※このページに書いてある内容は取材日(2024年09月30日)時点のものです
木の個性を生かし、日本の伝統的な模様を作る
箱根丸山物産は、明治初期から続く箱根寄木細工の製造・販売を行う会社です。祖父、父の跡を継ぎ、現在は私が代表取締役を務めています。細工を請け負ってくれている職人が4名ほどいるほか、10名の従業員がいます。神奈川県の元箱根、芦ノ湖のほとりに本店があり、向かいには当社が運営する「箱根からくり美術館」もあります。ここでは、箱根寄木細工を見て、触れて、作って、学ぶことができます。
箱根寄木細工とは、木材を使って幾何学模様を作る技術のことで、江戸時代から続く伝統工芸技術です。材料としては、カシやケヤキ、クルミなどをはじめとして数十種類の樹木を使っており、樹木の種類によって異なる色味や風合いを生かして、色の濃淡を表現します。同じ木でも一本一本、色が変わってくるため、都度、職人がいいものを選んで模様を作ります。作る模様は「麻の葉模様」や「市松模様」などの日本の伝統的な柄で、それらで小箱や小物などを装飾します。使用する木材は、静岡県や岐阜県など日本全国から取り寄せており、種類によっては、外国から仕入れることもあります。
「ヅク」と「無垢」という2種類の技法
箱根寄木細工を作るにあたっては、まず、色味や風合いが異なる木材を組み合わせて接着剤で貼り合わせ、模様を作り出します。こうやってたくさんの木材を寄せ集めるので「寄木」です。貼り合わせた状態のものを「種板(たねいた)」と呼びます。ここからは2種類の加工方法があります。
1つは「ヅク」という技法です。種板の表面を特殊なカンナで薄く削ることで、模様の入った薄いシートを作ります。例えると、金太郎飴の作り方と同じ原理です。小箱などは、木材で作ったベースの表面に、こうしたシートを貼って装飾します。
もう1つの技法は「無垢」といい、種板自体を厚めに削ったり曲げたりして、製品の形に整えます。コースターやイヤリングなどの小物類は、無垢の技法を使うことが多いです。
当社では製品を、店舗だけではなくインターネットでも販売していますが、インターネット販売の場合は、サイトに掲載している見本製品と実際にお届けする製品ができるだけ同じ色味になるよう気を付けています。同じ種類の樹木でも、一本一本、色味が少しずつ違うからです。店舗では手に取って購入する製品を選べるので、色味の違いも味や個性になりますが、インターネット販売の場合はそうはいきません。そのため製品を作るときには、同じ色合いの木をどのくらい用意できるのか、というところも踏まえて製造数を決めます。自然のものを材料としている製品ならではの気を付けるべきポイントです。
遊び心あふれる仕掛けが満載の秘密箱やからくり箱
箱根寄木細工の代表的な作品が「秘密箱」です。秘密箱とは、決められた順番どおりにふたや側面の仕掛けを動かさないと開けることができない小箱のことです。当社で作っている秘密箱は開けるまでに回数の少ないもので4回、多いものは72回、仕掛けをスライドさせる必要があり、回数が多くなるにつれて開けるのが難しくなっていきます。昔は旅人が携帯する枕としても秘密箱が使われていて、簡単には開けられないため、貴重品入れとして活躍していました。
秘密箱と並んで当社の主力製品となっているのが、仕掛けを動かすと開けることができる「からくり箱」です。例えば箱の表面に三つ葉のクローバーがあり、もう1つ葉っぱをはめて四つ葉のクローバーにすると箱が開く、といった仕掛けです。
大体、1年に3、4種類の秘密箱やからくり箱の試作品を作っていて、そのうちの1つくらいが、実際に製品化に至ります。小箱の要素となる仕掛けやデザインについては常にいろいろなアイデアをためていて、それらを組み合わせて1つの製品にしていくような流れです。アイデアは自分たちの頭で考えるだけではなく、お客さまから頂いたリクエストがきっかけになることもあります。過去には、お客さまの声をもとに、A4サイズの紙が入る小箱や紙幣が入る小箱を作ったこともあります。
実演販売でお客さまに箱根寄木細工の魅力を伝える
私のメインの仕事は、店舗での実演販売を通して箱根寄木細工の魅力を発信していくことです。実は箱根寄木細工の実演販売は、1970年代に当社が日本で初めて行いました。実演販売では、集まってくれたお客さまを前に、箱根寄木細工を作りながら歴史や道具の話などをします。話す内容や時間はお客さまのリクエストに応じて、自由にアレンジしています。また、天気が悪いと店の近くから出る遊覧船やロープウェイが止まってしまうことがあるので、そういうときには観光客の方々を中に招き入れ、雨宿りついでに箱根寄木細工で一緒に遊んでいただくのです。「開けてごらん」などと言いながら秘密箱を渡すと、みなさん楽しそうに触ってくれます。実演販売を通して、普段関わることのないさまざまな方とコミュニケーションをとることができるのは、仕事のモチベーションアップにもつながっています。
ほかにも、広告を出す場所の検討や、製品の売れ行きに影響しそうな情報収集といったマーケティング活動、「箱根からくり美術館」の運営、インターネットで購入いただいた製品の発送作業なども行っています。
箱根寄木細工のファンを世界中に増やしたい
実演販売は6割がインバウンド(訪日外国人観光客)のお客さまを相手にしているのですが、大体、通訳ガイドの方と一緒にいらっしゃるので、その場で通訳していただくことで対応しています。インバウンドの中でも、特に多いのがヨーロッパ圏の方々です。木工技術はヨーロッパにもありますが、箱根寄木細工の繊細な模様や模様に込められた意味、仕掛けを解いた先に収納があるという秘密箱の仕組みは新鮮なようで、いつも大きなリアクションをいただきます。
箱根の店舗で製品をご購入いただいたお客さまの中には、帰国してからインターネットで追加注文をしてくださる方もいます。箱根寄木細工の魅力がしっかり伝わり、気に入ってくださったんだなと、とてもうれしくなります。
実は昨年のクリスマスに、突然、海外から荷物が届きました。「返品かな……」と思いながら箱を開けてみたところ、中には木で作られた箱根丸山物産の本店のミニチュアが入っていました。以前、アメリカから来て製品を購入してくださったお客さまが箱根丸山物産のファンになり、手作りして送ってくださったのです。何かの職人というわけでもないのにそこまでしてくれて、本当に感激しました。後日、またお店に遊びに来てくれたときには、記念に写真も撮りました。
箱根丸山物産の本店には、インバウンドのお客さまが年間2万人以上いらっしゃるので、これからも箱根寄木細工の魅力をグローバルに発信していき、一人でも多くの人にファンになってもらえたらいいなと思います。
箱根丸山物産が成し遂げてきた数々の「初」
インバウンドのお客さまを含め、より多くの人に箱根寄木細工に興味を持ってもらうためには、これまでにない方向からアプローチする必要があると思っています。そのため、これまでさまざまな新しい挑戦をしてきました。
例えば、箱根寄木細工の技術は各社とも社外秘にする風潮があったのですが、技術を知れば興味を持っていただくきっかけになるのではないかと考え、代表取締役に就任した2021年に、インターネットで作り方を公開しました。2024年3月には当社が運営する「箱根からくり美術館」のリニューアルも行いました。プロジェクションマッピングの技術を使い、職人の技法を体感できる体験型の作品を上映しています。
今や当たり前となったインターネット販売も、箱根寄木細工の業界の中では当社がいち早く始めました。父を含め、反対意見も多く出ましたが、箱根寄木細工を広めたいという思いで、なんとか説得しました。インターネット販売をするにあたり、当初から気を付けているのが、単なるお金とモノのやり取りにならないようにすることです。複数個買っていただいたお客さまにはできるだけ手書きのお手紙を添えるなどして、「人が作ったものであること」「地域の思いや誇りがあること」を伝える努力をしています。
木とともにある思いをつなぎ、お客さまに感動を与えたい
月に2、3件、ご自身の所有する秘密箱を持って来店されるお客さまがいらっしゃいます。その多くが「祖父母や両親から秘密箱を受け継いだものの、開けられなくて困っている」という相談です。箱根で買ったという情報しかなく、箱根丸山物産の製品かどうかはわからない場合でも、製造する中で培ってきた知見をもとに目の前の秘密箱に向き合います。ふたが逆さになっている、木がそってしまっている、力を入れすぎて部品がとれてしまっている、といった原因がわかり、無事に開けられたとき、「ありがとう」という言葉をいただくとうれしくなります。
木は何十年も生き続け、所有者の思いとともにあり続けます。中に入っているのは髪留めやお金、ビー玉などさまざまですが、どんなものでも数十年前にそれを入れた人の思いを感じられるでしょう。動作確認は売り上げに直結する作業ではないものの、思いをつなぐことでお客さまに感動を与えたいと考えています。
大学時代に感じた悔しい気持ちが、PR活動の原動力に
私が通っていた小学校は、山の上にありました。その自然豊かな立地から、放課後にはあけびを取ったり、魚を釣ったりして過ごしました。ときには芦ノ湖にある流木を拾って帰り、のこぎりで切って工作することもありました。また、当時は家業を継ぐのが当たり前という時代だったので、毎日お手伝いをしながら「いつかは自分も箱根丸山物産を継ぐのだろう」と感じていました。
自分には箱根寄木細工を広める使命があると考えるようになったのは、大学生のときです。大阪にある美術大学に通っていて、同級生には染色や窯元など、さまざまな伝統工芸の跡取りがいました。同級生たちと話をする中で初めて痛感したのが、箱根寄木細工が、箱根以外の地域の人には全く知られていないということでした。「なにこれ?」と言われて愕然とするとともに、箱根寄木細工の知名度を高め、ブランド化しなくてはならないと決心しました。
大学を卒業した後は、まずは自分が社会でどれだけ活躍できるのかを知るために、物流会社に入社しました。数年後、母が体調を崩したのをきっかけに家に戻ると、秘密箱の検品や父の実演販売への同席、営業などを経験したのち、代表取締役に就任しました。
モノを大切にする気持ちを持ってほしい
箱根寄木細工をはじめ、木工製品は時間がたつにつれて飴色に変わっていきます。いわゆる経年変化というものです。これを汚れではなく、美しいと感じられる感性を持ってもらえるとうれしいです。また、愛着を持って使い続けることができるものを、自らセレクトできる目を持ってほしいです。今はモノがあふれているので、たとえ壊れてしまったとしても簡単に買い替えることができるでしょう。しかし愛着のあるモノを集めれば、大切に使い続ける気持ちが高まり、自然とモノの寿命が延びていきます。すると身の回りがよいモノであふれていくはずです。それはきっと豊かな人生を送ることにもつながっていくと思います。今後も実演販売などを通して、一人でも多くの人にこの思いを伝えていきたいです。
加えてみなさんにお伝えしたいのが、行動する大切さです。自分の信念を貫いて行動すれば、少しずつ夢の実現に近づいていくはずです。何かやりたいことや好きなことがあるのであれば、それをないがしろにせず、積極的にチャレンジしてみてください。
<秘密箱(72回)の開け方>
<箱根寄木細工の実演(ヅク)>