※このページに書いてある内容は取材日(2022年01月17日)時点のものです
「社会課題を解決するビジネス」しかやらない会社
私は株式会社ボーダレス・ジャパンの代表取締役副社長を務めています。私たちの会社の特徴は、「社会課題を解決するビジネス」しかしないことです。社会課題解決に取り組む非営利団体(NPO)との違いは、寄付金で運営するのではなく、事業として利益を出して運営している点です。
日本を含め世界には、貧困、差別、環境破壊など、さまざまな社会課題があります。たとえば「いくら作物を育てて売っても、生活が楽にならない農家」「外国人だからといって、家を借りられない人々」など、困っている人たちがたくさんいます。そういった社会課題を解決する事業のことを「ソーシャルビジネス」と呼び、そのための会社を立ち上げる人のことを「社会起業家」といいます。ボーダレス・ジャパンでは、解決したい社会課題を持つ社会起業家たちを生み出し、サポートする仕組みをつくることで、社会課題の解決に取り組んでいます。その仕組みとは、「資金や人材、ノウハウ(専門的な知識やコツ)といった、会社の運営に必要な資源をグループで共有する」というものです。この仕組みを運用し、15年目となる現在までに、世界15か国、45社で構成されるグループに成長しました。
最初は、創業メンバーで新しい事業を生み出していましたが、それでは生み出せる事業の数は限られています。より多くの社会課題を解決していくためには、社会起業家を増やす必要があると考えました。また、社会を良くしたいと考えている人はたくさんいるにも関わらず、事業を立ち上げるには多くの困難があるため、時間がかかったり、中にはあきらめてしまったりする人もいます。それでは、社会にとってあまりにもったいないので、事業を立ち上げるハードルを下げ、良い社会づくりを加速していくための仕組みをつくることにしたのです。
社会起業家のチャレンジを後押しする「恩送り」のシステム
新しい会社の立ち上げは、ボーダレスグループ全社の社会起業家たちで構成される「社長会」で、会社を立ち上げたい人が、新会社のプランを発表するところから始まります。私たちのグループは全社が並列の関係です。そのため「社長会」では社長全員が平等に一票ずつ持っており、全員が新会社の立ち上げに賛成すると、新しい会社を立ち上げることができます。一人でも反対した場合は、立ち上げることはできませんが、事業プランを練り直し、再度チャレンジすることができます。全員の賛成票を得ることは難しいと思うかもしれませんが、これまで「社長会」で議論されたもので、実現しなかった事業は一つもありません。それは、私たちの会社には「チャレンジしたい人はチャレンジすべきだ」という考え方があり、「社長会」は事業をより良いプランに磨き上げるためのものだからです。
新会社の立ち上げが決定すると、必要な資金、人材、ノウハウなどの提供を受けることができます。この資金は、ボーダレスグループの社会起業家たちがそれぞれの事業で出した利益を共同で貯めている、共通ポケットから支給されます。私たちはこのシステムを「恩送り」と呼んでいます。「恩返し」ではなく、「恩送り」というのがポイントです。「恩返し」はもちろん大切ですが、相手と自分の間の関係のみで終わってしまいます。そうではなく、「受けた恩を次の人に送る」からこそ、より多くの人が幸せになる、良い循環が生まれるのです。
たとえ失敗しても、再チャレンジができる
私たちは、社会課題解決のためのビジネスを、事業ごとに、あえて一つ一つの会社として立ち上げています。その理由は、社会起業家たちが自立自走しながら「自分の解決したい課題を自分の責任で解決していってほしい」と考えているからです。もしも、事業がうまくいかず、資金がなくなってしまったら、その事業は終了になります。しかし、一度失敗したら終わり、というわけではありません。もう一度挑戦したいという意志を持っていれば、失敗から学んだことを生かし、再挑戦することができます。なぜ再挑戦できるようにしているのかというと、まず、良い社会をつくるためだから。そして「社長会」で新会社の立ち上げを決める際に、「全員が賛成して」その事業を「自分ごととして」応援しているからです。新しい会社がうまくいかないのは、もちろんその社会起業家自身の責任でもありますが、「社長会」で賛成した全員の責任でもあります。そのため、新しい会社がうまくいかなかったときは、もっとサポートできることはなかったのか、と全員が責任を感じます。そして、再スタートすることになったときは、全員がそれまで以上にできる限りのサポートをするわけです。
また、私たちが立ち上げる会社の特徴として、ほとんどの事業が「その業界のことをまったく知らない人が起業している」という点があります。その業界のことを知っていると、これまでの常識にとらわれてしまいがちで、新しいものを生み出すことが難しくなります。何も知らないからこそ、常識を超えるアイデアが生まれ、実現したときに世の中に大きな影響を与えることができると考えています。
「ボーダレスアカデミー」で社会起業家の卵を育てる
私の仕事は大きく分類すると三つあります。一つ目は社会起業家たちの相談に乗ることです。「事業で困ったことがあり、突破するアイデアやノウハウが欲しい」といった相談が来るので、一緒に考えたり、アドバイスをしたりしています。
二つ目はグループ全社の資金、人材、法律業務を支える「バックアップスタジオ」の運営です。ボーダレスグループでは、各社に経理や人事、法務といった会社の経営に必要な部署を置くのではなく、「バックアップスタジオ」がまとめてその機能を担っています。ここでは、各社の資金調達や働き方に関する制度設計、働く環境の整備などを行い、社会起業家たちが自分の事業に集中できるようにサポートしています。
三つ目が、社会起業家を育てる社会起業家養成所「ボーダレスアカデミー」のサポートです。吉本興業の芸人養成所(NSC)の社会起業家版だと考えてもらうとわかりやすいかもしれません。私たちは、社会起業家を生み出してきた方法やその過程で得た知識を、グループ内に留めずに、広く公開することが社会を良くすることにつながると考えています。社会課題を解決したいという思いを持っている人は、日本のさまざまな地域にたくさんいます。そういう人たちが一歩を踏み出すためには、自分らしい事業プランをつくり、これならできる、と自信を持つことが重要です。「ボーダレスアカデミー」では、事業がソーシャルビジネスとして成功するためのプランを一緒に磨き上げていき、しっかりとしたプランを完成させて卒業してもらうことを目指しています。また、卒業生が実際に起業することになった場合、資金面で困らないように、銀行に協力してもらい、起業のためのお金を借りやすくする仕組みをつくったり、経営をサポートしたりしています。
「これまでの当たり前」を乗り越えなければ、社会は変わらない
仕事をする中で大変なことは、既に定着したルールがある社会の中に、常識を超えた新しい仕組みを組みこんでいくことです。これまでの社会のルールが大きな壁になることがあります。しかし、その壁を乗り越えなくては、世の中は変わりません。とても大変なことですが、だからこそ、頭をひねってアイデアを出し、仲間と助け合いながら事業を進めていくことが重要だと考えています。
そういった壁を乗り越えて提供した新しい仕組みが、困っていた人々の生活を大きく変えている状況を目の当たりにしたときには、大きなやりがいを感じます。現在は、私自身が直接困っている人たちに会って仕事をしているわけではありませんが、たとえば、「生活に困っていた農家の方の生活がこう変わった」「ホームレス状態になりそうだった若い子が就職して自立できた」という話をグループの社長たちから聞くことがあります。そういうときに、自分たちみんなでつくった仕組みが社会を変え、喜んでくれている人がいることを実感します。そして、さらに社会を良くするための努力をしていきたいと改めて思います。
失敗の芽をつぶしてはいけない
仕事をする中で心がけているのは、「親ぶらない」ことです。社会起業家たちには苦労してほしくないので、つい、「親のように」指導しそうになることがあります。しかし、そうしてしまうと、その瞬間から、指導される側は自分で考えなくなります。すべてを自分で決めなくてはならないのに、私に答えを求めるようになり、心のどこかに逃げどころができてしまうのです。また、人は失敗しなければ本当の意味で成長することはできないと思っています。うまくいかない状況を受け止め、自分一人ですべてをできるわけではない、と自分の弱さを受け入れてはじめてプライドを捨てることができます。そして、周りの人に「助けてほしい」と言えるようになります。仲間からの助けを受けながら、最終的に成功することで、「ありがとう」と心の底から思えるようになるのです。結果、それまでよりも他者や社会に目を向け、事業をより良いものにすることに力を注いでいくことができるのです。そのため、先回りしてアドバイスをして、失敗の芽をつぶしてしまうことは良くないと考えています。
それから、私自身が「清廉潔白(心が清くて私欲がなく、後ろ暗いことのまったくないこと)であること」も大事だと思っています。「社会を良くするためには共有・循環が大事です」という話をしているのに、自分だけが儲けて良い思いをするような行動をしていたらつじつまが合いませんよね。利益を得ることは、事業を続けるうえで必要です。その利益をどうやって生み出すか、何のために使うのか、を考えることがとても大切です。そして何より、利益は自分一人で生み出したものではなく、仲間みんなで助け合って生み出したもの。そう考えると、自分が良ければいい、ではなく、自然と「社会や他者」を意識して行動するようになります。
目指したのは、「働くことを生きがいにできる社会」
私は大学生のころに塾講師のアルバイトをしていました。そのころに感じたのが、「子どもと向き合うやりがいのある仕事なのに、塾講師の同僚の中にはお金を稼ぐために仕方なく働いている人が多いのはなぜだろう?」ということでした。通勤電車の中にも、つらそうな顔で仕事に向かう人がたくさんいます。人生の多くの時間を費やす「仕事」を通じて、人が苦しむのはおかしいと感じ、「働くことを生きがいにできる社会」を目指したいと思いました。そして「働く」を生きがいにしていく挑戦をするために、経営者になることを決めました。
起業のための経験を積もうと入社した前職で、ボーダレス・ジャパンの社長である田口一成と出会います。彼は当時「貧困をなくしたい」と話しており、それならば、「社会課題を解決する会社を一緒に立ち上げよう」ということになりました。彼は、私がそれまでに出会った誰よりも純粋で思いやりがあって、そして新たな社会を実現していくスケールの大きな人です。こういった人こそが社会を変えていく人間だと感じたので、彼が前面に立って事業を推進し、私が経営を支えるという役割分担をすることで、同志として共に歩み続けています。
大学2年で集中して勉強したことが、今の土台になっている
子どものころは、山口県の玖珂町というところに住んでいました。好奇心旺盛で、大自然の中で走り回っていたずらばかりしていました。中学では先生に怒られて「帰れ」と言われると、本当に帰ってしまうこともありました。筋が通らないことで怒られると納得できず、反抗することもあったので、生意気な子どもだったと思います。勉強はあまりしませんでしたが、短期集中型で徹底的にやるタイプです。目標から現在にさかのぼって今やるべきことを考え、計画を立てて実行していました。
大学のころはアルバイトばかりしていたのですが、大学2年生の1年間だけは、集中して勉強をしました。経営学部でしたが、進化論や生物学、心理学などに興味があり、好きな先生の授業をたくさん受講しました。特に憲法の授業で先生が話していた脳死についての議論には、勝手にレポートを書いて提出するぐらい、はまりました。この時期に集中して多くの本を読み勉強したことが、今の土台になっています。このころから興味があるのは「人とは何か?」ということです。私が今やっている経営も本質的には「人間を理解すること」なのだと思います。人がどう変われば、地球や生き物を含めたみんなの幸せを育めるのか。それを探究していくことが私のテーマになっています。
チャレンジすることでしか、やりたいことは見つからない
私がみなさんに伝えたいのは「チャレンジをしよう」ということです。チャレンジというと、難しいことに挑戦するイメージがあるかもしれませんが、ささいなことでも、今までやったことのない新しいことをやってみることは、すべてチャレンジです。興味を持ったり面白そうと少しでも思ったら、考えすぎずにできることからやってみたり、図書館に行って調べてみたり、大人に聞いてみたり、まずは行動してみてください。うまくいかないかも、みんなにどう思われるか心配、と誰もが不安になります。あなただけではありません。だからこそ、相談したり、実際に行動したりすると、それに勇気づけられて応援してくれる仲間が必ず現れます。そして行動を通じていろんなことを知って深め、応援されていくうちに自信を持てるようになり、いつの間にか自分のやりたいことが見つかっています。
また、失敗をすることも大事です。失敗は決して悪いものではありません。うまくいかなかったという事実は、その理由を教えてくれます。理由がわかれば、うまくいく方法を考えて再びチャレンジするチャンスが得られます。「失敗も成功のうち」なのです。私も前職では、任されていた新規事業の立ち上げがうまくいかなかった経験があります。その失敗があったからこそ、「自分のためではなく、相手の視点に立って考えなければうまくいかない」ということがわかりました。みなさんもぜひ、興味や関心のあることがあったら、頭の中で考えるだけでなく、失敗を恐れずに行動してほしいと思います。