※このページに書いてある内容は取材日(2019年12月24日)時点のものです
3代続く自転車メーカー
私は東京都北区に本社がある,玉越工業という自転車メーカーの社長をしています。玉越工業は,1950年に私の祖父が創業し,父,私と3代にわたって続いてきた会社です。本社のほか,茨城県に組み立てや検査を行う工場があり,2か所合わせて40名の社員が働いています。創業当時は子ども用自転車専門のメーカーだったこともあり,他の自転車メーカーに比べて,子ども用自転車の商品数や販売数が多いという特徴があります。現在は子ども用から大人用までさまざまなデザインの自転車を製造しており,同じ型の色違いも含めると,300から400種類の商品を取り扱っています。
当社の強みの一つは,国内に自社の組み立て工場を持っていることです。国内にはさまざまな自転車メーカーがありますが,生産にかかるコストを抑えるため,日本よりも人件費が安い国に工場を移すメーカーが多いんです。でも,より安全な商品を提供するためには,コストがかかっても,国内で組み立てるのがベストだと感じています。お客さまの中には,安全性を求めて,国内で組み立てられた商品を選ぶという方もいらっしゃいます。国内での組み立てを続けてきたことで,そういったニーズにも応えられます。2017年には,北区内の優れたものづくりを行う企業を表彰する「北区きらりと光るものづくり顕彰」の「きらめき企業部門」を受賞しました。
自転車製造は企画から
新しい自転車を作るとき,まずは「どんな自転車を作るか」という企画を作成します。新企画は自転車の販売店の方と考えることもあれば,当社だけで考えることもあります。「もっと違う形がいいのではないか」「明るい色のほうがいいのではないか」など意見を交わしながら,自転車の仕様を社員とともに考えていきます。仕様が決まれば,提携している中国の工場に交渉し,製造に必要な部品を発注します。できた部品は,茨城の工場に運んで組み立てますが,場合によっては中国で組み立ててから当社の工場へと運ぶこともあります。こうしてできあがった自転車はトラックで自転車販売店に運ばれ,店頭に並びます。
私は主に新商品の企画作成に携わっていますが,そのほかにも製造した製品のデータのチェックや,販売を行っている各店舗との商談や中国の工場との交渉なども行っています。
安全に乗れる自転車を作るために
私たちはメーカーとして,お客さまが安全に乗れる自転車を作らなければいけません。そのため,出荷前の検査には特に力を入れています。
当社の工場では,組み立てを行うだけではなく,完成した自転車の検査も行っています。検査するのは工場内で組み立てた自転車だけではなく,当社が輸入した自転車や,ときには販売店が輸入した他社製品の点検を,依頼されて行う場合もあります。海外で組み立てられた自転車は,日本へ輸送する前に海外で検査されていますが,運んでくる間にパーツが緩んでしまうなど,日本に届いたときに輸送前と状態が変わっている場合があるんです。検査にあたっては,工場のスタッフが1台1台,丁寧に状態を確認しています。
さらに,設備がないなどの理由で,工場で行えない,より専門的な検査については,日本車両協会という自転車や自動車などの検査を行う機関に依頼し,各部品の強度やブレーキの制動力などに問題がないか確かめています。自転車は部品が一つ破損しているだけでも,大きな事故につながってしまう可能性があるため,念入りな検査を行い,安全が確かめられたものだけを出荷しています。
オリジナリティのあるデザインにこだわる
企画を考えるときに重視しているのは,オリジナリティのあるデザインの自転車を作ることです。販売店では他社の製品と並べて販売されるので,他社と似たようなデザインではお客さまに選んでもらうことができません。
これまで手掛けてきた企画の中で印象に残っているのは,15年ほど前に,女の子向けとして,黒を基調とした派手なデザインの自転車を販売しようと,開発に取り組んだことです。当時は女の子向けの自転車で黒を基調としたものは少なく,派手なデザインのものもあまりなかったため,当初はどの販売店さんも商品を取り扱ってくれませんでした。しかし,ある販売店の方が「今までにない商品だし,うちで売ってみよう」と販売してくれて,見事,大ヒットしたんです。その後は他社も女の子向けの派手な自転車を作るようになり,新たな定番のデザインを作ることができたのだとうれしくなりました。
このほかにも,サドルやハンドルをカラフルにしたものや,カゴやフレームにアクセサリーがついているものなど,特徴のあるデザインの自転車をたくさん作ってきました。ときどき,街中で当社の自転車が使われているのを見かけますが,そんなときはやはりうれしいですし,仕事へのモチベーションも上がります。
ターゲットとなる層が欲しいものを考えることが重要
売れる商品を考えるためには,ターゲットとなる層の性別や年齢層といったイメージを明確にして,その層が欲しくなるようなデザインを考えることが必要です。性別や年齢層に関係なく乗れるようなデザインの自転車は,そんなに売れないことが多いんです。
私は男ですから,男性が欲しくなるような自転車を考えることはできても,女性が欲しくなるような自転車はなかなか考えられません。そのため,女性向けの自転車の企画を考えるときには,女性のスタッフにアドバイスをもらったり,化粧品売り場に行って流行りの色をチェックしたりして,デザインの参考にしています。
このほかにも,当社の製品を扱っている販売店を訪れて,お客さまがどんな視点で自転車を選んでいるかを調べたり,子ども向けの商品を考えるときには,近隣の幼稚園に協力を依頼し,製品を並べて「どの自転車がいちばん好き?」といったように,園児たちにアンケートを取ったりすることもあります。特に子どもの意見は大人ばかりの社内では聞くことができないため,企画作成の際に非常に役立っています。
今までにない新しい自転車を作りたい
大学卒業後は,すぐに当社に入社しました。幼少期から慣れ親しんだ仕事であったことと,代々経営してきたこの会社をさらに大きくしていきたいという思いがあり,家業を継ぐことは決めていました。
アルバイトとして働いたことがあるとはいえ,わからないことも多かったので,出荷作業や組み立ての手伝いから始めて,その後は営業や企画作成など,順々に携わりながら業務を学んでいきました。このころに,自転車の知識と技術を磨くために「自転車技士」と「自転車安全整備士」という資格も取得しています。こうして自転車製造業の知識を積み重ねていき,2019年4月に社長に就任しました。
私が目標にしているのは「自転車を通して未来をつくる」ということです。ただ移動する手段としての自転車ではなく,変わったデザインや,非常時にはペダルをこいで発電できる機能がついているといった,今までにない自転車づくりに挑戦していきたいと考えています。そのために始めたのが,社員から新しい自転車のアイデアを募集する社内コンテストです。既存の製品の改善案から,「ロボットに変形する自転車」など,楽しいけれどすぐには実現できないものまで,さまざまなアイデアが集まりました。現在は,実際にコンテストで出されたアイデアをもとに,新しいデザインの自転車も製造しています。
幼少期からものづくりに触れていた
小学生のころは算数が得意で,今でも社内の誰よりも計算が早いというのが,私のちょっとした自慢です。当時は今の本社の場所に組み立て工場があり,私の家族は工場の上の階で暮らしていました。毎日,自転車ができるまでの過程や,ものづくりに携わる人たちの姿を見ていたので,ものづくりに興味を持つきっかけになったと思います。父親からも自転車製造についての話をよく聞いていました。中学校に入るころには引っ越したのですが,その後も夏休みに祖父のいる茨城の工場へ泊まりに行って,工場を見学させてもらったり,大学生のころは組み立てのアルバイトをしたりと,家族の営む自転車製造業と関わりながら成長してきました。
現在は,祖父や父親が私にしてくれたように,自分の子どもたちに会社を見学させたり,自由研究のために自転車を解体するのを手伝ったりと,自転車製造業に触れる機会を作るようにしています。私と同じように,ものづくりへの興味を持ってくれるとうれしいですね。
さまざまな経験をして,やりたいことを見つけよう
私は実家が自転車製造業をしていたということで,小さいころから将来は自転車製造業に携わりたいと決めることができました。しかし,みなさんの中には,自分が将来何をやりたいのかわからないという人もいると思います。もしやりたいことがわからないのであれば,ぜひさまざまなことを体験してみてください。興味がなかったことでも,体験してみると将来の可能性が広がるきっかけになるはずです。
それから今はインターネットで簡単に新しい知識を得られる便利な時代ですが,実際に体験してみないとわからないこともあります。調べただけで満足するのではなく,実際に出かけて,人と交流したり,体験したりすることで,たくさんの学びを得てほしいと思います。