※このページに書いてある内容は取材日(2018年09月26日)時点のものです
陶芸の楽しさを伝え,作品をつくる
私は,美濃焼の産地である岐阜県多治見市にある「安土桃山陶磁の里 ヴォイス(VOICE)工房」という陶芸の工房で働きながら,自宅にある工房で陶芸作品をつくっています。ヴォイス工房では,陶芸をやってみたい人のための体験コースや,本格的に陶芸を始めたい人を対象にした教室などを行っていて,私はそういう人たちへの指導やサポートをしています。
私はヴォイス工房に就職する前に,岐阜県の「多治見市陶磁器意匠研究所」で陶芸を学び,卒業するときに『海をはらむ』という作品をつくりました。それから現在まで,シリーズで作品をつくり続けています。『海をはらむ』シリーズは,陶芸の粘土がやわらかい状態のときの表情を使って,「自分にしかつくれないものをつくりたい」という思いをこめて制作している作品です。陶磁器意匠研究所にいたとき,粘土の表面につける模様を何パターンも考える課題があったのですが,その中でワイヤーを用いて模様をつけた土の表情がとても好きで,この作品を思い付きました。細いワイヤーを針に巻き付けてコイルのような形にしたもので粘土を切ると,断面に凹凸ができて,貝殻のような美しい模様になります。この模様を生かす形はどういうものかを考えて作品をつくり,現在は8点の作品が完成しています。そのほか,このシリーズの小さな作品をつくって,販売もしています。
イメージどおりの作品をつくるために
作品を制作するときには,まずつくりたい形をスケッチして,イメージを膨らませます。そして,模様をつける部分とは別に,つくりたい形に合わせた土台をつくっておきます。
ワイヤーで模様をつける際は,まず20kgの粘土のかたまりを,大きくて厚い長方形にします。それをワイヤーで切って断面を開き,イメージに合うものを見つけていきます。粘土に模様をつけるときは,切った後に粘土がどんな表情になるかを予測しながら,ワイヤーを巻く幅などを決めていますが,その表情はワイヤーで粘土を切るたびに,毎回違います。実際の表情は,切って粘土を開いてみないと分からないため,イメージどおりの表情が現れるまで何度もやり直して,作品にするものを決めていきます。気にいった表情をつくることができたら,粘土がやわらかいうちにすばやく形にしなければいけません。どうすれば一番美しく見えるかを考えながら粘土を触っていると,思いもよらない形ができるときもあります。
模様をつけた粘土の形ができたら,あらかじめつくっておいた土台と合体させて,焼き上げます。全体の形を考えるところから完成まで,およそ1か月かけて,1つの作品を制作します。
思いを形にする技術が必要
『海をはらむ』シリーズの作品は,土台となる部分と,表面に波の模様がついた部分とを別々につくった後に,2つを合わせる方法で制作しています。この方法だと,形ができても乾燥させている段階や窯で焼いたときに,2つを合わせた部分にひびが入ったり,割れてしまったりすることがあります。そのため,土台をつくる際に,粘土をろくろで回しながら形をつくったり,全体を一体型にしてみたりと,これまでさまざまなつくり方に挑戦してみましたが,どうしてもイメージどおりのものをつくることができず,現在の方法に至りました。それでも,今までに「上出来」と思えるものは1つもなく,陶芸の奥深さを感じています。
しかし反対に,どれだけやってもうまくできないところに,おもしろさがあるとも感じます。もし自分が納得できるものが完成してしまったら,違うものに興味を持つようになってしまうかもしれません。「もっとこうできたんじゃないか」「次はこうしたらどうか」と,さらに良いものを求める気持ちが,次の作品につながっているように思います。陶芸には,自分が心からつくりたいと思う“イメージ”と,それを形にする“技術”の両方が必要です。これからも,よりよい作品を制作できる方法を探していきたいと思います。
作品に思いをこめて
『海をはらむ』シリーズの作品を展覧会に出したとき,あるお客さんがタイトルを見る前に「この作品からは海と女性のイメージを感じた」と言ってくれました。作品を見た人に,自分が作品にこめた思いが伝わったときは,大きな喜びを感じます。陶芸作家にとって,作品を多くの人に知ってもらうことも大切なことです。そのため,できた作品は展覧会などに出すようにしています。
現在は,結婚と出産を経験し,子育てをしながら作品を制作しています。毎日9時から16時まで工房に勤務した後,自宅で家事や子どもの世話をし,子どもを寝かせた後に,作品制作に取りかかります。子育てをしながら作品づくりをするのは大変ですが,子どもと過ごす時間も私にとってはかけがえのないものです。毎日,子どもと散歩をしながら,道に咲く花を「きれいだね」と眺めたり,空を見上げたり,子どもと一緒にさまざまなものを見ていると,今まで気づかなかった美しさや喜びを感じることがあります。そうした暮らしの中で得た喜びを創作にも生かし,作品をつくり続けていきたいと思っています。
常に原点を忘れず,作品に向かう
陶芸の中でも,私がつくっているようなオブジェは,実際に道具として使う器などと違い,自分の思いを自由に表現できるものです。日常生活の中で心の内に秘めていることや言えないことがあっても,作品には制限なく“本当の自分”を出すことができます。だからこそ「これが自分の形」と言えるまで,自分が心からつくりたい作品をつくり続けることが大切だと思っています。
私が『海をはらむ』という作品を制作しようと思った原点は,粘土のやわらかな質感が面白いという気持ちでした。しかし,展覧会などで多くの人に見てもらおうと思うと,どこかに「自分を格好よく見せたい」という気持ちが出てきて,余計な装飾を加えてしまうことがあります。すると,どうしても自分が一番伝えたい部分が目立たなくなり,大切にしている気持ちが伝わりにくくなります。そうならないためにも,作品をつくる途中では時々立ち止まり,少し離れて作品を見たり,何をつくりたいのかを自分に問いかけたりして,原点となっている思いを再認識するようにしています。
また工房では,教室の生徒さんや陶芸体験に参加する人たちに,いい刺激をもらっています。陶芸を始めたばかりの人は,陶芸の楽しさや驚きを素直に感じてくれるので,一緒にその気持ちを共有し,自分も陶芸を始めたころの気持ちをあらためて思い出しています。
東京から,美濃焼の産地である多治見市へ
私は東京で生まれ育ちました。陶芸に初めて出会ったのは,高校生のときです。私が通っていた高校には,受けたい授業を選択できる制度があり,その科目の中に陶芸の授業があったんです。もともとものづくりが好きだったので,すぐに陶芸が好きになり,大学に進んでからも陶芸部に入部しました。
大学を卒業後は,東京にある,ウェブサイトを制作する会社に勤めながら,陶芸教室に通っていました。そのころ大学の陶芸部の先輩が,岐阜県の「多治見市陶磁器意匠研究所」で陶芸を学んでいました。先輩は大学時代,陶芸部で茶わんをつくっていたのですが,研究所に進んでからは陶器のオブジェをつくっていて,「ここで学ぶとこんなに個性あふれる作品ができるんだ」と衝撃を受けました。そして自分も,美濃焼の産地である多治見市
で陶芸を学びたいと思い,27歳で陶磁器意匠研究所に入学して,2年間勉強をしました。陶芸を志す若い人や,すでに陶芸作家として活躍している人が,全国からこの学校に通っていて,とても刺激を受けました。卒業してからは,現在働いている「ヴォイス工房」に就職し,陶芸を教えながら自分の作品をつくる,今の暮らしをするようになりました。
小さいころからものづくりが好きだった
私は小学生のころから図工や美術が大好きで,学校や遊びから帰ってくると,すぐに紙とえんぴつを取り出し,夕飯の時間になるまで黙々と絵を描いたり工作をしたりして過ごしていました。母も自分で何かをつくることが好きで,いつもカゴを編んだり編み物をしたりしている姿を見て育ちました。母は,私が絵を描いたり紙や木で工作をしたりすると,必ずその作品を褒めてくれて,よく家の中に飾ってくれました。
高校に入って,選択できる科目の中に陶芸の授業を見つけたときは,迷わず選びました。高校には陶芸用の窯も設置されていて,好きな作品をつくることができました。しかし,高校の授業でも,大学で入部した陶芸部でも,つくる作品は趣味の延長で,ほとんどが独学でした。その点,「多治見市陶磁器意匠研究所」に入ってからは基礎となる技術や知識を学ぶことができ,同じ陶芸家を目指す仲間と一緒に陶芸をする時間が,とても楽しかったです。今でもその仲間とは交流があり,情報を共有しながらお互いに刺激を受け合っています。
夢に近い場所で,やりたいことに挑戦しよう
工房で陶芸体験をやっていると,よく「私は不器用だから,陶芸には向いていないかもしれない」という声を聞きます。しかし陶芸は,おおらかな人がつくる作品や細やかなことが好きな人の作品など,それぞれに良さがあるもので,向き不向きはありません。「一番陶芸に向いている人は?」と聞かれたら,私は「陶芸が好きで,ずっと続けられる人」だと思います。だから,陶芸に限らず,何かをやりたいと思ったら,向き不向きは考えず,まずはどんなことでも挑戦してみてください。やりたいと思う気持ちや楽しいと感じる気持ちがあると,思っている以上のことを身に付けることができると思います。
また私は,陶芸をするなら陶芸を続けやすい場所へ行こうと思い,生まれ育った東京から,焼き物で有名な岐阜県の多治見市に移住しました。陶芸が地場産業として根付いている多治見市では,周りに陶芸に関わる人も多く,材料が手に入りやすかったり,陶芸に関わる仕事に就ける可能性が高かったりします。私が勤めている「ヴォイス工房」は,陶芸の窯を作っている「共栄電気炉製作所」という会社が運営をしていて,そこに勤めながら自分の作品を作っている人がたくさんいます。そのほか,美術の先生をしながら陶芸を続ける人や,陶器を生産する製陶所に勤めながら自分の作品を制作する人など,多くの人がさまざまな形で陶芸をしています。自分の好きなことが見つかったら,その仕事が根付いている場所や身近に感じられる場所に身を置いた方が,夢を叶える道が見つかりやすいように思います。