撃場へ通える場所に住んでいないと,働きながら競技を続けることはできません。私が勤務する
横浜銀行は神奈川県を拠点としているため,遠い県に転勤することはありませんし,基本的に業務は平日です。就職先に横浜銀行を選んだ理由の一つは,競技を続けやすいそうした環境があったからです。それに,横浜銀行で一緒に働く人たちは,私の競技活動をいつも応援してくれています。国体で優勝したときは,社内で表彰もされました。理解ある職場で,選手としてはとても恵まれていると感じています。
あせらず,自分のペースでコツコツと続けよう
スポーツや習い事など,何かを新しく始めたとき,すぐに上達する人と時間のかかる人がいます。私は時間がかかるほうでした。自転車,水泳,スキーなど,どれも最初から上手にできる子どもではありませんでした。最初はあまりできなくても,コツコツと練習を続けることで,ゆっくりと上達するタイプだったのです。
いま取り組んでいることがなかなか上達しない人も,簡単にあきらめないでください。人によって成長するスピードは異なるものです。あせらず,自分のペースでコツコツと続けましょう。その際,「こうしたらうまくなるんじゃないかな?」と,自分なりに工夫をしながら取り組むことも大切です。
まだ熱中できるものが見つかっていない人は,好奇心を持って自分のまわりを見渡してください。たとえば食べることが好きなら,食材や調理法に目を向けてみると,そこから料理に興味を持つかもしれません。そうしたきっかけとなるものが,探せば普段の生活の中でもたくさん見つかるはずですよ。