仕事人

社会にはいろいろな仕事があるよ。気になる仕事や仕事人をたくさん見つけよう!

愛媛県に関連のある仕事人
1974年 生まれ 出身地 愛媛県
しのにー
子供の頃の夢: パイロット
クラブ活動(中学校): サッカー部
仕事内容
救急車で傷病者を病院へ運ぶ
自己紹介
負けず嫌いで意地っ張り(いじっぱり)。でも気は小さい。
体を動かすことや車の運転(ドライブ)が好き。

※このページに書いてある内容は取材日(2008年01月07日)時点のものです

緊急(きんきゅう)を要する傷病者に救急車内で救命処置を行う仕事

緊急(きんきゅう)を要する傷病者に救急車内で救命処置を行う仕事

わたしの仕事は救急救命士です。みなさんがよく目にする救急車に乗って,病気やケガ人を病院まで搬送はんそうしています。救急車には救急救命士をふくむ救急隊員の3名が一つのチームになって乗っています。救急救命士は,救急車で病気やケガ人を搬送はんそうする間に,医師いし指示しじのもと救急救命処置しょちを行うことができます。救急救命処置しょちとは,本来は医師いしが行う医療いりょう行為こういのうち,緊急きんきゅうの場合に救急救命士が医師いし指示しじの下で行うことができる医療いりょう行為こういのことです。「特定の器具を使った気道の確保かくほ」「静脈路確保かくほ点滴てんてき)」などの行為こういがありますが,最近では,認定にんていを受けた救急救命士には「気管にチューブを入れて気道を確保かくほする気管挿管そうかん」「心臓しんぞうの働きをうなが薬剤やくざい投与とうよ」もゆるされるようになりました。少しむずかしい用語ですが,どれも病院への搬送はんそう中に手遅ておくれになることがないよう,一人でも多くの人を助けるために行なっているものです。

出動指令が出たら,何をしていても急いで現場に向かいます

わたしたちの勤務きんむは,1日24時間勤務きんむして2日休みという体制たいせいです。朝8時半に前日の隊との引継ひきつぎがあります。その後,救急車の点検てんけん整備せいびをします。次に,その日のミーティングを行い,その日の業務ぎょうむ内容ないようや休んでいた2日間にあった仕事の内容ないようなどを聞きます。ミーティングをしている間にでも出動指令が出た場合,すぐに現場げんばに出て行かなければなりません。出動指令が出たら急いで現場げんばに向かい,病人やケガ人の状況じょうきょう確認かくにんします。それから救急車に乗せ,受け入れてくれる病院と連絡れんらくを取りながら救急車を走らせます。その間に,医師いし指示しじを受けながら救急救命処置しょちをし,病院に搬送はんそうします。救急車に乗ること以外にも,様々さまざまな想定の救急訓練,一般いっぱん的な事務じむ作業があります。心肺しんぱい蘇生法そせいほうなどの応急おうきゅう手当を普及ふきゅうするための啓発けいはつ活動や救急講習こうしゅう準備じゅんび講習こうしゅう報告書ほうこくしょの作成や統計とうけいデータなどをまとめたり,救急車の中の資器材しきざい点検てんけん確認かくにんや,在庫ざいこ確認かくにんなども行います。

助けられない命に慣れることはない

人の命に関わる仕事なので,いろんな苦労があります。この仕事をしていると人の死に直面することもしばしばあります。最善さいぜんくしても助けられない時もありますが,そのことにれることはありません。どんなときでも,人の死というものは悲しいものです。救急車の出動は,天候や場所などを問いません。雨の日にも出動しなければならないし,車が入れないような場所にも行かなくてはなりません。雨の日は患者かんじゃさんがれないように気をつかうし,車が入れない場所だと搬送はんそうに時間がかかってしまうので,よりスピーディーな行動が求められます。また,医療いりょうに関する知識ちしきもたくさん必要ですし,毎日が勉強です。

少しでもたくさんの人の命を助けたい

少しでもたくさんの人の命を助けたい

救急車で搬送はんそうした人から感謝かんしゃのお手紙や言葉をいただくとうれしいですね。命に関わる仕事だから,本人や家族の方から感謝かんしゃの言葉をいただいたり,お手紙をもらったりします。わたしたちの仕事は毎日が勉強ですけど,そのことにやりがいを感じるときがあります。安心して救急車を利用してもらうには,もっともっとたくさんのことについて勉強や訓練をしなければならないですね。がんばって,少しでも多くの医療いりょう知識ちしき技術ぎじゅつを身につけたいとも思っています。追求すればキリがないくらいです。救急救命士にできることはかぎられているけれども,「少しでもたくさんの人の命を助けたい」ですね。だから,感謝かんしゃのお手紙や言葉などをいただくとうれしくなります。

普段(ふだん)から健康面では気を遣(つか)っている

やっぱり,体が大切ですね。体あってのこの仕事ですから。まず,わたしたちが健康でなかったら,病気やケガの人を助けることができません。もし風邪かぜをひいたままでこの仕事をしていたら,病気で体力が弱っている人にはすぐに感染かんせんしてしまうし,健全な救急活動ができなくなります。そうなると,助けに行っているのによけい悪くさせることになって,救える命も救えなくなってしまいます。だから,普段ふだんから健康面ではいろいろと気をつかっています。

少しでも現場に出て人を助けることがしたかった

少しでも現場に出て人を助けることがしたかった

わたしは以前,県外で今とは全くちがう仕事をしていました。その仕事が危険きけんともなう仕事だったので,両親の心配や反対があって地元の愛媛えひめもどってきました。その時に,市の広報誌こうほうし消防士しょうぼうし募集ぼしゅうの記事を見て試験を受けました。だから,最初は消防士しょうぼうしとして消防署しょうぼうしょ内で働いていました。わたし消防士しょうぼうしになったころは,まだ救急救命士の制度せいどができたばかりで,西条さいじょう市内には救急救命士は一人もいない時代でした。今では20数名の救急救命士がいます。そして,わたしは少しでも現場げんばに出て人を助けることがしたかったし,いろんな先輩せんぱい方からのアドバイスもあって,救急救命士になる決心をしました。半年間,東京にある養成所で救急救命士になるための知識ちしきを勉強し,養成所を卒業して,救急救命士の国家試験を受けました。その後,病院実習などを現場げんばに出るようになりました。わたしのように,救急隊員として数年ごした後に救急救命士になる人もいれば,大学や専門せんもん学校で救急救命士の資格しかくを取った上で消防署しょうぼうしょに入る人もいます。

速い乗り物が大好きでパイロットに憧(あこが)れていた

体を動かすのが好きな子でしたね。中学校の時はサッカーをやっていました。「キャプテンつばさ」という漫画まんがが流行った時代で,その影響えいきょうを受けてサッカーをやり始めました。小さい時はパイロットになりたかったです。速い乗り物が大好きで,飛行機とか車にあこがれがありました。乗り物が好きなのは今も変わらないですね。趣味しゅみでスポーツカーを所有していますが,これだけは手放せません。

困っている人に手をさしのべる優しい人になってほしい

困っている人に手をさしのべる優しい人になってほしい

たおれている人がいたら素通すどおりしない大人になってしいですね。こまった人がいたら手をべてあげられるような,やさしい大人になってしいです。特に,軽症けいしょうに見える人に対して声をかけてあげられる人は少ないです。「そんなにたいした事ないかも。」って思うかもしれません。しかし,こちらから見た感じと本人が感じていることはたいていちがうものです。どんな人にでも手をべるやさしい人になれたらいいですね。

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取材・原稿作成:西条市産業振興課 倉本、編集:(c)学校ネット株式会社