※このページに書いてある内容は取材日(2019年05月30日)時点のものです
さまざまな大型貨物船に乗る仕事
私は,海運の会社である川崎汽船株式会社で,航海士として働いています。海運とは船を利用した運輸のことで,物を運ぶ貨物輸送と,人を運ぶ旅客輸送があります。また,国際航路で世界中を巡る外航と,日本国内の沿岸を行き来する内航にも分けられます。私が乗っているのは,世界の海を巡る外航の貨物輸送船です。
貨物船にもいろいろな種類があります。私はこれまでに,コンテナ船,自動車船,LNG船に乗りました。コンテナ船とは,どんな荷物でも“コンテナ”と呼ばれる大きな箱に入れて運べる船です。自動車船は,いろいろなタイプの自動車のほか,新幹線の車両も運べます。LNGというのは液化天然ガスのことで,LNG船には,球形の大きなタンクが並んでいます。このほかにも川崎汽船には,原油などを運ぶタンカー,小麦や大豆,鉄鉱石などを運ぶばら積み船など,さまざまな大型貨物船があります。
船の操縦や貨物の管理をする
大型貨物船は,全長がおよそ300メートルあり,東京タワーを横倒しにしたくらいの長さですが,乗組員は20人くらいしかいません。船の乗組員は,免許を持って責任のある立場で業務を行う「職員」と,職員より指示を受けて甲板やエンジンの整備を実施したり,乗組員の食事をつくったりする「部員」とに分類されます。職員は,行う業務において船長,機関長,航海士,機関士に分けられます。
私の職務である航海士は,おもに操船(船を操縦すること)や貨物の管理を担当しています。機関士は,船のエンジンをはじめ,船内のあらゆる機械類の管理を受け持ちます。航海士と機関士は,「海技士」という国家資格をもつ特殊な技能職です。海技士には等級があり,船の大きさや航行する海域によって,乗船が必要な海技士の等級と人数が国の法律で定められています。
私が乗る外航の大型貨物船には,職員として船長と,一等航海士,二等航海士,三等航海士の3人の航海士が乗ります。現在,私は二等航海士です。その他の職員として,機関長と,一等機関士,二等機関士,三等機関士の3人の機関士が乗ります。部員は10人程度,そのうちコックは2,3人います。
船長は船の最高責任者で,安全な航海のための指揮をとり,船外との連絡も船長が行います。一等航海士から三等航海士は,交代で操船や見張りをする「航海当直」を行い,そのほかにも次にあげるような役割があります。一等航海士は,貨物の管理と船体整備の責任者です。二等航海士は,船長の補佐として航海計画を立てるほか,航海計器の管理,医薬品の管理なども担当します。三等航海士は,消防・救命設備の管理点検などが役割です。船長の統率のもと,各航海士が自分の役割に責任をもち,安全な航海のために力を合わせています。
1日2回,4時間の航海当直
船は24時間,休みなく進みます。「航海当直」は4時間ごとの3交代制で,当直を受け持つ時間帯は決まっています。ベテランの一等航海士は,海上が見えにくい夜明けの4時~8時と,日没の16時~20時を担当します。三等航海士は8時~12時と20時~24時,二等航海士は0時~4時と12時~16時の担当です。航海している場所に合わせて,船の中の時刻を調整することもあります。
航海当直は甲板部員と2人で行います。舵を握るのは甲板部員で,航海士は航海計画に従い,双眼鏡などで進路を見張りながら,甲板部員に英語の専門用語で号令を出し,甲板部員はそれに従って舵を取ります。たとえば右へ5度舵を切るときは「スターボード(右舵),ファイブ(5度)!」と発声します。
自動車はハンドルを切ったらすぐに曲がりますが,船は舵を切ってから曲がり始めるまでに時間がかかります。進路が変わるまでにかかる時間と船の進み方を頭の中で計算して,数百メートル手前から号令を出すこともあります。経験と訓練が必要な仕事です。
港に着くと,航海士は貨物を積んだり揚げたりする「荷役」の仕事が待っています。これも4時間ごとの交代制です。荷役は,港湾施設や荷役の会社や代理店などとやりとりしながら進めます。安全かつ的確に,しかも短時間で終えなければならず,気が抜けません。
充実している船内の生活
川崎汽船では,1回の乗船期間はおよそ6か月です。半年分の衣類や生活雑貨を持って乗船するので,荷物が多くて大変です。
船内での生活は,なかなか快適です。部屋はビジネスホテルのような個室で,シャワーとトイレがついています。船は揺れて船酔いするというイメージがあるかもしれませんが,大型船なので,それほど揺れることもありません。
二等航海士の私の1日は,0時の航海当直から始まります。4時に一等航海士と交替したら,火災の原因になるようなものがないか,船内の見回りをします。それからは自由時間で,私は6時ごろ寝ます。11時に起きて,12時から16時まで2回目の航海当直。そのあとは自由時間です。17時半から夕食をみんなと一緒に食べて,シャワーを浴び,翌日0時の航海当直まで仮眠します。
船内での休日は月に2日ほどです。航海当直は船長が代わってくれます。自由時間には,本を読んだりDVDを見たりしていますね。最近の船では太平洋などの広い海域に出てしまっても衛星通信により電話やメールができ,家族や友人とのコミュニケーションには不自由しません。
責任のある仕事
船の上で働いている人数が少ないため,一人一人の責任は重いです。航海当直では,当直中の航海士1人で大きな貨物船の操船の責任を負います。シンガポール・マラッカ海峡やヨーロッパの沿岸海域など,船が航行できる海域が狭いのに他の船が多く通航している場所を航行するときは,神経がすり減るような思いがします。最終的な船の責任は船長にあり,夜中に船長を起こして対応してもらったこともあります。
海運の役割の大きさには,やりがいを感じています。日本では,生活に必要なものの多くを海外から輸入しています。また,輸入した原料から工業製品などを作り,その製品の輸出も行っています。輸出入品の99%以上が船によって運ばれていることは知っていますか?日本人の生活を支えている大型貨物船の安全な運航には,大きな使命とやりがいを感じています。
しかしこの使命を果たすには,絶対に事故を起こしてはなりません。私たち航海士のちょっとしたミスが,命にかかわる事故や環境破壊につながりかねません。とくに,原油を満載したタンカーや液化天然ガスなどを運ぶガス船では,航海士に技術や判断力,強い精神力など,高い能力が求められます。乗船中は,常に気持ちを引き締めています。
外国の寄港地での楽しい上陸
外航の船長さんにあこがれて
私は小さいころから,「将来は船長になる」と決めていました。それは,近所に外航の船長さんが住んでいたからなんです。外国の香りがする紳士で,あこがれましたね。
その夢を持ち続け,中学卒業後に,船員を養成する高等専門学校に入学しました。当時は校内で学ぶのは4年半で,最後の1年は実習船での航海実習です。卒業後に,口述試験と身体検査に合格すれば,三級海技士の資格がとれ,大型貨物船に航海士として乗船できます。
私は高等専門学校を卒業後,2010年10月に,川崎汽船に入社しました。川崎汽船の海上勤務は,6か月の乗船と3か月の休暇を繰り返すサイクルです。ただし,仕事は海上勤務だけではなく,オフィスで働く陸上勤務があります。海上と陸上の両方の経験を積み重ねることで,船の経験で培った知識と経験をもって,陸上で仕事をする際に,船の安全な運航のための手助けができるようになるという考え方からです。
夢を持ち続ければ,必ずかなう
子どものころから体を動かすのが好きで,放課後は近所の公園で泥んこになって遊んでいました。駆けっこも得意で,小学校ではずっとリレーのメンバーでした。その一方で読書も大好きでした。毎日のように,学校の図書館で本を借りてきて読んでいました。
私はどちらかというと,おっとりとした性格なので「自分のこの性格は,船乗りには向かないのでは?」と,思い悩んだこともあります。節目のひとつが,高等専門学校の3年生を終えたときでした。4年生に進む道と大学編入の分かれ道で,「船はあきらめて大学に行こうかな」と,迷いました。けれどやっぱり子どものころから抱いていた「船長になりたい!」という気持ちが強くて,結局,その道を突き進むことにしました。
夢を実現するまでには苦労もあるだろうし,悩むことも多いと思います。でも夢を描き,その思いを強く持ち続けていれば,悩みに悩んだ末に,ちゃんと道が開けるものだと思います。それを信じて,みなさんも自分の夢を持ち続けてほしいなと思います。