※このページに書いてある内容は取材日(2019年02月18日)時点のものです
フィギュアや玩具を作る会社を経営
私は東京都北区で,フィギュアや玩具を製作する「株式会社デペイズマン」を経営しています。私の仕事は大きく2つに分けられます。
1つは,依頼を受けてする仕事です。フィギュアなどを製作・販売する玩具メーカーから依頼を受けて,試作品を作ります。フィギュアを量産するためには,工場で製作する「金型」が必要ですが,その金型のもとになる「原型」をまず最初に作ります。この原型を作ってみて,製品でうまく再現できるか,不具合がないかを確認します。
もう1つは,自社オリジナルの製品を作る仕事です。フィギュアなどを企画して製作します。「ザ・スターリン」や「あぶらだこ」など,「ハードコアパンク」と呼ばれる音楽ジャンルがあり,そうしたバンドのメンバーのソフトビニール製フィギュアを主に作っています。
私一人でやっている会社なので,企画から製造,経理,営業など,なんでもやっています。仕事の流れをすべて把握し,自分は今どういうことをすればいいのかを判断して,仕事に必要なすべての動きを,適切なタイミングで行うことを心がけています。
末永く価値を認めてもらえる製品を目指す
おおまかなフィギュア製作の流れは,次のとおりです。まずは,どんなフィギュアを作るかを決めます。次に,社内で絵を描きます。そしてその絵をもとに,パソコンソフトを使い,原型の造型データを作ります。原型を造型する人を,「原型師」といいます。データから実際に原型を立体で作ってみて,折れやすかったり破損しやすかったりする箇所などをチェックし,問題があれば再び原型を作り直し,最終的な形にしていきます。原型が完成したら,それをもとに金型を製作します。その金型を使って,実際に作る工場で商品見本を作り,問題がなければ量産します。
お客さまからの依頼の場合は,原型を作ってチェックする部分だけを担当しますが,自社製品を作る場合は,最初から最後まで私が責任を持って管理します。例えば音楽アーティストのフィギュアの場合だと,まずはフィギュアにしたいアーティストに見てもらう企画書を作り,説明をして許可をもらいます。それから原型を作り何度もチェックし,中国の工場に送って金型を作り,量産して,さらにお店に置いてもらい販売する,という流れです。
フィギュアに限りませんが,ものを作るときにいちばん大切なのが,企画です。私は末永く価値を感じてもらえる製品を作りたいので,企画する製品は「自分が本当に欲しいと思えるものか,今までにない驚きのあるものか」を自分に問いかけて,そうだと思える製品を作るようにしています。ちょっと変わった切り口の,刺激的な製品を目指しています。
綿密な市場調査はしないで作る
「誰に向けて何を作るか」を決めるのには苦労しません。私は「今どんなフィギュアが売れているか」を綿密に考えたり,人気の傾向を参考にしたりはしません。あくまでも「私が欲しいか」が重要です。私自身が欲しいものであれば,私の思いや知識など,こだわりを込めて完成度の高い商品が作れるため,商品を買ったお客さまが納得して,喜んでくれると信じているからです。
その一例が,音楽ファン層に向けたフィギュアです。ニーズがありながらも,ありそうでなかった商品を企画して,それを大手が製造できないくらいの少数生産で開発・販売すれば,商品が売れ残ってしまったときの危険度も少ないのです。しかし,どんなにこだわりを込めてフィギュアを作っても,売れるかどうかは残念ながらやってみないとわかりません。これが,会社を経営するうえでのつらさです。しかし,経営者は誰でもそういうリスクは背負っているので,仕方のないことです。
メーカーと職人,どちらの気持ちもわかるのが強み
私一人の会社ですが,もちろん私一人で製品ができるわけではありません。私は企画を立てたり,企画を理解してもらうためのイラストを描いたりしますが,原型を作る原型師や,金型を作る工場の技術者にも仕事を依頼します。また,中国の工場には何度も足を運んで,私の考えどおりに作ってくれる技術者や職人との信頼関係と,製造のシステムを作りました。
私の強みは,仕事を依頼してくれる企業の考えも,職人の気持ちも,どちらもよくわかることです。そこで両者の間を取り持ち,うまく説明したり,よい落とし所を見つけたりすることができます。例えば職人には作業に没頭したいタイプが多いので,自分で仕事を取りに行くことはあまりないのですが,私がメーカーとの仲を取り持つ形で仕事を依頼すると,感謝されます。そして,その職人の仕事が素晴らしい出来であれば,私もメーカーから感謝されます。そんなときには,自分にしかできないことがやれたように思い,やりがいを感じます。
努力をして,価値のある製品を作る
私は,お客さまが驚き,満足してくれる「特別な製品」を作るために,あるいは,フィギュアを作らせてもらう音楽アーティストからの信頼を裏切らないために,自分がよいと思うことはとことんやるようにしています。
商品に形があってきれいに色が塗られていて「ただ,できているように見える」だけでは完成とは言えません。例えば「隠れているこの箇所が,こんなにこだわって造形されている」とか「こんな小さなところまできれいな色が塗られている」などの,感動させる仕掛けが必要です。
私の会社のソフビフィギュアに,実在する人が1982年に音楽活動していたときを再現した人形がありますが,髪型や体型,着ていた服などが当時どのようだったか,細かくわかる資料を手元に集めて検証しました。そして,でき上がった商品が本人と骨格が似ていたり,身につけていた物の質感まで再現してあって,資料的価値がある人形になるように心がけて作りました。原型の造形は原型師の仕事ですし,量産は工場の仕事ですが,それぞれに私が,事前に必ず細かく指示を出します。企画段階の厳しいチェックによって,より魅力的な商品が完成するのです。
挫折体験を経て,好きなことを仕事に
私は子どものころから,フィギュアや玩具を作る会社を経営したいと思っていたわけではありません。夢も特になく生きてきて,普通に稼げて普通に生きていければそれでいいと思って,職業を転々としていました。しかし,そうやって30歳を過ぎても軽く考えて生きてきた私に,試練が訪れます。当時勤めていた広告代理店が突然,携帯電話の販売店をオープンすることになり,その店長を任されたのですが,売上不振の責任をとって,会社を辞めるか,減給されるかのどちらかを選ばなければならないことになりました。そこで私は,「今までは稼げればどんな仕事でもいいと思ってきたけれど,こういう目に遭うのであれば,どうせなら好きな仕事がしたい」と強く思ったのです。
そのころ,ロボットアニメや特撮ヒーローなど,私が子どものころに好きだったテレビ番組のキャラクターを,今のおもちゃの製作技術で作って大人向けに販売する,というジャンルがおもちゃ業界で流行し始めていました。私はそれらの玩具に感銘を受けて,自分でもよく購入していたのですが,それを自分でも作りたいと強く思いました。そこで,働きながら1年間で約60社の採用試験を受けて,ようやくフィギュア作りができる会社にめぐりあい,入社しました。
しかし,その会社も,玩具を専門とする会社ではなかったので,私が一人で企画から,中国などの海外工場への発注,工場が海外なので必要となる輸入の手続きや,お店で販売してもらうための方法など一通りのことを,見よう見まねだったり人に頭を下げて教えてもらったりしながら,手探りで道を開拓し,仕事を身につけていきました。
臆病だったが,コンプレックスを克服
この仕事の流れや進め方をほぼ独力で身につけたことは,会社を経営するうえでの財産になっていると思います。私は子どものころから,絵を描いたり,ものを作ったりするのが得意だったので,グラフィックデザインの専門学校で学びましたが,それもこの仕事をするうえで役に立っていると思います。
私は家族からは愛情を受けて育ったと思いますが,子どものころは「世の中から不当な扱いを受けている」と強く思って生きてきてしまったように思います。身体が小さく,臆病な性格だったことも影響しているかもしれません。それを克服するために,高校2年生になってから,ボクシングジムに通うようになりました。29歳まで続けていたのですが,試合の勝率も高く,臆病な気持ちはいつの間にかなくなり,自信を持つことができました。
また,高校生のころから聞いていた「ハードコアパンク」というジャンルの音楽には救われていました。高校の同級生が話題にしているような流行のことにはまったく興味はなく,音楽が,友人もいない孤独な私に寄り添ってくれました。今の仕事をするようになって,そのころによく聞いていた音楽アーティストのフィギュアを作るのは,私にとっては自然な流れでした。
好きなことはできる限りやっておこう
私は紆余曲折を経て,好きな仕事に就きました。投げやりに進路を決めて生きてきたので後悔も多いのですが,これはしておいてよかったと思うことは,自分の興味には素直に従って,いろいろなことをやってみたことです。若いうちは,「これは将来,役に立つ」という考えは脇に置いて,可能な限り自分の興味のおもむくことをやってみてください。そして,たくさん感動してください。
感動をするためには,いろいろなことに興味を持ち,おもしろそうだと思ったらすぐに試したり,参加したりするのが大切です。そうするとさらに,別のことに興味が持てるようになります。そうやって何かに夢中になって時間をかけたり,回数を重ねたりした経験は,必ず後になって役に立ちます。
将来,就く仕事は,好きなことでなければいけないということはありません。やっていくうちに好きになることもたくさんあります。それでも,最初から好きなことを仕事にできれば,苦労はするかもしれませんが,最終的には「これでよかった」と思えるはずです。私自身がそう思っているからです。